第102話 演者勇者と学園七不思議10

 ワイワイガヤガヤ。――ケン・サヴァール学園、実施試験用の森入口前では、やる気に溢れた生徒達が集まっていた。

 ライト騎士団によるデモンストレーションは大成功に終わった。ある程度は入口でリアルタイムで映像で見れたのもあり、生徒達に良い刺激になったのだ。

「行き当たりばったりで思い付いた話だったけど、やって良かったな」

「まあ、後腐れなく盛り上がってるみたいだからねえ」

 ライト達は無事そのままゴールイン。仲間達の活躍、そしてライトの誤魔化しもバレる事無く光り、完璧と言ってもいいデモンストレーションとなった。

「それで、その時左右から王女様、護衛の騎士さんがこう何の合図もなしに見事なタイミングでザッ、と――」

 ちなみにライト騎士団の活躍に一番興奮しているのは、間近で見たコウセだった。熱の篭った感想を他の教師、生徒達に話している。紳士で穏やかなイメージだっただけに驚きだった。それ程の物だった、という証拠でもあるのだろう。

「ニロフ先生ー、見ててね! 今回自信あるんだから」

「ええ、安心して下され、ちゃんと約束も覚えてますから」

 そんな中、そう言ってニロフをモニター前に引っ張って行くのは、先日ニロフの仮面を一枚頂戴、と言って来たオカルト研究会所属の女生徒。自分の活躍を見て貰う為に見易い場所も確保していたのだろう、そこにニロフを連れていく。

「ニロフ様は、凄いですね……ほんの僅かな時間であんなに生徒達の心を掴んで」

 その様子を感心した様子で眺めるハル。その感想は勿論ライトも同意見である。

「でも、ハルもサラフォンも授業良かったって噂聞いたぞ? ニロフは多分特別なんだと思う」

「いえ、反省すべき点はいくつもありましたから。――ライト様、ライト様は催涙式地雷の使い方に興味はおありですか?」

「は……? いや、別にない……かな」

「そうですか。――安心致しました。それが普通ですよね」

 言葉の通り安心した様な嬉しそうな表情を浮かべるハル。――何があったんだ二人の授業は。というか興味あったらどうなってたんだろう。怖くて訊けない。

「勇者君、私寝るのは好きだけど、そういう無理矢理眠らされてる間に云々はちょっと」

「そこはそこで何の想像してんの!?」

 そんないつもの(?)やり取りをしていると。

「――おや? こちらのモニターは調子が悪そうですな。サラフォン殿、ちょっと宜しいですか?」

 ニロフが案内された先にあったモニターの画面に何も映っていない。最初の内は映っていたのに故障だろうか。ニロフもそう思ったらしく、詳しそうなサラフォンを呼ぶ。

「えっと……ボクが勝手に見ちゃって大丈夫?」

「ええ勿論です。先程のあれを見て貴女の腕を疑う人間はいません」

「そ、それじゃあ、失礼します」

 コウセの許可も降り、サラフォンはモニターを弄り始める。裏を見て、いくつか自前の道具でカチャカチャ音を立てて触り始めて、数分が経過した頃。

「――っ」

 サラフォンの表情が変わった。先程までの控え目な表情は一変、真面目で険しい物になる。

「ニロフさん、ライトくん――いや、皆を呼んで」

「承知」

 サラフォンはそのままモニターから目を離すことのないまま、ニロフに召集のお願い。ニロフも只ならぬ物を感じたか、素早くメンバーの元に戻り、全員を連れて来る。

「サラフォン、どうしたんだ?」

「ライトくん、これ見て」

 サラフォンがモニターの裏側から、基板と思われる部分を取り出してライト達に見せる。

「ごめんサラフォン、これを見ても俺達は何が何だか」

「サラ、簡潔に分かり易く説明して」

「この部分が焦げてるのはわかる?」

 サラフォンの指摘する部分、成程小さい箇所だが黒く焦げたような跡。

「熱を帯びて、発火に近い現象が起きて、それが焦げの原因で、それが元で壊れたんだと思うんだけど……発火の原因は、恐らく時限式の、意図的な物だと思う。劣化も見られないし、明らかに不自然」

「それって、つまり」

「誰かが中の様子を見られない様にした。中で何かマズイ事をする為に。サラフォンじゃなかったら気付かなかった可能性だってあるかもねー。――勇者君、急いだ方がいいかも。こんな場所で用意周到な事をしてくる大胆君が相手だよこれ」

