第207話 演者勇者と「あこがれのゆうしゃさま」12

 ライトの過去の物語。それはレナにとっても、流石に衝撃的な物だった。

「……当然だけど、それから俺は実家に、ヘイジストには居辛くなってさ。しばらくして家を出たよ」

「それでノッテムに?」

「うん。この歳になるまで平凡な暮らしをしてた。それで、今に至る……って感じかな」

「……成程ねー」

「……うん」

「…………」

 そして話に一区切りついた。少しだけ訪れる沈黙。夏の風が、やけに冷たく感じる。

「この話を、誰かにする時が来るとは思ってなかった。もう二度と、触れない話にするつもりだったからさ」

「まあ、誰にでも大小あれどそういう事はあるでしょ。――少しはすっきりした?」

「まさか。今話してても吐き気がしそうだ。――でもさ」

「うん?」

「もう一度、過去に戻ってやり直せたとしても――俺は、同じ事をしそうな気がするんだよ。あの瞬間、俺は本気でジアの隣にはもう居られないと思ってた。……今も、何処かで思ってるのかもしれない」

 出会わなければ良かった。――もしかしたら、それが究極の答えなのかもしれない。

「どうだった? 幻滅したか? 俺の事」

「まあ、ツッコミ所があったのは本音だよ。でも、どうして君が今の君なのかが、よくわかったかな。そして私は、その時の君じゃなくて、今の君を護る立場だからさ。今の君がその頃の君に戻らなければ、私は私のままだよ」

「そっか」

 レナらしい、ストレートな意見だった。色々覚悟はしていたが、チラリと見ても、レナはいつものレナだった。

「それで? これからどうするの?」

「……これから、か」

「いつまでも振り返っても意味がない。わかってても振り返っちゃうけどさ、やっぱいつかは前を向かなきゃいけないんだよね。それがどんな形だったとしても」

 再びレナを見ると、その横顔が何処か遠くに感じた。まるで何処か自分に言い聞かせている様な。――レナ、君には一体何があるんだ? いつか、いつか今日の俺みたいに、話をしてくれる日が、来るのかな……

「ああうん、ごめん。私が急かす話じゃないね。急いだって何も変わらないんだし、ずっと悩むのもそれはそれで勇者君なりの罪なのかもしれないし。――ただ、一個だけ、我が侭言っていい?」

「何だ?」

「私は、これからも今の君を護る立場でいたいな。弱くて弱い君じゃなくて、弱くて強い君がいい」

「!」

「おやすみ」

 そう告げると、レナはベランダから戻り、ライトの部屋を後にする。レナの背中を見送ると、ライトはそのままベランダに一人残り、景色を眺める。

「昔の俺……今の俺……これからの俺、か」

 レナの言葉を頭の中で巡らせる。そして目を閉じて、あの日の自分と向き合う。その二つが重なった時――ライトの中で、答えが生まれるのだった。



「ふぅ……」

 レナはライトの部屋のドアを閉め、一人後にしようとすると、

「…………」

「……あー」

 ライトの部屋の前、廊下で壁に軽く寄りかかりながらしゃがんで座っていたのはネレイザだった。――当然、自分がライトの部屋に行っているのに気付き、話が一区切りするのを待っていたのだろう。……待つことしか、出来なかったのだろう。

「……話、終わったの?」

 立ち上がり、少し詰め寄るようにそう尋ねてくる。

「まあね」

「マスターの事、マスターとあの人の事、わかったの?」

「うん。どうして勇者君が今のあんな性格の持ち主なのかが、何となくわかったって感じかな。そういう話だった」

「そう」

「ああでも、今日はもう許してあげた方がいいかな。一日に二回話すのは、流石に重い。私が勝手にペラペラ喋っていい話でもないし」

「っ……」

 悔しさをネレイザは隠し切れない。少し俯いて、

「何で……レナさん、なのよ……」

「大丈夫、君だって勇者君に信頼されてる。今日が駄目ってだけで、落ち着けば話してくれるって」

「でも、一番はレナさんだった。王女様も、レナさんに行かせた……っ!」

 その目から、数粒の涙を零した。

「わかってる、レナさんの方が付き合いは長いし、私は入った理由もあんなだったし。――いつもの態度は嫌いだけど、レナさんが根っ子がちゃんとしてる人だってのも知ってる」

