第108話 演者勇者と学園七不思議16

 バシュゥン!――フロウに切られた生徒が強制転送され、一定区画内へ。訓練場の一定範囲内で致命傷を喰らうとどうやらあそこで治療が自動で施される様になっている様子。

「成程便利だな。それに――この程度なら大丈夫というわけだ」

 死にはしない。だが実戦さながらのダメージの恐怖は負う事が出来る。訓練所としては最新鋭である事が感じられた。

「な……何すんだよ、急に!」

「私の授業を選んだのは貴様らだろう。言ったはずだぞ、限界ギリギリ、死の恐怖を感じる物だと」

「でも――」

「そうやってゴネて、相手が優しくしてくれる程戦場は甘くはないぞ」

 ザッ、ズバッ!――フロウは再び地を蹴り、斬撃。二人目の退場となる。

「くそっ! おい皆、やるぞ!」

「私達の力なら出来るわ! 取り囲んで!」

 その光景を目にし、フロウの本気を感じ取った生徒達は遅ればせながらスイッチを入れる。フロウの周囲をザッ、と取り囲み、前衛、中衛、後衛と自然と陣形を組む。

「うおりゃあ!」

 ブゥオン!――前衛男子生徒の中でも一際体格のいい生徒が、大剣を唸らせ、フロウに振り下ろす。威力迫力、申し分ない振り下ろし。

「…………」

 ガキィン!――が、フロウ、焦ることなく太刀を片手持ちでその大剣振り下ろしを真正面から受ける。

「な……!?」

 それは傍から見たら中々衝撃的な光景である。――フロウは比較的小柄な女性。腕も決して太くなく、その腕で持つ太刀もしなやかで細い。とてもじゃないが大剣を真正面から受け止められる腕と武器ではない。

