第219話 演者勇者と「あこがれのゆうしゃさま」24

 ハインハウルス軍最前線の駐屯基地。主力部隊、人物が多く集まる箇所。

 戦況に合わせて進軍もするので、仮設ではあるものの、宿舎や医療所など規模の大きい建物もいくつか建てられており、下手な地方よりも施設が充実してるかもしれないと思える程。

 その中の一つに、男女別の入浴施設があった。中々仮の基地では考えられない、立派な物が建てられており、駐屯している人間達のモチベーションにもしっかり繋がっている。

「それじゃ、少し失礼するわ」

「はい、ごゆっくり」

 主力部隊の一つの長である「隼騎士」リンレイは、少し遅めの入浴に向かっていた。――真面目も真面目なので、どうしても食事や入浴といった個人的な事が後回しになる質である。

 他は全員入浴も終わっているのか、女性の方は自分一人だけらしい。鎧と服を脱ぎ、浴室へ。体を洗い、浴槽へと身を沈める。湯の温かさが身に染みる。

 忙しい身ではあるが、この入浴の時間は好きだった。しばらくゆっくりと浸って――バシャァン!

「え!? 何!?」

 ――いようと思った矢先、自分の真横に突然何かが落ちてきた。そのまま湯の中に沈んだ。――いやおかしい。天井に穴が開いてるわけじゃないのに空から何が降ってくるというのだ。つい立ち上がり、足だけ浴槽に入った状態でその落ちてきた箇所を見ていると……ぶくぶくぶく、ばしゃっ!

「ぶはぁ! し、死ぬ、死んじゃう! 何処だここは!?」

 焦って顔を出して、顔を拭って息を整える人間がそこに。――見覚えのある顔だった。

「はぁ、はぁ……風呂か……流石のニロフとリバール君でもこの距離を安定して転移は無理なのか……にしても風呂とは……」

「国王……様……?」

「……ん? リンレイ君……?」

 ヨゼルドだった。二人の目が合う。ヨゼルドは就寝前の私服。一方で当然リンレイは一糸纏わぬ姿。

「は、ハロー」

 とりあえず爽やかに挨拶をしてみた。これで誤魔化せたら儲け物――

「――きゃあああああ!」

 ――とは当然ならず、リンレイが悲鳴を上げるのだった。



「ほっ」

 ヒュン!――ニロフ、そして続いてリバールも転移で移動完了。お互い若干位置はずれていたが、それも誤差の内。

「やはり早急でこの距離を飛ばすとなると、多少無理がありますなあ。魔力の調節だけでどうにかなる問題でもない」

 前線基地なので当然無人ではない。突然現れた人影に動揺を隠せない兵士達を他所にニロフの中で改善案がついあれこれ浮かんでしまう。魔方陣の形を変えるべきか、それとも詠唱をもっと組み込むべきか――

「ニロフさん、ヨゼルド様が見当たりませんが」

「む、そういえば」

 と、リバールの指摘でニロフも直ぐに気持ちを元に戻す。――ずれたと言えどそこまで大きな誤差はないはず。さて何処に、と思っていると。

「断罪です! 今日と言う今日は、絶対に許すわけにはっ!」

「誤解っ! 誤解なんだ、本当に今日のは誤解で!」

 ハッとして見れば、バスタオル一枚で愛用の剣を振ってヨゼルドを追いかけるリンレイと、転がりながら逃げ続けるヨゼルドの姿が。

「……もしかして、リンレイさんの入浴現場に転送されてしまったのでしょうか」

「若は「持ってます」なあ。ハインハウルス国王の名は伊達ではないか」

 謎の感心をするニロフ。その間にも確実にヨゼルドは追い詰められていく。

「死なれたら元も子もないので、止めてきます」

 ヒュン、キィン!――リバール、速度全開でヨゼルドの前に移動、愛用の短剣でリンレイの剣を受け止める。

「!? 貴女は……」

「お怒りの気持ちは御もっともですが、剣を収めて頂けないでしょうか」

 直ぐにニロフも続き、リンレイの前で片膝をついた。

「隼騎士リンレイ殿とお見受け致します。我が名はニロフ、ライト騎士団所属の魔導士になります。本日どうしても早急にお嬢――王妃様、国王様と会議が必要となった為、我の転移魔法にて移動させて頂きました」

