第195話 幕間~同居人、礼儀を重んじる

「というわけで、妾も今日からこの部屋に寝泊まりするぞ」

 フラワーガーデン人気三位・アジサイことテイマー見習いシンディ。ひと騒動の中、伝説級の竜に名付け、契約を交わしてしまった。それ自体は何の問題もない、寧ろテイマーとしては名誉な事なのだが。

「……何で?」

 その竜――スーリュノが、再び人の姿で自分の部屋を訪ねて来て、開口一番その言葉を発した。シンディとしてはとりあえず理由を尋ねるしかない。

「妾が地上に降りて来た理由は語ったな? 覚えておろう?」

「退屈だったから?」

「うむ。なので退屈しなさそうなお主と契約を交わしたのに、全然妾を呼ばぬではないか」

「いやだって、養成所で伝説の竜呼んだら駄目でしょどう考えても……」

 そこは最早養成所ではなくなるだろう。

「貴女の実力はこの目で直接見てるから知ってるし、頼りになるのは重々承知してるけど、だからこそそう簡単に貴女を呼ぶ機会なんてあるわけないでしょ?」

「まあそうじゃろうな。でもそれじゃ妾がつまらん。退屈なままではないか。なのでお主と一緒に暮らして、下界の生活を堪能しようと思っての。妾が一緒にいればお主の成長にも繋がる。一石二鳥じゃ」

 うんうん、と自己完結で納得するスーリュノ。シンディとしてはスーリュノが嫌いとかではないのだが、現状突然そんな事を言われても困るわけで。

「そう言われるとそうなるんだけど……とりあえずは私が養成所を卒業するまでは待って。そうしたら、もっと堂々と貴女と行動出来る。卒業するまでは待ってて」

 とりあえず、現実的な落としどころを提案してみる。

「ふーむ……まあそれがお主の決意なら致し方ないの」

「ごめんね。でも、必ず貴女に相応しいテイマーになるから」

 その言葉に嘘はない。自分を認めてくれたこの伝説の竜に、少しでも相応しいテイマーになりたい。そう思える。

「わかった。それじゃ妾はお主が妾を迎えに来るのをドライブの部屋で待つことにするぞ」

 そう言って、少し残念そうにスーリュノはシンディの部屋を後に――

「って待ってちょっと待って、今何て言った? 何でそこでドライブさんが出てくるの?」

「お主の部屋が駄目ならドライブの部屋に頼みに行こうと思っておったからじゃが。戦った時から思っておったがあれは中々良い男じゃ。実力もある、度胸もある、顔も良い。良い事尽くめじゃ。あやつなら妾もこの姿で抱かれても全然――」

「私と一緒に暮らしましょう。今から交流を深めた方がいい。そうしましょう。絶対そう」

 ――しようとした所で両肩を掴まれ、部屋に引きずり込まれるのであった。



「とは言っても、私お金そんなに持ってないからね。その辺りは期待しないで」

 なし崩しに同居が決まった翌日。スーリュノの生活用品を揃える為に二人でハインハウルス城下町に繰り出す。

「金……そうか、人間は物のやり取りにそれが必要じゃったな。……ふむ」

 そう言うと、スーリュノはパン、パン、と体中を弄るように叩く。

「お、丁度よいのがあったわ。ちょっと待っておれ」

 そう言うと、スーリュノはそのままスタスタと防具が並んでいる店に入っていく。

「この店は素材の買い取りはしておるか?」

「ああ、してるよ。え、何、お姉さんが何か持ってるのかい? 言っておくけどウチの店は安物は――」

「金が必要じゃ。買い取ってくれ」

 パサッ。

「へ? 何これ……ってこれはまさかドラゴンの鱗!? しかもエンシェント級のレア素材!?」


 …………。


「ほれ。これを使うがよい」

 たんまりどっさり。あっと言う間に資金が豊富過ぎる程に出来た。

「……えーっと、スーリュノ?」

「気にするでない、鱗など時折勝手に剥がれるからの。それを売っただけじゃ」

 まるで人間が髪の毛一本売りましたみたいな軽さで告げるスーリュノ。裏腹に目の前で手渡される大金。

「スーリュノ、以後この技禁止ね。私の人生の概念が崩れる」

 素材がどの周期で手に入るのかはわからないが、売り続ければ働かなくても――おっとそれ以上は駄目よシンディ。考えたら負け!

