第216話 演者勇者と「あこがれのゆうしゃさま」21

「ほいで? お願いって何だい?」

 シミュレーションルームでライト騎士団との合同テストの日の夜、フリージアはソーイに時間を作って欲しいと頼んでいた。約束通り時間を作ったソーイが、自分の部屋にフリージアを招いた所。

「そんなに難しいことじゃない」

 そう言うと、フリージアは一枚の便箋をソーイに差し出す。

「何これ? 私への感謝の手紙? この場で朗読しろとか? やーんちょっとそれは恥ずかしいかなぁ」

 きゃっ、とわざとらしく恥ずかしがってみせるソーイ。

「あたしに何かあったら、この手紙をライトに渡して欲しい」

 一方のフリージアはそんなソーイの仕草など気にも留めず、あっさりと本題に入った。――って、

「ちょっと待ってフリージア。流石に私そのお願いは聞けない」

 意味を直ぐに察し、ソーイは真剣な面持ちでフリージアにそう告げる。

「何でも聞いてくれるって話だったけど」

「そうだけど! でもこれは嫌だ……それってフリージアに何かあるかもって事でしょ? それを認めちゃったら……」

 フリージアに危機が迫っているのを知っていて、何もしなかった事になる。――極論だがそう受け取られても仕方がない話だった。

「聞いてソーイ。これは、あたしなりの覚悟なの」

「覚悟……?」

「うん。――あたしも、いい加減乗り越えたい」

 当然ライトの事である。やはり細かくは教えてはくれないが、ソーイとしても今までの流れからしても相当の過去があった事は察するに容易かった。

「乗り越えた先がハッピーエンドでもバッドエンドでもどちらでも受け止める。でも、現状維持はもうこりごりだから。終わりにしたい。その覚悟なの。――あたしだって、その手紙を渡して終わりなんてのは嫌。その気持ちを胸に、向き合いたいの」

「そっか」

 フリージアの目を見れば、真剣そのもの。その強い眼差しに、ソーイは負けた。

「……わかった。預かっておくよ」

「ありがとう」

「その代わり、約束して。危ない事とかしないで。何かあったら、絶対に相談して」

「心配しなくても自暴自棄にはならない。暴走して何かあったら迷惑をかける事位――あんたが心配してくれてる事位、重々にわかってるから」

「なら良し」

 そう言って、ソーイはその便箋を受け取る。フリージアを信じて、その便箋を受け取った。

 だが皮肉にも、その結果――



 合同テストの翌日の朝。――ライトは自室で、すっきりとした目覚めを迎えていた。

 目が覚めてもハッキリと思い起こされる昨日の出来事。テストとはいえ、モンスターを一人だけで倒した。感覚は、何処か手に残っている気がする。

 仲間達が喜んでくれた。胴上げまでされた。――流石に胴上げはやり過ぎだとは思ったが、でも嬉しかった。

「でも」

 敢えて比べた時、より嬉しかったのは、久々にフリージアと二人でまともに会話をした事だった。


『あたし達は、もう昔には戻れない』


 シンプルな言葉だったが、でもフリージアの本音が垣間見える一言だった。――ジアだって、出来る事なら楽しかった頃みたいになりたいに決まってる。

 同じにはなれない。それは俺のせい。でもジアが、もう一度あの頃の様に楽しく生きていけるなら。何にも縛られず生きていけるなら。例えその近くに俺が居なくても、その為なら俺は何でも出来る。……何でもするって、決めたんだ。

「よし」

 気持ちを改め立ち上がり、着替えようとすると――ドンドンドン!

「マスター、起きてる!? 大変なの!」

 激しいノックの音に、ネレイザの大声。只事ではない。

「ネレイザ、どうした!?」

 急いでドアを開けると、走って来たのだろう、息を切らせてネレイザがそこに居た。

「ハインハウルス魔術研究所が、襲われたの!」

「な……どういう事だ!?」

「まだ全然詳しい情報は入って来てない、だから騎士団で直ぐに行くの、国王様の緊急指令! 直ぐに支度して!」

「わかった!」



「皆さん……!」

 兎に角全員急いで支度をして、ライト騎士団は急ぎハインハウルス魔術研究所へと向かった。到着し、研究員曰くシミュレーションルームが現場との事でそのまま全員で急ぐと、シミュレーションルームでソーイが出迎えてくれた。

「ソーイさん! これは……」

 シミュレーションルームはボロボロだった。昨日見た景色が嘘の様に。これは……

「団長、戦闘の「残り香」です。現状でも若干「アタシ」が反応出来るので、相当の事だったと推測出来ます」

「姫様、ライト様、こちらセキュリティも相当の物です。私でも本気を出しても極秘潜入にどれだけ手こずるか。それを突破して侵入したとなると……」

 その手のエキスパートであるソフィ、リバールからの補足が入る。――相当の実力者が、昨日の夜中にここへ来た。目的は、

「面目ないです。想像以上に、あの魔方陣、やばい物だったみたいです。調査データ、研究データ、ほとんど隠蔽、消滅です」

 ソーイの表情は暗い。――やっぱりあの魔方陣に関するデータか。

「ソーイ、貴女達のせいではありませんわ。私達も何処か甘く見ていたのもあったかもしれません」

 落ち込んで頭を下げるソーイを、エカテリスが宥める。――確かにソーイのせいではない。最高級のセキュリティを用意していて、尚且つここまでの戦闘をして抵抗しても突破されたのだ。もっと警戒をしておくべきだった……警戒……?

