第201話 演者勇者と「あこがれのゆうしゃさま」6

「あ、初めまして、ライトです! ジアとは友達です!」

 フリージアを迎えに来た謎の女性の正体がフリージアの母親とわかり、ライトは急いで挨拶。

「あらライトくん、ライトくんも「ジア」呼びなのね」

「えっ?」

 が、一方でフリージアの母親はライトの挨拶に気になる所がある様で。

「ふふっ、この子、自分が特別気に入った相手にしか「ジア」って呼ばせないのよ。ちょっと親しくなった位じゃ絶対に呼ばせない。だから、ライトくんは特別なの」

「お母さん、余計な事言わなくていい」

 フリージアが恥ずかしそうに母親を睨んだ。その表情すら母親は嬉しそうに笑う。

「それじゃライトくん、またジアと遊んであげてね。さようなら」

「はい、さようなら!」

 ライトは大きく挨拶すると、フリージアの母親は優しく手を振ってくれた。フリージアも、小さく手を振ってくれた。その光景が、子供ながらに、とても暖かく見えた。

「お友達、出来たのね。良かった」

 そしてフリージアと母親、二人の帰り道となる。

「うん。……心配してたの?」

「勿論。ジアはこんなに可愛くて優しい子なのに、友達が出来ないなんて勿体ないじゃない」

「あたし、別に可愛くも優しくもない」

「そんな事ない。大丈夫、お母さんが保証する」

 そう言って優しく頭を撫でてくれる。その温もりが、好きだった。

「ライトくんはどんな子?」

「あたしと話が合う、変わり者」

「そう。どんな所が合うの?」

「えっとね――」

 そう言ってライトとの事を語るフリージアは、歳相応の楽しそうな子供の笑顔だった。



「おかえりなさい、ジア、ライトくん」

「ただいま」

「こんにちは!」

 その日以来、よくライトとフリージアが遊んで帰ってくると、フリージアの母親が迎えに来てくれた。

「今日は何処へ行って来たの?」

「東の森です! あ、でもジアに怪我はさせてません」

「ライトだけじゃなくて、あたしがフォローしてあげたからでしょ」

「ふふっ、仲良くしてるのね」

 穏やかなフリージアの母親にライトも直ぐに慣れ、迎えに来てくれた彼女に二人で報告するのが当たり前になっていく。

「でも、ジアも羨ましいな。こんなに綺麗で優しいお母さんで」

「あら、お上手ねライトくん。でも、ありがとう」

 決してライトの母親が不細工なわけでも冷たいわけでもないし、隣の芝生が青く見えた部分もあったかもしれない。それでも、フリージアの母親はいつでも穏やかで笑顔で、理想の母親の様に見えた。

「そうだ。折角なんだから、ライトくんのお家の人にも挨拶したいわ。あの人――お父さんも、気にしてるし」

「俺の、ですか?」

「ええ。そうね、挨拶だけじゃなくて、お食事とか、お出かけとかどうかしら。いつもジアと仲良くしてくれてるお礼が言いたいわ。ライトくん、ご両親にお話してみてくれる?」

「わかりました、訊いてみますね」

 これが切欠で、ライトの家、フリージアの家は、家族ぐるみの付き合いになる。お互いがお互いの子を褒め、食事をしたり、旅行をしたり。家族同士も馬が合い、まるで大家族になった様な、そんな気持ちになっていった。

 口にはせずとも、お互いの両親は、いつか二人が結婚して、本当の家族になってくれたら。ううん、きっとなってくれる。そんな事まで、思っていた。



 そんな関係が続く事、更に数年。ライトもフリージアも年相応に成長し、まだ子供ではあるが、少しずつ、大人への道を歩み始めようとしていた。

 二人の関係は相変わらず。訓練、勉学、レベルアップはしているが二人がただお互い一緒にいるのが楽しくてやっている事に変わりはなく。――友情「以上」の想いは、気付いているような、わからないような、見て見ぬ振りな様な。

