第107話 演者勇者と学園七不思議15

「うーん……」

 ライトは悩んでいた。場所はハインハウルス城、ライト騎士団団室。

 昨晩、レナ、ニロフ、マリーナ、ティシアと一緒に旧校舎に忍び込み、一つの大きな仮説を導き出した。ニロフの魔力調査の結果もその仮説を後押しする物であったが、何分決定的な証拠がない。否定されたらそれまで、相手も慎重になり二度と仮説を立証する事は出来なくなるだろう。それを避ける為にも、確実な手段、順序を選ばなくてはならない。

 というわけで、ライトは必死に考えていたのである。

「私達があの学園に関われる期間も限られてるからねえ。最悪実力行使しかないよ?」

「そうなんだよな……」

 テーブルを挟んで向かいにレナ。相談に乗って貰っていた。

「私も勇者君の仮説はいい線行ってると思うから、大丈夫だとは思うんだけど」

「そう言ってくれるのは心強いんだけど、出来れば決定的な物が欲しい。――許されないだろ」

 仮説は出来てもアルテナを陥れたい動機はわからない。ただ、どんな動機であれ、到底許したいとは思えなかった。

「成程、勇者君は徹底して叩いておきたいわけか。――じゃあさ、「間を取る」ってのはどう?」

「どういう意味?」

「つまり――」

 そんな感じで話し合いをしていた時だった。――コンコン。

「開いてます、どうぞ」

「失礼致します。――ライト様、ライト様の妹だと仰る方が面会を求めておりますがいかがなさいますか?」

 団員ではなく伝令役の兵士だったのでノックしてドアを開けてきた様子。――って、

「勇者君、妹さんいたの?」

「いや、俺一人っ子だぞ……?」

 二十数年生きてきて妹が居た記憶は一切ない。勇者になると妹も自動的に出来るんだろうか、などと考えていると、

「勇者君……やっちゃったね……学園でそういう子、見つけちゃったんだ……」

 そう言いながら白い目でレナが見てくる――っておい!

「勇者チケットあげて、学園に居る間は自分をお兄ちゃんと呼んで欲しいとか。いやー何だろう。色々通り越して勇者君が切ない」

「勝手に想像して勝手に切なくなるの止めてくれる!? 何もしてないよ俺は!」

 実際に身に覚えがない。一生懸命頭を捻っても――

「……あ」

 と、そこで一人の顔が頭に浮かんだ。……もしかして。

「えーと、その俺の妹って言ってる人、通してここまで案内してあげて貰えます?」

「承知致しました」

 兵士が指示を受け、団室を一旦後にする。

「え、身に覚えあるの……? 団室に招いて口封じを私にさせるつもり……?」

「お願いだからレナはもう少し俺を信用して欲しい……」

 何処まで普段信頼されているのかまるでわからないライトである。

「レナも顔を見ればわかる。妹、っていう言い方も紛らわしいだけで」

「? 私も知ってる人なん?」

 コンコン。――そんな会話をしていると、再びノック。ライト自らドアへ出向き、開けると。

「わざわざすまない。感謝する、「兄者」」

 そこには、鍛冶師アルファスの弟子となった、フロウが立っていたのだった。



 フロウ。――元々は「死神」の異名を持つ流れの剣士であり、雇われて勇者暗殺計画に加わったがアルファスに敗れ、その際にアルファスの人柄に憧れ、アルファスに弟子入り。現在は鍛冶師見習いである。……という経緯を先日アルファスの店に稽古を受けに行った時にされたライトとレナ。

 アルファスに紹介され、先にライトがアルファスの弟子になっていたと判明すると、その直後からライトの事を兄弟子、つまり「兄者」と呼ぶ様になり、アルファスに示す敬意と同じ様な敬意をライトにも示す様になったのだった。

「にしてもさー、フロウはどしてそんなに勇者君の事を尊敬すんのよ。人柄は兎も角、彼実力自体は全然なのはわかるでしょ? 確かにフロウは勇者君の命を狙ったかもしれないけどアルファスさんに止められて勇者君は一ミリもピンチにならなかったわけだからそこを気にする事もそんなにないだろうし」

