第97話 演者勇者と学園七不思議5
「エカテリス=ハインハウルスですわ。皆さん、短い間ですがどうぞ宜しくお願い致します」
朝のホームルーム。アルテナが受け持つそのクラスに留学生がやって来て挨拶をすると、クラスは一気に色めき始める。
「皆さん、エカテリス様立っての希望で、期間中は生徒としての留学生として過ごして頂く事になりました。わからない事、不自由な事、困った事、皆さんで助けてあげて下さい」
「今回は王女としてではなく、あくまで一学生として来ています。なので、遠慮なく話しかけてくれると嬉しいですわ」
わっ、と更に教室中が色めき立ち、拍手が起きる。――ご存じエカテリスはこの国の王女、見た目、内面両方の美しさから国民に人気のお姫様であり、こうして騒がれるのも当然と言えば当然の結果である。
「はい、皆さん気持ちはわかるけど落ち着いて。――エカテリス様、あの奥の空いてる席へどうぞ」
「ありがとうございます」
促され、颯爽と歩くその姿に見惚れる生徒達。
「凄え……本物の、王女様だ……!」
「綺麗……遠目でしか見た事なかったけど、近くで見るとこんなに綺麗なのね……」
「お、俺、帰ったら親父とお袋に自慢するぜ」
「あたしも! お爺ちゃんが特にファンなの!」
「護衛のゴーレムも凄えな、あんなにクオリティ高そうなの初めて見るよ」
そんな声援を浴びつつ、エカテリスは指定された席へ、ゆっくりと腰を――
「…………」
――下ろそうとして、ふと気付く。――護衛のゴーレム?
「ハァイ」
さて一体何の事か、と思ってふと後ろを振り返ってみれば、そこにはクッキー君が――
「ああっもう誰の差し金ですの!? お父様!? リバール!?」
「イヤン」
居た事に気付くと同時に壁に追い詰め、クッキー君の首を締め上げながら問い詰める。――当然クッキー君の映像転送機能もエカテリスは知っている。様子を伺う為に派遣されたのは一目瞭然だった。
「私は一人でも大丈夫と言ってるでしょう! コソコソ見張るのは禁止ですわ!」
「アーレー」
そのままエカテリスはクッキー君を窓から投げ捨てる。――ふぅ、これで一安心……
「ナーンチャッテ」
「ぶっ」
したのも束の間、直ぐに新たな魔法陣が生まれ、クッキー君が帰って来た。――クッキー君は魔法陣召喚型だった。投げても投げてもニロフの膨大な魔力が尽きない限り色々な場所に召喚可能だった。――ああっもう、思わずはしたないリアクションをしてしまったじゃない!
「どちらか知らないし両方な気がしますけど、何にしろ通して聞こえてますわね!? これ以上邪魔したら、もう口を利いてあげませんわよ! 大人しくなさい!」
「ピエン」
口を利いてあげない、が効いたか、クッキー君は大人しく帰って行った。――ふぅ、これで今度こそ一安心……
「……あ」
したかと思ったら、流石に呆気に取られたらしく、教室内が静まり返っていた。何とも言えない空気になる。
「み、皆さん、その、えーっと……緊張、そう緊張してしまって! 学園に通うのは初めてだからつい! 皆さんもありますわよね、緊張のあまりゴーレムを窓から投げ捨てたりとか!」
どんな緊張だよ、と誰しもが思うが、エカテリスの手前、誰しもがそうですね、という曖昧な表情を浮かべるしかなかったのであった。
「失礼致します」
礼儀正しい挨拶、透き通るような声で、教室に入ってくるのはライト騎士団屈指の前衛・ソフィ。特別講義の記念すべき一回目は、エカテリスが編入したクラスでのソフィでの授業だった。
ソフィの登場に、教室の空気が一気に変わる。その存在感に、誰しもが目が離せない。
(凄え……何だ、あの人……あんな綺麗な人、世の中に存在するのかよ……?)
