第200話 演者勇者と「あこがれのゆうしゃさま」5

「確か、あの子って」

「ポンの斜め向かいに引っ越して来たとかいう……?」

「ライト、いつの間に仲良くなったんだ?」

 そんな彼らの疑問を取り敢えず保留させ、ライトはフリージアを迎える。半ば強引に仲間達の所へ連れて行き簡単に事情を説明し、参加を依頼。

「な、一回だけでいいから!」

「言いたいことはわかったけど、何であたしなの? 人数減らしてやればいいだけの事でしょ?」

「そうなんだけど……フリージア、頭いいから、作戦とか練ったりするの上手そうだなって。人数多いとそういうのがあっても面白いんだよ。それに、俺フリージアとこういう遊びもしてみたいなって思ってたんだ。本の話するだけじゃなくてさ」

「……あたしと?」

「うん。色々な事、してみたいって思う」

 ライトの純粋な視線に、フリージアはつい目を反らしてしまう。――そんな目で、見ないでよ。あたしは、そんな普通の子じゃないんだから。

「……条件。あたしはライトと一緒のチーム。それなら一回だけやってもいい」

 覚悟を決めてフリージアはそう提案する。――やってもやらなくても「同じ結果」なら、せめて。

「本当か!? いいぞいいぞ、それでいい! 宜しくな!」

 こうして、五対五の模擬戦に、フリージアが参戦する事に。フリージアとライトは同じチーム。ライト以外の男子達は「大丈夫かな」「女子だぞ、本気だしていいのか?」などといった好奇と疑問の目でフリージアを見てしまっている。

「フリージア、何か作戦、思い付くか?」

 ライトはそんな周囲の視線を気にする事無く、作戦会議の時間に、真っ先にフリージアに意見を求めた。

「要は勝てればいいんでしょ? なら――」

 フリージアはライトとライト側の班の残り三名に作戦を説明。

「おい、そんな作戦でいいのか? ライトがやられちゃったら終わりだぞ? お前は女子だし」

 その提案した作戦に、一人の男子が疑問を投げかける。――が、

「いや、それでやってみよう」

 フリージアの反論の前に、ライトがそう言い切った。そのままライトはルールで持つ事になっている軽い木剣をフリージアに手渡し、

「いざっていう時は、ちゃんと守るから」

 そう約束を――「最初の約束」を、した。他愛のない約束。子供の、模擬戦での話。

「うん」

 だが、返事をするフリージアにとって、それはとても大きな物だった。ライトなら、守ってくれる。そんな気がしたのだ。

「じゃあ、試合開始!」

 こうして模擬戦は開始された。五対五に別れて、突撃開始――

「え?」

 しようと思った所で、相手側チームは一瞬行動を躊躇った。ライトチームは、中央にライト、その直ぐ後ろにフリージア。残り三名がバラバラに、ライト達から少し離れている。

「行くぞ!」

 その状態で、ライトの号令。ライトとフリージアが二人で突撃してくる状態になる。

「チャンスだ! ライトをやっちゃえばこっちのもんだぞ!」

「まずはあの女子を狙うぞ!」

 当然直ぐに五対二の状態になる。五人の内、三人がライトを狙い、二人がフリージアを――

「え?」

 バァン。――狙う暇を与えない。二人はそのまま一切止まる事無く突貫を続け、丁度真正面にいた一人を二人で勢いのまま狙う。ライトが振る木剣はガードされるが、その隙にフリージアが木剣を振り、一本。一人を退場に追い込む。

「くそっ、やられた!」

「大丈夫だ、まだ四人いる! 四人で攻撃だ!」

 残る四人も直ぐに方向転換、ライト達に改めて狙いを定める。だが、ライト達は撃破の勢いでかなり先まで移動しており、

「隙あり!」

「え?」

 バァンバァン。――そのライト達を狙うという事は、ライトチームの残った三人に背中を見せるという事に、即ち後方が隙だらけになり。四人の内、二人が一気に退場となる。

「あっ! くそ、こうなったら!」

 こうなれば普通に人数の差でも勝てるが、更に当時のライトが他よりも上を行っていたのもあり、ライトとの一対一で一人が退場。そして、

「みんな! くそ、せめてあいつだけでも!」

 最後の一人がフリージアを狙うが、

「はい」

「え?」

 パン。――予想を遥かに越えるしなやかな動きで、フリージアが呆気なく一本。

「え……もう、全滅?」

 結果、あっと言う間に五人退場し、ライトチームの完全勝利となる。余りの呆気なさに場が一瞬静まり返った。

「約束通り一回だけやったけど。これで満足してくれた?」

 フリージアは木剣をライトに返しつつ、そう切り出す。――ああ、いつもそう。誘っておいて、あたしが楽しもうとすると、直ぐに周りが冷めていく。

 前の街でもそうだった。フリージアが本気を出せばついてこれず、気付けば除け者になる。フリージアが難しい話をすれば、周りが近寄って来なくなる。本気を抑えてまで誰かと慣れ合っても面白くない。だから、一人を選んだ。

