第94話 演者勇者と学園七不思議2
「紹介しよう。こちら、ケン・サヴァール学園教頭であるコウセ氏だ」
「コウセと言います。伝説の勇者様にお目にかかえれて光栄至極」
「ライトです。宜しくお願いします」
玉座の間に行き、ヨゼルドに紹介されたコウセという男はケン・サヴァールの教頭とのこと。年齢は五十代位か、何処か良家の執事の様な紳士的なオーラを感じ取れる男だった。
「それで、俺に用件というのは」
「うむ。実は今、毎年恒例で行われているケン・サヴァールの社会科研修がこの城で行われている」
「あ、さっき見かけました。マークが生徒さんを案内してました」
「もしかして国王様、マーク君何かやらかしました?」
「はっはっは、そんなわけあるまい、あのマーク君だぞ。――レナ君珍しいな? マーク君の心配など」
「あー、その、大丈夫なら私は。パンツパンツ」
「……?」
最後のパンツパンツは小声だったので隣にいるライトにしか聞こえていない。危うく吹き出しそうになるのをライトは堪えた。――ちなみに同行しているのはレナのみで、あの時いた他のメンバーは一旦それぞれの部屋等に戻っている。
「話を戻そう。それで今回、コウセ氏から我が城から特別講師として学園の方に誰か来て貰えないか、という話が来てな」
「社会科研修に来れるのは限られた人数のみ。それと違い、学園に足を運んで頂ければもっと大勢の生徒がハインハウルス軍の優秀な方の話や実力を肌で感じる事が出来ると思って、お願いに参りました」
確かに、マークが連れていた生徒は十数名。当然あれが全員ではないだろう。となると、抽選に漏れた生徒や、迷って結局行かなかった生徒、行く勇気が出なかった生徒など、大勢いてもおかしくはない。それが気軽に学園で軍の人間に触れられる機会があるというのは将来その手の道に行きたい人間からすると良い事だろう。
「将来の我が軍の期待の星を育てるという意味では私もその提案はやぶさかではない。そこで、私としてはぜひライト騎士団――つまり、勇者ライトを中心に、足を運んであげて欲しいと思うのだが、どうだろうか」
「俺達が、学園で、特別講師になる……?」
ライトはメンバーの面々を頭の中で思い浮かべる。――仲間達が、学園の先生に。
「確かに適していると思います。ハルとかニロフとか教えるの上手いですし、他にも各ジャンルで一流レベルの持ち主が揃ってますから。各々の気持ちは後で確認を取りますが、俺自身は問題ないと思います」
「おお、そうですか」
コウセが嬉しそうな表情を浮かべる。――確かに仲間の実力にはライトも驚かされる事ばかり。となれば、学生達も当然驚き、学べる事も多いだろう。だが、
「ただ……その、俺自身は……教えるのとかは、苦手ですし」
コウセの手前直接口には出せないが、ライト自身は当然実力が伴っていない。寧ろ教わる立場である。――勿論ヨゼルドもそれは重々承知の様で。
「コウセ殿、勇者ライトは天才肌でな。中々彼の技術を口にして説明、見せて説明、というは難しいので、彼自身の講師、講義は無理なのだが」
と、コウセにフォローの提案をする。
「そうでしたか……流石は勇者様ですな。残念ですがそれなら仕方ありません。生徒達に顔見せは可能ですか?」
「その位でしたら」
寧ろ今俺の仕事それです、と心の中でコウセにライトは謝罪。
「それはありがたい、それだけでも十分です」
当然コウセがそのライトの心境に気付くはずもなく、返事に安堵の表情を浮かべる。
「それじゃ国王様、俺これから仲間達に確認を取って来ます。前向きに考えていいとは思いますが、念の為に。無理に全員、とかじゃなくてもいいんですよね?」
「うむ、そうだな、各々の気持ちもあるだろう。――コウセ殿、正式な返事はそれからでもよいな?」
「勿論です。良い返事を期待してお待ちしています」
「――というわけなんだけど、どうだろう。皆の意見が聞きたい」
ヨゼルドとコウセから学園での特別講師の誘いを受け、ライトはマークの手が空いたのを確認し、全員を招集。事情を説明する。
「我は構いませんぞ、教えるというのは自らの為にもなりますし、今の若者のレベルにも興味がありますからな」
一番にそう承諾の名乗りを挙げたのはニロフ。
「私も構いませんけれど……私に出来る事があるかどうか」
「そこは安心して、ハルの講師としての実力は授業を受けてる俺が良く知ってるから」
ハルも承諾。
「団長、具体的に教える内容は自分が得意とする物でいいのですか? それなら私も可能です」
「うん、あくまで特別講師だから、そこは幅広く考えていいみたい」
「そうですか……正しいハーブの育て方、気に入らない相手の頭のすり潰し方、どちらにしましょう……」
「ソフィもっと自分を見つめ直してみて! 他にもソフィ出来る事一杯あるよ! 確かにその二つが一番得意かもしれないけど!」
優秀な騎士魔導士の講義が聞きたいのに植物の育て方と行き過ぎた戦闘の仕方という極端な二択を思い浮かべるソフィ。――後で俺がソフィの相談に乗ろう。落ち着いたら絶対にちゃんと出来る人だし。
「僕も構いませんよ。教えるとなるとハルさんとジャンルが被ってしまうかもしれませんが、その辺りはハルさんと相談してみます」
「うん、ありがとう」
マークも承諾。
「ボクは……そ、その、ライトくんのお願いだから聞いてあげたいんだけど……知らない人の大勢の前で話をするとか……」
「サラ、勇気を出して。サラの仕事、凄さを認知して貰ういいチャンスだわ。魔具工具師という職業に興味を持つ人が増えてくれるのは、サラも嬉しいでしょう?」
