第210話 演者勇者と「あこがれのゆうしゃさま」15
「念の為に聞くけど、お二人共、〇ッキーゲームの内容は知ってるよね?」
「まあ、その、はい」
知ってるから困ってるんじゃないか。――ライトは内心溜め息。
「あたしも知ってる。このスティックのお菓子で憎い相手を憎い回数だけ突き刺すんでしょ」
「まったくもって違う!」
そしてフリージアはスティック状の菓子を指と指の間に挟み長い爪の様な状態に既にし始めてソーイにツッコミを受けて奪われていた。――目が本気だった怖い。
「もーフリージア、お酒の場なんだからリラックスリラックス。そして王様の命令なんだから諦めなさい!」
そんなフリージアに怯むことなく、ソーイは奪った菓子の内一本を、フリージアにあらためて差し出す。アルコールも浸透して来たか、若干遠慮が無くなって来ていた。
「わかった。やればいいんでしょやれば」
はぁ、と溜め息を隠さずついた後、フリージアはスティック状の菓子を受け取り口にくわえ、テーブル越しにライトに向かって無言で差し出して来た。
「……失礼します」
向こうがそうしてきた以上、こちらもやらないわけにもいかない。ライトも挨拶(?)した後、反対側をくわえる。――ええいライト、俺も男だ、腹を括れ!
「それじゃ、〇ッキーゲーム、スタート!」
バキッ!
「え」
「はい、あたしの勝ち」
そしてスタートの合図と共にフリージアは首を上手く動かしスティック状の菓子を見事に圧し折り、圧倒的部分をくわえて勝利宣言。ライトの口元にはほとんど残っていない。凄い技術……
「いやいやいやフリージア!?」
「長くくわえて方が勝ちでしょ」
「そうだけど! そうだけどさぁ!」
周囲が見たいのはそんな勝負じゃない。ライトといえば一応助かった形。……助かった、んだよな?
「ほら、次のゲームに行ったら?」
「ぐ……王様だーれだ!」
ちょっとだけしてやったりの顔をするフリージアに促され、第四回戦開始。
「私! 三番と四番が真面目に〇ッキーゲーム! 意図的に折るの禁止!」
そして謎の火がついてしまったソーイが再び王様になり、こちらも再びとなる〇ッキーゲームを要求。――ちなみにこれ、国王様とニロフと俺、三人の内二人だったらどうなんの、とかライトが思っていると、
「あ」
ライトの手元に四番のくじ。――何でだよ。
「おっ、またライトさんですね! じゃあ三番は」
ソーイが見渡すと、レナが一番、ヨゼルドが五番、ニロフが二番……
「…………」
そして周囲には見せないものの、くじを見てあからさまに嫌そうな顔を見せるフリージア。つまり消去法で三番。つまりつまり、ライトとフリージアの〇ッキーゲーム再び。
「勝った……!」
ソーイ、謎の勝利宣言。最早〇ッキーゲームよりもソーイとフリージアの勝負の様になってしまった。
「ニロフ、公式に〇ッキーゲームが出来るチャンスを逃す私は男としてどうだろうか」
「国王としてお嬢の夫としては正解でしょうな。というかこういうのを見るとライト殿は本当に持っておられる」
「つーかそもそも国王様勇者君の為とはいえ合コン来てる時点でアウトなのでは」
必死のソーイ、渦中のライトとフリージアに対し、何となく冷静になってくる外野三人。
「さあ観念してくわえて! ぐふふふ……!」
お酒のせい(と思いたい周囲)か、段々とセクハラする中年みたいになりつつあるソーイに促され、再びスティック状の菓子をフリージアがくわえる。そうなるとライトもやはり逃げられない。再度無言で差し出された反対側をくわえる。
「では……スタート!」
というわけで、ソーイの合図で〇ッキーゲーム二回戦スタート。
「……(ぽりぽり)」
「……(ぽりぽり)」
意図的に折るのを禁止にされた為(!)両端から食べ始める二人。フリージアも今回は逃げる事無く淡々と食べ進める。――当然、徐々に徐々に二人の顔が、口が近付いていく。近付くにつれ、外し切れなくなる視線。というよりも、
(何だ……何の合図なんだ……!?)
