第194話 演者勇者とワンワン大進撃21

「……予想以上だ。流石だ」

 屋敷での竜騒動を、少し離れた塔の最上階から見守る、男二人、女二人。

「え、やばくない? 竜とかやばいじゃん、テイムとかやばい」

 一人目、少々ふくよかな体形をした女性。今も菓子をほうばりながらの感想。

「いや、その位やって貰わないとなあ。俺の若い頃はもっと」

 二人目、白髪交じりの初老男性。緊張感はこちらも感じられない。

「で、でも、流石にまずいんじゃ……軍の人っぽい人達、いるし……」

 三人目、小柄な女性。前の二人とは違って少しオロオロしている。

「心配ない。こちらから何かするわけじゃない。向こうから、動いてくれるんだ」

 そして四人目。長身で、最初に予想以上、と称した男性。そして、

「で、でも、何もしなくて大丈夫ですか、「教祖様」」

 あの日、シンディに「教祖様」と崇められていた人物である。

「心配ない。シンディはちゃんと我々を信仰している。神を信じるその心があれば、何も問題ない」

 「教祖様」はそう言うと、嬉しそうに笑う。――全てが思い通り。シンディの才能に気付き、目をかけてきた甲斐があった。

「まあでも、心配するのもわかる。――俺が迎えに行く。そして今後の事も話す」

「俺が行くか? 折角だから俺が行った方がいいだろう」

「貴方の手を煩わせる程でも。元々俺が見出した人材ですし、今の教祖は俺ですから、説得力が俺の方があるでしょう」

「そうだな。お前には期待してる」

 ははは、と初老の男性が笑う。――「教祖様」は内心で、余計な真似はするな、と思っているが、表情には微塵も見せない。

「さて、それじゃ――」

 と、動こうとした、その時だった。――ビリビリッ!


『妾の新たなる相棒に手を出してみろ。命一つじゃ済まさぬぞ』


「!?」

「な、何、今の……何の威圧……!? それに、頭の中に声が……!?」

 見ていた方角から、突然の圧倒的威圧感と共に、響くように声が聞こえた。――これは。

「……成程」

「教祖様、あたし、見て来ましょうか?」

「いやいい。今日は解散だ。シンディの事は一旦保留する」

「で、でも、それじゃ」

「大丈夫。彼女に信仰心がある限り、必ず俺達の所へ戻ってくる」

 そう言って「教祖様」は塔を後にする。口調こそ穏やかだが、

(……俺に歯向かって、素直に終われると思うな)

 その表情からは、今度は怒りが隠し切れないのであった。



「ほーん、ハインハウルス軍と勇者とその一味のう」

 騒動が落ち着き、やがて残りのメンバーも到着、状況を一通り説明。ネレイザが手回しし、今は本格的にハインハウルス軍がやって来て事情徴収中。シンディは疲労が一気に押し寄せ、離れた所で休息を兼ねて念の為に治療を受けている。

 そしてライト達は改めて竜美女――スーリュノと話をする為に少しだけ場所を移していたのだ。

「で? どれが勇者じゃ?」

「あ、一応俺が」

「小僧が?」

 自己申告すると、スーリュノが間近でライトをジッと見つめる。――美人なので恥ずかしい。

「まあ、あの場から逃げずに自分なりに立ち回ろうとしていた度胸を認めてそういう事にしておいてやろう。細かい事情に妾は興味ないからの」

 当然あれだけの実力者ならライトの実力も見抜いて当然。が、思う事はあっても気にしない様子。

「それで? 回りくどいのは嫌いじゃ、直球で言うがよい。妾の存在に問題があって、それを黙っていて欲しければ一晩抱かせろ、と」

「何でそんな話に!?」

 スーリュノは頬を少し染めて顔を再び近付ける。

「戦闘能力は低くとも、夜の戦闘は災害級なのじゃろ? そうでなければそこまで周囲に才能ある女子はおらんじゃろ。何、妾もやぶさかではない」

「いやーもう災害所じゃない伝説級よ。聖剣はもう一本ありました」

「俺の横の護衛さん関係性持ってないのに適当な事言わない! 後何そのおっさん臭い下ネタ! はしたないでしょ! めっ!」

「私だって好きで言ってないよ。でもあの夜を思い出せばもう」

「だから事実無根だあああああ!」

 いっその事本当に抱いてやろうか。

「本題に入るぞ!――スーリュノ、ハインハウルス軍……というよりも、俺達、ライト騎士団の観察下に入って欲しい」

「妾を監視して軍の下に置く事で有効利用したいと申すか?」

「うん。表向きは、ね」

 勿論ライトは彼女達を利用しようだとか、そんな企みは無い。ただ純粋に応援支援したいだけ。

「実際、シンディさんが養成所を卒業してテイマーデビューして、彼女が本当に目指すテイマーになるのに、勇者の騎士団の加護、というのは大きいはず」

 将来何処でどういった形でテイマーとして花開かせたいかはわからないが、勇者の御墨付となれば彼女が本当に目指す者になった時、疑う人間などいないだろう。今の自分なら、その後押しが出来る。

