第214話 演者勇者と「あこがれのゆうしゃさま」19

「感謝する。お礼は今度させてくれ」

「気にしなくていいですよ。こういう話なら得意分野ですから、遠慮なくこれからも頼って下さい」

 ハインハウルス魔術研究所から帰還後。思い思いの時間を過ごし、ライトも自室へ戻ろうとした所で、魔具工具室の前でそんなやり取りが。用件が終わったのか、部屋から出て来たのはドライブ。

「ドライブ、どうしたんだ?」

「サラフォンからカメラを借りて来たんだ。今度シンディの犬魔獣達の写真を撮ってみようと思ってな。幸い俺の魔力でも扱えるらしい」

「へえ」

 ちなみにドライブとシンディの関係は「とても親しい友人」から進んでいない。どう見てもシンディにその気があるのに。ドライブもまんざらではないはずなのに。じれったい、ああじれったい、じれったい。――ライト心の俳句。

「扱い方気をつけろよ? サラフォンのカメラ、性能はいいけどそれ以上に色々な機能がきっと搭載されてるから」

 地雷探知機とか使い捨て魔弾ミサイルとか搭載されてそう。

「ああ、これはシンプルタイプで、余計な機能は一切ついていないらしい。カメラ機能と火炎放射器しか搭載されていないそうだぞ」

「何だ、それなら安心……じゃない!? 普通シンプルカメラは火炎放射器ついてねえ!?」

 後日シンディが丸焦げにならないか心配になるライトだった。洒落にならない。

「……一回、試し撮りとかしてみた方がいいんじゃないか?」

「そうだな。期待させておいて現場であたふたするのは俺も不本意だ。――長を撮ってみよう。ちょっとそこに立ってみてくれ」

「俺か? わ……わかった」

 待ってくれそれは失敗したら俺が丸焦げになるのではないか。レナを呼ぼうか。護衛だし。炎だし。――とは情けなくて何となく言えないので大人しく指定された辺りに立ってみると――

「? マスター、そんな所でドライブさんと何してるの?」

「ネレイザ!」

 ネレイザだった。こちらも偶然通りかかった様子。

「ネレイザ、ネレイザは魔法得意だったよな!」

「うん、まあ。事務官になる前は知っての通り最前線の魔導士だったし」

「よし、一緒に写真を撮ろう。ドライブがカメラを借りたんだ」

「えっ、マスターと私、ツーショットの写真!?」

「うん。そして俺を守ってくれ」

「撮る撮る! やったー、レナさんはいないのよね! 私だけー♪」

 ライトとしてはこれで火炎放射が来てもネレイザが守ってくれるという想い、一方のネレイザはライトとのツーショット写真がレナ抜きで撮れるのが嬉しい。――利害が一致した(?)。

 ネレイザがぴったりと寄り添ってポーズ。ここへ来て若干の恥ずかしさを感じるライトだったが、今更それを表に出すのは格好悪いので平静を装う。

「……うん?」

 が、いざという所でドライブがカメラを上手く動かせない。――いや、ドライブが、というよりも、

「どうした?」

「カメラが反応しない。やり方は教わった通りだから合ってるはずなんだが」

 ドライブがカメラをあちこち見直してみる。試しに明後日の方向でシャッターを切ると――カシャ。

「ああ動いた。仕切り直そう、長、ネレイザ、いくぞ」

 改めてドライブがカメラを構えて、ネレイザがポーズを取るが……

「……?」

「どうした? やっぱり駄目なのか?」

「いや……」

 カシャ。

「被写体が長になるとカメラが反応しないぞ」

「は……?」

 その後も明後日の方向でシャッターを切ってみたり、ネレイザが一人で写ってみたりした時は普通に撮れるのだが、何故かライトが入ると撮れない。

「長、不吉な事が起きる前兆かもしれない。今晩は警護を強くして貰え。俺がついてもいい」

「念の為にニロフさんに呪いの類を鑑定して貰いましょ。今呼んで来るからちょっと待ってて」

「ちょっ、大げさな」

 だが止める暇もなくネレイザは小走りでニロフを探しに行ってしまった。――不吉とか呪いとか怖いから止めて欲しい。

 その後、ニロフの鑑定でも特に異常は見られず、リバールが刺客の類の調査も行ったが確認出来ず。何かあったら直ぐに誰かを呼ぶ様にと皆に念を押されつつ解散、ライトは部屋に戻った。

「心配してくれるのは嬉しいけど何も全員で来なくてもな……」

 その時のライトは、まだそんな独り言が出る位は余裕だった。――そして後に後悔する事になる。


 これは、自分に対する不幸ではなく、自分が何よりも今気にかけている大切な人への不幸の前兆だと、何故考えが及ばなかったのか、と。



「一応お尋ねしますね。こんな夜更けにそんな方法でこのハインハウルス魔術研究所に入ってくるなんて、どちら様ですか?」

 研究所に侵入してきた謎の二人組。フリージアは夜勤だったので直ぐに反応、こうしての対峙となった。

「やばいやばい、見つかっちゃった。どうしようねえどうする? やばくない?」

「デジフさんは全然やばそうな雰囲気感じないんですよ。やばいと思うならもうちょっと静かにして下さい」

 一方の二人はフリージアの問いに答える様子は見られない。

「質問を変えますね。――目的の品は、こちらですか?」

「あ!」

「……ふぅ」

 フリージアはチラリ、と例の魔法陣が描かれた紙を見せると、デジフが反応、その反応してしまったデジフを見てタックが呆れ顔で軽く溜め息。

「ご回答ありがとうございます。でも残念ながらこれはお渡し出来ません。何分、大事な調査依頼ですから。寧ろその大事な調査依頼をこんな方法で奪いに来る貴方達は、余程「やばい」人達ですかね」

