第208話 演者勇者と「あこがれのゆうしゃさま」13
「お疲れ様です!」
「どわぁ!」
午後、ハインハウルス商店街、武器鍛冶アルファスの店。今日もライトが剣術を教わりにやって来たのだが。
「誰だお前!?」
「ライトです! 今日もご指導の程、宜しくお願いします!」
「お、おう……」
ライトの気合が入り過ぎて最早アルファスが本当にライトがどうか疑う程だったり。
「おいレナ、こいつ何があった。毎回変わり者連れてき続けてついに本人が侵食したのか」
「色々ありまして。それに言いたい事わかるけど、アルファスさん知らないだけで時折勇者君こうなる」
というわけで、自分を見直し、気合を入れ直したライト初日である。当然ライトの性格上、アルファスの稽古など特に気合が入るわけで。
「ライトさん、リラックスした方がいいですよ。その方がライトさんらしいですし」
セッテも流石に苦笑しながらライトを宥める。
「セッテさん、ありがとうございます。セッテさんみたいな綺麗な人に言われたら、確かに落ち着きます!」
「えっ」
が、そんなセッテにライトは目を輝かせながら接近。
「アルファスさんが羨ましいです! 俺がアルファスさんならセッテさんをもう絶対に離さない!」
「あ、あの……えーと……アルファスさんライトさんが変です助けて下さい!」
「おう、いつもならいくらでも持っていけって所だが今のライトは不安だわ」
褒められ口説かれ恥ずかしくなりアルファスの後ろに隠れるセッテ。そしてあのアルファスがセッテを匿う始末。――ガチャッ。
「ただいま」
「フロウ! お帰り!」
「ああ兄者、レナ、来ていたのか」
と、丁度買い物に出ていたフロウが店に戻って来る。
「フロウ……! フロウは、凄いよな……!」
「兄者? 急にどうした?」
「剣士としてもアルファスさんと紙一重の超一流、それでいてアルファスさんに鍛冶を教わる努力家……! 格好良いよ、凄いよ……! それに比べて……俺は、俺なんかぁ……!」
そして今度はうおおおお、と膝をついて床を叩きながら泣き始めた。
「ちょ、兄者どうしたんだ!? レナ、兄者に何があった!?」
「ごめん流石にちょっと私もついていけなくなってる」
本質的な話が絡むと暴走勇者君はここまで来るんだ、ともう冷静な目で見ることしかレナには出来なかった。
「兄者、落ち着いてくれ。何か悩みがあるなら聞くぞ」
「ありがとう……フロウは、優しいな……こんなに可愛くて、優しくて……抱き締めてもいいかな……?」
「えっ、なっ、ちょ、ちょっと待ってくれ、その、兄者がそれが必要だと言うならやぶさかではないが、その、あの、皆が見てる前ではちょっと私も」
と、そのまま勢いで抱き着こうとするライトを、レナが服の裾を掴んで引っ張り制止させた。
「アルファスさんもう稽古始めちゃって……多分発散させないと落ち着いてくれないから」
「え、嫌だ……これに俺稽古つけるのか……?」
「アルファスさんお願いします、ライトさんがこのままじゃ」
「店長頼む、流石にこの兄者は私も」
というわけで、稽古前からハプニング全開のアルファスの店なのであった。
カン、カン、カァン!
「はっ! ふっ!」
稽古が始まると流石にライトの気持ちも落ち着き、いつも通りに稽古が進んだ。現在は木剣でライトがアルファスに向かって剣を振っており、それをアルファスが捌いている所。
「ふーむ」
いつもは捌きながらも要所要所でアドバイスを送るアルファスだったが、今日は少し考え込む様子を見せる。そして、
「ストップ」
カァン!――少し強めに弾き返し間合いを広げさせ、一度ライトの攻撃を止めた。
「ライト」
「はい」
そしてライトを呼ぶと――ぺしっ!
