第218話 演者勇者と「あこがれのゆうしゃさま」23
「……アルファスさん」
「あん?」
アルファスに鋭く言われ、フロウに想いを打ち明けられ、
「俺は……どうして、こんなに弱いんですか……?」
強がって平然を装っていた仮面が剥がれ、ボロボロの本音がライトから零れ出す。
「誰かを大切に想って、誰かを――たった一人を守りたいのに、それすら出来ない。いいじゃないですか、俺にだって一人位、守れる力があったって……なのに……何で、俺は……」
「力がないのはお前だけじゃねえ。大切な人を守りたい力が欲しいのもお前だけじゃねえ。――大切な誰かを守れなかったのなんて、お前だけじゃねえだろ。世の中、ハッピーエンドだけじゃ進まねえ。陰で泣いてる人間なんて数えきれないだろ」
以前は戦争も戦禍も今より激しかった。王都ハインハウルスでさえ、その傷を背負っている人間は多い。
「……俺だって、わかってるつもりでしたよ。演者勇者になって、広い世界を仲間達と見る様になって、そういう辛い人達がいる事。でも、だから、余計に……俺に、もう少しだけでも、ほんの少しだけでも、力があればって……!」
自分で口にした様にライトとてわかっている。冷静なもう一人の自分が、ここで愚痴を零しても何も変わらないと告げている。だから今日もこうしていつも通り稽古に来た。自分には日々をこなしていく事しか出来ないとわかっているから。
それでも、素直な方の自分が感情を抑えきれない。何をしていてもフリージアの顔が過ぎり、やるせない想いで一杯になる。知らない間に流れていた悔し涙を、拭う事も出来ない。
(ったく……俺だって思うよ……お前みたいな奴に、何で力が無いのかってな……何で俺みたいな奴に、才能ってのは生まれちまうのかってな……)
アルファスとて、好きでライトに厳しく告げているのではない。同情する部分は多い。それでも、自分の役回りは同情する人間じゃない。そう思い、言葉を投げかけた。ライトの仲間達からは非難されてしまうだろうが、もしここで自分が原因でライトが潰れたら――その程度の人間だったんだと突き放すのが、自分の役目なんだと。
「ライト」
そう決めて、アルファスは切り出す。ライトの覚悟を、炙り出す。
「お前は弱い。この先も、勿論俺の稽古を受ければ少しずつ剣技の技術は身につくが、それでも最後まで弱い部類のままだ」
「……はい」
「ならもしも、お前が言うほんの少しの力が手に入ったら、もう少しお前が強くなったんなら、お前はどうしたい?」
ほんの少しの力。もしも、今よりももう一歩だけ、前に進める力があるのなら。
「大切な人の、隣に立っていられる人間になりたいです」
「!」
「一緒に戦えなくてもいい。今と同じ戦力外でもいい。でも、大切な人達の、心の支えになる為に、どんな時でも隣に立っていられたら。いざという時に、少しでも支えてあげられる人間になれたら。その為の力が欲しい。隣にいる人に、俺は大丈夫、だから安心して戦って欲しいって言える人間になりたい」
『お前等、強くなりたいって何したいんだ?』
『決まってるじゃないですか! 最前線で大活躍ですよ!』
『そうです! 俺達はアルファスさんの弟子、相応しい活躍をしなきゃ!』
「…………」
アルファスの中に過ぎる記憶。ライトとは違う答えだった。そして……
「ライト。お前に選択肢をやる」
「……え?」
「三つ。その中から選べ」
アルファスは、ライトに決断を迫った。
「一、今まで通りの稽古を続けて、地道に剣術を磨く。二、現時点で俺が渡せる最高峰の武器をやる、それで強引にレベルアップする代わりに俺からはもう一切の卒業。そして三つ目」
アルファスは一旦ふぅ、と息を軽く吐く。その三つ目に、アルファスなりの何かがある。ライトもそんな気がした。
「俺が編み出した、お前の実力的な弱さを隠す、禁断の剣術を学ぶ。――この三つから選べ」
「俺の弱さを……隠す……?」
当然気になるのは三つ目である。それは提案したアルファスとてわかっている。
「強くなれないなら、相手に自分の実力を錯覚させればいい。そういう剣術だ。認識の狂った相手は本来の実力を出せず、お前の実力に強制的に合わせざるを得なくなる」
「そんな剣術が……?」
確かに今のライトにはピッタリかもしれない。だが同時に疑問も浮かぶ。
「どうして、禁断なんですか? 命を削るとか呪いがかかるとか」
勿論アルファスがそんな技を使うとは思えない。でも禁断と言われると、そういった類がどうしても浮かぶ。
「理由は二つある。まず一つ、これを会得すると普通の剣術の向上が難しくなる。つまり、本当に実力を上げるのを諦める事になる。そしてもう一つ。どっちかっつったらこっちが禁断な理由だ」
アルファスはそこで一旦ライトから視線を外し、ふーっ、と息を吐く。そしてもう一度ライトの目を見ると、
「過去に会得させた奴は、死んだ」
「!」
そう、冷静に言い切った。
「俺がどれだけ説明しても、相手が錯覚する以上に、自分が錯覚するんだよ。もしかして強くなったんじゃないかってな。結果、出来もしない事案に挑み、死んだよ。俺に言わせれば無駄死にだ。――俺の編み出した剣術が、死ぬ必要の無かった人間を、死なせたんだ」
「アルファスさん……?」
それは初めて見るアルファスの表情だった。何処か遠くを見て、寂しげな儚げな。――そこでライトも知る。アルファスも、傷を抱えて生きているのだと。これだけの実力者でも、消えない傷を抱えて生きているのだと。自分だけではないのだと。
(何してるんだ俺……俺は、何も終わってない……俺が、俺を見失ってどうするんだ……それに……ジアだって……戦ってる……!)
