第217話 演者勇者と「あこがれのゆうしゃさま」22
ハインハウルス魔術研究所が襲われた。
当然国の施設であり、国としても黙っている理由はない。早急に専門の調査チームが組まれ、またライト騎士団からはその手に精通しているリバールとニロフが参加を志願。認められ、中心となっての調査が始まる。結果次第ではライト騎士団も全力で動く事がヨゼルドから指示され、それまでは準備を兼ねての待機となった。
フリージアは入院中、面会謝絶。ソーイ曰く命の危機。それ以上を尋ねる勇気はライトには無かったし、当然お見舞いに行く勇気なども無かった。エカテリスが国として全力での支援を約束した様だが、既にライトの耳には曖昧にしか届かない。
結局また、何も出来ないまま終わる。何も出来ないまま、フリージアを「見送る」。――その現実だけが、ライトの脳裏に映り続けるだけ……
「……スター? マスター?」
その声にハッとすると、ネレイザが心配そうにライトの顔を見ていた。――ライト騎士団団室にて。
「今日は無理しないで休んで。何かあっても私が対応しておくから。お師匠様――アルファスさんにも、少しお休みしますって私が午後伝えに行くから」
「あ、いや、大丈夫。アルファスさんの所には行くから。国王様にも言われただろ、準備を怠るなって。何もしないで待つわけにはいかない」
「でも」
「というわけでレナ、午後宜しくな。折角のサボリチャンスのところ悪いけど」
「んー、了解。別に寝るのはアルファスさんの所でも寝れるし」
「寝る前提なのよくないからね!?」
ちなみに寝てても本当にもうアルファス側の人間からは何も言われないレナであった。
「皆も、心配かけてるのはわかってる。でも、俺はここで折れるわけにはいかないから。何かあったら、宜しく頼む」
「あ……」
何かを言いかけたネレイザを無視し、団室に団員を残し、ライトは一足先に団室を後にした。
「……まあ、私も思う事は色々あるし、皆もそうだと思うけど、今は待つしかないかな。んじゃ私もお先」
その後、レナもそう言い残し団室を後に。――重い空気だけが、団室には残っている。
(このままじゃ……少しでも……何かしたい……何が出来るの……?)
ネレイザは必死に考えた。今自分に出来る事。ライトにしてあげられる事。――違う。「自分に出来る事」じゃ駄目なんだ。それじゃ昔の私と変わらない。
「すみません、私も先に失礼します」
ネレイザも挨拶し、団室を後にする。そして後を追う。一番頼りたくないが……一番頼れる人間を追って。
「レナさん――」
角を曲がり、その後ろ姿を見つけ、呼び止めようとした次の瞬間――バァン!
「何が護衛だ……何が守ってあげるだ……全部知ってて、どうして助けてあげられなかった……っ!」
握り拳で思いっきり壁を叩いて、そう呟くレナの姿があった。少しだけ後ろから伺える表情は、怒りの様な悲しみの様な、感情を剥き出しにした物で。
(レナ……さん……)
それを見たらネレイザはそれ以上何も言えなくなってしまった。――団室でのいつもの表情は、今日だけは嘘だった。せめて誰にも、ライトにもその自分の感情を見せたくない。その想いを、垣間見た瞬間だった。
レナは少しの間そこに立ち尽くしていたが、やがてふぅ、と息を吐くとその場から去って行った。ネレイザの存在に気付いた様子はなかった。
「……マスター、私……何も……出来ない……?」
ネレイザもそのレナの後ろ姿をただ見送ると、ぼんやりと自室に戻る事しか出来ないのだった。
「お疲れ様です」
そして午後。ライトはレナを護衛に、アルファスの店へ足を運ぶ。
「今日も宜しくお願いします」
「おう」
出迎えてくれたのはアルファスと、
「こんにちは、ライトさん、レナさん」
店の端で呼び鈴を持って待機しているセッテ。――何でそんな端? 呼び鈴?
