第96話 演者勇者と学園七不思議4
「まず右手をご覧下さい。こちら本校舎となっておりまして、学科毎に棟が分かれておりまして――」
ケン・サヴァール学園へと足を踏み入れたライト一行。担当であるという女教師・アルテナの案内で、敷地内を見て回っていた。
「続きまして左手をご覧下さい。こちらは共用のグラウンドとなっておりまして、訓練場とは別に――」
流石名門校と言った所か、敷地内も広く、案内は中々終わらない。
「更に奥手に見えますのが――」
「ねえ勇者君、私達学園の見学ツアーに来たんだっけ」
そしてレナが飽きた。一応気を使ってか、小声でそうライトに呟く。
「気持ちはわかるけど折角案内してくれてるんだぞ」
「そうなんだけどさー、観光地じゃないんだから」
「そしてあちらが倉庫となっております。倉庫の広さは――」
…………。
「ほら、観光地じゃ倉庫なんて案内されないだろ。珍しいぞ」
「今ヤケクソになったよね?」
「凄いねあの倉庫、あれだけの広さがあればボクももっと大きい道具を遠慮なく作れるのになあ」
「……ほら、サラフォンは興味津々で案内されてるだろ。必要なんだよ」
「今ヤケクソになってるよね!?」
アルテナを見て見れば、こちらのやり取りには一切気付かず、一生懸命説明をしていた。
「我が思うに恐らく今回の件で大抜擢され、一生懸命なのでしょう。初々しいですなあ」
ニロフは案内される建物よりも案内しているアルテナを感慨深げに見ていた。――確かにニロフの言う通り、一生懸命さがひしひしと伝わってきていた。若干必要のない場所を案内しているのもそのせいかもしれない。
「あ――皆さん、あちらに見える建物ですが、旧校舎となっておりまして、一部は立ち入り禁止となっています。迂闊に近付かない様お願いします」
促された先を見れば、確かに最初に紹介された本校舎よりも明らかに古めかしい建物が並んでいた。だが決して壊れそうとかそんな雰囲気はなく、危険そうには見えない。中はもっとボロボロなのかな、とライトは思っていると、
「アルテナ先生、教師は近付いたら駄目で、生徒は大丈夫なのですか?」
「え?」
「数名、意識して移動している気配がします」
そんなリバールの指摘が入った。ここからではわからないが、リバールの能力で察知出来たのだろう。ライトもうん、とアルテナに頷いて促す(傍目にはライトも勇者で気付いてました、みたいに見えた)と、
「あっ、コラ、貴女達、駄目でしょう!」
「わっ、アルテナ先生!」
アルテナが移動。やはり生徒数名を見つけた様で、叱って離れさせた。
「すみません、お恥ずかしい所を」
「大丈夫ですよ」
ペコリ、と頭を下げて謝罪するアルテナをライトは宥める。駄目、と言われている所に行く、というのは学生位の年齢ならそれなりに発生する事案だろう。特に迷惑を被ったわけでもない。
「素朴な疑問なのですが、何故近付くのは禁止とされているのでしょう? そこまで危険そうな建物には一見見えないのですが」
小さく挙手をしてハルが質問をする。――周囲も確かに、と思えるシンプルな質問だった。実際ライトも今し方別にボロボロじゃないのに、と思ったばかり。
「そういえば……私がここに教師として来た時には暗黙の了解で禁止、という事になっていたんです。理由……理由……?」
が、肝心のアルテナも知らない様子。うーん、と考え込んでしまう。
「ああ、ごめんなさい、どうしても知りたいわけではないので。――先に進みましょう」
埒が明かなくなると察したハルが直ぐにアルテナを促す。幸い直ぐに切り替えてくれ、一行は再び移動を開始。
「ライトくんライトくん、前レナさんに聞いたんだけど……そ、その、建物の裏でこっそりやると言えば、弱みを握ってエッチハレンチスケベの脅迫応酬だって……っていうことはあの旧校舎は」
「うおおおいいい待て待て待て待て! レナはサラフォンに何を教えてるんだ!?」
「うーわ、勇者ストアの時の話じゃん、よく覚えてるねサラフォン」
「ラ、ライトくんも動揺してる……やっぱり……!」
「いや違うぞサラフォン、俺が動揺してるのはそういう意味じゃなくてだな!」
「サラ、その話は鵜呑みにしない様にって説明したじゃない……」
そんな会話をしつつ、一行は本校舎の中に入る為に移動を続ける。……ふと、ライトはもう一度振り返って旧校舎を見る。
