第106話 演者勇者と学園七不思議14
「そういえばさあ、七不思議? 他の奴はどんななん?」
旧校舎に侵入した五人プラスクッキー君。小さな明かりを手にゆっくりと歩きながら、レナが不意にそんな疑問を口にする。
「護衛の騎士さんは興味あるんですか!?」
「レナでいいよ。まあ、ここまで来ると一応ねえ」
マリーナが暗がりでも分かり易く嬉しそうな表情になる。やはり自分が興味を持って調べている物に他人が興味を持ってくれる、というのは嬉しい様子。
「一つ目は、「深夜に降臨する伝説の竜」。――この学園は伝説の竜の加護があって、日付が変わる瞬間に運命のお告げを知らせる竜が来るけど、世界を変える程のお告げなので、選ばれし者の選ばれし時にしか現れないそうです。あっ、勇者様、試してみませんか? 勇者様ならきっと」
「あはは、考えておくよ」
実際に出てきて「む、貴様、偽者ではないか」とか言われても困る。
「二つ目は、「永遠の誓いの花」。――実地試験の森あるじゃないですか、あそこには一年間の間に五分だけ咲く花がある。朝咲くか夜咲くかもわからないその花を見つけることが出来たその男女は、一生幸せになれるそうです。あっ、勇者様、試してみませんか? 勇者様、どの方にするかお悩みですよね?」
「え? どういう意味?」
「綺麗な女の人が多いので、お嫁さん候補じゃないんですか?」
「違うよ!?」
綺麗な人が多いのは認めるがやはりそういう風に見えてしまうらしい。
「三つ目は、「魔女の秘密の実験部屋」。――校舎の中の何処かの部屋が、実は魔女の実験部屋に繋がっていて、見つけると魔女の実験道具にされるそうです」
「それも旧校舎にあるの?」
「これは本校舎みたいで、研究会としても何処なのか探してるんですが、中々特定が出来なくて。――そうだ、勇者様とレナさんなら魔女にも負けませんよね! 見つけたら一緒に突入してくれませんか?」
「それなら勇者君ソロでいいんじゃないかなあ。ドMだし」
「それ俺実験台にされてる!? というかドMじゃないし!」
アルテナゴシップの他にライトゴシップが広がりそうな予感がするライト。……勘弁して欲しい。
「四つ目は、「時を遮る大時計」。――学園の中の時計のどれかが、時間をコントロール出来る不思議な時計で、それに願いを込めると同じ時をずっと生きられると言われてます」
「この世の時をコントロールする力、ですか。見てはみたいですが、試したいとは思いませんなあ」
「ニロフ先生? どして?」
「永遠の時を生きるというのは美しい様で酷な物。いつか何処かで寂しさや虚しさに囚われ、先立つ物を見送る悲しさを乗り越え続けなければなりませぬ。――生き物は、いつか散りゆくから神秘なのです」
「……ニロフ」
ニロフを知るライトとレナからすれば、そのニロフの言葉は重く、儚い。
「ああ、申し訳ない、我の戯言は忘れて下され。――それで、五つ目は?」
「あ、はい、五つ目は、「七色の秘湯」。――学園の敷地の地下も地下、奥底まで掘ると七色の温泉が湧き出て、それはもう何にでも良く効く最高の効能を持つ温泉だそうです」
「勇者君はスケベだなあ」
「いやいや、我としてはもっとガッツリと行って貰いたいもので。――ライト殿、我はおこぼれで十分ですので」
「そこの二人温泉っていうフレーズだけで何を想像して俺をどうしてんの!?」
迂闊に温泉というフレーズも出せないんだろうか俺。新しい悩みが出来るライトだった。
「六つ目は、「千人目の伝説の騎士」。――学園の訓練場で千人切りをすると、その昔伝説と呼ばれた騎士が姿を現し、勝負を挑んできて、それに勝つとその騎士の栄光を受け継ぐ事が出来るそうです」
「伝説の栄光の騎士、か。――可哀想に」
「……レナ?」
「死んでまで栄光に縋られちゃその騎士もやってられないでしょ。終わったんなら、安らかにさせてあげなきゃ」
それは久々に見る、レナの寂しそうな、何かを思わせる表情。直ぐに元に戻るが、今のライトにその真相を知る術は無かった。
