第199話 演者勇者と「あこがれのゆうしゃさま」4
「レナとマークがノッテムに住んでる俺を迎えに来てくれたけど、出身は俺、ヘイジストなんだ」
あの後、城にこっそり戻り、軽いアルコールとつまみを調達。そのままライトの部屋のベランダへ。二人並んでコップを持って景色を見ながらの切り出しとなった。
「名目は早く独り立ちして両親に迷惑をかけたくないっていう事にしてたけど、本当は一日でも早く、ヘイジストから離れたかった。あの街に居ても、いつまでも「思い出す」だけだから。ヘイジストもノッテムもよく考えたら大差ない地方の街だし」
「まあ、そういう気持ちはわかるよ」
私だって、「あの街」には二度と戻りたくないもん。――レナは心の中で苦笑する。
「レナは勿論、多分皆信じられないと思うけど、俺、子供の頃は滅茶苦茶凄かったんだぜ」
「凄いって、具体的にどういう意味?」
「才能っていうか、能力っていうか。同じ位の歳頃の子達よりも、勉強も、運動も、魔法も、剣術も、何段階も上を行ってた」
「マジですか」
冗談を言う場面ではない。となると、本当なのだ。流石にレナは素直に驚いてしまう。――今のライトの基本能力値はは良くて平均。頭の回転は比較的早いし、学力も決して悪くはないのだが、特に戦闘関連は平均を下回っている。それを良く知るレナからしたら驚愕の話である。
「まあ先に種を明かすと、この前王妃様に会ってやっとわかったんだけど、稀な体質で、成長期を圧倒的に早く迎えちゃったらしい。だから子供の頃、断然周りよりも早く成長しただけで、他の子達が成長する頃にはもうほとんど成長しなくなった。結果今の俺に落ち着いたわけだ」
「へえ……」
「勿論当時の俺はそんな事は知らない。俺が圧倒的だった頃は他の子や大人達にチヤホヤされて、中には神童なんて言う人もいて、俺のその気になってた。将来は凄い人になる。俺も周りもそう思ってた。そんな頃だったよ。ジア……フリージアに出会ったのは」
「うりゃあ!」
カァン!――木剣がぶつかり合い、飛ばされる音が広場に響く。
「はい、ライトの勝ちー」
「負けたぁ。ライト強過ぎなんだよ」
「そんな事ないって。ポンも時々凄い動きになるから、あれを連続でやられたら勝てないよ」
ヘイジストの広場では、まだ年齢が一桁後半の少年達が、チャンバラ、冒険ゴッコを兼ねて、子供用の木剣で剣術練習。
「ライトは凄いよな。将来さ、王城の騎士とかになれるだろ? そしたらさ、俺も側近で雇ってくれよ」
「待て待て、まだ決めてないから。まあでも、将来は王都に行こうと思ってる」
「流石だよなー」
「でもさ、ライトはなれるだろうけど、ポンはもう少し食べる量を抑えないと装備がないんじゃないのか?」
「何だと!?」
「あははは」
そんな会話をしながら、仲良く戯れていた――その時だった。
「なあ」
「? ライトどうした?」
「あの子、誰だ? この前からあそこによくいるけど、あんな子この辺に住んでたっけ?」
視界の先には、広場に置かれたベンチで本を読む、同い年位の少女の姿が。思い返せば数日前からあそこで本を読む姿を見かけていた。
「この前引っ越して来たらしいぞ。父さん言ってた。ほら、ポンの斜め向かいに家作ってたじゃん」
「え、あの家そうなのか? デカい家だなとは思ってたけど」
「ポン、斜め向かいならお前気付けよ……」
「ポンに気付かせるには焼いた肉でもぶら下げてないと駄目だろ」
「何だと!? 美味そうな家だな!?」
「ポン……その感想はないだろ……」
その会話を聞き遂げたライトは、その少女の方へ向かって行く。
「やあ」
「…………」
話しかけると、チラッとライトを見るが、再び視線を本に戻した。
「最近引っ越して来たんだって? 俺ライト。君は?」
「……フリージア」
フリージアは本に視線を向けたまま、名を明かした。無視をするつもりは一応無いらしい。
「フリージアは、何でここで本読んでるんだ?」
「お父さんとお母さんが、外で遊んで来たらって言うから」
「でも、本読んでるじゃん。遊んでないぞ」
「あたしは別に外で遊びたいと思ってない」
「? じゃあ何で外にいるんだ?」
「お父さんとお母さんは多分引っ越したばかりで友達もいないから、遠回しに外で遊んで交流を深めて来いっていう意味合いなんだと思う。やらないとお父さんとお母さんが心配するから外には出てる。それだけ」
「ふーん……?」
一桁の子供が考える内容ではあまりない。当時のライトもいまいち理解が追い付かない。
「だから、あたしの事は気にしなくていい。別に友達も欲しいと思ってないから、その辺りの気遣いもいらない。――目障りなら他の場所へ行くけど」
「目障りなんて言ってないぞ。広場は皆の場所だからな」
「そう」
それで会話はお終いと言わんばかりにフリージアは本に集中し、口を閉じた。その独特な雰囲気に、ライトは何となく目が離せない。
(気にしなくていい……? 友達もいらない……? 本当に、そうなのか……?)