「それは……そうだけど……」
「大丈夫、私も一緒に横に立ってサポートしてあげるわ。頑張ってみない?」
「……う、うん、わかった、ボク頑張ってみるよ。ハルが居てくれるなら」
サラフォン、悩んだ上に承諾。ハルがこちらのサポートに入るとなると、上手くマークとの差別化が出来るだろう。
「私は無理だなー。勇者君の護衛で一緒に行くのは行くけど、人に教えるのは。面倒ってのもあるけど、そうじゃなくても苦手」
「そうなの?」
レナの実力の高さはライトとしても重々承知しているので、「面倒」なのは良くわかるが「苦手」というフレーズは意外だった。サラフォンと違い物怖じする様な性格でもない。
「団長、確かにレナは無理かもしれません。――レナ、団長に炎の初級魔法、ファイヤーボールの使い方を教えてあげてみて」
「えーっと……こう、なんつーのかな、魔力の右側の部分をこう、ギュッとして、パッ、ガッ、はっ! ってやると出来る」
「成程わからん。――まあ引き換えに確かにレナには無理ってことはわかった」
そもそも訓練等が嫌いなのにあれだけの強さを誇るのは、天才肌だからだろう。――レナにはいつも通り俺の護衛とサポートをお願いするかな。
「ライト様、申し訳ありませんが、私の技術は不用意に伝授する物ではないので、講義自体は辞退させて下さい。サポートに徹したいと思います」
「うん、わかった、無理はしないで大丈夫だから」
リバールは辞退の意思を申し入れ、ライトも受け入れる。――本人が言う通り、全体のサポートを頼もう。
「後はエカテリス……あれ、エカテリスってそういえば普通に学校、学園に通ってても可笑しくない年齢だよね? 通うっていう選択肢はなかったの?」
不意に過ぎった疑問をライトは素直にぶつけてみることに。――威厳も貫禄も持ち合わせるが、メンバー最年少で、この中で唯一現役学生でも違和感のない年齢の持ち主だった。
「確かにそうですわね。でも、私は一日でも早くこの国の為になりたかったから、特別講師と特別スケジュールを組んで、一般教育課程は既に習得積みですのよ。だから今はライト騎士団の活動と、実践向けの訓練、公務に集中出来ますの」
「はえー……流石だな」
感嘆の息が漏れた。同じ年齢で学んでいる課程は修了しており、既にその先へ。それも全てこの国の為だと言う。――優秀さと、それに見合う心の持ち主であるとあらためて感じるライトであった。
「でも……そうですわね、興味が無かったって言ったら嘘になりますわ。自ら選んだ道だから後悔は微塵もないのだけれど、学生を見てもしも、と思わない事がないと言えば嘘になるもの」
「そりゃそうだろうなあ」
生まれながらに王家の姫という肩書を背負い、それに押しつぶされる事無く生きてきたエカテリス。その心持は当然立派だが、年相応の生活や青春に憧れを持つのは何ら不思議ではない。――あ、そうだ。
「いっその事、エカテリスは留学生として学生気分を堪能してみる?」
不意に思い付いた提案をライトはそのまま口にした。
「先生役はこれだけ揃ってれば十分だよ。短い期間だけど、やってみたかった学園生活を体験してみるってのもいいんじゃないかな。エカテリスが留学生ならそれはそれで向こうの生徒達には刺激や勉強になるし、生徒目線で学園を見てみる、という名目を立てればきっと案は通るし、何より――偶には、羽伸ばしなよ」
本人が望んでやっているとはいえ、エカテリスはライト騎士団の活動の他に王女としての公務や鍛錬、勉学を日々こなす、毎日がハードスケジュールの生活である。少し位歳相応のゆっくりとした生活を送ってみてもいいんじゃないかな、とはライトは常々思っていた。そのチャンスが、今転がって来たのである。
「私が……留学生として……学園に、通う……?」
少し驚いた表情をエカテリスは見せるが、でも嫌そうな雰囲気はない。寧ろ、ワクワクした気持ちが少しずつ生まれていくのが、表情で伺え――
「ライト様、素晴らしい案でございます!」
「ぬおぅ!?」
ガシッ。――伺っている途中で嬉しそうなリバールの表情がライトの視界を塞ぐ。こちらはエカテリスよりも遥かに分かり易く嬉しそうだった。
「姫様にはぜひ一度、学生服に袖を通して頂きたかったのです! 騎士としての凛々しいお姿も、ドレスアップした美しい姿も素晴らしいですが、あの学生服という独特な衣装を纏う姫様……尊い……!」
目をキラキラさせるリバール。ある意味通常運転である。
「勿論学園に行けば誰よりも輝くお姿で注目の的。男女問わず注目を集め、ファンクラブが出来、お近づきになりたい人間が続出。中には当然不埒な輩も……ハッ、始末せねば。行って参ります」
「何処へだよ!? まだ行ってもいないのに誰なんだよその不埒な輩!?」
余程嬉しかったのか、リバールの想像は嬉しさを飛び越えてアクシデントまで勃発していた。
「……折角乗り気だったのに、何だか行ったら駄目な気がしてきましたわ」
「いや、時間が経てば落ち着くよ……大丈夫、俺達もフォローするから」
「伝説の木の下で姫様に告白する……!? その木、圧し折ってくれましょう」
「フォロー……するから……うん、頑張るから、エカテリスも頑張ろう」
「勇者君目的すり替わってるから……何を頑張るのよ私達」
かくして、ライト騎士団による特別講師就任、そしてエカテリスの学生体験が決定したのであった。
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