「……セッテさん? 何でそんな所に?」
「あの、私ライトさんは素敵な男性だと思うんです。でも私は心に決めたアルファスさんという人がいますので、その」
「何かこの前のが尾を引いてる!? 誤解です、いや俺もセッテさんは素敵だと思ってますけど、でも!」
チリーン。
「ああ兄者、レナ、お疲れ様」
「え、何でセッテさんが呼び鈴鳴らしたら奥からフロウが出て来るの?」
「兄者、私もセッテの店長を想う意思を尊重したいと思ってるんだ。だからどうしてもというのなら、その、私でよければ、色々不慣れだとは思うが相手に」
「更なる誤解者がここに!? もしかしてセッテさんを守る為に出て来た!?」
「勇者君……私じゃ満足出来なかったんだね、やっぱり……」
「そしていつも通り誤解に拍車をかける人がここに! いいですか全部誤解です! 確かにあの日ちょっとテンションが高かったですけどもう大丈夫ですから!」
というわけで先日セッテを謎のテンションで褒めてしまったが為に警戒されてしまうライトであった。――そんなに俺褒めると変なのかな。
「茶番は終わったか? 直ぐ行くから先に行ってろ」
「わかりました」
アルファスに促され、ライトは先に裏庭へ。アルファスも直ぐに支度を――
「アルファスさん」
――しようとした所で、レナに呼び止められる。そして、
「……おい、何の真似だ」
レナがアルファスに向かって、ゆっくりと頭を下げた。
「アルファスさん、薄々何か勘づいてないかな、って思って」
「…………」
アルファスは何も言わない。――でもその無言は、何処かで肯定を意味している事は、この場にいる人間、アルファスを知っている人間なら直ぐにわかった。
「お願いします。少しでもいい。勇者君の力になってあげて下さい。今の彼は、私じゃ助けてあげられない」
「俺なら助けられるとでも?」
「少なくとも私よりかは」
レナは頭を上げない。――こいつにここまでさせてんのか、あいつは。何してんだまったく。
「とりあえず頭上げろ」
「承諾してくれるまでは上げられない」
「どっちにしろ剣筋が狂ってたら指摘するんだから変わらねえよ、俺のやる事は。――まあでも、お前のその気持ちは覚えておく」
セッテが近寄り、レナの肩を軽く抱くと、そこでやっとレナは頭を上げてアルファスを見た。
「ありがとうございます。――どうか、宜しくお願いします」
頭を上げたものの、レナはアルファスにお礼を言いながら、再び軽く頭を下げる。
「俺個人としてはあいつの変化よりお前のその覚悟決まった時の礼儀正しさの方が驚きだわ。そんな喋り方俺に対しても出来んのか」
「あ、じゃあとりあえず奥で終わるまで寝てますー」
「早えよ元に戻るのが!」
「何かあったんですか? レナが何か変な事言ってました?」
アルファスが裏庭に行くと、準備運動も終わったライトが待機していた。
「いや、何でもねえ。――始めるぞ。打ち込んでこい」
「はい!」
ライト、訓練用の剣を持ち、アルファスに向かって打ち込む。――キィン!
「!」
キィン、カァン、キィン!――そのまま連続でのライトの攻撃をアルファスは受け流していく。一見、いつもと何も変わらない訓練風景なのだが、
(攻撃の……鋭さが、増してやがる……)
日々ライトの剣筋を見てきたアルファスは直ぐにわかる。――ライトの剣に、「想い」が乗っている。先日までも強い想いは乗っていた。だがその先日までとは打って変わって、刺々しい攻撃的な想い。
その想いはライトの剣筋に鋭さを与え、レベルアップに繋がっている様にも「見えた」。――だが、アルファスからしたら、今のライトの剣は。
カァン!――アルファスが一旦ライトを押し返し、間合いが開く。
「お前、何だその剣は」
「え?」
「俺はそんな戦いをさせる為にお前に剣を教えてるんじゃねえぞ。気持ち入れ直せ」
「は……はい!」
キィン、カァン、キィン!――再びライトがアルファスに向かって連続で攻撃。ライトは必死の想いで剣を振るう。
「おい、お前は俺との今までの訓練を何だと思ってるんだ?」
「え?」
「さっきから見せるその薄っぺらい剣は何処で覚えた? まさか俺に教わったとか言うんじゃないだろうな? お前の薄っぺらい想いが、そのまま剣に乗っかってるぞ」
「っ!」
キィン!――再びアルファスが力を込めてライトを押し返し、間合いが開いた。
「俺の想いが……薄っぺらい……!?」
「正確にはお前の想いが乗っかった剣が薄っぺらい、だ。何があったのか知らねえが、今のお前の剣はそういう剣なんだよ。剣には想いが乗るもんだ。今のお前の剣は分かり易く薄っぺらい」
「っ……!」
そう淡々と告げられ、ショックと怒りがライトの中に込み上げる。――俺の想いが薄っぺらいだって? 何も知らない癖に、俺の想いが薄っぺらいって、何だよ……!?