再び芽生える、ライトの勇気。フリージアが目覚めた時に、もう一度、しっかりそこに立っていられるように。そしてまた、フリージアに認めて貰えるまで戦っていける様に。そして、
「アルファスさん」
「あん?」
自分を弟子としてくれている目の前の人に、せめてもの感謝を伝えられる様に。
「俺、選べません。――三つ全て、目指したいです」
「……は?」
そして導き出されたのは、その答え。
「アルファスさんが編み出した剣術を会得して、でも普通に強くなるのも諦めたくない。最後にはアルファスさんに完璧に認めて貰って、俺だけの武器を作って貰いたい。――今すぐは無理です。最後に全部も無理かもしれない。でも、諦めたくない」
「お前……」
「俺、アルファスさんの弟子なんです。相応しい人間になりたい。――約束します。俺は死にません。無茶しません。必ずアルファスさんに、稽古をつけに貰いに来続けます。だから、全てを目指します。お願いします」
ゆっくりと、ライトはアルファスに向かって頭を下げた。――アルファスは溜め息。でも同時に、心の中に嬉しさがあった。
『約束します。俺達、活躍します! 見ていて下さい、必ずアルファスさんに、俺達の名前を響かせるその栄光を感じて貰います!』
(無茶しません、必ずまた来る、か。……「あいつら」の覚悟と違って、後ろ向きだけど)
でもそれは、今のアルファスが求めていた覚悟。もう誰も、自分のせいで死んで欲しくなんてない。
「欲張りめ。――言っておくが、全部会得出来たとしても、お前の才能じゃそのころには俺もお前もジジイだぞ」
「健康には良さそうです。明るい老後を目指しましょう」
「言ってくれる。――おい、聞こえてるな? 結論が出たぞ?」
「え?」
その呼びかけに姿を見せたのは――レナだった。今日の稽古の様子を、裏でずっと眺めていたのだ。
「レナ……」
「勇者君、私とも約束。絶対に、無茶しない」
「わかってる。あくまで俺は自分の為に頑張りたいだけ。これからも、勇者で居続ける限り、レナにお世話になる。寧ろこちらからお願いだよ。――今後とも、迷惑をかけ続けるけど、宜しくお願いします」
ライトの目に、以前の真っ直ぐさが戻った。――それでいい。それでいいんだ、君は。私が守りたい君は、それでいい。弱くていい。頑張る君は否定しないけど、でも無茶する君は、私が守れる範囲にいてくれなきゃ。
「うん、お願いされたよ。まだまだ長い付き合いになるだろうから、さ」
そう言ってライトを見るレナの笑顔が、優しかった。――そういえば、あれ以来まともに仲間の顔も見てなかった。駄目だな俺。しっかりしないと。
「んで? アルファスさんは勇者君に何を教えるつもりなの?」
と、レナも気になっていた所を尋ねる。――言われてみればそうだ。その特殊な剣術とは。
「そうだな、体験してみるのが早いだろ。――レナ、ちょっと俺に打ち込んでこい。一回使ってやる」
そう促され、レナはアルファスと対峙。一定間合いを取ると、軽やかなステップでアルファスに剣を振るった。――キィン!