「自分が師と仰ぐ人に先に認められて弟子入りしている。それだけで十分に尊敬に値するだろう。店長はほいほい弟子を作るタイプじゃないからな」

「まあ確かに、あのアルファスさんだからねえ」

「正直、私だって兄者が実力として全然なのは見ていてわかっている。でも問題なのはそこじゃないんだ。寧ろ相談してくれたらいつでも兄者を守る為にこの太刀を抜くつもりでいるぞ」

「素の俺にそこまでの価値があるかは兎も角そう言って貰えるのは嬉しいかな。ありがとう」

 というわけで、ライトの妹弟子――「妹」となったフロウなのである。――って、

「結局、フロウは何しに勇者君尋ねに来たの?」

 わざわざ城に尋ねてくる理由がわからなかった。会いたいなら定期的にアルファスの所へは当然ライトは稽古に行くので会える。

「ああ、そうだった、お願いがあるんだ。今、兄者達はケン・サヴァール学園とやらで講師をしているんだろう? 同行して学園の見学をさせて貰えないだろうか」

「学園の?」

「ああ。剣士として得る物は無いが、鍛冶師ならそういう所で勉学に励む人間がどういう武器を扱ってるか、そういう人間がどう扱うと武器がすり減るか、そもそも鍛冶師を目指す人間もいるはずだからそういう場所ではどういう作り方の勉強をしているのか、知識として頭に入れておくのは悪い事ではないと店長が」

「へえ……」

 成程、剣士と鍛冶師では物の見方が変わってくるらしい。アルファスに教われるならそれ以外の勉強などいらないと思っていたライトは素直に関心。

「そういう理由で、何よりアルファスさんの勧めなら断る理由はないかな。――はい、これ」

 ライトは鞄から魔力で服に付けられる小さめのアクセサリーをフロウに手渡す。

「それ、ライト騎士団のエンブレム。見える所に付けておけば、俺達の仲間だって証拠になるから」

「感謝する、兄者」

 フロウはエンブレムアクセサリーを受け取り、服の左胸上辺りに張り付ける。

「まーでも、今学園ゴッタゴタだから何処まで落ち着いて見れるかわかんないよー?」

「? どういう意味だ?」

「ああ、ええと」

 ライトは簡単に現状をフロウに説明する。

「成程、な。――それこそ、私に手伝える事があったら何でも言ってくれ。こうして融通を利かせてくれているお礼にいくらでも手を貸す、というより兄者が困っているのなら手を貸すのに理由などいらない」

「うん、ありがとう」

 純粋に尊敬の眼差しで兄者兄者と言われると何処か照れ臭いライトである。

「剣士はもう引退したが、兄者の為なら誰の首でも取ってくるからな」

「はは……」

 本気の眼差しのフロウにライトは苦笑。――頼りにはなりそうだがまた野蛮な仲間が増えたのかも。

「うーん、フロウは悪くないんだけど妹萌えする勇者君がこれじゃ見れない」

「何を期待してんのそこは!?」

 そんな会話をしつつ、三人で登校するのであった。



 学園到着後、一人で色々見たい、というフロウはライト達と一旦別れ、単独で行動へ。

(成程……一流の学園、か)

 基本常識はある。授業の邪魔にならない様に見学、学園、学園生のレベルを感じ取っていく。勿論学園生、まだ経験も浅いのは見て取れるが、同時に才能ある生徒も少なくなく、成程将来を考えればこういう所に通うのも悪い事ではないのか、と感心(フロウ自身はライトやレナと同じく、故郷で簡単な事を勉学したのみのタイプ)。

(さて、私も鍛冶師見習いとして勉強せねば)

 何も学園の評価に来たわけではない。偶然鍛冶関連の授業を行っているクラスを見つける。

「すまない、興味があったんだ。邪魔はしない、続けて欲しい」

 許可を得て、騎士団のエンブレムを見せて納得して貰い、教室内で見学させて貰う。

(成程……店長の考え、やり方とは違う……でも言いたい事もわかる……頭に入れておくのは悪い事じゃないな)