そう本人が言っている。本を読む姿に戸惑いも躊躇いも見られない。――でも何処か、何処かに寂しさの様な感覚をライトは子供ながらに感じていた。
「おーい、ライトー」
「あ、今行く!――じゃフリージア、またな」
「……? 「また」?」
「うん、またな」
ライトはそう挨拶し、その日はその場を後にする。
「…………」
フリージアは何となく本に向けていた視線をライトの背中に移し、その姿を見送るのだった。
それからも、ライトが広場で友達と遊ぶ度に、フリージアはベンチで本を読んでいた。寧ろ、先に来ていたのはフリージアであり、正確にはフリージアが本を読んでいる所にライトがやって来た、と言うべきかもしれない。
その一人で本を読む姿が、どうしても気になった。
「やあ、フリージア」
だからだろうか。合間を見ては話しかける日々が始まっていた。
「…………」
フリージアはライトに話しかけられると、チラリ、とライトを見て、また視線を本に戻す。「邪魔しないで」――言葉なくても、そのオーラを纏っているのが伝わる。
ライトも最初の内はそれで退いていたが、何故かどうしても諦めきれない自分がいた。
「いつも真剣に読んでるよな……今日は何の本読んでるんだ?」
なので、今日はもう一歩だけ踏み込んでみる事に。
「……(くいっ)」
フリージアは少しだけ本を傾け、ライトにタイトルを見せた。「勇者放浪記 第三巻」――沢山ある勇者関連の書物の中でも、比較的大人向けのシリーズであった。
「うわ、それ大人向けの奴じゃん。読めるの?」
「一応。だから他の人……貴方とも話が合わない――」
「俺それ二巻までは読んだよ。勇者様が旅の途中で正体を隠して村で村人を説得するシーンが好きでさ」
「読んでるの?」
そこでフリージアが本から視線を外し、初めてまじまじとライトを見た。
「うん、勇者様の本、好きでさ。それは難しいけど、でも面白いよな」
前述通り対象年齢が大人向けの小説であり、それ相応の難しい話も書かれている小説だった。が、これも前述通りライトは当時神童と呼ばれる実力者、しっかりと読みこなしていた。
その事実、フリージアには予想外。自分の年齢で背伸びして対象年齢が高い本を愛読している子供は自分だけだと思っていただけに、驚きと――喜びが、生まれていた。自分以外にも同じ楽しみを持つ同世代がいる、喜び。
「えっと……ライトだっけ?」
「え、もしかして名前まだうろ覚えだったのか」
結構話しかけてたつもりだったのに。――が、そんなライトのショックなど何処吹く風で、
「三巻は持ってる?」
フリージアはその質問をライトにする。
「これの? いや持ってないよ。そもそも俺の小遣いじゃ買えないから、父さんのを読んだだけだし。父さんの本棚に二巻までしかなかったから」
「はい。――貸してあげる」
スッ。――フリージアは本を閉じ、そのままそれをライトに差し出す。
「え? いいの?」
「うん。あたしはもう一回読んでるから。三巻、もっと面白いから。読んでみて」
フリージア自身も驚きの行動だった。まさか自分がこんな行動に出るなんて、と行動に出てから内心驚いていた。でも、自然にその行動に気付けば出ていたのだ。
「本当に? うわ嬉しい、ありがとうな! 今日早速読んでみる!」
「うん」
元々興味があった本を貸して貰えた喜び。ライトはこの時、その子供ならではの喜びで気付いてなかったが――フリージアは、初めてライトの前で少しだけ、笑っていた。
フリージアに本を借りて以来、少しずつではあったが、でも確実に二人の会話が弾むようになってきた。
「で、俺はこの話のミソは、やっぱりあのドラゴンと戦うシーンだと思うんだ」
「あたしはその時、初めて放った合成魔法の意味合いが大きいと思う」
ライトは以前からほぼ毎日、この広場で友達と剣の稽古、戦闘ごっこ件訓練、冒険ごっこ等、訓練を兼ねた遊びをしていた。そして最近はいつもの集合時間よりも少しだけ早く来て、フリージアと話すのが日課になっていた。
時間にして十分、ニ十分程度。でも思っていた以上に二人の馬が合い、お互い話すのが楽しみになっていた。
「おーい、ライトー」
そしてあっと言う間に時間は過ぎ、他の仲間達がやって来る。
「それじゃ、行ってくる」
「うん、また明日」
その呼び声を皮切りに、ライトは男子達との遊びへ、フリージアは読書へ。それもいつものパターンだった。……ところが。
「あれ? ポンは?」
今日はいつもと違う点が一つ。ぽっちゃり体形で気の良いお調子者、ポンの姿が見えない。
「あいつ、腹壊して今日行けないって」
「また食べ過ぎたのか……」
その場にいる全員が、ポンが自宅のベッドでうーんうーんと唸りながら肉が食べたいとぼやく姿を想像した。……帰りに様子だけ見に行こうかな。
「あ、でもどうしようか」
「何がだよ?」
「今日は五対五のグループ戦をやろうって言ってただろ。ポン居ないと人数合わない」
ここにいるのは九人。四対四にして、一人交代制にしようか、と誰かが言い出し、その流れになりかけた――その時。
「……そうだ!」
「? ライト、どうした?」
「フリージア! おーい、フリージア、ちょっと来て! こっちで、俺達の試合に参加してくれよ!」
その不意の思い付きを、ライトは提案するのだった。――これが、また一つの大きな物語の切欠になるとは知らずに。
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