第9話 演者勇者と聖戦士1
「今日こうして来て貰ったのは他でもない、そろそろ正式な任務、公務に就いて貰おうと思ってな」
ライト騎士団結成から数日経過したある日。ヨゼルドに呼ばれたライトは、レナとマークを引き連れ、王座の間にて謁見していた。――任務。現状未だ見つかっていない勇者の存在をアピールする為に、ある程度各地に赴いて姿を見せておくことである。
「あの、王様、その前に一ついいですか?」
「うむ、何かね?」
そう、ついに任務……の前に、というより目の前にライトは気になる点が一つ。
「どうして王様の顔、そんなに傷だらけなんです?」
ヨゼルドの顔には、無数の引っかき傷があった。離れていてもある程度認識出来る程、中々の数の傷である。
「……今回の君への任務のスケジュールが、エカテリスの以前から決まっていた公務と日取りが被ってな……」
「……あー」
そういえば、昨日からエカテリスの姿をライトは見ていない。騎士団として正式に動く初任務に参加出来ないエカテリスの怒りの矛先がストレートに向かってしまった様であった。ライトとしてはエカテリスにもヨゼルドにも同情。
「小さい頃はもっと私に懐いていてくれたものだ。各国の首脳陣と渡り合う私を見て、格好良いと言ってくれたりもした。それがここ最近の冷たさは何なのだろう。ライト君も将来、年頃の娘を持ったら気をつけたまえ……」
「はあ」
「王様ー、任務の話してください。あとスケベ直せば少し見直してくれますよー」
「ムッツリよりかはいいと思うんだがどう思うかね? レナ君はムッツリとガッツリとどっちが好みかね?」
「知らんがな。後マーク君がそういう所も直せっていう顔してます」
「折角僕は黙ってたのに!」
「思ってはいたのか……」
予想はしていたが、レナはヨゼルドに対しても容赦がなかった。ある意味頼りになるとライトは再確認。
「で、任務なんだが、ウガムに行って、坑道の調査を行って欲しいのだ」
ウガム。地方にある田舎町で、ライトとしては名前を聞いたことがある程度だった。
「そういえば……最近テレニスアイラとの行路を繋げてるとお聞きしましたけど、それと関係が?」
思い出した様にマークの発言。――テレニスアイラは、ここハインハウルスとは離れているとはいえ、規模も大きい活発な港町である。
「うむ。数か月前からテレニスアイラとの行路完成へ向けての工事を進めている様なのだが、近くの坑道からモンスターが出現、処理に手こずり、工事が止まってしまっているらしい。以前は坑道からモンスターが溢れてくることなどなかったから余計に困っているようだ。地元の警備隊や冒険者も調査には動いているようだが、何分数が足りないようでな」
「それで国にお願い、か。ずるいなぁ、自分達でどうにか出来ないなら諦めればいいのに。生活に困ってるわけじゃないんでしょ?」
「レナさんはそういう所相変わらず厳しいですね。――まあ言いたいことはわかりますが、テレニスアイラとの行路を繋げば、街の大きな発展に繋がる。ウガムにしてみれば大チャンスだから、四の五の言ってられないんでしょう」
「国としても行路繋がりません、助けてなら簡単に軍までは動かさないが、モンスターの出現となると話が違ってくる。わかってくれ、レナ君」
「わかってますよー、ちょっとむくれてみただけですってば」
軽くおどけてみせるレナだが、ライトとしては少しだけ気になった。――「自分が行くのが面倒」なのではなく、「ずるい」なのか。マークが相変わらず、と言っている辺り、そういう考えの持ち主っぽいな。何かあるんだろうけど、訊いてもはぐらかされそうだな……
「調査は僕ら三人だけで?」
「いや、あくまでレナ君とマーク君はライト君の側近であり、何かあった時にライト君を守る、フォローする立場だ。そしてライト君自身に当然主軸で動いて貰おうなどとは思ってもいない。ライト君の役目は、あくまで存在アピールだからな。調査には兵士数名と、全体の司令塔として「彼女」に出撃して貰おうと思っている。――入りたまえ」