「……ネレイザちゃん」

「でも、悔しいの! 私だってもっとマスターの為に、マスターの支えになりたい! 苦しんでるマスターを見て何も出来ないなんて、何の為にあの人の事務官になったのかわからないじゃない!」

 そしてそれ以上涙が零れないように必死に我慢するネレイザを、レナは軽く抱き締めて慰める。

「君はホント、大切な人の為になら一生懸命になれるよねえ」

「子供扱い……しないでよ……っ」

「してない。仲間だから、こうしてる。勇者君を護る仲間でしょ」

「っ……」

 ああ、私はここまで一生懸命にはなれないよ。ネレイザちゃん、君が護衛だったら良かったのに。

「勇者君の前で涙は隠しなよ。彼を守りたいなら、彼に気を使わせちゃ駄目だからさ」

「っ……大丈夫、だもん」

「今日は部屋に戻ろ。明日になったら落ち着く。君も、勇者君も。――スタートは、きっとそこからだよ。私達の知ってる勇者君なら」

「絶対、向き合うわ……ううん、向き合わせてみせる……その為の、事務官なんだから!」

「そうそう、その意気」

 そしてレナはネレイザを彼女の部屋まで送ると、自分の部屋に戻るのであった。



 そして翌朝。一般人が朝食を食べる時間よりも少々早い時間。

「? ライト様、お早うございます。今日はお早いのですね」

 丁度リバールがエカテリスよりも先に朝の支度を終える為に自分の支度をしている時間だった。朝食を終え自室に戻る途中でライトとすれ違う。

「おはよう。ちょっと早くにしてきたい事があって。――ああ、昨日は迷惑をかけてごめん。後で正式に皆には謝るつもりだけど」

「お気になさらず。――お気をつけて」

 リバールはライトに対して綺麗なお辞儀をして、その姿を見送った。――そのライトが行く先は。

「レナ、おはよう、ごめんこんな朝から。まだ寝てるか?」

 ドンドン。――レナの部屋だった。レナを知っている人間なら、十人中十人は(!)この時間はまだ寝ていると予測するであろう。なので少しだけ強めにノックして、少しだけ大きめに声を出す。

 返事がない。普段のライトならここで諦めるのだが、

「レナ、本当にごめん。居るよな? どうしても大事な相談があるんだ」

 という理由により、諦めきれない状態だった。すると、

「んー、居ないよー、レナさんは旅に出ましたー」

「その返事の時点で居る確定な気がするけど!?」

 ……起きてくれたらしい。昨日の今日だからだろうか。

「ふぁーあ。いいよ入ってー」

「本当にごめんな。お邪魔します」

 勿論無茶を言っているのは自分の方だと重々わかっているので、謝りながらドアを開ける。

「んー……っと。何となく昨日の時点でこうなるような気もしてたんだよねえ。普段だったら絶対起きれない」

 部屋に入れば、ベッドの上で胡座をかいて両腕を上に伸ばしてるレナの姿があった。上はキャミソールで、下はショーツ一枚のみで――

「ってわっわっ! 何でそんな恰好なんだよ! 信頼してる仲間とはいえそんな恰好を見せたらいけません!」

「いや勇者君が寝起きの私を訪ねて来たわけだし。それに私がどんな格好で寝ようと流石に私の勝手でしょ。昨日暑かったんだもん」

 急いで目を逸らしたおかげで細かくは見れていない。良かった様な残念な様な。

「そんな勇者君に続報です。実はブラジャーもしてません。勇者君の前でジャンプしてあげようか?」

「いいか、そんな事今してみろ! 襲うからな!」

「凄い正直なツッコミどうも。――着替えるから後ろ向いてて。どうしても見たいって言うなら考える」

「考えなくていい後ろを向く」

 素直に後ろを向くと、音でレナが着替え始めたのがわかった。

「あ、ごめん勇者君、タンスからブラジャー取って。今日私に付けて欲しいの選んでいいよ」

「いいか、そんな事今頼んでみろ! 匂い嗅ぐからな!」

「うーわ変態じゃん」

 そんな馬鹿なやり取りをしつつ(ちゃんとレナが自分で取った)、着替えもしつつも、

「それで? このレナさんが寝てる可能性を吟味してもこの時間に訪ねてくる理由があったんだよね?」

 本題に話題は移った。

「うん。朝、普通の人が動き出す前に、行きたい所があるんだ」

「つまり、護衛の私抜きじゃ一応行けない場所だと。そこでどうするの? 土下座?」

 何処だか言わなくても、行きたい場所なんてわかってる。――君なら、そこに行くって言うと思ってたよ。

「謝って済む問題だったらいくらでもやるさ。でもそうじゃない。――覚悟を、決めに行くんだ」

 後ろから少しだけ見えるライトの横顔は、昔話をしていた時の少し弱ったあの表情ではなく、どんな事案に対しても戦う姿勢を見せていた、あのいつものライトの顔だった。――あーあ、知らないぞ。この顔の勇者君は、面倒臭いからね。