「…………」
「団長、どうしました?――大丈夫ですよ、あの旧校舎から戦いの匂いはしませんでした」
「あ、うん、ありがとう」
ソフィに促され、再びライトは前を向く。――誰も知らない立ち入り禁止の理由、か。
(そんな昔から立ち入り禁止のままなら、何で今の今までほったらかしなんだろ)
再び浮かび上がる疑問を心の奥に仕舞い、ライトは皆と一緒に歩くのだった。
「おお、皆さんが噂の勇者様と騎士団の方々ですか」
本校舎に入り、学園長に挨拶に、ということで学園長室を目指していた所で、一人の男性教師と思われれる男がすれ違い様にそんな風に声をかけてきた。
「お疲れ様です。――皆さん、こちらシイヤ先生。先輩教師で、学園長の甥御さんになります」
「シイヤといいます。お会い出来て光栄です」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
年齢は三十代半ばといった所か。高身長で、爽やかな笑顔で挨拶してきた。
「もしお困りの事があったら、遠慮なく自分にも声をかけて下さい。アルテナ先生には出来ない事でも、自分になら出来る事があるかと思います」
「ありがとうございます」
「おっと、叔母さん――学園長の所に行くんですね。引き留めてすみませんでした、それじゃ」
そう言って軽く会釈をすると、シイヤはその場を後にした。その姿を軽く見送ると、一行も再び歩き出す。
「アルテナ先生ー、質問でーす」
と、歩き出した直後、レナからそんな声が。
「はい、何でしょう?」
「さっきの……甥っ子先生、どんな先生?」
「シイヤ先生、ですか……何て言うか、しっかりと自分の信念を持っている方だと思います。物怖じせずに誰に対してもしっかりと意見を述べられますし、学園長も将来はその座をシイヤ先生に譲るつもりという噂を耳にした事もあります」
「ふーん……」
レナはそれ以上の質問はしない。知らない人からすれば気にならない事ではあるが、それなりに付き合いがあるライトとしては何となくわかる事。
「どうした? 何か気になるのか?」
何かに、引っかかっている。――そんな気がした。
「ああほら、笑顔爽やかだったじゃん」
「うん。それが?」
「爽やかな笑顔って怪しいよね」
「俺の護衛の偏見が酷い!」
笑顔だけで初対面の相手を怪しいとか。レナらしいと言えばレナらしいのだが。――と、そんな間に一行は「学園長室」と書かれたドアの前に到着した。コンコン、とアルテナがノックする。
「どうぞ」
「失礼します」
通された部屋は、流石に広く、綺麗で高級感が漂っていた。その奥のこれまた大きくて高級そうな机で作業をしている女性が一人。
「学園長、勇者様と騎士団の皆様方をお連れしました」
「まあすみません、わざわざ来て頂いて。本来なら私からご挨拶に伺うべきですのに、仕事が溜まってまして」
そう言いつつ、流石に今は仕事の手を止め立ち上がり、こちらへ来る。
「この学園の学園長を務めております、スージィカと申します。今回の件、受けて下さい感謝していますわ。どうぞ宜しくお願いします」
笑顔でそう挨拶してくるスージィカと名乗る学園長、年齢は五十代後半から六十代前半、優しそうな印象を受ける女性だった。
「歴史あるこの学園に勇者様、王女様とその周囲の皆様方が来てくれれば、また新しく歴史が刻まれます、本当に凄い事です。――基本はアルテナ先生に任せていますが、もしもアルテナ先生に解決出来ない場合、何かありましたら遠慮なく私にも声をかけて下さい。学園長として、いつでもお力になれると思います」
「ありがとうございます。こちらも何処までご期待に応えられるかわかりませんが、精一杯やらせて貰います」
「まあご謙遜を。伝説の勇者様ですのに」
そう言ってスージィカは笑う。対するライトは本気の言葉なので当然愛想笑い。……俺、段々愛想笑い上手くなってきたかな。
そんな一通りの挨拶を終え、一行は学園長室を後にする。
「アルテナ先生ー、質問でーす」
と、歩き出した直後、再びレナがそんな声を出す。
「はい、どうしました?」
「学園長……スージィカさん? どんな先生ですか?」
「学園長は優しい方ですよ。また地域や親御さん達からの評判も良くて、あの方が学園長になってから、色々な所との繋がりも出来て、随分運営が上手く回るようになったと聞いた事があります。教頭のコウセ先生が学園内の内部の細かい所を任されているのも合わせて、今この学園は一番良い環境だ、と言う方も大勢いらっしゃいます」
