第93話 演者勇者と学園七不思議1

「うーん、あと少しで何か掴めそうなんだけどなあ」

 夕焼けに染まる教室。一つの机を中心に、三人の女生徒が囲みを作って話をしていた。

「やっぱり、この「七番目」が怪しいよね」

「そう。他のとはやっぱり違う」

 机の上には一冊のノート。開かれたページには色々と書き込まれており、その文章をゆっくりと指差していく。

「ねえ、例のあれ、借りてこれた?」

「それが図書館にないの。ずっと貸し出し中とかで」

「えー!」

「ますます怪しいじゃん。何者かが隠してるんだ、纏わる事実を」

 その報告に、二人が前のめりになる。

「私、何だか怖くなってきちゃった……」

「でもここまで来たら引き返せないよ。真実を追求しないとスッキリしない」

「そうそう、あたし達の手で確認して、発表しようよ。もしかしたら、この国を揺るがすセンセーショナルになるかも」

 やる気を漲らせる二人に対し、一人は本当に怖いのか、浮かない表情を浮かべる。

「ね、本当に危なくなったら止めよう? 何かあってからじゃ」

「大丈夫、その位の判断はちゃんとするから」

「そうそう、いざとなったらパパに頼んで傭兵を雇う」

「よっお金持ち」

 そんな会話をしていると、更に教室に近付く人影。

「あら、貴女達まだ教室にいたの? もう下校時間よ」

「あ、学園長先生」

 学園長先生、と呼ばれた女性は三人に近付き、机の上のノートを覗き込む。

「それは」

「私達、オカルト研究部で」

「学園の七不思議の研究してるんです!」

「まあ、そんな物を調べてるの?」

「あ、危なくない範囲で、ですから」

 ふむ、といった感じで学園長先生は三人の顔を見る。

「何にせよ、下校時刻よ。今日はもう帰りなさい」

「はーい」

 言われて逆らう理由も権限もない。三人は大人しく片付け、帰宅準備に入る。

「さようなら、学園長先生」

「さよーならー!」

「はい、さようなら」

 挨拶をし、教室を後にする三人。学園長先生は、その姿を背中を、ただジッと見ているのだった。



「魔力の循環、放出、基礎は同じな様で人によって案外上手く行くアプローチが若干違う場合があります。今回我が教えた方法は、あまり一般向けではないですが、ライト殿にはより合っていると思いお教え致しました」

「成程……」

 とある日の午後。ハインハウルス城第一訓練場にて、本日はニロフによる魔法講座をライトは受けていた。

 ライトは今まで魔力を使う時――と言っても真実の指輪を使う位しか使い道がない――は、幼い頃少しだけ受けた一般的授業を思い出し、無理矢理絞り出していた。

 元々少ない魔力をそうやって頑張って出していた感がライト自身にもあったが、今ニロフに教わったやり方だと、今までよりも随分やり易くなった感覚があった。

「今後はこの方法で魔力を使うと良いでしょう。更に今日は、ライト殿の魔力を上げ易くする切欠を作る訓練をしたいと思っております。そこで今回のゲストに登場頂きたいのですが」

「……あー」

 チラッ、とライトは訓練場に置いてある長ベンチを見ると、今回のゲスト――レナが、持参の枕で寝ていた。ニロフに今日連れてきて欲しいと頼まれ、部屋を訪ねたのだが昼寝の気分らしく、半ば無理矢理連れてきた結果が今である。

「レナ、起きてくれ」

「んー……ん? 訓練終わったのー?」

「終わってない出番。というか寝る為だけに連れてくるわけないだろ……」

 流石に城の訓練場に危険はない。ニロフがいれば尚更。

「レナ殿には属性魔法の魔力循環のお手伝いをお願いしたいのです」

「属性魔法の魔力循環……?」

 ライトには意味がわからなかったのでつい首を傾げてしまう。

「ライト殿が真実の指輪を使う際に使用している魔力は、あくまで基本、純粋たるもの。そこに色々な属性を混ぜる事により、素の魔力に刺激を与え、レベルアップの切欠を作りたいのです。我がやっても良いのですが、属性特化と考えるとレナ殿の方が適正なのです。レナ殿の火属性は、我よりも比べたら特化していますからな」