 リンレイの手から力が抜けた所で、リバールも短剣を収め、ニロフに並ぶ。

「我がまだまだ未熟故に招いた事態なのです。どうかご容赦頂けないでしょうか」

「転移魔法……ハインハウルス城からこの位置まで……!?」

 ニロフは未熟故と言うが、そもそも未熟者が出来る技ではなかった。リンレイも驚きを隠せない。

「ちょっとちょっと、何の騒ぎかしら?」

 と、そんな騒動を聞きつけて姿を見せたのが、

「ヴァネッサぁぁ! 良かった助かった! 会いに来たぞぉぉ!」

「え? あなた? それにニロフにリバールちゃんまで、どうしたの? というかびしょ濡れで抱き着かないでよ!?」

 最高責任者であるヴァネッサだった。呆れ顔で出てきたが突然のゲストの顔ぶれに驚きを隠せない。――そこでニロフは簡単に事の経緯を説明。

「成程、ね……リンレイちゃんごめんなさいね、ウチの人が。湯冷めしちゃうといけないからもう戻って」

「はい」

 流石ヴァネッサを崇拝するリンレイ、そう言われると何の追及も反論もなく、素直に風呂へと戻って行った。その間にもニロフが魔法でヨゼルドを乾かす。リバールがくしでヨゼルドの髪の毛をとかす。仕方ないとはいえ謎の光景である。

「それじゃ、私の宿舎へ移動しましょ。人払いも出来るから」

「うむ」

 というわけで、ヴァネッサ、ヨゼルド、ニロフ、リバールの四人がヴァネッサの宿舎へ――

「ところであなた。見たの?」

「うん?」

「リンレイちゃんの裸」

 …………。

「見てないぞ?」

 そこで一瞬間を作ったら白状したも当然じゃないか、という呆れ顔を隠せないニロフとリバール。

「本当に?」

「うむ」

「絶対に?」

「う、うむ!」

「実は?」

「見てない!」

「怒らないから正直に言って。あなたに嘘をつかれる方が嫌」

「ちょっとだけ見ました!」

 ドカバキズコビシッ!――ヴァネッサ、怒りのラッシュ。

「痛い痛い! 嘘つき怒らないって言ったのに!」

「自分に愛する妻がいる存在の癖に他の女性、しかも私の部下の裸を見るとかもう離婚案件」

「不可抗力っ! ニロフの説明もあっただろう!?」

「にしてもやりようがあったはず」

「ヘルプ! ニロフヘルプ! こういう場合どうしても見てしまうのが男の性だとヴァネッサに説明してくれ!」

「若、我なら見ません。見たいのは山々ですが、リンレイ殿やお嬢を傷付けてまで見る裸に何の価値がありましょうか」

「この紳士がー!」

 そんなこんなで、服も髪も乾いたが、今度はヴァネッサのラッシュによるダメージをニロフとリバールに治療されながら会議に臨むヨゼルドなのであった。



「……ふぅ」

 一方でこちらヨゼルド、ニロフ、そして気付いてはいないがリバールを見送ったハル。自室に戻り、入浴し、就寝の準備をするが、何処となく眠気が来ない。

 当然気がかりな一連の事件。そしてライト。これも当然だが、仲間の目からしてもライトは明らかに大丈夫ではなかった。――自分には何が出来るか。支えてあげたい。

「支えてあげたい、か」

 ご存じ世話好きのハル。仲間は勿論、同僚、友人、家族、仕える主とその一族。自分に出来る事は、何でも面倒を見てあげたいと無意識に思ってしまう。

 でも今回は違う。ハッキリと、もっとライトの力になりたいと思った。自分はレナの様に本当に近くにいれる存在ではない。それでも苦しんでるライトを見るのは辛い。今まで彼が仲間や色々な人を助けて来た様に、彼を助けてあげられないだろうか。

 知らず知らずの内に、本当にハルにとってもライトは大きな存在になっていた。この想いは色々な言葉で表現出来る。でも一言、ストレートに言ってしまえば、きっと――コンコン。