 ここでの様子を学んだ上で、更にアルファスの指示を請う。成程経験としては良い方向に進みそうだと思った。――そんな感じでその時間はそこで過ごし、休み時間になると教師にお礼を言い、教室を後に。

「あの」

「?」

 と、声をかけられ振り返ると、一人の女教師。

「見ない方ですが、どちら様でしょうか?」

 制服でもない、腰に太刀をぶら下げた女性が一人でウロウロ。気になって声を掛けて来た様子。

「兄者――勇者ライトの好意で、見学させて貰っている、フロウという。あれなら勇者ライトに確認してみて欲しい」

 フロウがエンブレムを見せると、相手も納得した様子。

「すみません、失礼しました。初日に見かけなかった物で」

「正式に騎士団に所属しているわけではないからな。こちらこそ紛らわしくてすまない」

「私、勇者様の件を担当しているアルテナといいます。何かありましたら遠慮なく声を掛けて下さい。それでは」

 笑顔で会釈すると、女教師――アルテナは、この場を後にする。一方のフロウは、

「アルテナ……あれが、例の女教師か」

 ライト達から話を聞いていたので、直ぐにわかった。

「…………」

 瞬時に集中、一定範囲内ににライト騎士団のメンバーの気配はない。――成程、事件解決とやらの為に兄者達は動いていて彼女を直接見てるわけではないのか。もしかしたら彼女が付きっ切りを拒んでいる可能性もある。

(兄者の為に一肌脱ぐか)

 距離を置いてアルテナを追う。次の授業が訓練式なのか、アルテナはそのまま訓練場らしき場所へ。見れば生徒達も徐々に集まって来ている。

「それでは授業を始めます。今日は――」

 そのままチャイムが鳴り、授業開始。アルテナが説明をしているが、

(……あからさまだな)

 生徒達の態度は悪く、まともに説明を聞く生徒など数名のみ。アルテナの立場が窮地なのが良くわかる光景だった。

(こいつらの度量もそうだが、アルテナとやらの器量も測ってみるか)

 フロウはそのままアルテナと生徒達の間に立ちはだかる。

「フロウさん……?」

「お前達、自分達の立場を誤解してないか?」

「はぁ?」

 突然の乱入に、怪訝な目を生徒達はフロウに向ける。

「自分より実力が上の相手に指導を受ける機会だろう、私情は兎も角少しでも謙遜に勤しむべきだ。何の為にこんな設備が整った学園に通っている? 実力を上げる為だろう? だったら大人しく授業は受けろ」

「そんな事言ったって、その人がまともに授業してくれる保証なんてねーし」

「なら選ばせてやる。アルテナ先生がやる普通の授業か、私がやる限界ギリギリの授業か。――言っておくが、私の授業は完全実戦形式。死を覚悟する物だぞ」

 フロウはライト騎士団のエンブレムを見せて、自分が勇者の仲間である事を証明。

「だったらお姉さんの授業がいいです」

「ねー、勇者様の仲間だし」

 フロウの脅しも効果なし、ほぼ全員一致で生徒達がフロウを選んだ。――フロウはふぅ、と溜め息。

「アルテナ先生、この訓練所も随分と設備が行き届いている様だが、どの程度の仕組みが施されてる?」

「あ……一定範囲内でしたら、一定時間、致死量のダメージを受けても死なない仕組みです」

「……成程、大した設備だ。なら模擬用の武器じゃなくてもいいな」

 シャリン、とフロウは太刀を鞘から抜く。

「授業内容は簡単だ。私対お前達全員。たった一人倒すだけのサバイバルだ」

「は……!?」

 そこにいる誰もが耳を疑った。アルテナさえも。――生徒達は二十人前後。学園で指導を受けているので全くの素人でもない。流石にフロウが不利である。

「ちょ、何言ってるんスかお姉さん、いくら何でも――」

「散れ」

 そう全員が思った時、既にフロウは動いた。ズバッ、と何かを言いかけた男子生徒を呆気なく切り伏せる。

「言ったはずだ、死を覚悟しろ、実戦形式だと。――殺すつもりで来い。でないと、設備の限度を超えて、私に殺されるぞ」

 こうして、突然のフロウの驚愕の授業が幕を開けるのであった。

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