「威力は申し分ない。だが動きが安直過ぎる」

「っ……!」

 だがその光景をフロウは作り出している。生徒達、そして何より攻撃を仕掛けた大剣の男子生徒には驚きと焦りが走る。

「そのまま抑えてろ! 喰らえ!」

 このままではフロウに反撃されて終わる――そう感じ取った他の生徒は直ぐに行動を再開させる。フロウの左後方にいた長剣を持った男子生徒がフロウの足下を切り払いに入る。

「武器が抑えられてるからといって攻撃が来ないと思うなよ」

「ぶはぁ!」

 が、フロウ、それを大剣を抑えながらジャンプで華麗に回避。そして回避しつつ、鞘を左手で持ち、長剣生徒を殴り飛ばす。更に、

「そもそもそれで私がいつまでも抑えられると思ったら大間違いだ」

「!?……ぐわああ!」

 そしてジャンプの体制のまま体を唸らせ、その大剣すら足場にし、生徒を飛び越え、後ろから斬撃。大剣生徒、戦闘不能に。

「炎の精霊よ、私に加護を! ファイヤートル――」

「そもそも詠唱開始が遅すぎる」

 更に着地してそのまま先程攻撃失敗して落ちていた長剣生徒の長剣を拾い、そのまま後衛、攻撃魔法の準備に入っていた生徒へと投げる。

「きゃあっ!」

「相手との差を見抜け。敵わないと思ったら前衛を捨ててでも詠唱を考えろ。予想外の攻撃など日常茶飯事だ」

 当然詠唱は止まり魔法発動は失敗。援護にならない。

「はああああ!」

「てやあああ!」

 直後、細剣を持った女子生徒、短剣を持った女子生徒、二人が同時に接近戦を挑んでくる。速度を売りにしたコンビの様で、フロウの周囲を回るように移動、攻撃を仕掛ける。

「思い上がるな。何故二人でそこまで速度が出せるなら更に他とのコンビネーションを狙わない? 私達二人ならどんな敵でも、なんて夢でも見てるのか?」

「!?」

 その速度を、呆気なくフロウは越える。細剣女子の周囲を消えるような速度で移動。

「っ……駄目、追いきれない……」

「そう思って足を止めたら相手の思う壺、つまり死だ」

 ズバッ!――混乱で動きを鈍らせた細剣女子に斬撃が入り、戦闘不能。そうなると残りの短剣女子一人ではどうする事も出来ず、呆気なく斬撃を喰らい戦闘不能へ。

 あっと言う間だった。この短時間で、七人の退場者。学生の訓練とは思えない、恐怖のプレッシャーが辺りを包み込む。

「どうした、動きを止めるな。実戦だと思えと言ったはずだ」

「ま、待ってくれよ、いくら何でも――」

「これも言ったはずだぞ。私の訓練を望んだのは貴様らだ、と」

 ズバッ!――会話でクールタイムを取ろうとした男子生徒が切り伏せられ、八人目の退場者に。

「っ……ごめんなさい、すみませんでした……! 私達が間違ってました……! ですから」

「次は命乞いか。――戦場でそれで許してくれる相手に運よく出会えたらいいものだな」

「あ……ああ……!」

 元を辿れば自分達の態度が悪かった――それの謝罪をしようとした女子生徒に、フロウは太刀を持ち直し近付いていく。恐怖で足が竦み、動けない女子生徒。

 フロウ、地を蹴る。次の瞬間――ガキィン!

「え……?」

「…………」

 動けない女子生徒を庇い、フロウの太刀を受け止めたのは――他でもない、アルテナだった。

「アルテナ先生、貴女は生徒じゃないから私の授業を受ける必要はないはずだぞ」

「止めて下さい……! もう、十分でしょう! 貴女程の腕の持ち主なら、その位わかるはず!」

「そうかな? ここで止めても奴らの為にはならないだろう。それに何より、何故貴女が奴らを庇う? 奴らは、貴女の指示を聞かず、貴女を拒んだ。結果私の介入を許したんだ。自業自得だ」

「決まってます……! 私が、教師だからです!」

 その回答に、アルテナは迷いは無かった。

「例え私が彼らに嫌われていても、私は教師として、彼らに間違った教育を施したくありません……! 生徒を守るのが、教師の使命なんです! 誰に何を言われても、私は教師である限り、その想いは捨てません!」

 響くアルテナの想い。――それでも、実力はフロウの方が上だった。徐々に確実に押されていくアルテナの剣。ああ、アルテナも斬られて終わりか、と思っていると、

「成程。――だ、そうだぞ、貴様ら」

「……え?」

 ふっ、とフロウが力を抜き、そのまま太刀を鞘に納める。呆気に取られるアルテナ。

「アルテナ先生に感謝するんだな。貴様らが見下してるアルテナ先生は、それでも貴様らの教師として私の前に立ちはだかった。貴様らを守る為に、な。――それがどういう意味が、ゆっくり考えろよ」

 そう言い放つと、フロウは一瞬アルテナに笑顔を見せ、訓練場を後にする。

(まさか……最初から、私の為に……!? 自分を悪役にしてまで……!?)

 フロウはアルテナの為に生徒達を煽り、アルテナを「試した」。ここで生徒を庇うのか、放っておくのか。強引な戦闘、学生の訓練ではないレベルで戦ったのはその為だったのだ。

 その思惑にアルテナが気付いた時には、既にフロウは姿を消していたのだった。



「くそっ、何だあの女……! これじゃ写真撮れないじゃないか! 怒られるのは俺達なんだぞ」

 ほぼ同時刻。アルテナが授業をしているはずの訓練所を、遠目からカメラで追う二人の影。

「でも仕方ないわ、これじゃ……ありのままを報告するしか」

「勇者の騎士団だか何だか知らないけど、俺達にしてみれば邪魔なだけだ! 魔王でも何でも早く倒しに行ってればいいんだよ!」

 男の方の愚痴が止まらない。これ以上は宥めても無駄か、と思った女の方が先に立ち上がり、振り返ると――

「!? きゃあ!」

「え? あ、うわっ!?」

「…………」

 上がる悲鳴。釣られて振り返った男の方もつい声を上げてしまう。――そこには、フロウが立っていた。つい先ほどまで自分達が見ていた訓練所に居たはずなのに。移動が速い……というよりも、どうしてここに。というか、自分達のやっている事がバレて、始末しに……!?