「はい」

 ドアをノックする音。返事をすると、

「ボク。サラフォン。入っていい?」

「どうぞ」

 サラフォンだった。彼女も就寝前なのか、パジャマ姿で、

「……サラ、その大きな鞄は何?」

 ――やたら大きな鞄を持ってハルの部屋にやって来た。

「安眠グッズ、癒し系のグッズ、色々作ってみたんだ。ハルに見て貰おうと思って」

 部屋に招き入れて鞄を開ける。色々な品があるが、どれもいつもと違って(!)変なギミックは無く、純粋な品ばかり。

「もしかして、ライト様の為に?」

 実際サラフォンは王国一の腕の持ち主である。本気を出せば誰もが喜ぶ品が作れる。なのでハルも直ぐにその予測に辿り着いた。

「そうなんだけど、でも他の皆、勿論ハルにも使って欲しい」

 が、ハルの予測は少しだけ外れていた。

「ライトくんは勿論だけど、他の皆も、気になるし、どうしてもピリピリしちゃうよね。ボクだってどうしても気になる。だから、皆の気持ちが少しでもリラックス出来たらな、って思って」

「サラ……」

「勿論ライトくんが大丈夫になってくれるのが一番嬉しい。でもボクは信じてる。ライトくんは、必ず乗り越えてくれるって。だから、直接は何も出来ないけど、こういう事ならしてもいいかな、って思って。だから、これを渡して、信じて待てればいいな、って」

「信じて待つ、ね……」

 それはありそうでハルの辞書では見付かり難い言葉だった。気になったらどうしてもお世話してしまう。何とかしたいと思ってしまう。実際何とかしてしまう。

(信じて待つのも、支える内なのかも)

 ハルの中で、少しだけ考え方が変わった。そしてサラフォンの言う通り、ライトを信じよう。ライトなら、きっと乗り越えてくれる。そんな気がした。

「サラ、これ寝る前に、皆に――ライト様に、届けに行きましょう」

「! うん、行こう!」

 自分達は信じている。いつでも頼ってくれていい。その想いが、少しでも伝われば。――ハルはタンスを開け、寝間着の上に羽織る物を――

「ハル、折角だからもっと大胆に行こう!」

「え?」

「ちょっとセクシーな位が、ライトくんも喜んでくれるよ! ハルはスタイルもいいし!」

 そこには丁度昨年、誕生日にサラフォンの両親からお世話になっているからと送られた少し薄手で露出が高い寝間着があった。自分には合わないがでも相手が相手、捨てるわけにもいかず肥やしになりかけていた品。普段なら馬鹿な事言わないで、と咎める所なのだが、

「……そうね、偶には」

 気持ちを改め、何処かテンションが高い部分があったか、思い切って手を伸ばした。着替えて鏡の前に立ってみる。

「わあ……ハル、綺麗! 流石だよ! ボクも幼馴染として鼻が高いよ!」

 サラフォンのファッションセンスは正直あてにならないが、それでも鏡を見て、悪くはないと自分でも思えた。――今日だけ。今日だけ、勇気を出して、この格好で……ピカッ!

「!?」

 突然部屋に走るフラッシュ。一瞬目を奪われ、再び目を開くと――ドサッ!

「良かった、今度は風呂じゃないな! しかもベッドの上とは安全極まりない! やれば出来るじゃないか!」

 ヨゼルドが自分のベッドに倒れて寝転んでいた。――再び転送魔法で帰って来たのだ。

「ヨゼルド……様?」

「うん? ここは……ハル君の部屋、か?」

 そんな事情を知らないハルからしたら、ただいきなり自室に夜、スケベな主が登場しただけ。しかも今自分は勇気を出してセクシーな寝間着を着ていて……

「うおおおお! セクシーハル君っ! ハル君夜はそんな恰好で寝て……あっちょっと待ってこれには深い訳があって」

「どれだけ深くても聞きたくありません。謝罪もいりません。ただ自分が従わせている使用人の部屋に忍び込む主。それだけです」

 ハル、鬼の形相でヨゼルドへ近付く。

「ハル、落ち着いて! リラックスリラックス! ほ、ほら、アロマのキャンドルもあるよ!」

「貸して。これをヨゼルド様に垂らせばいいのね?」

「ハル君が違う世界へ行こうとしている!? 違うんだ、決めてきたんだよヴァネッサと!」

「王妃様と?」

「そう! 決戦は三日後だ!」

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