「そして、最後七つ目が「旧校舎の呪いのドッペルゲンガー」。――この七つが、学園の七不思議って言われてるんです」
「成程ね……」
それぞれが確かに謎、神秘、不思議という簡単にはお目に掛かれないエピソード。
「その一つに、私達は足を踏み入れようとしてるってわけか。――こういうのってさ、解明されないから浪漫、みたいなのはマリーナちゃんはないの?」
「無いって言ったら嘘になりますけど……でも、真相がわかるなら知りたいです! ね、委員長」
「貴女と一緒にしないで、私はオカルト研究会じゃないの! アルテナ先生の疑惑を晴らしたいだけなの!」
「わかってるよー、あたしだって今はそれが一番大事だし」
本当にわかってるのかしら、という不信な目をティシアはマリーナに向ける。――不思議なコンビだな、とライトは思った。
そんな会話をしつつ、探索は続く。警戒しつつ一部屋一部屋を開け、中の様子を確認。バラバラに行動するのは危険なので能率は悪く、流石に今日一日で終わりにするのは無理か、と思っていると。
「……む、鍵が掛かってますな」
準備室、と書かれた部屋のドアにニロフが手をかけるが、開かない。
「またクッキー君で行けそうか?」
「問題無いでしょう。――ですが、鍵が掛かっているということは」
目的の部屋の可能性が高い、という事。大小あれど緊張が走る。ニロフが一旦クッキー君を仕舞い、ドアの向こうへ再び召喚。
「ヘイ、ヤッテル?」
ガチャッ、ガラガラ。――相変わらず緊張感のない謎のフレーズを発しつつ、クッキー君はドア開けに成功。
「罠の気配は感じませんが……皆さん、迂闊に手を出さぬ様気をつけて」
ニロフの先導で、ゆっくりと部屋に入る。広がる視界、そこには、
「なんつーか、不思議もへったくれもない現実的な部屋だねえこれ」
中心に作業用の比較的大きなテーブルがあり、そこに広がる沢山の写真、資料。埃を被っている様子もなく、明らかに極最近、誰かが使用したのがわかる。
「写真……ほとんどアルテナ先生……! 誰がこんな……」
テーブルの上の写真は様々なアルテナの写真だった。角度からするにほぼ全て隠し撮り。ティシアは幽霊的な恐怖は感じずに済んだが、代わりにその現実に恐怖、気持ち悪さを感じた様子。レナが軽くポンポン、と肩を叩き、辛いなら見ない方がいい、と促す。
「資料は……色々な名前とかが連なってるけど……何の名前なんだ……?」
「その辺りは明日マーク君に頼もうよ。絶対今私達が考察するより早い」
「じゃあ写真も持って帰ってサラフォンに見て貰うか……」
ライトも苦々しさを感じつつも必要になりそうな品をせっせと鞄に仕舞っていく。――すると、
「あーっ! この本!」
不意に声を上げるマリーナ。手にしていたのは一冊の雑誌。
「七不思議の歴史を探るのにずっと探してた本! 図書室からずーっと貸し出されてて無かったの、こんな所に!」
ばばーん、とマリーナは四人に雑誌の表紙を見せてくる。そこには「ケン・サヴァール学園会報」と書かれていた。……って、
「マリーナさん、それ七不思議と関係あるのかしら?」
「あるんだよ委員長、この年のオカルト研究会も凄い熱心に七不思議調べてて、この会報に載せてたはずなの! それがわかって借りに行った時にはもう図書室になくて! 犯人め!」
シンプルに本を隠していた事に対する怒りを見せるマリーナ。――対するライト、レナ、ニロフは違う視点からの疑問に到達する。
「……もしかしてさあ、七不思議、本当に関係してるの?」
レナが小声でそう口にする。――ライト達がこの旧校舎に足を踏み入れる事を決めたのは、あくまで「旧校舎に誰かが侵入している」という情報源が主であり、マリーナの手前口には出さないが「ドッペルゲンガー」は信じていなかった。ところが犯人は七不思議に関しての資料をこの部屋に一緒に隠していた。つまり、何らかの形で七不思議が関わっている可能性が出てきてしまった。――謎が深まる。
「マリーナさん、ちょっと俺にその本見せて」
「あ、はい、どうぞ」
ライトはマリーナから雑誌を受け取り、ペラペラと覗いていく。――あれ?