「えー、そんな事の為に呼ばれたの私……別にニロフでもいいじゃん……微々たる差じゃん……」

 ぐうたらチャンスを不意にされたのが嫌だったのか、若干不満そうな表情を見せるレナ。

「そう仰らずに、機嫌を治して下され」

 と、そんなレナに対し、ニロフは何処からともなく小さな紙の箱を差し出す。レナが受け取り、その箱を開けると。

「スイーツ?」

 ライトが横から覗いてみれば、美味しそうなスイーツが。しかも高そう(ライトの個人的見解)。そしてレナの表情を見れば、少なからず驚きの表情で。

「これさあ、確か限定品でしょ……わざわざ今回の為に用意したん?」

「ええ、午前中の内に我が並んで用意しました。皆が気分よくやれるのが一番でしょう」

 そのニロフの言葉に、レナがふーっ、と息を吹いて立ち上がる。

「ごめん、ちょっと意地悪だった。そこまで用意してくるとは思ってなかったからさ」

「ニロフ、俺からもお礼。わざわざありがとう」

「いえいえ。我も先日食べて美味しかったので、レナ殿に勧めたかったのもあります」

 色々見越してレナを素直にさせる辺り、流石の手腕であるとライトはニロフを見て思った。

「えーと、属性魔力の循環だっけ? 勇者君、ちょっと手、出して。両手」

「あ、うん」

 ライトは両手を前に出すと、その両手をレナがそれぞれの手で握る。

「特に意識しないで、そのまま魔力を放出してみて」

「わかった」

「行くよ」

 そこでレナも意識を集中、魔力を放出。レナの魔力が直接その手から感じ取れる、不思議な感覚をライトは受ける。

「いい感じですな。ライト殿、そのまま受け入れる感じで……そうです」

 それから少しの間、レナを含めてのライトの訓練は続いた。そして、

「今日はこの辺りで終わりにしておきましょう。ライト殿も魔力も大分尽き欠けのはず」

 ニロフのその発言で、本日のライトの魔法講座は終了となる。

「ふぅ……ありがとうございました。――レナも、どうもありがとう」

「どういたしまして、っと。んじゃ部屋帰ろっかな」

 そのまま三人で、訓練所を後にする。

「でも、ニロフは教えるの上手いよな。何ていうか、すんなり頭に入ってくるっていうか。学校の教員とかに向いてるんじゃないかな」

 ライトの素直な感想だった。確かにライトには才能がないので子供の頃の教わり方が原因、というわけではないのだが、それでも子供の頃教わったやり方に比べると随分と理解し易かった。