「痛っ!」
頭上に手刀。
「おうお前、何だ今日の動きは」
「え? いえ、俺は特にいつも通りのつもりなんですが」
「無意識かよ。本当に何があったんだお前は……」
はぁ、とアルファスは溜め息。手刀と溜め息の理由は、
「何で今日お前ツーマンセルを意識してる? 言っておくが、お前がレナとツーマンセルで戦うなんて百年早いぞ。そんな状態だったら間違いなくレナは自分一人でお前を守りながら戦う道を選ぶしその方が戦い易い」
何処となく誰かと一緒に戦うというのを意識した様な動きを見せたからだった。――当然思い当たる節はある。
「すみません、ちょっとあって」
「気をつけろ。変な意識をすればいざって時自分の首を絞めるぞ。お前はまず、自分一人での剣術に集中しろ。応用はそれからだ」
「はい」
稽古再開。ライトも気持ちを入れ替えて木剣をアルファスに向かって振るう。
「はっ! ふっ!」
カン、カン、カァン!
「……はぁ」
その途中で今度はアルファスは溜め息。――カァン!
「ライト」
「はい」
そして再び間合いを広げ、ライトを呼ぶと――ぺしっ!
「痛い!」
再び頭上に手刀。
「ツーマンセル止めたら今度はお前の後ろに誰かが居る様になってるじゃねえか。お前は誰かを護る前にレナに護ってもらう立場だっての」
ライトの動きは今度は何処か後方に誰かがいる事を前提とした動きに変わっていた。当然それを意識すれば動きが変わって来るし、アルファスはまだライトにその動きを教える気はさらさら無かった。
「お前本当に何があった。中途半端な訓練なんざ時間の無駄遣いだぞ」
「……すみません。ちゃんと、気持ち入れ直しますので」
「まあ理由を言えって話じゃねえ。ただどんな精神状態であれ、剣を抜く時は気を抜くな。ほんの少しの差が勝敗を分ける」
「はい」
アルファスは再び促し、間合いを取る。ライトも精神を集中させ身構える。
「……はぁ」
そして再びアルファスは溜め息。気持ちを「入れ替えた」ライトは確かに集中していた。でもその真剣な面持ちの先に見てるのは、どうしても――
「フロウ、ちょっと来れるか」
ライトが動き出す前にアルファスはフロウを呼ぶ。店番をセッテに任せ、フロウが裏手に。
「店長、どうした?」
「ツーマンセルの経験はあるか? ちょっとライトの隣に立ってやってくれ」
「!」
「あまり経験はないが、兄者の為なら」
そう言って、優しい笑みをライトに見せて、フロウはライトの隣に立つ。
「アルファスさん、あの」
「今日だけな。いっその事ちょっと教えた方がスッキリするだろ。これで明日も引っ張るようならマジで蹴っ飛ばすからな」
「ありがとうございます、勉強させて貰います!」
ガバッ、とライトはアルファスにお辞儀。――やれやれ、世話の焼ける奴。
「ちなみに俺は一人で戦った方が楽だからツーマンセルの動きはソロよりも断然下手だからな。教えられるのなんて触りだけだ」
「店長はなら誰かに教わったりしたのか?」
「それがいたんだよ。一人お節介が」
『アルファスくーん、今日私とツーマンセルね』
『はぁ? なんスかいきなり……ヴァネッサさんと俺組む必要ないってか組んじゃったら陣形崩れるでしょ』
『大丈夫、二人で三倍位倒せば』
『いや理論上はそうでしょうけどそもそもそこまでやる必要性は一体何処に』
『アルファスくんはね、一人での戦いを意識し過ぎなの。勿論その方が肌に合ってて上手く動けるんでしょうけど、でもツーマンセルを知っていて損は無いわ。更に言えば、アルファスくんなら座学でああだこうだ言う位だったら実戦の方が圧倒的に教えられるし』
『そりゃ損は無いでしょうけど、得はあります?』
『あるわよ。いつかきっと、必ずそういう時が来るから』
あの人の言う事はやる事は、結構ハチャメチャだけど結局いつだって正しくて。
「予言者かよ、まったく」
アルファスは当時を思い出してつい笑ってしまった。
「あの、アルファスさん?」
「ああ、悪い。――んじゃ、始めるぞ。フロウも頼むな、ライトに合わせて動きを意識してくれ」
「了解した」
こうして、アルファスによる臨時ツーマンセル鍛錬が始まるのであった。