 当然、これを奪いに来た時点で本人達に確認せずともわかる。彼らはこの魔法陣に関係している人間。つまり、これ以上この魔法陣に踏み込んで、自分達に辿り着かれては困る人間なのだ。

「どうしますか? 私は傭兵でも軍人でもないので、そちらの出方次第では特に何も出来ないのですけど」

「ど、どうする? あんな事言ってるけど」

「手ぶらで帰れないのはデジフさんだってわかってるでしょう」

「まあそうなんだけど……じゃあ」

「アイシクル・プリズン」

 バリバリバリバリ!――方法を選んでられないか、という結論に達する前に、既にフリージアが動いていた。放たれた魔法はデジフを閉じ込める氷の牢獄。一瞬にして冷凍保存された様な状態になり、

「まあどちらにしろ、普通にお帰り頂くわけにもいかないもので」

「!」

 その高威力にタックが気を取られた一瞬の間に更にフリージアは剣を抜き、タックに接近戦を挑む。勢いで攻めてくるフリージアに、タックも剣を抜き対応するが、防御で精一杯。

「フローズン・ゴール」

「ちっ!」

 フリージアは右手で剣を持ち接近戦を挑んでいた。つまり左手は「空いている」。その左手に魔力を込めて、詠唱。未だ剣による接近戦は続いているのでタックも防御すら厳しくなっていく。

 文章にすれば簡単だが、実はそう簡単に出来る話ではない。基本どちらかに集中してしまえばもう一つ、別ジャンルの事を同時になど中々出来る事ではない。フリージアはそれを両方、高レベルでこなそうとしている。

(ただの研究員じゃない……何者だ……!?)

 余談だが肩書はただの研究員である。――彼女の全ての能力値が、ずば抜けているだけで。

 このままタックも抑え、フリージアの圧倒的勝利かと思われた――次の瞬間。

「んあああああ!」

「!?」

 バリィン!――デジフを捕えていた氷の牢獄が、割れて壊れた。いや壊れたというよりも、

「燃えろ燃えろ燃えて!」

 ブウォッ!――デジフが自らの魔力で壊したという方が正しい。そのまま纏っていた魔力で炎の魔法をフリージアに放つ。

(あれを壊してくる……ダメージもそんなに入ってない……?)

 フリージアが使った氷の牢獄の魔法は、そんなに柔い物ではない。生半可な実力者では一生抜け出せない。それをこの短時間で破壊し、更にそのまま自分へ攻撃してくる余裕すらある。

 デジフの魔法を回避しつつ、一旦フリージアはタックとも間合いを取る。一方でデジフはタックと合流。

「タック君、大丈夫だった!?」

「俺はデジフさんの頑丈さに相変わらず驚きですよ」

「でも酷くない、突然攻撃魔法とか! 正当防衛で訴えてもいいよね!」

 そしたらそっちは不法侵入で逮捕でしょうよ。――フリージアは心の中でツッコミ。

 だが同時に、油断しているつもりは決してなかったが、あらためて相手が危険である事を認識する。生半可な魔法を放ったつもりはなかった。それをいとも簡単に突破されるとは。

(……大人しく誰か呼ぶか)

 戦闘向け技術を持つ研究員は他にもいる。一人ではなくその数名で取り囲んでしまえばまた状況も違ってくるだろう。――フリージアはポケットから非常事態を知らせる魔道具を使用する。

(? 警報が反応しない……)

 が、使ってもうんともすんとも言わない。故障? そんなわけない、必ず夜勤前にチェックをするのがルール。勿論フリージアは性格上、チェックを怠った事などない。――つまり、これは。

「誰か呼ぼうと思ってるなら無駄ですよ。この空間をこちらの魔力で囲ってあるので、外部への魔力放出は遮断されてます」

「タック君流石!」

 連絡が取れない。助けは来ない。――自分一人で対応し続けるしかない。

「お姉さん、大人しく全部渡してくれたら、お姉さんとは戦わないで済むんだけどな。ほら、あんまりここで三人でドタバタするのはやばいでしょ? だから、考えて」

「考える?――そうね、真剣に考えます」

「本当に? なら早速――」

「あたし一人で、貴方達二人を抑える方法を」

 一瞬安堵の表情を見せたデジフを他所に、フリージアは静かに息を吐く。

(? 寒い……気のせいか……いや違う、確実に温度が下がっている……!?)

 タックはいち早く気付いた。シミュレーションルームの気温が、下がり始めている。

「ね、ねえタック君、何だか寒くない? 私風邪引いたかな」

「いや……気のせいじゃないですよ。デジフさんの言葉を借りるなら、「やばい」です」

 そしてフリージアの周囲に、氷の雨が降り始める。フリージアが剣を一度振ると――バリバリバリィン!

「手加減してたら負けそうなので、本気、出しますね」

 フリージアの剣に一気に氷が纏われ、長く美しい氷の剣が出来上がった。少しでも魔法を嗜んでいればわかる、その精密さ、技術。

 お互い違う理由で何処か軽く見ていた戦いは、徐々に熾烈を極め始めるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る