「我が学校の教員、ですか……」


『ニロフ先生! 実は私、先生の事がずっと前から好きだったんです! 私と御付き合いして下さい!』

『お気持ちはありがたいですが……我は教師、君は生徒。その垣根を超える事は許されませぬ』

『そんな! 私、先生の為だったら何でも出来る! 私を先生の物にして! もう我慢出来ないの!』


「くっ……ライト殿」

「? どうした?」

「実は我、ずっと黙っていたのですが……正体は、リッチキングなのです……! ですから、我は……!」

「いや最初から知ってるけど何なんだ急に」

 謎じゃない謎の告白に、ライトもレナも頭に「?」マークを浮かべるだけであった。まったく前後の会話が繋がらない。――そんな会話をしながら更に歩いていると。

「――それから、こちらが訓練所になります。正確には第一訓練所で、他に第二、第三とあって」

 聞き覚えのある声。マークだった。誰かを案内している様子。何気なく様子を覗いてみると、

「……学生?」

 十人前後の制服姿の男女を引き連れ、色々説明していた。

「マーク殿……! 我より先に禁断の愛に溺れるとは……!」

「手切れ金っていくら位なんだろね。昔からのよしみで私少し位貸した方がいいかな」

「俺の左右二人一体何の想像をしてるんだよ!?」

 まあ大体いつもの事だから内容は想像つくけど。――はぁ、とライトは溜め息。というか、

「……実際、マークは何してるんだ?」

 制服姿の男女は見た目からするに年齢十代中盤から後半、要するに学生であろう。その学生に城を案内、説明、となると。

「ケン・サヴァール学園の社会科研修の案内役に抜擢された様ですよ」

「あ、リバール」

 と、偶然通りかかったか、リバールが登場、そんな説明をしてくれた。

「ケン・サヴァール学園は我が国屈指の歴史ある学校で、各方面様々な分野に力を入れています。その中でも騎士・魔導士希望の生徒の方の中から代表で数名がああして毎年、実際城の内部や様子を見学する社会科授業を行っているのです。未来の国の戦力の為と思えば国としても拒む理由はありませんし」

「へえ、色々やってるんだね、知らなかったよ。というかあの学校っていい所のお坊ちゃんお嬢ちゃんばっかりでしょ? え、マーク君の手切れ金桁やばいんじゃない? 明日パンツ一枚で仕事するマーク君とか哀愁しかない」

「最早レナの想像がぶっ飛び過ぎてそこまで行くと見てみたくなるレベルだよもう!」

 パンツ一枚のみ残されてそれでも仕事をするマークの図柄は色々危険だった。

「レナさん、極端ですよ。確かに貴族のご子息も大勢いらっしゃいますが、一般家庭の方も大勢いらっしゃいますし、それこそ地方から優秀なお子さんを特待生として招いたりもしているはずです」

 呆れ顔のリバール。だが、そんな様子は目に入らず、代わりにライトの脳裏にはとあるワンシーンが思い起こされていた。――特待生。


『どうでしょう? 彼女には大きな才能がある。特待生として来て頂ければ、将来も――』

『あたしは……あたしは、その……っ! ねえ、ライト――』


「…………」

 あの時、俺が違う事を言えば、あいつは悲しまずに済んだのかな。

 あの時、俺がもっと素直になっていれば、あいつは悲しまずに済んだのかな。

 そもそも、始まりの「あの時」、俺が――

「……様? ライト様?」

 と、そこで覗き込むように様子を伺うリバールにライトはやっと気付く。

「どうかなさいましたか? 私何か御気に召さない事を言ってしまいましたか?」

「ああ、いや違う、大丈夫」

 ふぅ、とこっそり息を吐き、気持ちを整える。――何考えてるんだ俺。今更それを後悔しても仕方がないだろ。大事なのは今、これからだって決めたじゃないか。

「さ、戻ろう。俺も何かおやつが食べたくなった」

「宜しければ私がご用意しましょうか? 丁度姫様も今日は間も無くお茶の時間です、ご一緒にいかがでしょう」

「嬉しい誘い、お言葉に甘えようかな」

 そんな会話をしつつ歩いていると、

「あ、ライト様、こちらでしたか!」

 丁度正面から小走りで走ってくるのは、

「えーっと……ルラン!」

 ハルの部下、双子の使用人の一人、ルランだった。

「正解です! ライト様、的中率が大分上がりましたね! 今の所ニロフ様、ハルさん、リバールさんに次いで的中率は第四位ですよ!」

 この姉妹、本当にそっくりでわざとか見た目に違いを作ろうとしないので、中々どちらか判別するのが難しいのである。

「ちなみにニロフ様は的中率百パーセントです。これには我々姉妹もびっくりです」

「何も驚く事はありますまい。美人なのですから、いくらでも判断出来ます」

 ある意味流石のニロフだった。

「ちなみに的中率最下位はレナ様で、正解率ゼロパーセントです」

「いやだっておかしいでしょ、絶対区別つかないもん。嘘つかれたら終わりだし」

「にしてもゼロはないだろ……レナ、ギャンブルとかしたら駄目だぞ……回り回ってマークがパンツ一枚で土下座とかになったらどうするんだよ……」

「私より勇者君の想像力の方がえぐいじゃん……流石に私はそこまでは……しな……い……はず」

「何で語尾が弱いんだよ!」

 と、本題はそこではない。

「ルラン、俺に用件?」

「はい、国王様がお呼びです。何でも、ケン・サヴァール学園に関してお話があるとか」

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