ライトから視線を外し気味だったフリージアが、ここへ来てライトを冷静にじっと見つめてくる。〇ッキーゲームのせい以上に見つめてきている。ここまで近くで彼女の目を見るのはもう何年振りだろう。懐かしい様な嬉しい様な悲しい様な。
だがそんな感傷に浸れたのもわずかな時間であり、勝負の時が近付いて来ていた。菓子は気付けば随分と短くなってきており、二人の顔も随分近くなって。――唇が重なり合うまで、あと少し。
「……(スッ)」
もう一口食べたら唇が重なる、という所で一瞬、フリージアが首の角度を変えた。それはまるで、ライトの唇を受け入れる準備の様に――
「――っだあやっぱり駄目だって!」
――見えた気が一瞬周囲はしたのだが、それよりも先にライトがギブアップ。菓子から口を離し、椅子にガタッ、と座ってしまった。
「はーい、勝者フリージア! ライトさんの負けー!」
「……ふぅ」
ソーイの決着宣言で正式に勝負は終わる。先に口を離したライトの負け。フリージアは何事も無かったかの様に椅子に座り直し、くわえていた菓子をそのまま食べ切った。
「勇者君、負けちゃったじゃん。折角のキスチャンスだったのにー」
「んなこと言ってもなあ!」
「あれなら私とエアポッキーゲームする? んー」
「それただのキスだろ!? んー、じゃないよ! そういうのはこう、もっと大事にしないと!」
「うわー、乙女じゃん勇者君」
「ほっといてくれ!」
心なしかライトの顔は赤かった。勿論フリージアとは色々あるのだが、それを飛び越えての恥ずかしさ。一方のフリージアは、顔色一つ変えないままで、
「……意気地なし。あの時と一緒」
「? フリージア、何か言った?」
「何でもない」
誰にも届かない独り言を、呟いたのであった。
「それで、我は気付いたのです。この魔法陣の構築は、根本の七割を変えれば、効果量がまったく変わる事で更なる進化を遂げると」
「凄い! 私なら確実性をとって外周のこの辺りを弄っちゃうなー」
「いやいやその考えも堅実で素晴らしいです。つまり、今の二人の考えをまとめれば」
王様ゲームもひと段落し、お酒も大分進んで来た。気付けばニロフとソーイが魔法談義で盛り上がり相思相愛状態。
「この前も、ハル君の私服が素敵だったから褒めたんだ! そしたら何か裏があるんじゃないかと疑われて……!」
「それは多分普段の国王様が原因ですよー。いっその事何か裏を作りましょ。ああでも私は愛人にはなりませんよ。というか今回の催しよくハルが許可出してくれましたね」
「実は内容を誤魔化して来ている」
「うーわ終わった」
こちらではヨゼルドがレナと何となく会話をする形。――そして残る二人といえば。
「……あの、皆さん、そろそろお開きにしませんか?」
ライトが気持ち小声でそう提案してくる。そして促す先では、
「(すぅ……)」
フリージアが夢の世界へ旅立っていた。――結局あの〇ッキーゲームの後、ライトとフリージアの間柄に進展はなく、お互いただ無言で酒を飲むだけ。ライトは気まずさからあまり進まなかったが、フリージアのペースは速く、結果こうして眠りに落ちてしまったのだ。
「成程。その方が良さそうだな」
ヨゼルドのその一言に、フリージア以外が帰り支度を開始。酒は進んでいたがフリージア以外でそこまで酔っている人間はおらず、直ぐに支度は終わる。
「フリージア、帰るよー」
「……うん……うん……」
ソーイが軽くフリージアの肩を揺らし名前を呼ぶ。それに対し返事をしているが、目を開ける様子がない。もしかしたら夢の世界で返事をしているかもしれない。
「まいったな……ここまで酔う子じゃないのに」
何気ないそのソーイの一言が、ライトにチクリと突き刺さる。この飲み会には、そこまで飲ませてしまう原因があったのだ。そしてその原因は一つしか思い当たらない。
「ソーイさん、研究所の寮まで送りますよ。俺、ジアをおぶりますから」
だから……というだけではないが、ライトはその提案をした。
「ありがたいんですけど、大丈夫ですか? ご存じだと思いますけど、徒歩だとそこそこ距離ありますよ」
「はい。――レナごめん、レナは一緒に来て貰う事になるけど」
「まあ、仕方ないわな。じゃ、さっさと支度しよっか」
レナに手伝って貰い、ライトはフリージアを背中に背負う。フリージアはまったく目が覚めないのかされるがまま。感じる酒の香りとフリージアの温もり。
「勇者君、折角だからちょっとフリージアの背中押してあげようか」
「ありがたいけどありがたくないので止めて下さい」
