第212話 演者勇者と「あこがれのゆうしゃさま」17
「ソーイさん達にも通達が行ってると思うけど俺は仲間達に比べて圧倒的に弱いから、そういう意味じゃ適任だと思う。シミュレーションルーム内だったら安全なんですよね?」
「はい、その辺りの心配は無用です!」
ライト騎士団のメンバーが強過ぎてテストに若干の足踏みが出た時、なら自分がやればいい、と名乗り出たライト。シミュレーションルームは実際安全で絶対の自信があるのだろう、ソーイは力強い返事をする。
「ライト様、お気持ちはわかりますが、ライト様では」
「そ、そうだよライトくん、もしもって事があるから!」
勿論ライトは自他共に認める騎士団最弱。ソーイを疑うわけではないが、心配したハルとサラフォンが直ぐに止めに入る。
「二人共ありがとう。でも大丈夫だから。俺にも何か貢献させてくれ。――レナ、万が一の時の為の位置取りのキープはお願いしていいかな?」
「はいよ。ま、それが私の今の本業だから、その辺りは安心して」
「他の皆はソーイさんの希望通り、モンスターの解析を頼む。俺相手で何処まで見れるかわからないけど」
だがライトはその二人の制止を振り切り、レナを一定間合い置いて連れて、魔法陣の前に。
「ではいきます!」
合図と共にソーイが再び魔法陣に小さいボールを投げ入れると、魔法陣が光り、
「グルルゥゥゥゥ……」
二足歩行の獣型モンスターが出現する。
「……ふーっ」
対峙したライトは剣を抜き、身構える。――擬似戦闘とはいえ、一人きりで戦うのは演者勇者になってからはほとんど初めての様な物。手に汗握る緊張感がライトを襲う。
「ガオォォォォ!」
先に動いたのはモンスター。咆哮と共に地を蹴り、鋭い爪をライトに向かって振り下ろす。――キィン!
「……っ」
ライトは間一髪の所で反応。剣でそれを防ぐ。
「ガォォ! ガォォ!」
勿論モンスターからしたらその一撃で終わるわけがない。ライトに反撃に出られる前に、両手で振り下ろしラッシュを開始。
「ぐ……くそっ……」
キィン、キィン、ガキィン!――あっと言う間に防戦一方になるライト。ギリギリの所で防ぐが、反撃所ではなくなってしまう。追い詰められ、勝負が決するのも時間の問題の様に見えた。これはシミュレーションルーム。説明通り実際に怪我をしたりましてや死ぬ事はないとわかっていても、今までライトの実戦を見た事がなかった騎士団の面々は、ライトの戦いを見ていると様々な想いが過ぎってしまう。――騎士団の他の面々と比べても、圧倒的な差、弱さが分かり易く露呈する戦いっぷり。
「ライトくん……ライトくん、やっぱり駄目だよ、危ない!」
最初に我慢の限界を迎えたのはサラフォン。一方的にやられるライトを見ているのが辛くなり、銃を持ち、モンスターの撃破に入ろうとする。だが――ガシッ。
「駄目だ。今長の戦いの邪魔は許されない」
丁度サラフォンの隣にいたドライブが、銃口を持ち、サラフォンを止めた。
「ドライブさん! どうして、ライトくんが!」
「サラフォンとて、長が日々努力をし続けているのを知っているだろう。俺よりも先に騎士団に入ったのなら尚更だ」
「そう……だけど、でも!」
「俺達が長の気持ちを理解してやらなくてどうする。俺達が長の努力を信じてやれなくてどうする。長が何故、あの場に立とうと思ったのか。サラフォンの気持ちもわかる。でも、まだ助ける時間じゃない」
ハッとして回りを見れば、誰もが真剣な面持ちでライトの戦いを見守っていた。時に強く拳を握り、助けたいのを我慢する姿も見えた。――自分だけじゃ、ない。辛いのは自分だけじゃなかった。
「マスター! 頑張って、マスターなら出来る!」