 口調こそいつも通りだが、レナの表情は真剣そのもの。付き合いも長いのでわかる、その言葉の危険度をライトは察する。

「マーク、コウセ先生に連絡を! 俺達は中に突入しよう、中の様子が心配だ」

「了解しました!」

「コウセ教頭、大変です!」

 そのコウセを呼ぶ男性教師の声は、マークが返事と共に駈け出そうとして正にその瞬間、ライト達の耳にも届く。

「どうしたんです、そんなに慌てて」

「それが、突然森の結界が暴走して、中に入れなくなったんです!」

「な……?」

 その報告は、レナの仮説を立証するには十分な内容。

「森の中には今誰がいますか?」

「生徒達が一チーム、引率でアルテナ先生です」

「わかりました。君は学園長とシイヤ先生に報告を。私は現場で打開方法を探します」

「はい!」

 返事と共に、男性教師が走って行く。

「コウセ先生、事情はお聞きしました。お手伝いします」

「勇者様! 助かります。――こんな事は初めてです、ただの故障ならいいのですが」

「コウセさん、システムの大元の場所を教えて下さい。ボクがそれを見て見ます」

「我は強引に結界が解除出来ないか試してみましょう」

「私は生徒達を先に誘導、教室で待機させておきますわ」

「残りは直ぐに中に入れる様に準備だな。急ごう!」

 こうして、実地試験は一気に緊迫の空気に包まれて行くのであった。



「♪~♪~♪~」

 時間は少しだけ遡り、試験会場の森の中。警戒な鼻歌が響く。

「マリーナさん、もう試験は始まってるのよ? 真面目にやって欲しいわ、同じチームなのに貴女のせいで減点されたらたまったものじゃない」

「大丈夫、まだ敵の気配ないし。委員長は肩肘張り過ぎなんだよ」

 マリーナと呼ばれた女生徒、ニロフに仮面をおねだりしたオカルト研究会の女生徒である。一方の委員長――こちらは名前をティシアという――は、ニロフのギターの時に注意してきた委員長と同一人物。

 今この場にはこの二人を含めた五人のチームと、

「ほら、マリーナさんの言う事も一理あるし、ティシアさんの言う事も一理ある。リラックスして、でもちゃんと真面目に取り組みなさい。チームワークの悪さは減点対象よ」

「はーい」「はい」

 観察・引率役でアルテナ。以上の六名が歩を進めていた。

(でも、勇者様と騎士団の皆さん、本当に凄かったなあ……)

 そう言いつつも内心でアルテナも若干興奮気味ではあった。モニターで一部始終を見ていて、レベルの違いを思い知る。決して自分の実力に自信があったわけではないが、素直に格好良い、ああなりたいと思う姿ではあった。

「……あれ?」

 そのまま少し歩を進めると、少しだけ開けた場所に。そこに白い装束を着た、表情も性別もわからない四人の人影が。

「ちょっと、索敵は貴女の担当でしょ、しっかりしてくれない?」

「ご、ごめん、でも全然気付けなくて」

 ティシアが後衛の一人にそう苦言。確かに彼女が索敵担当ではあったし、彼女も手を抜いていたわけではないが、まったく気付く事が出来なかった。

 そもそも、大きな問題点が一つ。

(おかしい……こんなターゲット、試験内容は聞かされてない……あれはここのシステムの召喚物じゃない……という事は、本物の人間……!?)

 監察役のアルテナにとっても不測の事態という事である。当然アルテナは試験会場でどういったモンスターが出現するか、どういったタイミングで何が起きるか知っているが、目の前の白装束は彼女が知らない物。

