第95話 演者勇者と学園七不思議3

「国の方から正式な承諾を頂きました。勇者の騎士団の皆様方が、特別講師としていらしてくれるそうです」

 ケン・サヴァール学園、学園長室。現在この部屋には四人の人影。教頭であるコウセが、学園長――名をスージィカといった――に勇者一行の来訪の報告をしていた。

「そう、良い返事が貰えて良かったわ。生徒達にも良い刺激、良い勉強になるでしょう。感謝します、コウセ」

「いえ、思っていた以上に国王様、勇者様のお人柄が良かったです。あの方達がこの国を動かしてくれているなら、一国民として安心だな、と思いましたよ」

「へえ、国王様と勇者様ってそんな感じなのか。――にしても、わざわざ総出で来てくれるとか、勇者様って暇なのか?」

「シイヤ、そういう事を言うもんじゃないわよ。折角来てくれるのだから」

 呆れ顔でスージィカがシイヤと呼ばれた男を宥める。――シイヤはスージィカの甥で、学園の教師の一人だった。

「私は純粋に嬉しいです。会って見たかったんですよね、勇者様」

 最後の一人である女性教師――こちらは名をアルテナという――が、自身の正直な感想と、この場の空気を良くしようという二つの意味合いを込めてそう発言する。

「…………」

 シイヤがそういえば何でこいつここに呼ばれてるんだ、という視線をアルテナに送るが、流石に口にするのは憚れた。学園長、教頭、そして自分は学園長の甥だが、彼女は特別重要なポジションにいるわけではなかった。

「早急にスケジュール管理等の準備に入ろうと思います」

「そう、宜しくお願いね」

「学園長、それで提案なのですが――今回の件、このアルテナに、主要を任せたいと思っているのですが」

「え?」

「なっ」

 これで一旦話は終わり、と思いかけたその時、そのコウセの提案。反応は順にアルテナ、シイヤ。

「ちょ、ちょっと待ってくれコウセ、お前がやらないなら俺がやるべきだろう! 俺は学園長の甥、将来だって――」

「コウセ、理由は何かしら? 私は貴方に任せておけば安心だと思っているし、貴方がやらないなら私もシイヤにやらせたいわ」

 シイヤの言葉を遮る様にスージィカがコウセに問う。シイヤと違い落ち着いてはいるが、疑問な事には変わらない様子。

「彼女は優秀です。将来はこの学園を支えるべきポジションに就けるでしょう。ですので、若い内にもっと色々な経験を積んで貰いたいと思っていました。絶好のチャンスです。勿論私がサポートはします。どうでしょう?」

「私が……今回、勇者様を……?」

 驚きを隠せないアルテナ。思えば、この話をする為に今回、コウセに一緒にこの部屋に呼ばれていたのだ。

「言いたいことはわかったわ。――彼女の気持ちも訊きましょう。アルテナ、貴女はどうしたいかしら」

 スージィカに問われ、数秒間考えるアルテナ。

「アルテナ、大丈夫だ、君なら出来る。私が保証しよう」

 その間に、コウセの後押し。――アルテナの、気持ちが固まる。

「やります。やらせて下さい」

 アルテナとスージィカの視線がぶつかる。しっかりとした目でアルテナは視線を逸らさずにいると、ふぅ、とスージィカが軽く息を吹く。

「……いいわ。コウセがサポートにしっかりと入るのを条件に、今回の件はアルテナを主軸として行って下さい」

「!?」

「ありがとうございます!」

 そしてスージィカが折れた。その返事を聞くと、ガバッ、とアルテナが思い切り頭を下げる。再び顔を上げた時は、嬉しそうな充実した笑顔だった。

「それでは、早速準備に入らせて頂きますので、これで一旦失礼します」

「失礼します!」

 ガチャッ、バタン。――挨拶と共に、コウセ、アルテナの二人が部屋から去る。

「叔母さん! 俺は反対だぞ! コウセだったら俺も何も言わないが、アルテナだって!? あいつに何が出来る!」

「今回の来訪の件はコウセが主軸で取って来た物、彼の意見を蔑ろには出来ない。理由も無しに彼の意見を無下には出来ないわ」

「でも――」

「今回は私も丁度「あちらの件」で忙しいのもある。流石に何か問題があれば口を挟むけれど、そうでなければコウセに一任するしかないわ」

「……クソッ! 何かあったら直ぐにでも降りて貰うからな」

 バタン!――捨て台詞の様にその言葉を残し、シイヤが強めにドアを閉め、部屋を後にする。

「…………」

 一人になった部屋で、スージィカは一人、ジッとその閉まったドアを見て、何かを考えるのであった。



「始めて袖を通してみたのだけれど、どうかしら?」

 色々あって数日後、ライト騎士団、ケン・サヴァール学園に出向初日。今日は初日なので各方面への挨拶等で、本格的な活動は翌日からになるのだが、エカテリスは用意した学生服に既に袖を通していた。

「お似合いでございます、姫様」

「ありがとう」

 リバールの賞賛に、素直にお礼を言うエカテリス。やはり楽しみだったのだろう、表情に表れていた。そんなエカテリスを見るリバールも本当に嬉しそうだった(色々な意味で)。