「――っ!」

「勇者君、どうした?」

 そこでライトは気付く。戦闘痕でボロボロのシミュレーションルームに転がっている、氷。あの氷は……

「ソーイさん……もしかして、ジアが応戦したんじゃないですか……?」

 魔法で出来た氷。あれが攻撃魔法の残りの欠片だとしたら、直ぐに思い浮かんだのは、氷魔法を得意としていたフリージアの顔だった。

「……仰る通りです。夜勤がフリージアだったので、フリージアが応戦しました」

 やっぱりか。……でも、なら何故、

「ジアは……大丈夫、なんですか?」

 何故、彼女はここにいない? 一番の事件の当事者だ。責任感も強い。誰よりも率先して説明をしそうな物なのに。

「…………」

 ソーイが返事をしない。まっすぐ見るライトの目から、自分の目を反らす。

「ソーイさん、ジアは今何処に?」

「……その……」

 ガシッ。――ライトはソーイの両肩を掴み、

「ソーイさん!」

 再びソーイの名前を呼ぶ。――ソーイとて、わかっている。触れないで済む案件ではないと。

「……異変に気付いて私達が駆け付けた時には侵入者はいなくて、フリージアが一人、倒れている状態でした」

「っ!」

 ライトの目は見れないままだったが、ソーイが口を割り始める。

「発見した時、フリージアは自分自身を大きな氷で氷漬けにした状態でした」

「それって」

「侵入者に負けて、最後自分自身を守る為の諸刃の刃的な技だと思います。急いで氷を壊して直ぐに病院に搬送させましたが……意識不明の、重体です。生死に関わるって」

「っ!」

 そのソーイの言葉に、ライト騎士団の面々の表情が大小あれど歪む。――そして何より誰よりもライトの表情が、大きく歪む。ソーイの肩を掴んでいた手から力が抜け、だらり、と下に下ろした。

「それで……ライトさんに、渡さないといけない物が」

「俺に……?」

「はい」

 ソーイが取り出したのは、一枚の便箋だった。

「フリージアが、もしも自分にこの先何かあったら、ライトさんに渡して欲しいと。これを渡さない様にするのが、自分なりの覚悟だって言ってました」

「ジアの……覚悟……?」

 ソーイからその便箋を受け取り、中身を取り出す。手紙が一枚だけ。

「っ!?」

 そして手紙を開けばその手紙にも、書かれている文字はたった一言だけだった。


『嘘つき』


 その一言だけが、手紙の中央に、綺麗な字で書かれていた。――嘘つき。

「あ……」

 それはあの日、ヘイジストでフリージアを裏切った日に投げかけられた言葉。

 それはあの日、再会した時に再び投げかけられた言葉。

 それは、約束を破った、約束を守れなかったライトへの戒めの言葉。――約束。


『俺はもう、お前から逃げない!』

『許して貰おうなんて思ってない、寧ろ一生許してくれなくてもいい! その位の事をしたのはわかってる!』

『それでも俺はもう一度、お前の傷と向き合う! どれだけかかっても、一生かかっても、たとえお前に復讐されたとしても!』

『お前が嫌だって言っても、俺は戦う! 俺に出来る全てを、ここに賭けてもいい!――ジア!』

『今度こそ、絶対に、俺は、お前を、守ってみせる!』


「あ……ああ……あああ……!」

 そしてライトはハッキリとわかってしまう。――「また」、約束を守れなかった。「また」、フリージアを傷付けた。「また」、フリージアを一人にさせてしまった。

「あああ……ああああ……!」

 「また」……自分は、彼女に嘘をついた。嘘つきに、なってしまったのだと。もう二度と犯すまいと決めた過ちを、繰り返してしまったのだと。

 冷静に客観的に見ればそうではないかもしれない。不可抗力な部分もあっただろう。でも当事者、ライトとフリージアからしたらそれは違う。

 フリージアの覚悟。ライトの覚悟。その結果が、こうなってしまったのだ。

「うわああああああぁぁぁぁ!」

 頭を抱え、膝を付き、俯きながらライトは泣き叫んだ。――絶望の、叫び。

 何の為に演者勇者になったのか。同じ過ちを繰り返さない為に今まで頑張って来たんじゃないのか。

 誤解していた。優しくて強い仲間達に囲まれ、何度も事件を解決し、自分達ならやれる。自分ならやれる。もう二度と間違えない。もう二度と、フリージアに辛い想いはさせない。その覚悟を背負って、演者勇者になった。

 でも――結局、自分は弱かった。弱いから、フリージアを守れなかった。

 再会して、あんな約束をしなければ、フリージアも覚悟などしなかっただろう。そもそも演者勇者にならなければ、再会もしなかっただろう。これ以上、傷付かずに済んだだろう。

 事実は違えど、ライトの出した結論は、ライト自身を大きく圧し潰していく。

「…………」

 どれだけの間そうしていたかわからない。実際はそう長い時間でもないが、誰もが何も出来ずにただライトを見守る事しか出来なかった時間は、無言でライトが立ち上がり、幕を閉じる。

「城へ帰ろう」

「……勇者君……?」

「国王様に報告しよう。今ここで俺達が待機していても何も出来ない。戻って今後の指示を仰ごう。話はそれからだ」

 そう言って、全員を見渡すライトの顔は、

「っ……!?」

 酷く冷え切った、見た事のない表情になっていた。それは――


 ――ライトの心が、壊れてしまった瞬間だった。

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