「? まあよくわからんがお主が言うならそうしよう。それじゃ、行こうかの」

 改めて、二人でハインハウルス商店街へ。

「ほー、随分と賑わっておるの」

「ここは首都だからね。この国で一番の街だと思っていいわ」

 ふむふむ、といった感じでスーリュノはまるで子供の様に目を輝かせながら歩く。

「お、本屋か、大きな本屋じゃの。これだけ大きな本屋が繁盛しているという事はしっかりと住民に文字の読み書きの教育が行き渡っておるようじゃな」

 と、最初に足を止めたのは本屋。いくつかある本屋の中でも一番の大きさを誇る本屋だった。雑誌から小説、魔法参考書まで何でも揃っている。

「スーリュノは読み書きは出来るの?」

「馬鹿にするでない。長年生きておるからの、人間の文字は読めるわ。どれどれ、人気の本は……」

 店頭に「大ヒット中!」の広告が出ている本をスーリュノは手に取ってみる。その本は、

「……「勇者伝説 第十三巻 暗黒竜討伐編」?」

「ああ、それ新刊出たんだ。人気の小説よ。今丁度勇者一行が竜との決着を着ける所で」

 ぺらぺら、とスーリュノはページをめくり本を軽く読む。そして、

「よし。シンディ、本屋ごとこの本を全て燃やすぞ」

 その結論に辿り着いた。――って、

「待て待て待てぃストップ! 何でその結論に辿り着いたの!?」

「竜がそんな簡単に負けるわけなかろう。この本は竜を小馬鹿にしておる。許さぬ」

「フィクション! あくまで物語上の展開! 本によっては竜の圧勝だったりするから!」

 今にもその姿のまま火を吹きそうなのを無理矢理服を掴んでズルズル引きずって本屋を後にする。――今度竜が圧勝する本探そう。

「ほう、美味そうな品が色々ありそうじゃの」

 そのまま宥め宥められながら歩いていると、食事処が多いエリアに入った。

「お金はあるし、何か食べる?」

「うむ。人間の味付けは美味じゃからの。……うん?」

「何か気になるものあった?……あ」

 スーリュノの視線を追うと、そこには「ドラゴン風味ステーキ」という大きな看板が。中々の盛況っぷり。実際に竜の肉が食べられるわけではないが、店主が研究に研究を重ね、竜の味に近付け、安くて美味いと評判の様で。

「よし。シンディ、ちょっと他の竜を狩って来てあの店の隣で焼こう」

「営業妨害!?」

「そんな簡単に竜の味が再現出来るわけなかろう。妾が本物の竜を見せてくれる」

「大丈夫、皆本物じゃないってわかってるから、雰囲気を楽しんでるだけだから!」

 というか直ぐに他の竜狩ってこれるんだ、仲間意識とかそういうのないのかな……は今はどうでも良くて!

「ほら、スイーツ! スイーツ食べよ! 甘い物は好き?」

 とりあえず肉から離れて忘れさせよう、とシンディは再びスーリュノを引きずって移動する。――どん!

「痛っ!」

「痛ぇ! 何処に目ぇつけてんだ、気をつけろ!」

 と、明らかによそ見をしていた柄の悪い男と肩がぶつかり、軽くお互いよろめく。男は思いっきり睨みつけて怒鳴ると、周囲を睨みながら歩いて行った。

「大丈夫か?」

「あ、うん。――感じ悪かったけど、言い返したらキリないし」

「周囲に気を配るのは人も竜も当たり前なのに、何様じゃまったく」

「この辺りは人通りも多いからね、いるんだって時折ああいうの」

 実際そこまでシンディは気にしていなかった。さて気を取り直して、と思っていると。

「よし。シンディ、ちょっと人間を間引こう」

「何処の魔王ですか!?」

「住み易くするには適度な人口にするのが一番じゃろ。なあに適当にブレスを吐けば」

「結果として大罪になって私達まで住めなくなるから!」

 そんな恐ろしい会話をしながら目的の店に到着。二人分のスイーツを買い、食べながら移動を開始。

「ほお……良いな、これは美味い! 甘過ぎず、でも絶妙な旨味!」

「でしょ? 評判なんだから」

 実際店には老若男女問わず客が訪れており、中々の人気を誇っていた。買って片手で持って歩きながら食べられる気軽さもあり、店の周囲にはその店で商品を買って食べながら歩く人も多く見られる。