ネレイザも我慢の限界を迎えたか、せめてと思い応援の声を上げた。
「ライト、ライトなら出来ますわ! 諦めないで!」
「団長ぉ! 団長は負けねえ、絶対に負けねえ!」
そこから始まる、思い思いの声援。皆が精一杯の想いを届けようと、必死に声を出す。
(皆……ありがとう、本当にありがとう)
その声はライトの背中を押してくれる。諦めない強さを奮い立たせる。
「ガォォォ!」
ブォン、カァン!――それでもその声援は、ライトの実力を上げてくれるわけではない。防戦一方、ライトのピンチは変わらず。シミュレーションルーム内だから良いものの、これが実戦だとすると非常に厳しい状態であり、本来ならとっくの昔にライトの為にレナが剣を振るっているだろう。
(落ち着け……落ち着け……皆が見ててくれてる、応援してくれてる……)
それでもライトは諦めない。必死に攻撃を防ぎつつ、何とかの反撃を試みる。
「…………」
その光景を、フリージアは複雑な心境で見ていた。先日偶然にもアルファスから稽古をつけて貰っている姿は見たが、こうしてほぼ実戦のライトを見るのは果たして何年振りか。
あの頃と同じ様で、でも違う。――本当に、ライトは弱かった。初めて一緒に戦った子供の頃の鮮麗された動きは、そこにはなかった。
(……なのに)
それなのに、フリージアにはライトの動きが手に取る様にわかった。一緒に戦っていた頃の癖が残っている。――どうして。どうして忘れてくれないの。どうして感覚が残ってるの。
どうしてあたしは今、彼の動きを、ずっと目で追ってるの?
どうしてあたしは今、彼に――負けて欲しくないの?
ライトを許している?――そんなわけがない。今だって思い返せば、消化し切れない程の怒りが恨みが込み上げてくる。自分を見捨てて裏切った癖にあんなに周囲に恵まれている姿は、本当に見ていてイラっとする。
何であんなに応援されてるのよ。何であんなに慕われてるのよ。ライトは、あたしにとって……あたしの……!
「ガルゥゥゥゥ!」
モンスターが振りかぶって大きな攻撃に出る。「決め」に来た。――その瞬間。
「ライト、右下!」
そのアドバイスは、ライトの耳にハッキリと届いた。しばらく聞いていない、でもまるで毎日聞いていたかの様にハッキリと、騎士団の応援の中から聞き分けられた。
同時にライトは動きを変えた。防戦一方だったがそのアドバイスに合わせ、見事に右下からカウンター。速度、威力はあったが大振りだったモンスターの攻撃をかわしつつ全力での斬撃。
勿論、日々アルファスの指導のおかげである点は大きい。それがなければここまでしっかりと反応出来なかっただろう。でもそれ以上に、聞こえた声は、アドバイスは、昔を彷彿とさせて、一瞬だけ強かった子供の頃に戻れた気がした。
ズバシュッ!――綺麗に入ったライトの斬撃は、モンスターを見事に真っ二つ。召喚型だったのもあり、跡形もなく消えた。
ライトが倒した。決して弱くはないモンスターを、一人で倒した。あのライトが。
「えーっと……」
倒したライトも一瞬困惑。そのまま少しだけ辺りが静まり返ったが、
「マスターっ!」
タタタタッ、ガシッ!――ネレイザがダッシュで近付き、そのままライトに抱き着く。
「うわっ! っと、ネレイザ!?」
「凄い、凄い! やれるじゃない! マスター格好良い! 流石私のマスター!」
ネレイザは本当に嬉しそうに抱き着きながらライトを褒めたたえた。え、どうしよう、とライトが対応に困っていると、
「ライトくん、良かった! でもそれ以上に格好良かった!」
「ライト様、流石です、努力の成果ですね!」
最初に心配していたサラフォン、ハルの両者も勢いのまま喜びを隠さずにライトに抱き着いた。
「団長、アタシは信じてたぞ、団長は絶対にやれる様になるってな!」
