第196話 演者勇者と「あこがれのゆうしゃさま」1

「どうして……? ねえ、どうしてこうなったのかな……? あたしはただ、家族で静かに、仲良く、普通に暮らしてたかっただけなのに……!」

 あの日の事は今でも忘れない。忘れたい、忘れたくて仕方ないのに、あたしの記憶力がそれを許さない。鮮明に、目を閉じれば思い起こされる。

「ねえ。全部、あたしのせいなの?」

「そんなわけないだろ、お前が何したって言うんだよ!」

「だって言われたの! お父さんに、お前を見てるとお母さんを思い出す、お前なんていなければ良かったって! お母さんだって、あたしがいなければもっと早く、自由になれたんだよ! あたしの、あたしのせいなんだよ!」

「違う! それだけは絶対に違う! おじさんも、少し疲れてるだけだって、お前の事そんな風に思ってるわけないだろ!」

 後にも先にも、こんなに泣いた日は無い。きっとこの日で、あたしの涙は枯れた。そう、思ってる。

「疲れてる? そう、そうかもね。……あたしも、疲れちゃった。……楽に、なりたい」

「っ! 馬鹿な考えは止めろよ!」

 あたしの言葉に何か察したのか、両肩を持って真正面からあたしの目を見る。――その真っ直ぐな目が輝いていて、余計に辛かった。

「だって……! もう、誰も……!」

「俺が居る、俺が隣に居てやる! お前が寂しくならない様に、絶対に俺は居るから! 俺だけは、絶対に!」

「っ……ああ……ああああああっ!」

 その力強い言葉に、あたしは包まれた。その胸で泣いた。全てを委ねてもいいと、その時思えた。その瞬間――彼は、勇者だった。あたしの、勇者様だった。でも……


 ……でも、しばらくして、彼は、勇者様じゃ、なくなった。



「ハインハウルス総合魔術研究所?」

 シンディの騒動も落ち着いたある日、ライト騎士団団室にて。父ヨゼルドから案件を預かって来たとの事で、エカテリスが団員を招集、現在会議中。そしてその会議の中で出たフレーズがそれであった。

「ええ。そこで以前キリアルム家の騒動の時に確認出来た魔法陣の研究、調査を行っているのだけど、調査に進展があって、現場にいた当事者に話が聞きたいらしいの。なのであの騒動の時に居たライト、レナ、リバール、ソフィ、ハル、サラフォンは明日の予定を空けておいて。移動手段に関しては私が用意させておきますわ」

「わかった」

 思い起こされるキリアルム家の騒動。途中から謎のモンスターが魔法陣から現れ続け、現場は大混乱。別目的で現場にいたフュルネ(当時はまだ友人関係にあらず)が何かの為にと魔法陣のコピーを取り、それをこちらに渡していた為、原因究明の為に軍の研究機関が調べるとの事だった。……にしても。

「移動手段……って、その研究所って何処にあるの? 軍の施設なのにここにはない?」

 それなりの期間ライトも城で暮らしているが、その名前に聞き覚えが無かった。

「マスターが知らないのも無理はないわ。私も直接は出向いた事はないけど、ハインハウルス総合魔術研究所はこの国でも最高峰の研究所で、万が一事故が起きた時に周囲に二次被害をもたらさない様に、王城、城下町からはある程度距離がある所に建てられてるの。つまり、そういうレベルの研究をやってるって事ね」

「へえ……」

「知らなかったー、ネレイザちゃんは物知りだねえ」

「何で私よりも先に軍にいるアンタが知らないのよ!?」

「興味無かったんだもーん」

 まあ、その、レナである。様子を伺えば知らなかったのはライトとレナと、

「我が封印されている間にそんな施設が……! ライト殿、姫君、我は事件に関与していませんが同行させて頂けないでしょうか! あれでしたら魔力の篭った我の骨の一本や二本の提供も惜しみません」