「まー、これ以上ここで考察してても何もわかんないか。ニロフ、罠って張れる? それが手っ取り早いっしょ」
「お任せ下され。拘束は不可でも、誰が入ったかわかる様に印を――」
「二人共ちょっと待った」
後はこの部屋を使っていた人間を捕まえるのが分かり易い。そう感じ罠を張る準備を始めようとしたレナとニロフをライトが制止させる。
「ニロフ、罠は駄目だ。最悪の事態を招くかもしれない」
「ふむ。ならどうするのが正解と?」
「今これからじゃなく、過去、ここに誰が入ったか。それが知りたい」
「勇者君、それって――」
どういう意味なのよ、罠は何で駄目なのよ、と言いかけてレナはそこで口をつぐむ。ライトはニロフ、レナをじっと見た後、一瞬マリーナとティシアを見て、再びニロフとレナに視線を戻す。――現段階での自分の仮説を彼女達には聞かせたくない。ライトの目がそう物語っていた。
「――わかりました。何処まで出来るかわかりませぬが、出来る限りの事をしてみましょう」
「悪い、助かる」
「いえいえ、頼られるのは悪い気はしませぬ故」
ニロフもライトの気持ちを察したか、提案を呑む。
「ただ、そうするにあたって一つお願いが」
「何だ?」
「ライト殿のご希望の魔法は魔力コントロールが中々にシビアでしてな。そこで一度精神統一して神経を研ぎ澄ませたい。――要は、仮面を外して行いたいのです。ですので、彼女達を」
「……成程」
やはり細かい神経を使う作業を行う時は、人であれ何であれ余計な装飾は外して行った方が能率がいいだろう。だがニロフの場合、仮面の下をマリーナとティシアに見せるわけにもいかない。
「二人共、ちょっといい? ニロフが仮面を外して本気を出すから、部屋の外で俺達と一緒に待ってよう」
「え――」
ライトとしては深く考えてはいなかった。ニロフの気持ちが最もだと思い普通にそう提案した。だが、その提案を聞かされると、マリーナが悲しそうな表情を見せる。
「ねえニロフ先生、仮面の下、どうしても見せてくれないの? あたし、大丈夫だよ? ニロフ先生の素顔がどんなだって、全然平気だよ?」
「……マリーナ殿」
純粋な想いが広がる。マリーナは短期間の内に、本当にニロフを慕う様になっていた。その想いはライトにもレナにもチクりと刺さり、何よりもニロフに深く刺さる。
「ありがとうございます。ですが、我のこの仮面の下は、今な亡き我が主と、我を救ってくれた友、仲間にしか見せないと決めているのです。――我の仮面の下を、貴女に背負わせるわけにはいかない」
どれだけ人間臭くても、どれだけ魅力的な存在であっても、ニロフは人間ではない。アンデットモンスター、キングリッチ。その事実は重く、儚い。
「でも、あたし――」
「いや、違う。――我が、怖いのです。そこまで仰ってくれるマリーナ殿が、我の素顔を見た時何を思い、どんな表情をするのか。貴女なら笑顔で認めてくれるかもしれない。でも、もしもそうじゃなかったら。一瞬でも陰りを見せられてしまったら。そうしたら我は何処かでああ、やっぱり自分は、と思うのでしょう。その切欠を貴女にしたくもないし、貴女を疑って生きてみたいとは思わないのです。――どうか、許して貰えないでしょうか」
ゆっくりと、ニロフが頭を下げた。――マリーナの隣にいたティシアが、マリーナの手を優しく握る。
「……わかった」
そして涙を堪えつつ、マリーナはニロフの想いを汲む。
「その代わり、あたしがいつか立派になって、ニロフ先生が裏表なく信頼出来る様な人間になったら、仮面の下、見せてくれる?」
そして想いを汲んだ上で、その提案。――ニロフは頭を上げ、マリーナを見る。
「わかりました。我はその日を、首を長くして待つと致します」
そして今度はニロフがマリーナの想いを汲んだ。仮面の下のニロフはきっと今、優しい笑顔なのだろう。
「約束だよ! 絶対だからね!」
「ええ。約束です。――ではライト殿、レナ殿、お願い致します」
「うん。――さ、二人共」
促して教室を後にしつつ、ライトはきっといつか、マリーナはニロフの仮面の下が見れる日が来る。そんな気がしていた。
ドアを閉める。ニロフは仮面をゆっくりと外し、魔力を集中し始める。そして――
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