更にソフィ、
「私達の勇者様の名は伊達じゃありませんわね! 格好良かったですわ!」
エカテリス、
「このリバール、感服致しました。姫様と同じ位に素敵だと思えたのは初めてかもしれません」
リバール、
「まったく、やってくれるじゃん。――格好良かったよ、勇者君」
レナ。――以上、ライト騎士団女性陣が、入れ代わり立ち代わりでライトに抱き着き賞賛する。
「み、皆、ありがとう、でもとりあえず一旦落ち着いて」
ライトとしては揉みくちゃにされ、でも各女性陣の暖かさ柔らかさを感じられて嬉しい様なわけがわからない様な。
「フフフ、あれだけ女性陣に抱き着かれここで男性陣の我々が抱き着くのは無粋というもの。ドライブ殿もわかっていらっしゃる」
「いや、俺としては落ち着いたら胴上げをしようと思って待ってただけなんだが」
「ああ成程、それがありましたな。それなら女性陣も含め全員でやりましょうぞ」
というわけで、ドライブの提案で、ニロフも含めついに全員でライトの胴上げが開始された。
「わーっしょい! わーっしょい!」
「待て待て待ってくれ! 流石に恥ずかしいから! 下ろして!」
当然ライトは恥ずかしい。褒めてくれるのは嬉しいが、最早魔王を倒しましたみたいな勢いになりつつある。皆テンションが上がり下ろしてくれる様子もない。
「あ、あの! 大変お気持ちはわかるのですが、こちら一応テストですので、その辺りのお話をさせて頂けたらと!」
「わーっしょい! わーっしょい!」
仕事の話がしたいソーイの言葉も届かないライト騎士団。……困ったソーイは、
「えーっと……とりあえず早めに終わらせましょう、後何回やれば終わりますかね、お手伝いします! わーっしょい!」
勢いでライトの胴上げに参加するという最早わけがわからない構図が広がるのであった。
バシャバシャバシャ。
「ふぅ……」
少しして胴上げも流石に落ち着き、全員が冷静になると、やっとソーイの言葉に耳を傾けられた。
結局皆ライトの動きと戦いだけが心配でモンスター云々は見ていなかった為、ライトの戦いはテストとしては何の成果にもならず。現在はソーイ監修の元、直ぐに倒さない様に手加減して召喚モンスターの動き等を再確認するテストが始まっていた。――最初からそうすれば良かったという考えは誰もが一瞬過ぎったが口に出す事は無かった。
そしてライトは一人で戦った後女性陣に抱き着かれ胴上げされ、戦闘以上に疲れが出たので一時現場から離れ、水で顔を洗っていた。汗もかいたのでそのまま頭から水を被る。――気持ちいい。
そして水を被りながらも思い出す、モンスターとの戦い。――確かにシミュレーションルームという保護の元なので緊張感は違ったかもしれない。それでも、本当に一人で倒せた。
努力の成果? それはあるだろう。何もせずにあそこまで出来る様になるわけがない。演者勇者なり立てだったら瞬殺だっただろう。そこはライト自身も感じ、認める所でもある。
でも、それだけじゃない。もう一つ認める箇所。あの時聞こえた、あの声。
「あ」
そこで気付く。――タオルの類を何も持ってなかった。頭だけとはいえびしょ濡れ。迷惑になるだろうけどハルを呼ぼうかな、と思っていると、
「はい」
タオルが手渡された。気付いてくれたらしい。
「ありがとう、助かった」
感謝してタオルを受け取り、頭を拭き、顔を拭き、顔を上げる。
「…………」
「……あ」
そして顔を上げて最初に視界に入ったのは、冷静な目で見てくるフリージアの顔。――タオルは、フリージアが渡した物だった。
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