どれだけハインハウルス総合魔術研究所の寮が最新鋭で綺麗でも、商店までは完備されていない。というわけで、買い物が必要な場合宅配か実際に足を運ばなければならない。
「あの、フリージアさん、本日はどちらへ行かれます?」
「気持ち悪い普通に話せ」
というわけで実際にこちら、午後半休を取って買い物に足を運んで来たフリージアとソーイである。先日の騒動、今朝の遭遇、ソーイはどうしてもフリージアに対する態度を考えてしまう。
「朝も言ったけど最初にあんたに押し付けて逃げた事に関しては謝る。でももう大丈夫。気にしないし、終わった事だし、どうにもならない事だから」
「……そっか」
どうにもならない、の部分が引っかかったが、ソーイもそれ以上は訊けなかった。――本当にポーカーフェイスだからなあ。実際はどうなんだろ。
その後予定通り二人で買い物。あれこれ巡っていたが、
「ごめん、ちょっとおトイレ! 待ってて!」
「はいはい」
ソーイが一旦それを理由に荷物をフリージアに預け、小走りで離脱。預かった荷物と自分の荷物を手短な所にあったベンチに置いてソーイを待つ事に。
「……え」
それは偶然だった。荷物を置いたベンチは、丁度アルファスの店の裏庭が見える場所だった。視界に入ったその場所では、
「腕の振りを上げすぎだ。そこまで上げなくても防ぐだけならどうとでもなる。――もう一回」
「はい!」
アルファスによるライトの剣の稽古が行われていた。こちらにはまったく気付いていない。直ぐにその場から離れるのも選択肢の一つだっただろう。でもフリージアは、その場から動けなかった。視線を外せなかった。
真剣な面持ちで剣を振るうライト。その表情をフリージアは知っている。昔、いつだってああやって真正面から何でも向き合っていた。
だからこそ、複雑な想いがどうしても渦巻く。――何で。どうして。あたしはあの時。ライトはあの時。
「お知り合いですか?」
「え?」
声をかけられた。ハッとして見れば、店のエプロンを着けた優しそうな女性がそこに居た。
「その……」
フリージアは返事に困った。知り合いではあるが、知り合いだと思われたくない。
「ああしてほぼ毎日、稽古の為に足を運んで来るんです。お忙しい方なのに」
その想いを知ってか知らずか、女性――セッテは、フリージアの返事を待たずに話を続ける。
「私は剣術の事はわかりません。でもアルファスさん――教えている方によれば、ライトさんは、才能は無いそうです」
「…………」
「アルファスさんは、この国でも超一流の腕の持ち主です。国の方にもツテがあって、先日は王妃様が尋ねて来て、とてもフランクにお話されてました」
「! そんなに凄い方なんですか」
「はい。でも厳しい人で、自分が認めた人にしか手解きをしません。実力は勿論、その人の気持ちとか、そういうのが足りなければ門前払いですよ。そんなアルファスさんが、唯一実力が無くてもああして手解きをしているのがライトさんです」
「それって」
「駄目だったらすぐに追い出されてます。でももうそれなりの期間、ああして剣術を教えている。才能がないのもわかっていて、でも本人の希望だから剣術を教えている。――つまり、教えるに相応しい心意気を、強い気持ちを、お持ちなんだと思います」
「強い……気持ち」
「その気持ちの出所までは、私にはわかりません。アルファスさんも尋ねません。でもきっと、とても大きな想いを、あの方は抱えて今生きているんじゃないかと思うんです」
「…………」
そんな事を言われても。今更言われても。だったら私にどうしろと。だから許せと?――そんなの、綺麗事じゃない。
「もしも、何かお話しなくてはいけない時が来たら」
「え?」
「内緒に相談に乗ってあげますよ。私はあの店に関わる人、全員の味方です」
そう言ってセッテは笑顔でお辞儀をすると、店の中へと戻って行った。
「…………」
フリージアはそのまま、ソーイが戻ってくるまで、そこで裏庭を見つめ続けるのであった。
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