第104話 演者勇者と学園七不思議12
「うん、よし、大丈夫。――凄いな、勇者様の騎士団の皆さんは」
アルテナは家を出る前にぐるんぐるん、と腕を回して体の調子をチェック。問題は何も無かった。
本日は実地試験の翌日。昨日受けた毒は、ソフィ(頑張って淑女状態に戻った)に聖魔法で治癒して貰い、何の影響も残していない。教師としての知識だが、やはり毒というのは軽い物でも数日位は後遺症が残る物という認識だっただけに、勇者騎士団のレベルの高さを思い知る。しかも治癒してくれたのは基本アタッカーの人。
「……実力では勝てないけど、教師として、気持ちで負けてられないな、うん」
というわけで体の後遺症はないものの、やはり学園長スージィカに激怒された事は心に残った。ケン・サヴァール学園においてスージィカの力は勿論絶対。コウセは何かこれ以上あったらフォローするから心配しなくていい、と言ってくれたが、不安が残らないと言えば嘘になる。どうしたって顔は合わせるし、その時また何か言われるのかな、と思うと胃が痛い。
それでもそんな気持ちを生徒に見せられない。それがアルテナの教師としてのプライド、使命感であった。
「おはよう」
「おはようございます」
そんな風に気持ちを改め、登校。門を潜り、校舎内に入ると――様子がおかしい。ロビーに群がる生徒達。正確には、ロビーに設置してある大きな掲示板に大勢の生徒達が集まっていた。一体何の記事が、と思って覗いて見ると――
「え……!?」
そこには大きく、新聞の様な雰囲気の記事で「女教師・アルテナ 裏の顔、実態!」と書かれた紙が掲示されていた。中身は、
「有力者を誘惑! 将来学園への乗っ取り計画か」
「生徒達への暴言、暴力……善人教師の裏の顔」
「乱れた下半身!? 男子教諭・男子生徒を誘惑」
「謎の白装束集団を招集、黒幕は女教師」
等、悪評酷く、又アルテナにしてみれば身に覚えのない物ばかり。だが、それっぽい写真と、それを上手く利用した記事が信憑性を増させており、知らない人からすれば事実の様に見えてしまっている。
「あ! ねえ、ほら!」
「うわっ」
と、アルテナが茫然としていると、そのアルテナに気付いた生徒達がアルテナと一定距離を取り、ヒソヒソと話し始める。当然この記事と本人を目の前にしての照らし合わせや噂話であろう。
だがそんなのはアルテナの視界に入らない。周囲の音も上手く耳に届かない。代わりに混乱する思考。――何、これ? これ私の事? 一体何が起きたの?
「どいて、どきなさい!」
「君達、一旦教室へ入りなさい!」
と、騒動に気付いたか、他の教師が数名急いでやって来て、生徒達をどかして、張られていた記事を無理矢理剥がす。
「アルテナ先生、学園長と教頭がお呼びです。ここはいいから、急いで学園長室へ」
「はい……」
やって来た教師の一人に促され、アルテナは学園長室へ足を運ぶ。
「失礼します」
ドアを開けると、落ち着いた表情のコウセ、興味津々と言った感じのシイヤ、そして椅子に深々と座り、怒りと呆れと、その他色々な感情が入り混じった表情を見せるスージィカの姿が。
「……正直、私も頭が付いて来ていないわ」
開口一番怒鳴るのかと思ったスージィカだが、あまりに突然の謎の騒動に、言葉通り思考が決断にまで及ばない様子。
「処分と詳しい話は後日します。それまで、この件に関しては触れず、口を開かない事。いいわね」
「……はい。申し訳ありません」
冷静になって考えてみれば、何故自分は何も悪くないのに謝らなければいけないのか。まるで罪を認めてしまっているかの如くではないか。――それでも今のアルテナは、スージィカを前にして、謝罪をするしかなかった。
「学園長、待って下さい」
その疑問に、やはり冷静に辿り着いていたのがもう一人。――コウセである。
「アルテナ先生、あの記事に書いてあった事は事実ですか?」
「コウセ、もうそれはどっちでも――」
「大事な事です。――事実ですか? アルテナ先生自身の口から聞いておきたい」
どっちでもいい、というスージィカの言葉を遮り、コウセがアルテナを促す。
「……どれも、身に覚えのない事ばかりでした。私も何が何だか」