「ふーん……」
やはりレナはそれ以上の質問はしない。――やはりライトとしては気になる所。
「どうした? 学園長さんも笑顔が怪しかったか?」
「いや、逆に納得がいったよ。あの人、営業とかそういうの向いてるんだ。お金持ちの人達に好印象を持って貰える手腕っての? そういうのがある人がトップに立てるのは、当然の事。外面悪ければ悪い程トップになんてなれやしないもん」
「その言い方だと、裏で何考えてるんだかわからないって言い方になるぞ」
「そりゃそうでしょ。でもそれは間違いじゃない。本性隠して上手くならそれで誰の文句もないしね。現実上手くいってるみたいじゃん?」
「そうだな……」
アルテナ曰く、現状この学園は今一番良い環境との事。それを作り上げる手腕を持ち合わせているのだ。――手腕、か。
「……やっぱり、こっそり国王様、見に来させてあげようよ」
「どした急に」
「スージィカさんが楽って言うわけじゃないけど、国王様の方がもっと大変な想いしてるわけだし、息抜きはさせてあげるべきな気がして」
政治的手腕は本物、と色々な人間がヨゼルドの実力は認めている。そして裏表ないあの人柄。それを一国の国王として国を動かす立場で行っている。――キャバクラ行きたいは兎も角、娘の様子が見てみたい、の願いは叶えてあげてもいい気がしたのだ。
「まあ、そうかもね。――騒がれてもやっかいだから、猿ぐつわでもして担いでこようか」
「もっと普通の案出して!」
この場合誰に相談すべきだろう、エカテリスは駄目、レナも駄目……などとライトは色々案を練るのであった。
「戦いの気配は、微塵も感じてませんよ。何の心配をしてるんですか?」
ライトがヨゼルド招待案を練り、意識が別方向へ向いた頃、タイミングを見計らってレナにソフィがそう話しかけてきた。
「別に? 大した事じゃないよ」
「そうですか」
そう言いつつも、ソフィはレナの横から離れない。――ああ、これは話すまで付きまとわれるな、と感じたレナは、溜め息一つと共に口を割る事にする。
「共通点があったのよ」
「共通点? 誰のです?」
「甥っ子先生と学園長の。――あの二人、両方ともアルテナ先生をあまり快く想ってない」
ソフィからすれば意外な話だった。具体的にどの辺りが、と考えても一瞬ではわからない。
「覚えてる? 二人共、アルテナ先生でも駄目なら自分に相談してくれって言ってた」
「ええ、仰ってましたね。でもそれが?」
「先輩先生がそう言うって事は、自分の方が出来ますアピールをわざわざしてきたって事だし、トップがそれを言うって事は、自分の部下が不甲斐ない可能性がありますってアピールしてるもんでしょ」
「流石に深読みし過ぎですよ」
ソフィは苦笑。――レナらしいと言えばレナらしいですけど。
「単発なら私も気にしないかもだけど、それを短時間で二連発、しかも親族。――今回の人事が気に入らないって事は、決定権が自分達には無かった。教頭先生辺りがアルテナ先生推しなんじゃないかな。アルテナ先生の学園長の評価からするに、学園内のそういう権力は若干教頭先生の方がありそう」
「その推測が当たっていたとして……アルテナ先生が、可哀想だと?」
「いや、そんなのは私はどうでもいいんだけどさ、ただ私達がいる間にごちゃごちゃして、結果勇者君が手を出したり巻き込まれたりしたら面倒だなー、って」
「成程、その心配はしておく必要がありそうですね」
「ま、アルテナ先生に本当に問題があったらそれはそれで、だけどさ」
一時的な関わりの為、深入りしていてはキリがない。だが今回の件が切欠で色々関わりがある間に問題が発生してしまうと面倒な話になってしまう。――何かとトラブル気質(?)なライトは特に、である。
「いざとなったら、団長を侮辱した名目ですり潰しておきましょう」
「……アンタ、最近狂人化(バーサーク)との境目、おかしくなってきてない?」
「大丈夫です、団長と皆さんの為以外にはしませんから」
「そういう問題じゃないんだけどね……」
そんな会話を小声でしつつ、二人は最後方で歩くのであった。
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