第213話 演者勇者と「あこがれのゆうしゃさま」18
「えーっと……洗濯して返せばいい?」
顔と頭を軽く水で洗った結果、求めたタオルを持って来てくれたのはフリージアだった。ライトとしても少々予想外の展開に若干戸惑う。
「別にいいから。そんなその程度で洗濯を求めるような繊細なタオル、こんな所で使うわけないでしょ」
そう言われて、とりあえず借りてしまった以上途中で返すのも変なので必要な所は吹き切る。――それが終わるのを見計らって、フリージアは手を出した。タオルそのまま返していい、の合図。
「ありがとう」
ライトは素直にお礼を言い、フリージアにタオルをたとんで返す。
「なあジア」
「何?」
「アドバイス投げてくれたの……ジア、だよな?」
ライト騎士団の仲間達の声援に紛れて聞こえた声。それがあったからこそ、ライトはモンスターを倒せた。ライトの動き、癖、それを見抜いている人間の指示だった。そして何より、聞き間違える事のない声。
「迷惑だった? 暖かい声援の邪魔して」
「そんなわけない。あの一言が無ければ俺は勝てなかったよ。ありがとう」
フリージアの軽い嫌味を上書きする様にライトは改めてフリージアにお礼を言う。
「あの声援一つでもう許して貰えたなんて思ってはいない。いないけど、あの一瞬、昔に戻れたみたいで嬉しかった」
綺麗事に聞こえるかもしれない。余計に怒らせるかもしれない。でもライトは、その想いを正直に伝えたかった。
「……昔、か」
対してフリージアはそのライトの言葉に怒ることはなく、空を見上げ、想い耽る。
「ねえライト、あたし達、もう一度昔に戻れたら、こんな関係にはならないで済むのかな」
突然の問いだった。――もう一度、昔に戻れたら。
「俺はきっと、ジアを助ける為にもがいてもがいて――結局助けられない。そんな気が、今もしてる」
それはレナに全てを打ち明けた時にも感じた思い。――歯がゆいが、その結論がどうしても導き出されてしまう。
「正直者」
「これ以上、ジアに嘘はつけないから」
「そう。――あたしはね、ライト」
そこでフリージアが視線を動かし、ライトを見る。
「あたしは……ううん、あたしもアドバイスをした瞬間、昔に戻れたみたいだった。嬉しいかどうかはわからないけど、気が付いたらああ言ってた。何年か振りに後ろから見るライトは本当に弱かったけど」
「うっ」
わかっていても昔を知っている人間にこう言われるとちょっと傷付く。
「それでも、あたしの知ってるライトがまだそこに居た。それに気付いた瞬間、あの一瞬、あたしは昔のあたしになってた」
「ジア……」
「昔に戻れたら、幸せになれるよあたし達。あたしは同じミスは繰り返さない。――でも」
そこでフリージアは、再び空を見上げた。先程よりも、少し悲しそうな目をして空を見ていた。
「あたし達は、もう昔には戻れない」
そう。結局どれだけ夢を見ても、目の前にあるのは、絶望した人と、させてしまった人と、過去という事実のみ。その「もしも」が叶う事はあり得ない。
「わかってるよ。だから俺は――未来に向かって、足掻く」
それがわかっているから、それを戒めに、今まで頑張って来た。誰かの為に、この国の為に、未来の為に。
「だからジアも、未来を諦めないでくれ。あの日、ジアとの未来を諦めた俺に言われるのは腹が立つとは思う。でも俺は、少しでも多く、ジアには幸せになって欲しいんだ。その為だったら」
「何でもしてみせる、って? じゃあ」
スッ、とフリージアはライトに近付き、ライトの耳元に口を寄せると、
「あたしの為に、死んでくれる?」
そう囁いた。ハッとして横を見れば、落ち着いた冷静な目でこちらを見ている。
「それがジアの本当の望みなら」
でもその急な行動にも、冷静な目にも迷う事なく、ライトはそう答えた。
「今すぐは死ねない。俺は今、沢山の物を抱えてる。でもそれはいつか終わるから、それまで待ってくれるなら」
そしてこちらも真面目な目でフリージアを見つめ返した。生まれる沈黙、数秒。
「……本気で受けないでよ、馬鹿」