「す、すみませんでした! 俺達はアルテナ先生の写真を撮っていただけで……!」

「貴女の写真は処分します! ですから、どうか命だけは!」

 気付けば本能的に命乞いをしていた。先程までのフロウの訓練所での振る舞いを見ていたら仕方ない結果かもしれない。……一方のフロウと言えば。

「勘違いをするな。別に気配を感じただけで何をするわけじゃない」

 特に殺気も威圧も発する事なく、そう二人に告げる。

「私は学園の教育方針ややり方に口を挟むつもりはない。目的も興味無いし、自らの意思なのか誰かの指示なのかも私は追及するつもりはない。ここへ来たのは、誰かに見られていた気がしたから確認に来ただけだ。写真? 好きなだけ撮っていればいいさ」

 平然とそう続けるフロウ。写真を撮っていた二人に少しずつ安堵が広がって行く。――良かった、助かった……

「――ああ、でも一つだけ」

 そのまま去ろうと振り返ったフロウが足を止め、再び口を開く。

「確かに貴様らが何をしようが私の知る所ではないが、もしもその内容が兄者――勇者ライトの思惑を邪魔、否定、拒絶する様な内容ならば」

 ズサズバズサッ!――直後、近くにあった一本の木が細切れになり、跡形も無くなる。写真を撮っていた二人には、そのモーションは何も確認出来ない。

「……は……?」

 種を明かせばフロウの斬撃だが、精々わかるのは一瞬フロウが太刀を握って動いたかも、位。それ程の速さだった。

「私は自ら汚れ役を買って出る。――貴様らの首だけで済めばいいがな」

「!?」

 一瞬、ほんの一瞬だが、迸る殺気。それはあまりにも鋭く、本当に殺された様な気分に二人は陥る。――腰を抜かした二人を残し、フロウはその場を去る。

「何だ、私の出る幕なかったじゃん」

「レナか」

 と、道中で遭遇したのはレナだった。言葉から察するに、ここに誰かが居て何かをしていたのを彼女も察して来た様子。――と、居たのはレナ一人だけ。

「兄者はどうした?」

「上手い事言って仲間に預けてある。場合によっては勇者君には見せられない方法取っちゃうかもだったし」

「……そうか」

 見せられない方法を選ぶ。――ああ、兄者の隣にいるこの女は、良い意味で兄者の護衛に相応しいんだな。兄者が選ばない出来ない方法を、ちゃんと自分の判断でやろうとしている。

 そのまま二人は一緒に校舎の方へ戻りながら会話を続ける。

「何だかんだで勇者君は甘いからさ。彼の判断で「私の当たり前」をさせたくなくて。――このまま彼が軍人で生きてくってんなら別だけどさ、でもそうじゃないなら、彼は甘いままでいい」

「優しいな」

「違うよ、自己満足だもん。――全部全部、自己満足」

 最後の方は、まるで自分に言い聞かせている様だった。――人には色々ある、それを重々承知しているフロウは、深入りはしない。

「それでもその自己満足が兄者の為になるなら、私はいくらでも手を貸すからな、いつでも言ってくれ」

「健気だなあ。じゃあ、ちょっとだけ付き合って貰おうかな」

「何だ、気付いてたのか」

「当たり前じゃん。というか好都合、こういうシチュエーションで話がしたかったんだよね」

 そのまま二人は、道の脇を見る。一見何もないその場所に、

「出てきなよ」「出てこい」

 同時に冷たくそう言い放った。

「…………」

 直後、隠蔽の魔法を解除し、姿を現す人影。

「女子の会話を盗み聞きなんていい度胸してんじゃん。色々覚悟はあるんだよね、甥っ子先生?」

 そこには、落ち着いた表情で二人を見る、シイヤの姿があったのだった。

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