「失礼致します」
ヨゼルドの促しに応えるように、ライト達の後方から挨拶。振り返ってみると、
「――っ!」
歩いてくる一人の女性。その圧倒的な美しさに、ライトは目が釘付けとなる。長くて綺麗なクリーム色の髪、透き通るような白い肌、完膚に整った顔立ち、まるで作られたかのような全身のプロポーション。
補足をしておけば、ライトがハインハウルスにやって来てから出会った女性――レナ、ハル、エカテリス、リバール――も、一目見ただけで綺麗、可愛い、レベルが高い、と称するに値する美しさの持ち主である。今目の前で釘付けになっている女性と、そこまで激しい程の差はないであろう。
だが、それとは別の纏う雰囲気が、ライトに違いを感じさせた。何がどう、と説明は出来ないが、それでもハッキリとした何かが違う。目の前まで気付けば来ていたその女性は天使か女神か。そんな印象をライトは受けてしまったのだ。
「お久しぶりです、レナ、マーク。それから、初めまして、ライトさん。ソフィといいます。今回の貴方の任務に同行させて頂くことになりました。宜しくお願いしますね」
「は、はひっ、宜しぐげふんげふん!」
緊張して声が裏返った。急いで咳払いで誤魔化す。――当然誤魔化し切れないのだが、横のレナとマークは驚く様子も笑う様子もなく。
「まあ、仕方ないですよね、ソフィさん相手に初対面だと。僕もそうでしたから」
「まあねー、こればっかりはみんな通る道だし。私でも最初は驚いたもん」
どうやらライトだけが通る道ではないようで、冷静な分析だった。――深呼吸して、ライトは心を落ち着かせる。
「ソフィ君は、レナ君と同じく我が軍が誇る最大戦力の一人。「聖戦士」の異名を持つ、最前線での屈指の戦闘力の持ち主だ。今回の様なモンスター関連の任務なら右に出る者はそういないだろう」
「んー、まあ確かにソフィなら私は何もしなくても蹴散らしてくれるかな。――にしてもどした? てっきりずっと最前線で戦ってるものだと思ってたけど」
「少し本国に用件があって、前々から一度戻ってくる予定だったんです。それをお伝えしておいたら、国王様に今回の任務の話を頂きまして。――私としても、レナが後方にいてくれるなら、今回の任務は安心です」
やはり基本は最前線で魔王軍と戦っている人間なのか。――その見た目からは想像がつかないが、レナの実力を知った上でそのレナが認める実力者となれば、相当のものであろうことがライトには予測出来た。
「出発は明日の朝、基本必要な品はこちらで用意するので、君達は自分の身の回りの必要な品だけ支度してくれ。勿論向こうの代表にも話は通してあるから、細かい話も向こうで聞いて、その上での判断を頼む。――ライト君達にも説明したが、基本的な指揮権はソフィ君に」
「承知致しました。――三人共、あらためて宜しくお願いします」
こうして、ついにライトの初任務が決定したのであった。
そして翌日、任務出発当日。集合時間になり、特に問題もなく馬車に乗り込み、移動開始。
「…………」
ライトは緊張していた。シンプルに、外での任務が初だからである。――王国内での立ち振る舞いには多少慣れた。心の何処かに、この調子なら何とかなるかも、という想いが産まれてきていた。
だが、今回初めての外での任務当日となり、緊張している自分がいる事に気付いた。――勿論レナ達が近くに居てくれるとはいえ、後ろ盾となる王国からは離れている。自分が「勇者」として、顔を出していくという事実。何か一つのミスが、精神的な命取りになってしまう気がして仕方がなかった。
思えば最初にレナとマークに連れてこられた時も、馬車の中で緊張したな、などと思っていると、不意に優しい良い香りがライトの鼻を通る。――良い香り?