先に目を逸らしたのはフリージアだった。思えば再会してから何度責められてライトが先に目を逸らしただろう。でも今回は、ぶつかり合って負けたのはフリージアだった。
どうしてそんな所は、しっかりあの頃のライトに戻ってるの。いつまでも、あたしを見捨てたライトのままでいてよ。あたしが憎み続けたライトのままでいてよ。
「余計に辛い」
その呟きはライトには届かない。ふーっ、と大きくフリージアは息を吐いた。
「フリージア、こんな所に居た! ちょっと来て、私だけじゃ解析が」
と、その場にフリージアを探しにソーイが速足で……
「――って来た気がしたけど気のせいだった、ソーイさんの生霊でした! じゃ!」
「いやどう見ても来てる」
来たらフリージアとライトが二人きり。これはまずいと踵を返すソーイの襟をフリージアが急いで掴む。
「もう戻る。あんたが想像してる様な場面にはなってない」
「俺も戻るよ。皆が心配する。ソーイさんもすみません、心配かけて」
「私は生霊なのでご心配なく!」
「それはもういい」
ぺしっ、とフリージアに頭を軽く叩かれるソーイを残して、ライトは先に戻った。
「あー、えーっと、フリージア、ごめん。変な所に来ちゃって。実は私本物」
「しつこい。それに別に大丈夫だから。――このタオル片付けたら直ぐに行くから先に行ってて」
「わかった」
実際大丈夫そうだったので、ソーイもライトの背中を追う様にして――
「ソーイ」
――移動しかけた所で、フリージアが呼び止める。
「今日後でお願いがある。時間作ってくれる?」
「いいよ。――寧ろ、もっと頼ってくれてもいいからね。愚痴でも相談でも何でもいい」
そう切り出してくるソーイは、優しい顔。――ああ、本当にいい奴。あたしには勿体ない。
「ありがとう」
フリージアがお礼を言うと、ソーイは今度こそ戻っていく。フリージアは水場に行き、タオルをもう一度だけ洗い直す。
「ねえライト。本当に何でもしてみせるならさ」
バシャバシャ、ギュッ。――タオルを洗いながらの独り言。
「忘れさせてよ、昔の事。あたしの中から、悪い部分の記憶だけ消してよ。――ただライトが隣にいるだけで幸せだった、あたしに戻してよ。戻らせてよ」
叶う事のない願いを口にしながら、一人フリージアはタオルを洗うのであった。
「本日はご協力、ありがとうございました! これでまた色々進展すると思います!」
その後全員集合し、各々の得意ジャンルを生かした実験をこなし、色々なデータが取れた。
「皆さんにはまた後日報告や協力をお願いする事があるかとは思いますが、でもやっぱり実際に見た人、それからそこまでレベルの高い人達の意見はあると無いとはでは全然違いますね! フリージアが増えてくれたみたいで嬉しいです!」
「勝手にあたしを増やすな」
ソーイからすればライト騎士団の実力は研究所のエース、フリージアと並ぶ物。そしてまだ片鱗しか見せていないが、ライト騎士団からすればフリージアの実力はライト騎士団でもエースクラスで通用する物。それがお互いにわかる一日でもあった。
「それでは皆さん、お気をつけてお帰り下さい! では――」
「ちょっと待って下さる?」
時刻も夕暮れ、さて帰還お見送り――のソーイの挨拶を、エカテリスが遮る。
「リバール、ハル」
「はい」「はい」
エカテリスがそのままリバールとハルを呼ぶと、二人は後方に用意していた荷物を取り出し、ソーイの前に。
「あのー、これは?」
「研究所では交代で夜勤、泊まり番もあると聞きましたわ。なので私達からの差し入れです」
「えー! いいんですか、ありがとうございます!」
中身は保存が効く菓子、ソフィのハーブティーセット等、扱い易く嬉しい品が豊富に。
「ちなみにライトの提案ですのよ」
「エカテリス、それは言わなくていいって」
事実この案を真っ先に出したのはライトだった。フリージアもそうだが、ソーイ、他の研究員の人達も大変だろうと提案、すんなり全員からの同意を得られた結果である。
「わー! ライトさんありがとうございます!」