「それじゃ、出発しようか」

「うむ、初日から遅刻では面目が立たないからな」

 こうして、ライト騎士団と国王ヨゼルドは、ケン・サヴァール学園へと――

「…………」

「? どうしたのかねライト君」

「いや、ごく自然にしてますけど、何で国王様一緒に行こうとしてるんですかね」

 ――そう、ライト騎士団全員の他に、何故かヨゼルドが一緒に居て行く気満々であった。

「娘が編入するんだぞ、保護者として同伴は当然だろう」

「まあ普通はそうかもしれませんけど、今回は事情が事情ですし、国王様お忙しいのでは」

「馬鹿を言っちゃいかんぞライト君! 仕事にかまけて自分の子供の大事なイベントに参加出来ず疎遠になり、気付いた時には不良になってるなんてよくあるパターンだろう! 学園などそういう意味では危険で一杯だ! パパが構ってくれない寂しさを紛らわせる為に怪しい連中とつるむ様になり、挙句の果てには……! 手遅れになる前に、私自らの目で隅々までチェック――」

「手遅れなのはお父様の考えですわよ!」

「ぐえっ」

 バシッ!――エカテリス、持っていた鞄でヨゼルドを叩く。

「そもそも私、お父様が構ってくれなくても寂しさなど微塵もありませんわ」

「ええっ!?」

 初耳の様に驚くヨゼルド。――いや、そのリアクションは予測出来るでしょ、と言いたげな他の面々。寧ろ構って貰えなくて寂しいのは国王様じゃないですか、と思う他の面々。

「ヨゼルド様、ご安心下さい。翌日からはこのリバールが姫様と共に登校し、共に授業を受け、共に学園生活を送り周囲を監視致しますので」

「リバールも誤解してますわね、学園では私一人で世話無しで過ごしますわよ。学園とはそういう場所でしょう?」

「ええっ!?」

 初耳の様に驚くリバール。――いや、そのリアクションは以下省略。

「そんな……! このリバール、姫様の為に恥を忍んで二十台半ばにも関わらず制服に袖を通す覚悟をしておりましたのに……!」

「即刻捨てなさいその覚悟!」

 ガックリ、と項垂れるヨゼルドとリバール。――苦笑するしかない他の面々。見慣れた光景でもあった。

「さ、出発しましょう。ライト、リバールをちゃんとこき使って頂戴ね」

「う、うん、まあ、うん」

 流石に少々可哀想なので、こっそり覗きに行かせてあげようかな、と思うライトだった。

「授業参観は! 授業参観はパパ絶対行くからなー!」

 出発した一行を見送りながら手をこちらに伸ばし叫ぶヨゼルド。こちらも少々可哀想だが……どうしたものかなあ。



「うおお……」

「お、出た、久々の勇者君の持ちギャグ」

 馬車に揺られて少々、到着したケン・サヴァール学園の正門前。その敷地と建物を見たライトの第一声というか、感嘆の言葉(レナ曰く持ちギャグ)。――ライトが想像していた学園、学校とは違い、何処か良家の屋敷の様な立派さ、広さを誇っていた。

「僕はライトさんの気持ちわかりますよ。妹が通うっていう時、初めて見て驚きました。学校っていう感じしないですよね」

「マークは妹さんがここに?」

「今年卒業しましたけどね。――僕はここじゃない、出身地の地元の学校の卒業生です」

 というかマーク妹いたんだ、とライトはふと思った。――わざわざこっちに、ってことは優秀な妹さんなのかな。

「そういえばエカテリスは英才教育、マークは地元の学校、ちなみに俺は地元で小さい頃読み書きと簡単な事だけ教えてくれる所に通っただけだけど、他の皆は?」

 と、不意に気になったのでライトは尋ねてみた。

「私は神官希望だったので、神聖系統の学園に」

 最初に答えたのはソフィ。――成程、神官、僧侶って特殊な学校を出てそうだもんな。

「私とサラはマーク様と同じく、地元の学校へ」

 続いてハル。サラフォンと同じ学校に通っていた様子。

「私は通っていません。教育係に教わる形でした」

 リバール。忍者という家系のせいか、エカテリスとは違い個人授業を受けていた様子。

「私は逆に勇者君と同じ感じかな。田舎だから、簡単な事しか教わってないや」

 レナ。実力からちゃんとした所に行っていたのかと思ったライトとしては少々意外だった。

「我は第一骸骨学園に」

「そんなのあるの!?」

「アンデットジョークです。アンデットになる前の記憶はないので覚えてる限りでは我も通ってませんな」

 ニロフ。――第一骸骨学園、実際にあったら怖い事この上なかった。

「そっか、じゃあ皆何だかんだでこういう凄い大きい所には通ってないのか」

 何か参考になる物があれば、とは思ったが仕方がない。

「ライト、気負う必要はないですわ。留学で通う私は兎も角、ライト達は来賓ですもの。必要以上に合わせることなく、「らしく」いればいいのよ」

「そっか……そうだな、うん」

 エカテリスに宥められ、緊張が解れる。――演者勇者として色々やってきても、まだまだ慣れないライトである。

「ライトくん、安心して。とりあえず門にトラップは仕掛けられてなかった」

「何か緊張を通り越して違う警戒してる人が一人いる!」

 サラフォン。――先程の会話の最中、トラップがないか警戒していたらしい。緊張を飛び越え、疑惑を最早学園に向けていた。ハルに「そういうのは中では絶対にやめなさい」と怒られていた。

「すみませーん、お待たせしました!」

 と、そんなやり取りをしていると、門の向こう側から一人の女性が小走りでこちらへやって来た。そのまま門を開け、ライト達の前に。

「エカテリス王女様、勇者ライト様、そしてその騎士団の皆様方ですね? 今回、皆様方の案内・担当をさせて貰います、アルテナと申します。どうぞ宜しくお願いします」

 軽く頭を下げそのまま挨拶するアルテナと名乗る女性、ここの女性教師だろう。まだ若く、元気一杯! というイメージをまずライトは受けた。

「それではご案内します、ようこそケン・サヴァール学園へ!」

 こうしてライト達は、ケン・サヴァール学園へと足を踏み入れるのであった。

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