「その代わり妾の事をある程度把握しておくことで、問題が起きない様にする、か」

「寧ろスーリュノはライト騎士団のお墨付きがあれば他から監視される事無く自由に動ける。勿論シンディさんの事を思えば悪さなんてしないだろうし」

「ふむ。メリットしかないと申すか」

 スーリュノは少し考える素振りを見せると、

「小僧……名はライトといったか。――何故そこまでシンディに肩入れする? 特別な思い入れでもあるのかの?」

 今度は真面目な顔になり、ライトにずいっ、と詰め寄る。――詰め寄って話す癖があるらしい。

「そういうわけじゃないけど。……でも、格好良いだろ。諦めずに夢を追うのは。自分から逃げずに戦うってのは。そういう人間は、報われるチャンスがあっていいと俺は思うから」

 全ての人が上手くいくだなんて思っていない。最初から最後まで諦めずに立ち向かっても、花一つ咲かせる事も出来ない人間も大勢いるだろう。その全ての人は救えない。……でも、手の届く所にいる人なら、応援したいだろ。自分が何か出来るなら、してあげたいだろ。

「ふむ。……お主は幸せ者じゃな」

「幸せ者? 俺が?」

「大勢の女子に囲まれているのはそうじゃが、それとは別に生きるというのが都合よく行かない事を知っておる。それを知れる、というのは大事な事じゃ」

 ライトの言葉に、何かを感じたスーリュノ。穏やかな表情で、ライトにそう告げた。――幸せ者。

「……そっか。確かに俺は、幸せ者だよ。それでも今、前を向く機会を与えて貰えてるんだから」

 前を向いて、努力しても、結果何も変わらない。変えられない。それでも前を向く機会を与えて貰えてるのは、恵まれてるんだろう。――感謝、しなきゃな。

「ま、何か困った事があったら妾に相談に来ても良いぞ。そこまで言うのであれば、妾としても手を貸してやらんこともない」

「ありがとう、覚えておく」

「うむ。――さて、シンディの方はどうなったかの」



「シンディ、頼むから無茶はしないでくれ。お前にもしもの事があったら、姉貴や義兄貴に顔向け出来ない」

 ライトがスーリュノと話している一方、少し離れた箇所。マクラーレンとシンディが話をしていた。

「竜の前に立ちはだかるなど自殺行為だ。モンスターに詳しいお前なら尚更わかっているだろう」

「うん、ごめんなさい叔父さん。――でも、どうしても、我慢出来なくて」

「まったく、誰に似たんだ……でも無事で良かった。それに、竜を説得するとは大したものだ。お前にはきっと、本物のテイマーの才能があるんだな」

 ぽん、と軽く肩を叩きながらマクラーレンはシンディを褒めた。――心配の注意も、今の褒め言葉も、どれも本当に自分の事を思っての言葉だというのが、シンディには良く分かった。

「叔父さん。……私、叔父さんにもう一つ、謝らないといけない事があるの」

「? 何だ?」

 だからこそ――これ以上、嘘はつけない。覚悟を決めて、切り出す。

「サクラさん」

 少し離れた所で様子を伺っていたサクラを呼ぶ。

「私ね、今サクラさんがいるお店でアルバイトしてるの」

「アルバイト?」

「うん。その、フラワーガーデンっていう……夜の、お店」

「夜の、店……そうなのか?」

「……うん」

「宜しければ、こちらを。店の名刺になります」

 サクラがマクラーレンに名刺を手渡す。その名刺をジッと見た後、その視線をシンディへと戻し、

「何故黙っていた? 生活費が足りないなら相談しろと言ったはずだ。しかも夜の店……この店や業種を否定するつもりはないが、でもお前が選ぶ理由にはならんだろう」

 そう少し厳しい言葉をシンディにぶつける。

「叔父さんにこれ以上迷惑をかけたくなくて」

「俺は迷惑だなんて思ってない」

「わかってる、それにその言葉、凄い嬉しい。――それでも、そんな叔父さんだからこそ、私一人でも頑張れるって証明したくて。それに、フラワーガーデンは叔父さんが想像してる様なお店と違う。皆が誇りを持って働いてるお店なの。テイマーとして独り立ち出来る様になるまでは、あのお店で働きたい。――お願いします。働く事を、許して下さい」