「つべこべ今言ったって仕方ねえだろ、フォーメーション、戦闘準備!」

 前衛の男子生徒の掛け声で、生徒達は直ぐに戦闘準備に入る。前衛が男子二人にマリーナ、後衛にティシアに索敵役だった女子。武器を構え、先制攻撃を――

「止まって!」

 ――仕掛けようとした所でアルテナに制止させられる。アルテナは生徒達を見ていない。変わりに厳しい視線を白装束に向ける。

「貴方達、何者ですか? ここはケン・サヴァール学園の敷地内、無断での侵入は禁止されています。内容次第では不法侵入で軍に訴える形になりますよ」

 そのアルテナの言葉で、生徒達もこれが不測の事態だという事に気付く。不法侵入している、白装束の得体の知れない人間。恐怖と緊張が生徒達を襲う。

 一方で、白装束四人は、

「……よ」

「何ですか、もっとハッキリと言いたいことがあるなら――」

「悔い改めよ」

 ババババッ!――その言葉と共に、無数の針を六人に向けて飛ばしてきた。

「っ! 唸れ水流、アクアロード!」

 アルテナは直ぐに剣を抜き、媒介に詠唱。得意としている水魔法で防ごうとする。大半はそれで防げたが、全ては防ぎ切れない。数本が生徒達の方へ抜けてしまう。

「させない!」

 そう気付いた時には既に体は動いていた。左腕を伸ばし、自らが針を喰らう事で生徒達を守る。直後、ガクッ、と重くなる左腕。感覚がなくなり、ほぼ動かなくなる。

(これは……毒針……!?)

 全身で喰らっていたら既に一ミリも動けない状態だっただろう。いやもしかしたら命に関わる結果になっていたかもしれない。生徒達を守れて良かった、と思うと同時に、

「先生……? え、その、え……!?」

 状況を把握し切れていない生徒達の為に次に何をすべきか。必死に頭を巡らせる。

「逃げなさい! 直ぐに入口へ退避、他の先生に救援を求めるの!」

 生徒達では経験も、実力も足りない。この場に留まらせるのはあまりにも危険との判断。兎に角この場から逃がすべき。――それ以外の方法は、見つからなかった。

「で、でも、先生が」

「私なら大丈夫、直ぐに追い付くから! 早く!」

「っ……!」

 生徒達は走り出す。足は動いてくれる様で安心した。一方のアルテナは、

(出来るだけ……時間を、稼がないと……!)

 直ぐに追い付く、というのは嘘。左腕に先制攻撃を喰らった時点で、実力未知数の四人を相手に勝てる自信はなかった。自分に出来るのは、生徒達がせめて他の先生と合流出来る時間まで、ここでこの四人を抑える事。

 命の保証は――無かった。怖くないと言えば嘘になる。それでも、教師として生徒を守るという覚悟が、彼女の心を奮い立たせる。

 利き腕が動くのは幸い。握った剣に魔力を込め、再び水の魔法を展開。攻撃を仕掛ける。範囲を広げ、四人を対象とした魔法攻撃。

 アルテナ自身の実力は決して低くはない。寧ろ高い方である。若くしてコウセに期待される実力は本物。

「悔い改めよ」

 だが状況が悪かった。誰かを逃がさないといけない、数が違う、自分が負傷。――必死に魔法で相手を抑えてはいたが、ついに一人突破され、接近戦に持ち込まれる。

 重ね重ねになるが、ある程度の時間、この状況で相手を抑えられるというのはアルテナの実力あってこそ。でもそれは、客観的実力分析に過ぎない。

「く……っ」

 一人突破されればそちらに気を配り、その結果また一人、また一人と突破され、牙城は崩れる。

「悔い改めよ」

 バババッ!――再び針を今度は足に喰らい、動きが鈍った所で、

「あうぅっ!」

 ドカドカドカッ!――三人に格闘のコンビネーションを喰らい、アルテナは倒れる。三人の内一人が倒れたアルテナの襟を掴み、高々と持ち上げ――三人?

「あ……ああ……!」

「っ、この、このお! 委員長に何すんだっ!」

 四人の内一人が逃げた生徒達に既に向かっていた。足がすくんで動けなくなるティシアを、必死にマリーナが庇い、戦いを挑む。

(駄目……皆、逃げて……お願い……!)

 最後の力を振り絞り、アルテナは魔法を発動。――生徒達を襲う、一人の方へ。

「ぐは……!」

 奇襲となったか、見事クリーンヒット。その一人が吹き飛ばされ、再び生徒達に逃げる隙が生まれた。

「……生徒達は、傷付けさせない……んだから……」

 それがアルテナの限界だった。何をされるかはわからないが、覚悟を決めた――その時。

「!?」

 ドコドコドコ、という音と共に地面が揺れ、土が浮き、岩となり――白装束へと襲い掛かる。急いで回避する白装束。しかしアルテナを抱える余裕はなく、アルテナはその場に落とされ、そのまま倒れる。

「困った事をしてくれますね。――ここで私が登場してしまったら、こっそり姫様の活躍を間近で見る為に侵入していたことがバレるじゃないですか」

 そして倒れたアルテナの前に、庇うように立つ二刀流メイド――リバールの姿が、現れるのであった。

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