「わかりました。――授業は出れそうですか? 無理なら誰か他に」
「いえ……出れます。大丈夫です」
「そうですか、では無理だけはしない様に。――何かあったら「私に」報告して下さい」
「はい。――ありがとうございます」
コウセの「私に」に若干力が籠っていた。気付かないスージィカではないが、口を挟んでは来なかった。――自分は味方だ。そうコウセが言ってくれているようで、アルテナは嬉しかった。
「では、失礼します」
アルテナは少しだけコウセ寄りに頭を下げ、学園長室を後にするのだった。
「何ですって……!? 本当ですの!?」
「はい。記事自体は既に剥がされ、アルテナ先生も今は学園長室へ向かっている様ですが、かなりの大事になっていそうです」
ライト、レナ、エカテリスに昨日の騒動の件もあり念の為正式に一緒に登校してきたリバール、その四人を出迎えたニュースは、謎のアルテナゴシップ報道であった。
「誰が何の目的でそんな事を……! しかも姑息なやり方、許せませんわ」
「でも、昨日の今日でそれか……偶然、なのかもしれないけど」
「偶然じゃないだろうねー。綺麗に両方ともアルテナ先生絡みだし。少なくとも、偶然じゃないって考えておかないとまずい事になるかも。――ちょーっと厄介だよこれ。リバールってこれ本気出したら犯人突き止められるの?」
「五分五分と言った所ですね。こういった類の話は圧倒的速度で独り歩きして、誰も彼もが発生源がわからなくなるパターンが多いです。探ってはみますが」
四人が登校したのは既に記事が剥がされた後。つまり、大勢の生徒に既に話が行き渡ってしまった後。しかも現在進行形で話は広がり、どんどん膨らんで行っているだろう。そうなるとアルテナに記事の真相を尋ねる事は出来ても、黒幕を突き止めるのは難しくなる一方だろう。犯人がやったのは掲示板に記事を張っただけ、証拠らしい証拠も残らない。
「まずはアルテナ先生に会いましょう。様子が気掛かりですわ」
「まー、あの学園長様ですしねえ」
そんな会話をしつつ、学園長室前に辿り着くと丁度アルテナが学園長室から出てきた。
「皆さん……」
「噂を耳にして、心配になって来ましたの」
「ありがとうございます。ご心配をおかけして、申し訳ありません」
アルテナが頭を下げる。笑顔でお礼を言おうとしているのだろうが、上手く笑えていない。――痛々しかった。
「勇者君」
ピン、とレナがライトの真実の指輪を指で弾く。――ああ、使えってことか。
(「アルテナ……ケン・サヴァール学園魔法科教師……困惑、悲愴」か)
万が一、今回の記事に関して後ろめたい事があるのなら何かもう少し違う結果が見れただろう。――ライトは覚悟を決める。
「皆、アルテナ先生は無実だ。俺達の手で、それを証明しよう」
力強くライトは断言、驚くアルテナ。そんなアルテナに、ライトは優しく頷く。
「勇者様、お気持ちは嬉しいですが、でもそんなご迷惑をかけてしまうわけには」
「俺達は今、臨時とは言え講師として来てるんです。言わば同僚、仲間。その仲間のピンチを放ってなんておけないですよ」
多少強引なこじつけではあるが、実際この不穏な空気のまま特別講師を続けたくはなかった。乗りかかった船、ちゃんと綺麗に終わりにしたい。――何より、無実のアルテナを放っておけなかった。
「諦めた方がいいですよー。この人、こういうの言い出したら曲げないですから。私も諦めたくないですし」
「レナは諦めろよ。当然俺と一緒に行動なんだから」
「何故に今の流れで私の諦めるの意味合いがそっちだとばれた。今どう聞いても素敵な話の流れだよ勇者君」
要は面倒臭いから私は手伝いたくないなあ、の想いがレナにはあるのを、ライトが見抜いた形。
「アルテナ先生、これは王女としての命令ですわ。私達の助けを、受け入れなさい。そして、負けないで」
ぶわっ、とアルテナの目に涙が溜まる。
「ありがとう、ございます……!」
その涙を隠すように堪えるように、アルテナは再びライト達に頭を下げたのだった。
キーンコーンカーンコーン。
「おっと、ではここまでと致しましょう」
チャイムが授業の区切りを伝える。ニロフは終了の旨を伝え、教室を後に。