 そんな二人の関係を、周囲はやきもきしながら見守る日々。

「ライト、右!」

「ああ!」

 指示通りライトが右側を担当すると、

「アイシクル・ローズ」

 バリバリバリ!――左側は、フリージアの氷の魔法で一掃された。

 この頃からフリージアは全体的に高い能力の中でも、特に魔力に秀でる様になった。剣士を目指すライトにとって、そういう意味でも絶大なるパートナーとなりつつあった。

 そんないつもの毎日を今日も過ごしていると、

「ごめんライト、今日早めに帰らないといけない」

 フリージアからそんな報告が。

「? 何か用事か?」

「わからないけど、お母さんが早めに帰って来なさいって言うから」

「そっか、わかった。俺じゃあ、もう少し自主練するから」

「うん。――無茶しないのよ? ライトが無茶していいのはあたしが面倒を見れる範囲でだけ」

「わかってるって」

 最近では決め台詞の様に時折それを言われる様になっていた。ライトは苦笑しつつも、お互い様なので嫌な気持ちはしない。

 そのままライトと別れ、フリージアは帰路につく。

「ただいま」

「おかえりなさい。さ、ジア、こっちこっち」

「こっちこっちって、結局あたしまだ何も聞かされてないんだけど」

 そう言いつつ、手招きする方へ行くと、そこには色とりどりの生地が所狭しと並んでいた。

「……どうしたのこれ? 生地屋でも始めるの?」

「そんなわけないでしょう? これは、ジアの新しいドレスを作るのに、どの生地がいいか選ぼうと思って」

「あたしの……ドレス? え?」

「もう直ぐ収穫祭でしょう? もうジアも、おめかしする年頃だもの」

 収穫祭。年に一度のお祭りであり、子供は出店で菓子や遊具を堪能し、若い男女はここぞとばかりにドレスアップメイクアップして特別な雰囲気を味わう者も決して少なくない。

「あたし、そういうの別にいいのに」

 これは強がりではなく、本音であった。特別同じ年頃の女の子がお洒落に目覚めていくのを羨ましく思った事はない。――ライトが居て、一緒に居て、楽しい。それだけで良かった。

「そういう事言わない。確かに、ジアの自由かもしれない。だからいつでもおしとやかに、何て事はお母さんも言わないわ。でも、大事な時、節目の時、女の子はやっぱりいつもより可愛く、綺麗にならなきゃ。ジアは美人さんなんだから、尚更」

 そう言いながら、母親はあれこれとフリージアに生地を照らし合わせていく。――実際、贔屓目無しでフリージアは美人であった。年齢も二桁を越えるとその遍歴が確実に垣間見える様になってきていた。

「強かったり、優しかったり、綺麗だったり。女の子はね、何でも出来て、色々な顔を持ち合わせていいの。お母さん、ジアにはそういう強い子になって欲しいから」

「何でも……ねえ」

「それに、ドレスアップしたジア、きっとライトくん、驚いて、でもそれ以上に喜んでくれるわよ」

「ライトは……あたしの事、そういう風には見ないから、多分」

 ただ隣にいて、心地良い存在。仲間。相棒。……それ以上なんて。望まないし、望んだら、いけない。

「大丈夫。ジアは、もっと自分に自信を持ちなさい。証明してみせるから、どれだけジアのドレスアップが凄いかを」

 そんなフリージアの不安を、母親は笑顔で吹き飛ばす。まるで未来が見えてるかの様に、確信し切っている様だった。



 そして、収穫祭当日を迎えた。

「おーライト、こんな所に突っ立ってどうしたんだよ」

「ポンか。……早速食べてるなあお前」

 ポンの両手には出店ならではの食べ物が沢山握られていた。

「なんかさ、母さんがここで待ってろって」

「は? 待ってたら食べ物売り切れちゃうぞ?」

「そんな簡単に売り切れないだろ……ってそうじゃなくて。小遣いもくれたんだけど、詳しい話は教えてくれないんだよ」

 フリージアのドレスアップ計画はライトの両親にも伝わっており、ライトへのサプライズとして、ライトだけが知らされていない状態だった。当日、ライトの母親がフリージアをエスコートする為の資金を渡し、ライトをここで待たせる。

「……お待たせ」

 そして、満を持してフリージアが登場、というわけである。その声に振り返れば、

「え、ジア……って、え……!?」

 そこに現れたのは、ライトが知っているフリージアで、ライトの知らないフリージアであった。

 派手過ぎずでも綺麗で目を奪われる青いドレス、それに合わせて綺麗に纏められた髪、少しだけ開いた胸元にネックレス。それらが全てフリージアを引き立てており、いつも見ていたはずのフリージアの顔は、まるで別人の様に綺麗だった。