「これよこれ、こういうのは人間の姿にならんと食べられぬからのう。人化を会得して正解じゃ」

「満足そうで何より」

 そんな感じで二人で堪能していると。

「よし、買って来たぞ。ちゃんと座って食べような」

「うん、ありがとうお兄ちゃん!」

 同じく店でスイーツを買ったまだ小さな兄弟に、

「でさー、そいつがさー」

「マジで? 調子乗ってるじゃんそいつ!」

 どん。――会話に夢中で兄弟が見えて無かった若者二人がぶつかり、

「あっ!」

 勢いで兄弟はよろけ、弟は勢いに負けスイーツを手放し、

「あ」

 べちょっ。――弟が手放したスイーツが見事にスーリュノの黒いドレスにヒット。クリームがべっとり。

(あ、やばい、これはまたスーリュノが教育指導とか言い出すパターン!)

 直ぐに事態を察したシンディが何とか打開案を頭で練ろうとした……のとほぼ同時に、

「あ、あの、すみませんでした!」

 兄の方がスーリュノに謝罪した。

「弁償……今すぐは無理だけど、でも……ほら、お前も」

「ご、ごめんなさい……」

 弟もスイーツを失ったショックと現状の緊張感から涙目になっていたが、兄に促され、スーリュノに謝罪した。

「……ふむ」

 スーリュノはその兄弟の態度を見ると、腰を屈め、兄弟と視線を合わせる。

「お主ら、歳はいくつじゃ?」

「ぼ、僕が九歳で、弟が四歳です」

「そうか。その歳でちゃんと謝罪が出来る。偉いぞ。妾はその謝罪を受け入れよう。何、ドレスは洗えば汚れは落ちる。だから、弁償はせんで良いぞ」

 スーリュノは優しい笑顔で兄弟を宥めた。その笑顔を見て、シンディは合点がいく。今まで直ぐに燃やすだの何だの言っていたのは、スーリュノに対して(一方的な誤解もあるが)失礼な態度を取っていたから。