「……流石に、昨日と比べて集中力は落ちてますなあ」
後からやって来たニロフは、ライトとレナから事情を聞いた。流石のニロフでも魔法でどうにか出来る問題ではなかったので、初動はライト達に任せ、必要な時に手を貸すつもりでいた。
「悔い改めよ、ですか……」
実を言えばニロフには一つの仮説があった。だが証拠は何もないし、証拠を探すのも難しい。何よりあくまで仮説であり、若干他の人間に話すのも憚られるレベル。
「――いや」
もう一人、同じ仮説に辿り着いてそうな人間がいた。「彼女」には後で相談してみるべきか。――そんな事を考えていると。
「先生、ニロフ先生ー!」
すっかり耳に馴染んだ声が自分を呼んでいた。声の主はオカルト研究会所属・マリーナ。こちらへ向かって駆けて――
「……おや?」
駆けてくるのは彼女一人じゃなかった。
「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ、廊下を全力で走るなんて!」
「だって急がないとニロフ先生どっか行っちゃうし他の子に捕まっちゃうかもじゃん! 人気なんだから!」
一緒に委員長ことティシアも駆けて来ていた。
「どうしましたかお二方。――ああ、仮面の件でしたら、今丁度お願いをしている所でして」
「違うの、今日はその話じゃなくて――って仮面くれるの!? 試験駄目だったのに!?」
「あの場合は致し方ないでしょう。我がいる期間にもう試験も無いでしょうし、それにマリーナ殿は必死にティシア殿を守る為に戦おうとしていた、あの姿だけで十分ですぞ」
「やったー! ありがと先生!」
ピョンピョン跳ねて喜ぶマリーナ。可愛らしい姿にニロフもほっこりする。
「マリーナさん、今日はその話じゃないでしょう!?」
「おお、もしかしてティシア殿も我の仮面が欲しいと」
「違います、気味が悪いから結構です!……あ」
つい本気で本音で否定してしまった。――ニロフがガックリと凹んだ。
「確かに万人受けするとは思ってませんでしたが、そこまでとは……我は気味が悪い存在……」
「ち、違うんです先生、ニロフ先生は先生としても魔導士としても素晴らしいのは授業を受けてわかりました、ただ私はちょっとあの仮面だけはって思ってるだけで」
「あーあ、委員長酷いなー、ニロフ先生かわいそー」
「えーっと、その……ああもうっ、本題、本題に入らせて下さい!」
無理矢理話題を元に戻そうとするティシア。――そういえば、確かに何故にこの二人で自分の所へ来ているのか。
「ニロフ先生、お願い! あたし達、アルテナ先生を助けたいの! だから、手を貸して!」
アルテナ。その名前を出され、ニロフも気持ちを切り替える。
「ニロフ先生はアルテナ先生の噂は耳にしました?」
「ええ。出所も不明、嘘とも真とも言い切れませぬ」
「嘘だよ、絶対嘘だよ! アルテナ先生そんな事するわけないもん!」
「アルテナ先生は、私達を命がけで助けてくれたんです。そんな先生があんな噂みたいな事するわけがないし、何より今度は私達が助けてあげたいんです」
「でも、あたし達二人じゃ力不足で……他の先生もアテにならないし……で、思い付いたのがニロフ先生なの! お願い、あたし達と一緒にアルテナ先生を助けて!」
二人共本気の目をしていた。アルテナを慕っていて、そんな相談を自分にしてくれたのも嬉しかった。――しかし。
「お気持ちはわかります。しかし、不用意に動くと、貴女達まで巻き込まれてしまいます。それは我も、恐らくアルテナ先生も望まない事です」
生徒二人が無闇に動くというのはあまりにも危険だった。それこそ厄介者扱いされ、彼女達も変な噂を流されてしまうかもしれない。それは自分が一緒でも、だ。ニロフもあくまで外部からの存在。最後までフォロー出来る保証はないのだ。
「そんなの、覚悟してる! それに、あたし、一個気になる事があるの!」
「気になる事?」
「そう! 今回の騒動、この学園に伝わる七不思議の一つに凄い似てるの!」
こうして、意外な所から、意外な展開が転がり込んでくるのであった。
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