「納得いってねえ顔だな。「俺の事何も知らない癖に、何を言ってるんだこの人は!」ってか」
「いえ、その」
「ああそうだな、俺はお前の事情は知らねえ。レナも何も言ってきてねえ。あくまで俺は、今のお前の剣を受けて感じた事を話してるだけだ。――仮にも俺はお前の剣の師匠だからな。お前の剣が、お前の剣に乗る想いがクソだったら指摘するに決まってるだろ」
「俺はただ――!」
挑発にも近い言い方をされ、我慢出来なくなりつい反論しかけるが、
「そんなに納得出来ないなら証人追加だ。――フロウ、ちょっと来てくれ!」
ライトが反論するより先に、アルファスがそう言ってフロウを呼ぶ。
「店長、どうした?」
「稽古手伝ってくれ。今からライトと一対一を頼む。ああ本気は出すなよ、ライトは「弱い」からな」
「っ!」
「わかった」
弱い、に若干強調が入っていた。ライトの心が余計燻ぶられる。
「兄者、いつでもいいぞ」
「っああああ!」
キィン!――ライト、気合を入れ直してフロウに突貫。
(薄っぺらいって何だよ……! 俺は、俺は……!)
必死の想いを、必死の力を込めて、ライトは全力で剣を振るった。
フロウはそのライトの剣を冷静に、数合受けきると、
「ふっ!」
ドガッ!――大振りで隙だらけだったライトの腹部に、愛用の太刀で峰打ち。手加減はしたが、
「がはっ……」
それでもダメージは重い。ライトはつい膝をついて屈んでしまう。
「……兄者、何だその剣は」
そのライトに近づき、見下ろす形でフロウは冷静に口を開いた。
「兄者、私は決して店長の兄弟子だから、という理由だけで兄者と呼んで尊敬しているわけじゃないんだ」
「え……?」
「初めて店長と兄者の稽古を見た時、驚いた。兄者は弱い。でもそれ以上に、兄者の剣は真っ直ぐだったんだ」
それは初めて語られる、フロウの秘めたる想いだった。
「感動したよ。あんなに真っ直ぐな想いが乗った剣を振るう人がいたのか、と。私には一生真似出来ない、実力とは違う、格好良さがそこにあったんだ。憧れたんだよ。兄者は、私の憧れになったんだ」
「俺の、剣が……?」
「それなのに……何なんだ、今の兄者の剣は……怒りに身を任せ、殺意剥き出し。私が憧れた兄者の剣とは正反対じゃないか。そんな剣を振るうな。そんな剣で私の兄弟子など笑わせないでくれ。そんな剣で――店長の弟子などと語るな!」
フロウの怒り。それはライトを想えばこそ。ライトを尊敬すればこそ。ライトに憧れているからこそだった。
「っ……!」
何も言い返せない。ショックだった。フロウにそこまで想われていたのに、今の自分はそこまで堕ちていたのか、と。
「これでわかっただろ。今のお前は、どれだけ剣を振るっても意味がない。その気持ちのままでいるなら、何もするな。大人しくレナに守られてろ」
そして、アルファスの冷たい言葉が耳に響く。消えない怒り以上の悲しみが心を圧し潰し、ライトはその場から動けなくなるのだった。
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