(嘘でしょ……あの人、本当に私と同じ性別なの……? 次元が違い過ぎるんだけど……)
(女神だ、女神は存在したんだ……)
清楚時のソフィは、エカテリスをも越える圧倒的淑女オーラの持ち主。一つ一つの仕草に、誰しもが目を奪われる。
(流石ね、ソフィ。王女として見習わないといけない所、沢山ありますわ)
当然仲間として知っているエカテリスではあるが、改めて見ると周囲の生徒が見惚れるのも当然の姿。仲間として鼻が高かった。
「初めまして、ソフィといいます。勇者様の騎士団で、前衛、アタッカーを務めさせて頂いてます」
傍らには愛用の両刃斧。それが無ければアタッカーなどと疑わしい程の姿だが、逆にその斧が彼女がアタッカーである事を示していた。
「とは言っても、私も最初からアタッカーを務めていたわけではありません。当初は後方支援、神官職の希望でした」
ソフィはそのまま落ち着いた口調のままで、自分の事を話し出す。
「偶然か必然か、不意な切欠でアタッカーとしての適性が生まれ、以降最前線で斧を振るっていた時も、当初はずっと悩んでいました。本当に自分はこれでいいのか、これが自分の目指した道だったのか、と」
思い起こされるのは、ライトに出会う前、ただひたすら戦う快感に溺れ、斧を振るっていた日々。その快感に溺れる自分に悩み続けた日々。
「それでも私は、勇者様に出会い、今の自分が間違いではないと気付きました。今では勇者様の為に、この斧を振り続けられる、と迷いなく宣言出来ます」
澄み切ったソフィの目は、正に迷いのない目。
「だから皆さん、今の自分に悩んでいても、決してめげず、諦めないで試行錯誤、模索して下さい。今すぐに答えは出ないかもしれません。私の様に大人になってからやっと答えが見つかるかもしれません。その間はきっと苦しいです。でも、必ず答えはあります。辛くて休んでも大丈夫。誰かに助けを求めても大丈夫。でも、諦めるのはとても勿体ないです。本当の答えに辿り着いた時、必ず悩んだ日々は報われますから」
何処までも優しく諭すような口調に、教室の生徒全員がしっかりと耳を傾け、大小あれど自分の事を考えた。――ソフィとしても精一杯の想いが籠っている。今自分は、本当に充実した場所を手に入れている。勿論、全ての人間がそう上手くいくわけがないし、いけるとも思わない。それでも、出来る限り上手くいって欲しいと思う。希望を捨てないで欲しいと思う。ソフィの、純粋、率直なる願いだった。
「さて、私自身は前述通りアタッカーですので、座学よりも体を動かす方が得意です。折角ですから、簡単な訓練の様な物をしてみましょうか。――移動しましょう」
結局ソフィが選んだ授業内容は簡単な実戦風味の訓練だった。そのままクラス全員、広い訓練場に移動する。それぞれ訓練用の武器を持ち、集合。
「皆さん、それぞれ武器は持ちましたね?」
生徒達は皆、やる気で満ち溢れていた。特に男子生徒はエカテリス、ソフィに格好良い所を見せるチャンスであると考える者も多い。また、これは男女は関係無いが注目されたら国へのコネも出来るかもしれない、ビックチャンスである。
「まずは……そうですね、デモンストレーションを見せた方が分かり易いですね。――姫様、お相手お願い出来ますか?」
「承りましたわ」
当然生徒の実力は知らない。事故が起きてはマズイので実力を知る、見せるのにエカテリスにソフィは相手を依頼。――エカテリス、ソフィが対峙し、それを少し距離を置いて生徒達が見守る形となる。
「どの程度で行けばいいかしら?」
「あくまで軽くで。ムキになっても参考、授業になりませんから」
「そう。でもね、ソフィ」
「?」
「個人的に、いくら軽くすると言っても、手合わせするのに貴女が狂人化(バーサーク)してくれないのは、私の実力がまだまだみたいで、ちょっと癪に障りますわよ?」
挑発的な笑みで、ビリビリ、という電気を走らせるような威圧を見せるエカテリス。
「別に馬鹿にしてたつもりはないんですけどね。まあでも、姫様がそのつもりなら、アタシとしてもちょっと「楽しい」デモンストレーションにしちゃいますよ?」