……そしてまあ、当然思いっきり密着しているので背中に感じるフリージアの体。ただでさえハッキリ感じ取れてるのに今レナに押されたら余計にもうあんなこんな。
「では我々はお先に失礼させて頂きますぞ」
「ニロフ、私達だけで二件目にいかないか?」
「我は構いませんが、遅くなればなる程若の立場がマズくなるのでは」
「どっちにしろもう十分ピンチだから割り切る!」
「……大人しく今日は帰りましょうか、若。ハル殿には我からも口添えをしますから」
そんなヨゼルドとニロフと別れ、フリージアを背負ったライト、レナ、ソーイの三人は、一路研究所の寮へと歩き始めるのであった。
「ライトさんは、フリージアとは昔からのお知り合い、という事でいいんですよね?」
研究所の寮への道中。フリージアが寝ているからだろうか、ソーイがライトにフリージアの事を切り出して来た。
「はい。幼馴染です」
「それで……えっと、そのですね」
「長くなるので細かくは言いませんけど、でも本当に許されない事をしたと思ってます。ジアにああいう態度を取られても仕方ない。取って当たり前の事をしました」
ライトの表情は、本当に申し訳なさそうで、ソーイの目からしても、嘘を言っている様にはとても見えなかった。
「……私、フリージアとは研究所内では一番の仲良し、同僚って言うよりも、私は友達だと思ってます。ちょっと捻くれてますけど、凄いいい子で。それで美人で頭も良くて。こんな子に、あんな表情させる人がいるなんて、思ってもいませんでした」
ソーイの素直な感想。それはつまり、
「……俺の事、軽蔑しますか?」
という質問に、どうしても繋がってしまう。
「わかりません。私は深くは知らないし、今ライトさんを見ていてもそんな人には見えないから。でも傷付けたのは事実ですよね。……やっぱり、わかりません」
対してそう言ってソーイは苦笑する。本音なのだろう。
「友達って言っておいてあれなんですけど、私の感覚では、フリージアにはどうしても何処かに壁がある。そんな気がずっとしてます。でも多分皆にそんな感じで、元々そういう子なんだと思って割り切ってました。ニックネームつけてあげるって言ったら絶対しないで、したら口きかないって不機嫌にまでなったし。だから驚きました。ライトさんが、「ジア」って呼んでるの」
「あ……」
フリージアは、本当に信頼出来る人にしか「ジア」呼びを許さなかった。父、母、そしてライト。そして最後の一人になったライトに裏切られ、それ以降一定以上踏み込む事がトラウマになっているのであれば。
「あ、ごめんなさい! ライトさんを責めたいんじゃないんです!」
その答えに辿り着き、再びライトが落ち込んでいるとソーイが急いでフォローに入った。
「何て言うか、そのライトさんが羨ましくて。ジア、って呼ぶ事を許されてる。今のこの険悪な状態になったって、そう呼ぶ事を許してる。……本当はこいつ、ライトさんが迎えに来てくれるの、ずっとずっと、待ってたんじゃないかな、なんて」
「…………」
それが事実だったらどれだけ嬉しいだろう。でもそれは夢物語。現実は、きっと。
「――生きてると、どうしてもこういう事、あるよねえ」
「レナ?」
ソーイとは反対側の隣にいたレナが、空を見上げながら口を開いた。
「いっその事、死んだ方が答えは一つで諦めもつく。でも生きてる限り、可能性も選択肢もどうしても広がっちゃうもん。辛いよね」
何かを悟ったようなその言葉。相変わらずレナの考えは読めない。……でも。
「辛くても痛くても、俺は背負う。――そう、決めたから」
可能性も選択肢もあるのなら、俺は歩いてみせる。背負って歩いてみせるよ。ジア、お前に鼻で笑われても、怒られても、嫌われたままでも。例えもうお前が見てくれなくても。
「だから、俺、ジアには幸せになって欲しい。身勝手な言葉だけど、誰よりも幸せになって欲しい。その為に俺に出来る事があるなら、何だってしてみせる」
「そっか。――勇者君は、幸せ者だよ」
「……俺が?」
「うん。だってまだ、頑張れるんだから」
やはりレナの言葉の本当の意味はわからない。――でも。
「そうだな。俺はまだ頑張れる。――ソーイさん、出来る限り迷惑はかけないつもりですけど」
「何でも言って下さい! フリージアの為なら……私達、同志です!」
ニコッ、と満面の笑みをソーイが見せてくれる。――ああ、ジアの近くに優しい人が居てくれて、本当に良かった。
こうして、新たな決意を胸に、ライトはフリージアとソーイを寮まで送り届けるのであった。
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