 彼女は、礼儀を、意思を重んじる竜。――だからこそ、見習いテイマーの自分とも契約を交わしたのだと、シンディは再確認した。

「さて。折角のスイーツが妾のドレスで駄目になってしまったの。ちょっと待っておれ。――シンディ、少しここを頼むぞ」

「……まさか」

 つまり逆に言えば、礼儀を知らない相手を許さないわけで。スーリュノはシンディと兄弟をその場で待機させると、

「ほっ」

 ザッ!――大きくジャンプ。ジャンプと言っても人間のジャンプとは違い、数メートル飛び、何人をも飛び越えて、

「それでさ……え?」

 スタッ。――そのまま兄弟とぶつかった二人組の前に降り立った。

「まだ十もいかない子供が謝罪出来るのに、貴様らは知らぬ存ぜぬか。嘆かわしい」

「え? お姉さん何?」

「先程、小さな兄弟にぶつかったであろう。大人の貴様らの勢いに負けて、弟の方が持っていた菓子を落とした。結果として妾のドレスが汚れた」

「あ? 別にぶつかるとかよくあるじゃん。それで落としたとか知らないよ。ちゃんと持ってろっての。ドレス? その兄弟に弁償して貰えよ」

 何言ってるんだこいつ、面倒、というオーラを隠さずに二人はスーリュノにそう言い切る。

「欠片も自分らが悪いとは思わぬか。クズじゃな」

「は? え、何、お姉さん喧嘩売ってんの?」

「妾に喧嘩を売ってるのは貴様らの方じゃ。謝罪一つ出来ぬ馬鹿に慈悲などないわ!」



「……それで? どうしてこうなったの?」

 数分後。スーリュノはシンディと兄弟の元へ帰ってきた。そこには、

「も、申し訳ありませんでした!」

 幼き兄弟に土下座をする、先程の二人がいたり。

「なあに、ちょっとした教育よ。再起不能にしても良かったんじゃが、それじゃこやつらに謝罪させられんからの」

 教育の内容が怖くて訊けない。

「さて。貴様らはもう良い大人じゃ。謝罪の他に、すべき事があるだろう」

 ジロリ、と改めてスーリュノに睨まれ、二人組は必死に頭を巡らせる。……直後、

「こ、こちらで足りますでしょうか」

 スーリュノにドレスのクリーニング代と思わしき金を差し出す。

「ふむ。――そなたらの弁償は「これ」だけか?」

 だがスーリュノは実際ドレスの弁償代は求めていない。本当に求めているのは。

「お、おい!」

「わ、わかった」

 それに何とか気付いた男達。一人が体を起こし、走って先程のスイーツの店に。兄弟の分の他に、シンディとスーリュノの分も購入。

「よ、宜しかったらどうぞ」

「うむ、まあ及第点じゃな。――二度とつまらぬ真似はするでないぞ」

「は、はい!」

 スーリュノが促すと、二人組は逃げるようにこの場を去る。

「ほれ。今度は、しっかり持って食べるんじゃぞ」

 そして再び優しい笑顔になり、兄弟に一つずつ、そのスイーツを手渡した。最初は唖然としていた兄弟だったが、

「あ、ありがとうございます!」

「ありがとう、お姉ちゃん!」

 やがてこちらも嬉しそうにスーリュノにお礼を言った。

「気を付けて帰るのじゃぞ。いつまでも兄弟仲良くな」

 そんな二人を、スーリュノとシンディは笑顔で見送った。

「スーリュノ」

「何じゃ?」

「宜しくね、これから」

「? 何じゃ改まって」

「何となく言いたかっただけ。――さあ、私達も買い物続けましょ」

 こうして、シンディとスーリュノも買い物に戻るのであった。



「今帰ったぞー」

「初日から見事に我が物顔ね……」

 そして一通り買い物を終え、帰宅。荷物を置き、スーリュノはベッド(勿論シンディの)に体を投げる。――あー、ベッドとかも買わなきゃ駄目かな。部屋狭くなるなあ。引っ越しも考えるべきかなあ。

「さて、晩飯じゃの。普段はここで作っておるのか?」

「あ、ちょっと待って。私お祈りしなきゃ」

「お祈り?」

「うん。「神様」に」

 そう言うとシンディは部屋に飾られてある小さな白い石像の前に座り、ゆっくりと祈りを捧げる。……神様、か。

「のう、シンディ。お主、宗教を信仰しておるのか?」

 その祈りが終わったのを見計らって、スーリュノは話しかける。

「うん。タカクシン教っていう素敵な思想を持つ所よ。流石に知らないか」

「タカクシン教、か」

 確かに聞いたことのない名前だった。でも、あの日、シンディと契約を交わしたあの日、感じた視線は――

「シンディ。神を否定しろとは言わぬが、神に頼るのは控えろ」

「? どうして? 神様は、祈りを捧げていれば、必ず助けてくれる。導いてくれる」

「ならお主がテイマーになるのは、神の導きか? 神がテイマーになれと言ったのか?」

「それは……違うけど」

 よっ、とスーリュノはベッドから起き上がり、シンディの隣に。

「お主はお主の意思でここまで来たし、そんなお主の意思を汲んで妾はお主が付けた名で満足しておるのじゃぞ。神のお陰ではない」

「…………」

「それに――神よりも近くに、お主には頼れる人間達がおるであろう」

「あ……」

 浮かび上がる人達の顔。頼っていいと言ってくれた優しい顔。神に立ち向かってみればいいと言ってくれた、強い人。

「神にああだこうだ言うのなら、まずはそいつらを頼れ。話はそれからじゃろ。それに安心せい。言っておくが、妾も相当頼りになる存在じゃぞ」

 シンディがハッとして横を見て見れば、そのスーリュノの笑顔は強く逞しく、それでいて優しくて。何か大切な物に気付いた、そんな気がした。

「……うん、そうかも。私、神様との距離を、ちょっと誤解してたかも」

「そうか。後は、お主次第じゃ」

「もっと強くなりたいな、私も。――スーリュノ、もし私が神様と戦いたいって言ったら、一緒に戦ってくれる?」

「馬鹿にするでない。神など妾なら燃やし尽くしてくれるわ」

 こうして、シンディはテイマーとして、また新たなる一歩を踏み出したのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る