第205話 演者勇者と「あこがれのゆうしゃさま」10
コンコン。
「ライト、朝。起きてる?」
時刻は朝。ライトはベッドで未だ夢の中。――ガチャッ。
「やっぱりまだ寝てる。――朝。ご飯ももう直ぐ出来るから、起きる」
シャーッ。――勢いよくカーテンが開かれ、眩しい朝日が部屋に広がり、ライトの意識も現実へと呼び起こされていく。
「ん……ん? ジア、か……?」
「うん、あたし」
目を開ければ、自分を覗き込むフリージアの姿が――
「ってジア!? 何してんだよ、ノック位してくれよ!」
「したけど」
「したのか! じゃあ仕方ない! でも目が覚めたら目の前に居るのは驚くからもうちょっと考えて欲しいかな!」
「もっと可愛らしく起こして欲しいの?」
「そういう事じゃなくて」
「ほら、おじさんもおばさんも席に着くから、ライトも急いで着替える。――着替え、手伝おうか?」
「出来るから! 直ぐ行くから! 先に行っててくれ!」
「わかった」
無理矢理手を出すつもりはないらしい。フリージアはライトの部屋を後にした。
「……はぁ」
一気に目が覚めた。ライトは急ぎ着替え、降りる準備をする。
あの日、あの一件以来、フリージアはライトの家に住む様になった。一連の事件の全てを隠す事は出来なかったが、結果としてフリージアは「容姿が整い、知性才能溢れるが両親に恵まれなかった美少女」という見方を町人にはされる様になり、少しずつ彼女を好奇の目で見る人間は減って行った。
そしてそんな彼女を引き取るような形になったライト一家、ライト。これもハッキリとは誰も言わないがライトとフリージアは街公認の二人となっており、皆が見守る、祝福といった目で見る様になっていた。
「……ジア、か」
そしてそれは、彼女を守ると決めたライトにとって、少しずつ、確実にプレッシャーになってきていた。
「一本! 三対二でポンの勝ち!」
昼、街のいつもの広場。同年代の仲間達で剣術模擬戦。
「やったぜ、ついにライトに勝った!」
「負けたよ。ポン、凄い強くなって来てる」
この頃から、ひと昔前まで圧倒的だったライトの勝率は、随分と下がって来ていた。――ライトは、急激に周囲が成長しているのだと思っていた。
「またまた、ライトが俺に花を譲ってくれたんだろ? ライトはこんなもんじゃないよな」
「何言ってるんだよ、俺は全力だったって」
一方で周囲は、ライトが何か意図があって、皆にレベルを合わせてくれているのだと思っていた。
「よっしゃ! フリージア、次はお前だ!」
「あたし、見学なんだけど」
「ライトとお前に勝って初めて俺は街一番になれるんだから頼むよ!」
「はぁ。――じゃあ、一回だけね」
ぽこばこぺこべきどしっ。
「五対ゼロでフリージアの勝ち!」
「何でだああああ!」
でもそれは、両方とも違った。
「はー、流石だよフリージアは。女子とか関係ないよな……って、ライト、どうした?」
「え? あ、ああ、いや、何でもない」
ライトが動揺した理由。それは。
(何でだ……? ジアの動きが、全然わからない……動きに、ついていけない……?)
ひと昔前までは見ていれば手に取る様にわかったフリージアの動きが、鮮麗過ぎてついていけない。――この感覚は、ライトにとっては初めての感覚だった。
ライトの勝率が下がった理由。――それは周囲のせいでもライトの手加減でもなく、単純に、ライトがこの一年で、ほとんど成長しておらず、周囲に追い付かれ、フリージアについていけなくなり始めていたからだった。
広場で仲間内で模擬戦の後、ライトとフリージアは二人だけでツーマンセルの特訓も兼ねた外出。
「ライト、左!」
「え、あ……くそっ!」
だがやはり、ここでもライトは以前と違いフリージアの動きについていけなくなってきていた。完璧だったはずの意思疎通が上手くいかず、動きが噛み合わない。
場所は街の近くの森。行き慣れた森、この場所の環境が変わったわけではない。ライトとフリージアの実力の差が、開き始めていたのだ。
「はっ、はっ、はっ……ジア、そんなに急がなくても……」
「急ぐ……?」
フリージアは急いでいるつもりはない。いつもと同じ力加減で動いているつもりだった。だが、いつも同じ力加減は、成長して実力が上がればその分上がる。それに成長していないライトがついていけなくなっている事に、フリージアは気付かない。
「少し休憩する?」
「ああ……」
ふーっ、とライトは腰を下ろし、持っていた水筒から水分を補給する。チラリと見れば、フリージアの息が切れている様子は見られない。――何でだ……? 何で俺、こんなに疲れてるんだ……?