「!?」
そして一度剣をぶつけただけで、焦った様にアルファスとの間合いを開ける。その表情からは驚きが隠し切れない。
「アルファスさん……何それ……それって」
「ああ。これが俺が編み出した剣術。「ミラージュ」だ」
時刻はすっかり夜。各々夕食を終え、忙しい人間も自分の時間を楽しむ頃。――コンコン。
「私が出ます」
こちらヨゼルドの私室。ハルが本日最後の業務を終え、こちらも自室へと帰る直前にそのノックの音が聞こえた。ドアの前に行き、
「ヨゼルド様は間もなくの就寝となります。どちら様でしょうか」
そう尋ねた。――ハル君、もうちょっと私起きてるよ、私も一人の時間に色々あるんだよ、とは何となく言えないヨゼルドがいたのは余談。
「我です。ニロフです」
ニロフだった。ドアを開け、部屋に招き入れる。
「少々若と話がありましてな。ご心配なく、ふしだらな話ではございませぬ」
「えっ、そうなの?」
「どうしてヨゼルド様が残念そうになさるのですか」
呆れ顔でハルがヨゼルドを見る。――実際、ニロフと再会してからは時折夜中に情報交換や物々交換等をしているのをハルは知っていた。隠しても隠しても一体何処から出てくるのか疑問で仕方がなかった。
「ふむ。――ハル君、それじゃ今日はもう大丈夫だ、戻りたまえ」
「畏まりました。失礼致します」
「ハル殿も、おやすみなさいませ」
礼儀正しくお辞儀をすると、ハルは部屋を後にする。
「さて……どうしたニロフ、その手の話ではないとすると」
「魔術研究所の事件の調査がある程度まとまりましてな。早めの決断をした方が良いと思いまして」
話の題材を聞き、ヨゼルドの気持ちを入れ替える。
「その言い方からするに、具体的な対処対策法が出来たのだな?」
「ええ。ですがこの事案、対処の判断を鈍らせれば鈍らせる程証拠は逃げ、立証は難しくなる。しかし、対処するには少々厄介というか、覚悟が必要でしてな」
「国単位での大がかりな声明表明が必要、か」
「今直ぐ必要ではありませんが、今回の件を対処した結果、将来的には必要になるでしょう。なので、今回の案件だけで動くべきかどうか。早めの判断をと思いましてな。それこそ若だけでなくお嬢の意見もしっかりと取り入れて」
「ヴァネッサの?」
ヴァネッサはハインハウルス軍最高責任者。ヨゼルドだけでなくヴァネッサの意見ともなると、軍事的な話も必須という事になる。
「わかった。ニロフがそこまで言うなら、早急にヴァネッサを呼ぼう。直ぐに伝令を最前線に」
「いえ、今から行きましょう」
「……は?」
行く? 急ぎなのはわかったけど夜だ。
「ご心配なく、若にこの夜出歩けと言うのではありませぬ。転移魔法を使います」
「待てニロフ、君の実力を疑うわけじゃないが、流石にヴァネッサの所に転移する魔法など、直ぐには使えないだろう」
転移魔法は難易度が非常に高かった。近くならまだしも、遠ければ遠い程それこそ片道切符で魔力を使い果たしたり、正確な位置を掴めず失敗する可能性もある。そしてヴァネッサの現在地は魔王軍との戦闘地の最前線も最前線。結構な距離である。
「まあそうでしょうな。我とて流石に難しい。――なので、お願いして支度をしておきました」
「完了致しました」
「え?」
不意に聞こえた声。ハッとして見れば、
「リバール君!?」
いつものメイド服ではなく、忍装束に身を包んだリバールがそこにいた。――いつの間に。
「今日中にこの結果になる事が予測出来ていたので、リバール殿に前もってこの部屋に魔方陣を用意しておいて頂きました。これでかなり安定した転移が可能になります。人数を絞れば尚更」
リバールもニロフと同じく事件の調査チームに加わっていた。二人で出した結論なのだろう。確かに大がかりな魔方陣にしっかりと前もって魔力を込めておけば……って、
「……前もって、ってリバール君、いつから私の部屋に?」
「昼食過ぎ、お一人になられた時に入らせて頂きました。正確にはあちらの戸棚の二番目の引き出しの裏手に隠してある本のチェックをしている時に――」
「ノオオオォォォ! こっそり入る必要あった!? 説明してくれたら許可出したよ!? というか今の事案はハル君には内緒にしてお願い!」
昼食過ぎに侵入。そこからヨゼルドは勿論、ハルもまったく気付かなかった様子。リバールの忍者としての技術様様である。――ヨゼルドは別の方向に意識が向いてしまっていたが。
「まあまあとりあえず若、行きましょう。後から我とリバール殿も参ります故」
「……わかった。直ぐに支度を――」
「お嬢に会うだけですからそのままで問題ないでしょう。――転移」
パッ。――魔法発動。ヨゼルドがこの部屋から姿を消したのだった。
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