「姪御さんをご心配なさるのはわかります。ですが、責任を持って姪御さんの事はお守りします。お約束致します」

 シンディ、サクラがマクラーレンにゆっくりと、礼儀正しく頭を下げた。その姿をジッとマクラーレンは見ていたが、

「……知っている」

 やがて諦めた様にそう切り出した。――って、

「知ってる……知ってる!? え!?」

 ガバッ、と頭を上げてシンディがマクラーレンを見る。サクラも頭を上げる速度こそ普通だったが驚いた様子を見せた。

「お前がフラワーガーデンでアルバイトをしている事、源氏名アジサイで人気がある事、全て知ってる」

「どうして……!?」

「ヨゼルド様から報告を貰っていた。――そして、何の心配もいらないとお墨付きまで貰った。だから店の心配は本当はしていない」

 そう。ヨゼルドは前々から全てを見抜いており、放っておいた結果を予測した上でマクラーレンに話す道を選んだ。マクラーレンとしてもいくら国王の指示とはいえ、自分の親族の話に口を挟まないで欲しいと思ったが、

「こっそり様子を伺った事もある。その時見たのは、一生懸命なお前の姿だった。テイマーの勉強との掛け持ちながらもしっかりと頑張って、やりがいを持って働く笑顔のお前の姿だったよ。あの顔を見せられたら俺からは何も言えん」

 結局、全てを知った上で、止める事が出来なかったのだ。――シンディには甘いのかもしれないな、俺も。

「なら……言ってくれたら良かったのに……」

「お前が自分から言って来てくれる日を待っていただけだ」

「!」

「言い難い、頼ったらいけない、困らせたくない。そんな事、思うな。姉貴や天国の義兄貴には申し訳ないが、お前は俺にとっては娘も同じなんだ。本音でぶつかって来てくれていいんだ。少し位困らせてくれていいんだ。真正面から向き合わせてくれ。いつでもこうやって、助けにきてやるから」

 それが、マクラーレンの想いだった。堅騎士と呼ばれ、堅物と思われた一人の男の、優しい本音だった。

「叔父さん……叔父さぁん……! 私、私っ……!」

「よく頑張ったな。お前なら、きっと立派なテイマーになれるさ」

 その想いに触れたシンディの目から大粒の涙が零れ落ちる。マクラーレンは、優しくシンディの肩を抱き寄せ慰める。

(……良かったですね、シンディ)

 サクラはもう一度、ゆっくりとマクラーレンに向けて頭を下げると、その場を後にするのだった。



「そうか、マクラーレンに認めて貰えたのか。良かったな」

 そして数日後。改めてお礼がしたいとシンディはドライブをランチに誘い、二人でレストランで食事をしていた。

「はい。皆さん――ドライブさんには、助けて頂いて、本当に感謝です」

「元々は俺があいつらに喧嘩を売った勝ったが原因だったかもしれん。だから気にする必要はない」

 ゼルク、トーム――特にトームは、家柄毎責任問題となり軍に逮捕された。勿論養成所は強制退所。しかるべき処罰を受ける事になるだろう。

「後はマクラーレンの期待に応えて、養成所を卒業して一人前のテイマーになるだけだな」

「はい。……あ、でも、今回の件でちょっと個人的に問題が」

「問題?」

「ああ、いえ、その、相談出来る様な出来ない様な微妙なラインでして。相談すると解決する様なしない様な」

 チラッ、とドライブの顔を見ると、頭に「?」マークが浮かんでいる。――うん、まあそうよね。どうしよう。いつ言おう。言っていいのかな。言ったら駄目なのかな。でも言わないで終わりにはしたくないな。

「大丈夫なのか? 少し顔が赤いぞ」

「っ、だ、大丈夫です! とりあえずこの案件は保留で持ち帰ります!」

「? そうか。――まあ、相談したくなったらいつでも言ってくれ。相談し易い人を紹介して欲しければそれも可能だ」

「はい、そうします、ね」

 もう、他人事みたいに。貴方にだって、凄い関係する話なのに。――まあ、気付いて下さいっていうのは虫のいい話かな。

「ドライブさん」

「何だ?」

「私頑張ります。沢山の人にに認めて貰える様に。貴方にもっともっと、認めて貰える様に。だから、見てて下さいね」

「ああ。期待してる」

 シンディのテイマーとしての道も、恋の道も――まだ、始まったばかり。

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