「ライト、何処か調子悪い?」
それはフリージアの純粋な心配だった。――最近バタバタしていたけど、ライトと自分の動きにここまで差が出たことはない。
「いや、そんな事はないけど……」
「無理はしなくていいから。今日はもう、帰ろうか」
その時はまだフリージアも、そしてライトも、そこまで深くは考えていなかったのだが。
「はっ……はっ……ふっ!」
それからというもの、ライトは一人で鍛錬する時間を作った。
違和感は徐々に確実に大きくなり、周囲の仲間、そして何よりフリージアとの差が出来つつあるのを認めざるを得なかった。その差を埋めたい。またフリージアと一緒に戦いたい。その想いを胸に、一人鍛錬に励むようになった。
自分の努力が足りないせいだ。そう信じ、ライトは必死に剣を振るう。
「ライト、居るの? お風呂炊いてあるからご飯の前に先、入っちゃいなさい」
「あ、うん、わかった」
窓から顔を出した母親に促され、鍛錬を終える。汗もかいた、風呂は丁度いいかもしれない。家に入り、脱衣所で服を脱ぎ、風呂場へ。桶に座り、湯舟の湯を掬い、頭から被る。
「ふーっ……」
程よい温度のお湯が気持ちいい。――ガチャッ。
「ライト、背中流そうか?」
「おう、頼む」
そう言うと、バスタオル一枚のフリージアが、風呂場に入って来て――
「――って何してんだよお前は!?」
「? さっき背中を流すって言って承諾を貰った気がするけど。ちなみにこの場合の背中を流すというのは川に背中を流すとかじゃなくて、背中を洗ってあげるっていう意味で」
「その意味はわかるわい! そ、その恰好だよ!」
前述通りフリージアは風呂場用にかバスタオル一枚。綺麗に体に巻き付けているので上下大事な部分は隠れているが、ボディラインはハッキリしてしまっており、必要以上に見たらライトは色々と危険な気がしてくる姿だった。
「あ、ごめん、バスタオル駄目だった? でも今はおじさんもおばさんも居るから、流石にタオル無しは」
「わかった、背中を、背中を流してくれ、それで終わりだ、そうだな!」
フリージアがチラッ、と自分のタオルの中を確認する。その仕草もライトにとっては大きな刺激だったので、ライトは今この事案を直ぐに終わらせる道を選んだ。――でも、父さんも母さんも居ない時だったらタオル無しでやってくれる……いやいやそんな事を考えるな俺! 駄目だ駄目だ!