「それからレナ、一つだけレナには謝っておきたい事がある」

「何?」

「俺はレナが望む、弱くて強い俺にはなれない。弱くて弱いから――強くなる為に、努力する。弱くてごめん。護って貰ってばかりでごめん」

「謝らなくていいよそこは。大丈夫、今の君は私の知ってる君だから」

 だってそうやって弱いと言い切ってそれでも立ち向かうその君が、私の中の弱くて強い君なんだよ。

「レナ……」

 振り返れば、優しい笑顔でレナはそこにいた。着替えもすっかり終わって……終わって……?

「終わってない!? なんでまだ腰から下は下着姿なんだよ!? 動き止めたら着替え終わったかと思うだろ!?」

 上半身は着替え終わったが、未だに下はショーツ一枚のレナだった。――今度は完全に見てしまった。

「話に集中してたのに」

「いいから穿いて!」

 そんなこんなでドタバタしつつ、支度完了。二人でレナの部屋を出ると、

「あ……」

 ドアの前に、ネレイザが居た。――昨日の内から察していたのか、こちらもすっかり出掛ける支度を終えた状態。

「ネレイザ……その、俺」

「連れてってあげよう、勇者君。ネレイザちゃんなりの覚悟だろうから」

 レナのフォローが直ぐに入った。あまり仲良くない二人なのに、もしかして昨日何かあったんだろうか。……まあでも、

「迷惑かけるかもしれない。それでも、来てくれるか?」

 そんな目で見てくるネレイザを、ライトは置いて行こうとは思えなかった。強い目だった。

「当たり前でしょ。私はマスターの事務官なの。マスターが動くなら、傍で支えるの」

「ありがとう。……二人共、本当にありがとう。――行こう」

 こうして朝早くから、三人はハインハウルス城から出発するのであった。

「あ……そ、その、マスター……えっと、どうしてもマスターが「見たい」なら……その、今度、見せてあげても……」

「何を言ってるんですかこのお嬢さんは!? ドア越しに密着して聞いてた!? というかそんな事したら次俺どんな顔でマークに会えばいいのかわからないから!」



 ハインハウルス総合魔術研究所――のすぐ隣に、研究員用の寮があった。

 特別強制でもないが、やはり職場の近くなのは便利だし、設備も一流の物が施されていたので、割合的に独身者はこの寮に住む人間が多かった。

「フ、フリージアさん、おはようです。ご機嫌いかがでしょうか」

「何でそんなに改まってるのよ。――大丈夫よ。寧ろ昨日は悪かったわ」

「そ……そうなの? あー、うん、えっと」

 フリージアとソーイもその中の一人。ソーイはさてどういう態度で行こう、と思いつつ出勤していると。

「ジアァァァァ!」

 その短い出勤路で、その声が聞こえてきた。――ハッとして見れば、少し離れた所にその声の主は立っていた。

「俺はもう、お前から逃げない!」

 そして、高らかなる宣言が始まった。

「許して貰おうなんて思ってない、寧ろ一生許してくれなくてもいい! その位の事をしたのはわかってる!」

「…………」

 フリージアはただ、無言で、無表情で、その声の主の方を見ていた。

「それでも俺はもう一度、お前の傷と向き合う! どれだけかかっても、一生かかっても、たとえお前に復讐されたとしても!」

 声の主――ライトも、フリージアを見ていた。離れていても、その目が合った。

「お前が嫌だって言っても、俺は戦う! 俺に出来る全てを、ここに賭けてもいい!――ジア!」

 もう一度、その名を呼ぶ。返事はしてくれない。それでも、足を止めてこちらを見ている。

「今度こそ、絶対に、俺は、お前を、守ってみせる!」

 そしてライトは、もう一度約束を――二度と破ってはいけない約束を、その場で宣言するのであった。

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