「普通に来ていいから! 重いよそのお土産!」

 比較的近年に建造されたのか、その時は封印されていたニロフ。魔法マニアの血が騒ぐ様子。――研究勝負とか言い出さなきゃいいけど。

「まあでも、実際ニロフさんも満足するレベルじゃないかしら。地方から優秀な人間をスカウトもして人材も最高峰を揃えてるって聞くし。私も最初赴任先として提案されたもの。まあ私はお兄ちゃんの事もあって断ったけどね」

「成程、ネレイザが赴任して当たり前と考えるとレベルは高そうだ」

 色々あるが、事務官として傍に居て貰ってライトはネレイザのレベルの高さは実感している。シチュエーション次第ではマークを十分越えるだろう。

「あ、勿論私も行くわよマスター。現場には居なかったけど、今後の事を考えたら事務官として同席して当然だし。あの当時スカウトされた人間が近くにいるって事はマスターの威厳に繋がるでしょ? 睨みを効かせるわ」

「なら俺も同行しようか長、いざとなれば紋章止む無し」

「ボ、ボクの道具があればこっちの技術力の証明に!」

「でしたらこのリバール、先にスパイとして潜入しておきましょう」

「君達敵の砦を堕としにでも行くつもり!? 話をしに聞きに行くだけだよ!? 味方だよ!?」

 というわけで何とかその場を宥め、結局の所全員で向かう事にするのであった。



「ようこそ、ハインハウルス総合魔術研究所へ!」

 そして翌日。一行が研究所に到着すると、ひと際元気な声が出迎えてくれた。

「私今回、案内役を仰せつかっています、ソーイといいます! 皆様、どうぞ宜しくお願いします!」

 白衣を着ているので彼女も研究員なのだろうが、インドアよりもアウトドアのオーラがひしひしと伝わってくる女性だった。

「まずは注意事項です! ご承知かとは思いますが、ここハインハウルス総合魔術研究所では日々色々な研究が行われており、中には危険度が高かったり、かなりの極秘な研究も行われております! なのでいくら王女様勇者様でもこちらが指定した場所以外には、独断で入ったりしない様お願い致します!」

「承知しましたわ。皆も」

 逆らう理由など無い。下手に動いて迷子になって事故でも起きたら洒落にならない。――ただ一人を除いて。

「で、この場合はこの魔法陣の解析の仕方を変えればですな」

「成程、その考え方は無かった!」

「凄いですね、えっと……どなたですか?」

「はっはっは、通りすがりの魔導士です。ですが、独自に色々研究を重ねておりましてな。例えば――」

 ニロフは偶然通りかかった研究員と既に研究の話で盛り上がっていた。――早いよ。

「連れ戻しますか?」

 ハルが冷静にライトにそう尋ねてくる。――まあでも、何も悪さをしようっていうわけでもないし。

「時間までは許してあげよう。そもそもはニロフは来なくても大丈夫だったんだし」

「では念の為に私が付いておきますね。確認は皆様方だけで大丈夫でしょう。――サラ、ちゃんと確認して皆様の言う事を聞くのよ」

「大丈夫だよハル、ボクも子供じゃないんだから」

「大丈夫じゃないから念を押してるの。――ネレイザ様、サラの事を宜しくお願い致します」

 そう言いながらハルはネレイザにハリセンを手渡し――

「――って私をそういうキャラに仕立て上げないで! やらない、やらないから! 私には無理です!」

「素質が」

「真剣な目で断言しないで下さい!」

 まあまあ皆でちゃんと行動するから、とハルを宥めると、ハルはハリセンを仕舞い、お辞儀をして、ニロフの元へ歩いて行った。――何処から取り出して何処に仕舞ってるんだろうあのハリセン。