「じゃ、流すから」
必死に妄想を振り払っていると、フリージアはライトの後ろに座り、ライトの背中を洗い始めた。
「どう? 痛かったりしない?」
「ああ、大丈夫、気持ちいいよ」
実際程よい力加減が丁度よく、自分で洗うよりもとても気持ちが良かった。
「ねえ、ライト」
「うん?」
「最近、どうして無理してるの?」
突然の質問だった。そして気付く。フリージアは、この話をしに来たのだと。
「無理なんてしてないぞ」
「嘘。一人の鍛錬の時間を作って、徐々にその時間が長くなってる」
「…………」
そう。日に日にライトの一人の鍛錬の時間は伸びていた。フリージアとの差が埋まらないのを感じれば感じる程、その時間は伸びる一方だった。――その理由が、フリージアにはわからない。
「何か思い当たる事があるんじゃないの? あたしに手伝える事はない?」
心配してくれているのがわかった。振り返らずとも、少し寂しそうなフリージアの表情が想像出来た。
「最近ちょっと調子悪いだろ? ポンに負けたりジアについていけなかったり。勘を取り戻したいだけだよ」
だから嘘をついた。本当は、どれだけ鍛錬しても、最近はまったく身につかないのが分かってきていた。その焦りで鍛錬の時間が伸びている自覚もあった。
「俺はジアの隣で戦うんだよ。ちょっと調子悪い位でついていけないなんて駄目だからさ」
そして、根っ子の想いはそれであった。――フリージアの隣で戦う。フリージアの為に戦う。その為には、弱い自分では駄目なのだと。
ザバーン。――フリージアがもう一度、ライトの背中にお湯を流す。そして、
「な!? ジ、ジア、ちょっ!」
そのまま背中越しに、ライトに抱き着く。姿こそ見えないし、タオル越しではあるものの、その背中にハッキリと感じるフリージアの体にライトは動揺を隠せない。
「……ねえ、ライト」
だが、抱き着いた方のフリージアは、やはり少しだけ寂しそうな声で。
「あたしは別にライトが強くなくてもいい」
「……ジア?」
「傍にいてくれたらそれでいい。あたしの近くで、いつも通り居てくれたら、それだけでいいから。だから……」
それ以上は何も言わなかった。そのフリージアの言葉が嬉しく、同じ位に痛い。
(ジア……俺も、お前の隣に居たいんだよ……お前の隣に相応しい俺になりたいんだよ……だから……)
そして尚且つ、このフリージアの行為が想いが、皮肉にもライトに改めてもう一度フリージアと同等の強さを求める切欠となってしまうのだった。
それからもライトはフリージアの隣に立つ為に鍛錬を続けた。そして月日は流れ、一日、一週間、一か月、半年、ついには一年。
だが努力とは裏腹にライトはフリージア所かポンにも一本も勝てなくなり、結果として仲間内の鍛錬にも顔を出さなくなり、フリージアと二人の外出も辞め、一人で過ごす時間が増えていった。
一年も経つ頃には、鍛錬の時間も減っていた。いつの間にか何の為の鍛錬なのかを問う時間が出来てしまっていた。あの頃の自分は何だったのか。誰よりも強い自分は何だったのか。フリージアの隣に相応しい自分は何だったのか。
「……ああ」
導き出された結論は――無意味。強かった自分など幻。全て無駄な努力だっだと、感じ始めていた。
そして今日も何もする気が起きず、部屋でゴロゴロしていた。
「ライト、いる?」
フリージアの声がした。――フリージア。
ライトと反比例する様に、フリージアの実力は伸びる一方で、その才能はヘイジストの外にまで噂が届く程になっていた。一年経てば悲劇の噂も薄れ、非の打ちどころのない美少女の出来上がりであった。
出会った頃、隣り合っていたのが嘘の様で、ライトの心はざわつく一方だった。――どうして俺は。何で俺は。……ガチャッ。
「やっぱり部屋に居た。返事位したら?」
「……どうした?」
「出かけない? 買い物。最近そういうのもご無沙汰だったし」
「…………」
行きたくなかった。フリージアの隣にいるのが辛かった。隣にいれば比較される。――相応しくないと、後ろ指を刺される。そんな気がしてしまっていたから。
「……少し待っててくれ。支度、するから」
それでもここで断るのもまた負けを認める様で嫌で、承諾した。――もしかして、自分の気持ちにケリをつけるいい機会かもしれない。フリージアに全てを話してしまう、いい機会かもしれない。
終わりにする、いい機会かもしれない。――そんな風に思ったから。
「お待たせ」
「うん。――おばさんには外でご飯食べるって言ってきた。何食べようか?」
久々にライトと一緒に出掛けるのが嬉しいのか、笑顔を浮かべるフリージア。その笑顔が眩しくて――痛い。
そんな惨めな気持ちを必死に抑えながら街を歩いていると、
「失礼。――フリージアさんではないですか?」
身なりの整った紳士風の男が話しかけて来た。
「そうですけど、貴方は」
「ああ失礼。私はハインハウルス王国特待アカデミーの者です。――貴女を、スカウトに来ました」
そして紳士は、穏やかな笑みで、そう切り出すのであった。
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