びしっ、とソーイは笑顔でライトに敬礼。実際提案しただけなのでそこまでされると照れ臭い。
「マスター、はい」
と、そこでネレイザがライトに紙袋を一つ手渡す。
「それから、これは二人だけに」
そしてライトがその紙袋を持って数歩前に出る。そのままその紙袋をソーイに対して手渡し――
「おーっとライト殿、今日はこちら向きの方が吉兆ですぞ」
「ライト様、こちらの方角には落とし穴の可能性が。このリバールを持ってしても処理し切れません」
「流石にリバールの理由は無理があるよね!?」
――かけた所でニロフとリバールに無理矢理体の向きを変えられる。その先に待っているのはフリージア。
「えっと……まあ、そういうわけだから、その、二人で味わって下さい」
流石にフリージアも逃げずに直接ライトから受け取る。紙袋の中を覗いてみれば、ハインハウルス城下町の菓子店のアップルパイが箱で入っていた。
「その、ソーイさんの好みはわからなかったんだけど、ジアはアップルパイ、好きだっただろ? だからどうかな、って思って。皆さんへのお土産見てる時に思い付いてさ」
「……あたしがアップルパイ好きだったなんて、よく覚えてたわね」
「うん。覚えてるよ、ジアの事は。――大人になって、好みが変わってなければだけど」
「大丈夫、変わってない。――ありがと」
そう言ってフリージアは、少しだけライトに笑ってみせた。――再会して、初めて見る笑顔だった。
「尊い……」
その笑顔に溶かされそうになるソーイと、
「ぐぎぎぎ……マスターの為とはいえ……何も出来ないなんて……!」
「……そういう所見せるから子供扱いとかしたくなるわけよネレイザちゃんは」
悔しそうにしているネレイザが居たのは余談である。
深夜。勿論誰もが寝静まり、辺りは静まり返る。
勿論一部の繁華街などは例外だが、ここハインハウルス魔術研究所も例外ではなく、建物の明かりも消え、静まりかえっていた。
「あそこですね」
その研究所に闇夜に紛れてひっそりと近付く、二人の姿。
「やばいじゃん。研究所っていうからもっと違うイメージだったのに、どう見ても最新式だよ。セキュリティとかもやばそう」
「セキュリティが厳重なのは予測済みでしょう。突破の為の魔道具も預かって来てますから」
「え、ここ突破する魔道具とかあんの? やばいじゃん」
やばいやばい言ってる方、名をデジフ。性別は女。中々にふくよかな体形であり、あまり潜入等には向いてなさそうなシルエットの持ち主。
「やばいと思うんならもう少し静かにしてて貰えませんか」
そのデジフを呆れ顔で見た方、名をタック。性別は男。こちらは少々芯が細めの体形で、落ち着いた雰囲気を持つタイプだった。
タックの持っていた魔道具で、入り口を通過。二人は研究所内に潜入する。
「というか私、よくわからないんだけど、そんなに見つかったらやばい物なの?」
「僕もよくわかりませんけど、命令ですから。でなければデジフさんと一緒になんて行きませんよ」
「冷たーい」
そんな会話を小声でしつつ、タックがもう一つ魔道具を取り出す。こちらセンサーとなっており、「目的の品」への道を示してくれる物だった。
「……? 建物の裏手に繋がってる……?」
「え、もしかして壊れたんじゃないの? やばいやばい怒られちゃう」
だが引き返すわけにもいかずそのまま進むと、二人は研究所のシミュレーションルームに辿り着いた。
「裏庭やばっ」
「裏庭じゃなくて実験用の施設でしょう。センサーが反応したってことは、ここで実験していて、何らかの品がここに」
「御名答」
最後の一言は二人の物ではない。ハッとして振り返った瞬間、シミュレーションルームに最低限の明かりが灯る。
「どなたか知りませんが、そういう方法でここに入ってくるって事は、あたし達の研究も随分と進んで来た証拠なのかもね」
ハッとして振り返れば、そこには凛とした姿の一人の女性――フリージアが、立っていたのであった。
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