 これで、この街も、ライトも――

「……凄い」

「え?」

 だが、周りが静まり返る中、フリージアが少し昔を振り返る中、ライトはフリージアから木剣を受け取ると、

「凄い、凄いじゃないかフリージア! 何か出来るとは思ってたけど、作戦の他にこんなにスムーズに動けるなんて凄いぞ!」

 一人大興奮だった。ガシッ、とフリージアの手を取り、ぶんぶんと上下に強引に握手。

「ははっ、これならもっと早く誘っておけばよかった! フリージアが居れば、もっともっと色んな事が出来る!」

「……何で? 折角皆で楽しんでたのを、あたしが入ったせいで楽しむ前に終わったのに?」

 それは予想外の、そして初めての感想だった。もうずっと一人でいいと思ってたのに。静かに、自分の世界にいればそれでいいと思ってたのに。

「そんなのいくらでもどうにでもなる! 寧ろフリージアが居ないと出来ない事、チャレンジ出来る! なあ、これからも一緒に遊ぼう! ううん、俺とパーティ組んでくれよ! 俺とフリージアで、最強パーティだ!」

 だがその小さいながらも冷え切った扉を、目の前の少年は優しく強く開けてきた。笑顔で手を差し出してきた。自分も明るい世界に行っていいんだと、そう言ってくれていた。

 初めての感覚だった。友情、信頼、仲間、そして――

「ジア」

「え?」

「あたしの事は、ジアでいいから。その方が、呼び易いでしょ」

 ――その先の感情なのかは、今の彼女にはわからなかった。それでも、大きな想いである事に違いはなく。

「わかった。宜しくな、ジア!」

「うん。――あ、他はジアって呼ばないで。どうしても用がある時は普通にフリージアでいいから。でも用があるなら基本ライトを通して」

「え、俺ジアの秘書か何かになったの!?」

「大丈夫、秘書よりもランクは上」

「喜んでいいのそれ!?」



「――その時の俺も周りもわからなかったけど、ジアは俺と違って、本物の神童だったんだ。天才だったんだよ」

「へえ……」

 酒の力も借り、ゆっくりとライトは昔を振り返る。レナもからかう事無く、酒を嗜みながらライトの昔話に耳を傾けていた。

 当然語られるのはあくまでライト視点での話であり、当時のフリージアの心境まではライトにはわからない。それでもあの時、フリージアが心を開いてくれたのはわかった。ジア、と呼べるようになったあの日から、全ての歯車は動き出し――狂い始めていたのだと、わかった。

「当時の俺は何処か自惚れてた所もあってさ。そんな俺と、対等に話せて、対等に動ける存在が現れたのが純粋に嬉しかった。強い仲間が増えるのが、純粋に嬉しかったんだ」

「勇者君の仲間運が強いのはその頃からだったんだねえ」

「かもな」

 ライト騎士団は漏れなくクセと実力を兼ね備えている団員ばかり。

「そんな感じで、それからジアと一緒に過ごす日が始まったんだ」



「ジア、おはよう」

「おはよう。――今日は何するの?」

「今日は北の洞穴に行くぞ」

 フリージアと行動する日々は、ライトにとっても、そして何よりフリージアにとっても、お互いが居なかった日々よりも何段階も輝いていた。

 どれだけお互いが他の子達よりも突出していても、それでもまだ子供。比較的田舎町という事もあり、その域を越える事はまだ無かったが、二人の行動力は大人達を時折唸らせる物だった。

 神童二人。この街から将来が期待される子供が二人も。大人達の期待も、少しずつ生まれて来ていた。

 だが、当のライトとフリージアは大人達の期待などどうでもよかった。分かり合える感覚、気持ちが繋がる感覚、二人で過ごす楽しさ。ただ、それだけだった。――それだけがあれば、その時は良かった。

「あっ、ライト、ここ怪我してる」

「え? あ、本当だ」

「無理はしないでって言ってるのに。仕方ないんだから」

 そう言って、フリージアは手際良くライトの手当てをする。その姿はまるで、

「なあ、ライト」

「? ポン、どうした?」

「お前とフリージア、結婚するのか?」

「ぶっ」「ぶっ」

 と、いう風に周囲から見られても仕方が無かった。同時に吹く二人。

「べ、別に、俺はそんなつもりでジアに近付いたわけじゃなくて、いやでもジアが駄目ってわけでもなくて、つまり」

「…………」

 焦って弁明するライトに、顔を背けて黙ってしまうフリージア。ライトとポンは見ていないが、その顔は赤かった。

「いいなあ! 俺も美味しいご飯を作ってくれる女の子と結婚したいぞ!」

「あんたは美味しい物が食べれたら結婚なんてしなくていいでしょ」

「ふごっ」

 照れ隠しも兼ねたフリージアに無理矢理パンを口元に突っ込まれるポン。そうかもしれない、と言わんばかりにパンをそのまま食べた。

「じゃあ、俺飯の時間だから! ライト、フリージア、またな!」

「ああ、またな……って今ジアからパン貰って帰ってすぐご飯食べるのかあいつ」

「だから太るのよ」

 そこから二人の帰り道。

「そういえば、この前さ――」

「うん、あたしは――」

 短いその帰り道でも、会話が途切れる事はない。一分一秒が、大切だった。

 そんなこんなで、今日も解散……となりかけた、その時だった。

「ジア」

 ジア、と呼ぶ声。でもそれはライトではなく。――振り返れば、

「お母さん」

「今日は遅かったのね。冒険は、楽しかった?」

 優しそうな一人の大人の女性が、笑顔で立っていた。フリージアの母親であった。彼女は、

「それに、貴方がライトくんね。初めまして、ジアの母親です」

 そう、ライトに向かって礼儀正しく挨拶する、彼女は――


 ――彼女は、フリージアとライトの歯車を狂わせる、切欠を作る人でもあった。

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