「それでは、お話も纏まった様ですし、ご案内しますね!」

 というわけで、ニロフとハルを除いたメンバーでソーイ先導の元、移動を開始。設備の管理も行き届いているのか、広くて綺麗な廊下を歩く。

「今回ご依頼された魔法陣の解析ですが、正直中々に手こずらせてくれてます。かなり精密、高度な魔法陣で、はっきり言って普通じゃありません。私もびっくりです!」

「ソーイさんも研究に?」

「はい、僭越ながらチームに加わっています! 今回のチームは高難度かつ高重要ということで、スペシャルチームを組みまして、私も選抜されました! こう見えてそれなりにやり手な私です!」

 えへん、と胸を張るソーイ。確かにこの研究所に所属するだけでも優秀なのに、そこから更に選抜チームに選ばれるというのはやり手と言っても過言ではないのだろう。

「でもやっぱり、ウチのエースには敵いませんねー」

「そんなに凄い人がいるんですか?」

「そりゃもう! 私と同い年なのにこの研究所でピカイチ、実力は頭一つ、二つ抜けてますよ! 彼女無しだったらもっと進んで無かったと思います! おまけに真面目で美人でそりゃもうたまらん! ってな感じですよ! 本人は至ってクールだし!」

 あっはっは、と自分の事の様にソーイは自慢をする。ソーイの見た目からしてライトと年齢は変わらない位だろう。その若さでこの大きな研究所のエースなのか。凄いな……というより、

「ニロフをあそこに置いてきて正解だったかもしれない」

 そんな凄い人が更に美人とか。ここに住むとか言い出しかねない。

「まあまあ勇者君。ニロフの前に勇者君が研究されるプレイに目覚める可能性が」

「何その研究されるプレイって!? マニアック過ぎない!?」

「マスター? その、どうしてもって言うなら白衣借りてくるけど」

「いりません!」

 そんな会話をしつつ歩を進めると、一つの部屋、ドアが見えてくる。

「さあ皆さん到着です、この部屋で今回の事案は主に研究を進めています!」

 比較的大きなそのドアには「第六研究室」と書かれたプレートがかけられていた。

「そして彼女が噂のウチのエースです! どうです、凄いでしょう!」

 ひゃっはー、と促し紹介する先には、

「長、この研究所は凄いな。完全に姿を消す研究もしているのか」

「いや多分普通に居ないだけだと思うぞ。俺も見えてない」

 誰も居なかった。――ひゃっはーのまま固まるソーイ。生まれる数秒の沈黙。

「おほん。――おかしい。十分前にはドアの前で待ってるって言ってたのに。……すみません、ちょっと待ってて下さいね!」

 ひゃっはーのポーズを解除したソーイが軽くドアを開け、頭だけを中に入れる。

「ちょっと、フリージア、話違うじゃん! 十分前には出てるって言ったじゃん!」

「っ!?」

 その名前を聞いた瞬間、ライトに大きな動揺が走る。――今、フリージアって言ったのか? 偶然、か?

「確かに十分前に出てるって言ったけどまだ十四分前でしょ。あたしが責められる筋合いがない」

「真面目か! 兎に角、もう来ちゃったから出てきて!」

「はぁ。――わかった。今行くから」

 そんなライトの思惑を余所にソーイは中を促し、意中の人も腰を上げて出て来てくれる様子。――そんな会話の最中にも、ライトの心臓の鼓動は大きくなっていく。

 まさか……まさか……!?

「おほん。改めましてお待たせしました! ウチのエースのご登場です!」

「変な紹介しないでくれる?」

 促されて部屋から見せたその姿に、ライトは固まってしまう。

「あ、えっと。――ご依頼の件に関して研究してる、フリージアといいます。お呼び立てしてしまい申し訳ありません。今回は」

「ジア!」

 気付けば名前を呼んでいた。あの頃の呼び名で。あの頃の様に。

「? ライト……!?」

 大人になった彼女はあの頃よりも更に綺麗になって、立派な姿で、

「その……あの、俺」

「……どうして」

 あの時と同じ、冷え切った目で――ライトを見るのだった。

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