「良ければ、どうぞ?」
気付けば、ソフィがライトに飲み物を差し出しており、香りはそこからだった。
「ハーブティーです。失礼ですけど、緊張されてるかな、と思って持参しました。これで少しでも気持ちが解れれば。温かいのが良ければ、レナに頼めば魔法で温めてくれますよ」
「人の魔法を便利グッツみたいに言うんじゃなーい」
そう言いつつも、レナがパチン、と指を鳴らすとライトのコップのハーブティーが、程よい温かさに温められた。得意としている炎の魔法による調節らしい。気付けばレナとマークにもそのハーブティーは配られていた。
「ありがとう、いただきます。――レナもありがとう」
断る理由もない。ライトはハーブティーを口に運ぶ。温かいハーブティーは、ソフィの優しさを直にライトの体に伝えるように流れていく。
「うん、美味しい」
「お口に合ったんですね、良かった」
嬉しそうに微笑むソフィ。その笑顔もまた、ハーブティーと共にライトの緊張を解していく。
「おかわりが必要なら言ってくださいね、まだありますから。お茶菓子が必要ならクッキーを焼いてきたのでそちらもどうぞ」
テキパキと何処からともなく色々と出してくるソフィ。――にしても昨日の今日で手作りクッキーとは。女子力の高さが伺えた。
「準備がいいね、凄いや」
「この位普通ですよ、大げさな。レナだって」
「うん、いつでも寝れるように枕を持参してきました」
「全然違うから! 俺が言ってるのは気遣いの話!」
「大丈夫だよ、端っこで寝るから」
「そういうことじゃな……ああもういいや」
よく見ると本当にレナは枕を持っていた。思えば最初の馬車の時も寝ていた。寝るのが好きなのだろうか。
「ソフィはどうして王国の騎士になったの? 勝手なイメージでごめんなんだけど、今のところ最前線で戦闘って似合わなくて」
ライトの印象としては、何処かの良家のお嬢様といった印象。武器防具よりもドレスがお似合いだと思った。あえて比べたらエカテリスよりも姫様に近いかもしれない。――ああごめんエカテリス。でもそう感じちゃったんだよ俺。
「幼少の頃から聖魔法の才能がある事がわかって、士官学校に通っていたんです。最初はそこでもあくまで聖魔法での後方支援を目指していました。私の魔法で、少しでも前線で戦う人の助けになれば、と」
聖魔法は、攻撃魔法もあるが、治癒魔法、解毒魔法、防御魔法など、直接的に回復や支援に繋がる魔法が多い。確かにその才能があれば後方支援を目指すパターンが多かった。
「でもある日、実戦訓練に出た時にアクシデントがあって、想定以上のモンスターに襲われて、前線と護衛の人達が戦闘不能まで追い込まれ、命の危機に直面したんです。私の治療では追い付かない。そう思ったら、無我夢中で武器を拾って敵を倒していました。――その時初めて、聖魔法よりも、前線での戦闘の才能がある事に気付いたんです」
追い込まれて追い詰められて、初めて開花する才能。戦場では時折聞く話だ――と、ライトは本で読んだことがあった(軍人ではない為実際に耳にするのは初である)。
「私の目的は、一人でも多くの人を救う事。聖魔法で人を癒し、守るよりも、武器を持って敵を倒すことで周りの人が助かるのであれば。そう思い騎士を志願し、今に至ります」
そう言うと、ソフィは立てかけてあった武器に触れる。刃の部分こそ特殊な鞘で隠れているが、形からして――
「ソフィの武器……斧?」
剣よりも長く、槍よりも刃の部分が大きい。両刃型の斧であった。
「はい。武器も色々最初は試したんですが、最終的にこの斧が一番早く敵を倒せるので。――女子としては、斧をブンブン振り回すのは、ちょっと恥ずかしいんですけど」
実際そう思ってるようで、そう説明するソフィの表情は少し恥ずかしそうだった。
「何て言うか……想像出来ないなあ。正直レナが剣を持って凄い動きをした時も驚いたけど、それ以上に信じられない」
「大丈夫だよ勇者君、実際見たらわかるから。一発の攻撃力じゃ私じゃ絶対に敵わないもん」
「大げさですよレナ、貴方の攻撃力だって凄いじゃない」
謙遜しながらソフィはやはり恥ずかしそうにそう直ぐに反論。――何にせよ、頼りになることはレナの様子からしてもよくわかり、
(……あ)
気付けばライトの緊張も今の会話で更に解れていた。
本当に、こんな人が王国騎士団の最前線にいるんだな。――そんな事を思うライトを乗せて、馬車は旅路を急ぐのであった。
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