 元々美人顔なのは知っていた。でも、周りが何も見えなくなり、フリージアしか視界に入らなくなる位に、綺麗だなんて。

「おー……おー」

 ポン。――感嘆の声を漏らすと、軽くライトの肩を叩き、ポンはその場から去った。彼は空気が読める男だった。

「お母さんと、ライトのお母さんが共謀した結果。あたしはそこまでしなくていいって言ったんだけど」

「う、うん」

「ああ、でも良かった。ライトも着飾って来てるから。あたしだけだったらどうしようかって思ってたから」

「う、うん」

「……それで?」

「う、うん。……うん?」

「ここまでしてきたからには、一応感想を聞いておきたい所ですけど」

 感想。感想だって? 目の前にいるのは、天使か女神か。彼女は誰だ? いやジアだ。でも見れば見る程、その姿に吸い込まれそうで、それをどう表現すれば――

「あたしは」

「え?」

「あたしは、ライトがこの手に関しての語彙力とか慣れとか、足りないのはわかってるから。だから、飾らなくていい」

 飾らなくていい。――偽りのない、素直な言葉を。

「綺麗。凄く、綺麗だと思う。見違える程に」

「うん。ありがと」

 そう言って、嬉しそうなフリージアの笑顔が、また一層今日の彼女の可憐さに磨きをかけた。ライトの緊張は止まらない。――落ち着け、落ち着くんだ俺。ジアだ、目の前にいる美少女は、ジアだぞ。

「じゃ、立ってても仕方ないから、行きましょう。どうせ根掘り葉掘り後で聞かれるんだから、美味しい物でも食べさせて貰わないと」

 そのままフリージアはライトの横に移動。自らスッ、とライトの手を取った。

「っ!」

 一瞬焦るライト。条件反射で離しそうになるが、

(何してんだ俺……それじゃ、駄目だろ!)

 ギリギリの所で踏み止まり、意を決して、ゆっくり優しく、その手を握り返した。柔らかいその手から伝わる温もりが、心地良い。

 チラッとフリージアの表情を見たら、彼女もこちらを見ていて、目が合う。直後、嬉しそうにフリージアが笑った。その笑顔が、その存在が、愛おしくなった。

 そのまま二人は、賑わう祭りの会場へと進んで行く。――忘れられない夜の、幕開けだった。



「……ふー」

 そして翌日、朝。ライトは自室のベッドで目を覚ます。直ぐに思い起こされるのは昨日の事。収穫祭の事。フリージアの事。ジアの笑顔。何にも代えがたい、その可愛らしさ。

「~~っ」

 そこまで思い起こして、本人もいないのにまた恥ずかしくなる。――ああ俺、どうしよう。ジアに会いたい。凄く会いたい。でも恥ずかしくて会いたくない。会って何を話せばいいのかわからない。でも会いたい。

 エンドレスな悩みをベッドに転がりながら続けていると――ガチャッ!

「ライト!」

「うわっ、何だよ母さん! 起きてるよ! 寝坊してないよ! 変な事考えてないよ!」

 勢いよくドアを開けたのはライトの母親だった。何も訊かれて無いのに変な言い訳をしていた。

「フリージアちゃんが来てる。あんた、着替えて直ぐに下に降りてきて」

「ジアが?」

「そう、急ぎなさい」

 普通に考えたらこの状態でフリージアが尋ねて来るなど、喜びと興奮以外の何物でもない。だがライトは違和感を覚えた。――母親が、難しい顔をしていた。……何か、嫌な予感がする。

 言われた通り急いで着替え、下に降りると、既にフリージアが家の中にいた。リビングに置かれている椅子に座っていた。――今にも壊れそうな表情で、座っていた。

「ジア! どうした!?」

 急いで駆けよると、フリージアはライトを縋るような眼で見て、

「ライト……! どうしよう、お母さんが……お母さんが、居なくなった……!」

 その事実をライトに告げるのであった。――崩壊が、始まった瞬間だった。

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