その威圧を受けて我慢出来るソフィでもない。直ぐにスイッチが入り、こちらも挑発的な笑みで返す。
そのまま視線をぶつけ合う事、五秒。
「はあああああっ!」「おおおおおおおっ!」
二人は同時に地を蹴り、真正面からぶつかり合う。バシィン、という激しい音と共に広がる衝撃波。大よそ訓練用の武器で出せる波動ではない。
まずは純粋に力のぶつけ合い。エカテリスの槍の刺突とソフィの斧の薙ぎ払いが何度も激しくぶつかり合う。速度はエカテリスが上、でも破壊力はソフィが上。お互いに得意な物を利用し、結果一歩も譲らない。
「ふっ!」
エカテリス、更に速度勝負に出る。風魔法を利用し、攪乱させる様に様々な角度からソフィに攻撃。
「っらああああ!」
ソフィはその速度に速度で対抗するのではなく、自らの攻撃力破壊力で対応。斧を更に大きく薙ぎ払い、攻撃範囲を広げ、エカテリスの攻撃を防ぐ。
勿論お互いの実力の高さあっての結果である。生半可な相手ならソフィの方が速度も圧倒的に上であり、逆にエカテリスの攻撃力も十分過ぎる程に高く、容易く防げる物ではない。
「はあっ!」
エカテリス、更に自分の領域に持ち込む。風魔法を利用し、今度は大きくジャンプ。まるで空を飛んでいるかの如く空中へ。
「おりゃあ!」
ソフィはあえてそれを「追う」。聖魔法で防壁を作り、それを足場とし、何度もジャンプ、エカテリスを捉える。
「はあああああっ!」「おおおおおおおっ!」
そのまま二人は空中戦。お互い魔法を利用して高度を下げる事無く何度も武器を衝突させる。そして――バキッ!
「あ」「あ」
二人の武器が同時に壊れた。そもそも訓練用、そんな頑丈に作られているわけではない。寧ろこの二人のここまでの戦いに今まで壊れなかった方が奇跡かもしれない。
武器が無ければ流石に訓練にならない。訓練は強制終了、二人はそのまま着地。
「姫様、腕上げましたね。こりゃアタシもうかうかしてらんねえわ」
「ソフィも相変わらずですわね。しかも聖魔法まで織り交ぜられるようになって、更に強くなってますもの」
二人は互いの実力を認め、本来は共に戦う仲間。笑顔で互いの健闘を称える。――さて、ここで問題が一つ。
「っと、さーてテメエら、こんな感じで訓練すんぞ。今の姫様とアタシの戦いを参考にな」
当然レベルが高過ぎて生徒達には何の参考にもならなかった。あんなの出来るかぁぁぁ! というツッコミを誰もが心の中で叫ぶのであった。
「うーわ、案の定かっ飛ばしてるねえ」
そんな訓練場のエカテリスのソフィのデモンストレーションを少し離れた所で見ていたレナとライト。レナは呆れ顔、ライトは苦笑しつつ観戦していた。
「あれは参考に……ならない、よな?」
「なるわけないじゃん。なったとしても極一部の生徒だけでしょ。姫様もソフィ程じゃないけどバトルジャンキーだからねー、スイッチ入っちゃうと駄目よ。事故が起きなかっただけマシと思わなきゃ」
「胃が痛くなりそうなんだけど……」
もう次からソフィの授業は美味しいハーブティーの淹れ方にすべきか、とライトが真剣に悩んでいると、
「もっと近くでご覧になられても大丈夫ですよ」
そんな声がした。視線を訓練所からそちらに向けると、
「あ、甥っ子先生」
「ははは、手厳しい呼び方だ」
甥っ子先生こと、シイヤがこちらへ歩いて来ていた。
「すみません、彼女、別に悪気はないんで」
「いえいえ、気にしてませんよ。――勇者ライト様と、護衛の……お名前、伺っても?」
「ボロンジョ三世」
「レナですよ」
ボロンジョ三世ことレナのボケを直ぐにライトが訂正。――というか何処から来たんだよそのボロンジョ三世は。
「北の国からだけど」
「俺の心を読んでボケツッコミするの怖いんだけど!」
そんなに分かり易いのかな俺。――と、いつもの(?)二人のやり取りは兎も角。
「レナさん、ですか……少し、お話いいですか?」
「ああ、別に流石にトーク位は護衛の私通さなくてもして大丈夫ですけど」
「いえ、俺が話をしたいのは、貴女です、レナさん」
それは――突然の誘いだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます