第6話 演者勇者と王国王女6

「はあああっ!」

 ブォン、ズバッ!

「ぎゃあっ!」

 大きな風切り音と共に、エカテリスは舞い、その槍で敵を翻弄。――個々の能力で言うならば、圧倒的にエカテリス一人が飛び抜けていた。

「怯むな、囲め! 数はこっちが上だ!」

 一方で数の勝負に出るベンの部下達。エカテリスを取り囲み、動きを制限する。有利な物は違うが、徐々に五分の戦いになり始めていた。

(クソッ……俺に、俺に出来ることは……!)

 必死に頭を回し、自分に出来る事を考える。

 その一、邪魔にならないように教会に入って待機。――エカテリスの邪魔にはならないが、エカテリスに何かあったら終了。

 その二、二、三人引き受けてエカテリスの援護。――勝率は分かり易く上がるが、ライトが勝てる保証がない。

 その三、こっそり抜け出して助けを呼ぶ。――それこそギルドに駆け込んで証拠を押さえてもいいし、城に戻ってレナを連れてきてもいい。一番現実的な案だが、時間との勝負になる。

 選択肢はこの三つだった。――改めて考える、自分に出来る事を。

(よし……お願いします王女様、少しだけ、待っていて下さい!)

 選んだのは三つ目、助けを呼びに行く、だった。格好悪いとか言っている場合じゃない。みんなが助かればそれでいい。だったら戦力外の俺が助けを呼びに行くべきだ。……そう心に決め、混戦の場から離れる。裏手に小さな門があったはずだ、そこまで行ければ――

「っ、おい、男の方が逃げるぞ!」

「あ、クソッ!」

 人数が多く、エカテリスを取り囲むだけでまだ全員が直接戦闘に参加していないせいか、三人程ライトの移動に勘付いてしまった。走り出すライト、追いかける三人の構図が始まる。――強制的に、その二が始まってしまった。

「裏手から逃げるつもりだ! お前らは回り込め!」

「おう!」

「っ……」

 しかもあっさりと逃げ道を塞がれる。このまま走っても挟み撃ちに合い、ライトの負けである。――何か、何か方法はないのか。

「ああもう、イチかバチかだヤケクソだ畜生!」

 角を曲がり、一瞬敵の視界から外れる。勿論相手も追いかけているので角を曲がり、直ぐにライトを視界に入れる。――が、

「おうっ!?」

 角を曲がると見えたのは逃げるライトの背中ではなく、待ち構えるライトの真正面の姿だった。

「おりゃあ!」

「ぬぐっ!? テメエ、何を――」

 驚いて隙が出来た相手の顔に、ライトは背中に纏っていた輝きのマントを被せ、一瞬視界を奪う。そして、

「我は伝説の勇者なり!」

 ピカーッ!

「ぐっ、眩しっ、何だ!?」

 決めワードと共に発動。至近距離でのフラッシュで、相手の視界を奪う。――チャンスが出来る。

「我は伝説の勇者なり! 我は伝説の勇者なり!」

 ピカーッ! バキドコッ! ピカーッ! ドスボコッ!

「眩しっ、やめ、ぐはっ」

「はあっ、はあっ、はあっ……」

 フラッシュで相手の視界を奪い、混乱を招いている間に兎に角パンチキックの連続。戦闘能力は低くとも筋力は平均的に持っていたおかげか、ある程度で戦闘続行不能程度までに持ち込むことは出来た。――ライトにダメージはなかったが、これだけで体力は結構消費してしまった。

「無事、帰れたら……筋トレとか、しないと駄目かな……」

 などと平和な感想をつい口にしていた時だった。

「物音がする、おい大丈夫か?」

「っ!」

 別動隊で別れた内の一人が近づいてきた。休んでいる暇はなかった。

「! テメエ、やりやがったな! 覚悟しろ!」

「く……」

 そして瞬く間に遭遇。今度は奇襲する暇もない、何よりマントが先程の男の顔に括り付けたままだった。取っている暇もない。逃げる体力も低下中。――他に、他に何かないか。

(っ……! これもイチかバチか……しかもやりたくないけど……くそ!)

 ライトは一つだけ運よく方法を思いつく。そうなると躊躇してる暇はなかった。

「エリーさん!」

「何ぃ!?」

 ライトは男の後ろを見て、そう叫ぶ。急いで振り返る男。――だが。

「!?」

 そこには誰もいない。ライトのはったりである。

「隙あり!」

「ぐっ!?」

 その隙に、ライトは逃げるわけではなく、男にがっしりとしがみ付いた。そして、片腕を相手にしがみ付かせたまま、もう片手で聖剣エクスカリバーを抜――ズババババ!

「あばばばばば!?」

「うぼぼぼぼぼ!?」

 ――抜けるわけもなく、そのままライトの体と、「しがみ付いた相手の体に」電流を流した。

「我慢比べだばばばば、どっちが先に倒れるかがががが!」

「馬鹿やろごごごご、はっ、離ぜえええええぎゃああああ!」

 そして我慢比べの勝敗は、ライトに挙がる。相手が気を失ったのを見ると、エクスカリバーを抜くのを止め、相手の体を離した。

「き、きっついな、畜生……」

 今回はライトも無傷ではない。体中が痛い。近くの壁に体を預け、膝を付いてしまう。――ライトが勝てたのは、根性や体力……というよりも、

「思ってた以上に凄いんだな、この鎧……舐めてた……」

 着ていた勇者の鎧のおかげのようだった。初めてヨゼルドに渡され剣を抜こうとして電流が流れた時よりも、明らかに痛みの感覚、ダメージ量が減っていたのである。国家の技術の結晶は決して嘘ではなさそうだった。この鎧がなかったら負けていた可能性は大であった。

「後一人……はもうどうにも出来そうにない……」

 追いかけてきた内の二人は運良く対処出来た。残るは一人、裏門辺りで今頃ライトを探しているだろうか。――もう輝きのマント攻撃をする体力も、エクスカリバー我慢攻撃をする体力も、ライトには残っていなかった。これ以上戦う案はもう出てこない。

「はあっ……はあっ……ふーっ……」

 可能な限り息を整え、ライトは再びの決断。元来た道を戻り始める。――もうライトに出来る事は一つだけ。

「風よ、我が槍に纏いし力となりて、敵を薙ぎ払え!」

「ぐわあ!」

「お前達、何を遊んでる、さっさとケリを付けろ!」

 次第に耳に届く戦闘音。エカテリスの声、ベンの怒号。まだエカテリスは負けてはいない。信じてはいたが、安心する。

「エリーさん、大丈夫ですか!」

「ライトさん!? 無事でしたのね、っていうか何処へ行ってましたの!?」

 よく見れば、エカテリスも体力を消耗しているようで、肩で息をしていた。――ライトは最後の案の実行に移る。

「分断作戦は成功しましたよ。とりあえず俺を追いかけてきた奴は蹴散らしておきました」

 そう、ライトの最後の案は――ハッタリであった。ある程度の事実に嘘を混ぜ膨らませ、相手を威圧、諦めて貰う。少しでも相手の戦意が薄くなれば、新しいチャンスが生まれる。そう判断したのである。

 分断作戦など嘘だが、運よく倒せたのは事実。ならば――事実を大きくして相手を困惑させればいい。

「やりますのね。見直しましたわよ」

 エカテリスがそれを汲み取ったかどうかはわからないが、ライトが数名撃破した事実は大きく、彼女の士気向上には繋がる。一瞬嬉しそうな笑みをライトに見せ、再び身構えた。

 そしてライトのハッタリ攻撃は止まらない。

「いいか、機密事項だけど仕方ない、お前達に教えてやる! 俺は実は、国に雇われた勇者様の装備品のテストモニターだ! 俺が着ているこの鎧も、この剣も、全て勇者様の為の装備だ! この装備がある限り俺はお前達には負けない!」

 これも事実を膨らませた内容。鎧も剣も勇者の物。ただ肝心のライトがまったく扱えないのだが。

「勿論他にも勇者様の為のアイテムはあるんだぞ……こうなったら出し惜しみしない、覚悟しろよ……!」

「う……く……!」

 敵に動揺が走る。対面当初にこれをやっても効果は薄かっただろう。だが今は実際にライトが見えない所で数名倒したという事実が信憑性を後押ししていた。――あと一押し、もう一押し。諦めて帰れ、というか俺は実は無理だから帰って下さいお願いします。

 ライトの作戦が嵌り、決着か――と思われたその時。

「きゃあっ! やめて! 子供達には」

「五月蠅え!」

 教会の中からだった。シンシアの悲鳴と怒号。――しまった、という思いがエカテリスとライトを襲う。ライトを追っていた内の一人だろうか、それともここでエカテリスを取り囲んでいた内の一人だろうか、わからないが隙を見て教会内部に強引に侵入したらしい。

 急いで教会に駆け寄ろうとする前に、男が出てくる。

「お前ら、このガキを殺されたくなかったら大人しくしろ!」

「っ、こいつ……!」

 子供を一人抱え、首筋に剣先を当てての脅迫。

「あなた達……子供を盾になんて……恥を知りなさい!」

「黙れ! こいつの命が惜しくないのか!」

 怒り心頭で、正義の正論を投げかけるエカテリスだが、当然相手に届くはずもなく。

(まずい……今度こそまずい……! 王女様を抑えられたら何も出来なくなる……!)

 再びライトはぐるぐる思考を回す。――だが最後の案でハッタリ攻撃を出したばかりであった。もうこれ以上は何も……

(……っ、そうか、ハッタリ攻撃だ、それの途中なんだ、終わらせなければもしかして!)

 ライトは腰に着けていた道具袋を漁り、一つの玉を取り出す。――これは、あの日ヨゼルドに剣や鎧と一緒に色々紹介されてまとめて渡された勇者グッツの一つ。

 それを掴んだまま真正面に突き出し、全員に見せびらかす。

「おい、何の真似だ、大人しくしてないと――」

「これは「勇者玉」だ」

 男の威圧を遮るように、ライトは説明を始めた。

「ひとたび天に投げれば奇跡が起こり、か弱き者の為に悪事を働く者を葬り去ると言われてる。つまり、今これを投げれば、お前達に天罰が下る!」

「何……だと……!?」

 ちなみにそんなことは書かれてはいない。名前は確かに「勇者玉」だが、玉に説明書きがされており、「ピンチになったら投げてみてね、いい事が起こるよ!」と書かれているだけ。

 ただ逆に言えば何かこちらにとってのメリットが発生するのだ。状況が状況、何でもやってみる価値はあり、それに賭けるしかない。

「今までの悪行をあの世で詫びるがよい! 喰らえ!」

 最早ライトの口調も無意識の内によくわからなくなっていたが、ツッコミを入れる人間もいないまま、ライトはありったけの力で勇者玉を空に投げた。

 否応なく全員の視線がライトの投げた勇者玉に集まる。――パァン!

「っ!?」

 勇者玉が空中で破裂。音と共に火玉が更に上空へと撃ち上がった。――ヒュー、ドーン!

「……え?」

 バラバラバラ。――火玉は円形の色鮮やかな綺麗な絵柄を描きながら、儚く散っていった。

「……たーまやー」

 ついそう言いたくなるような見事な花火だった。きっと夜だったらもっと綺麗に見えたに違いない。――って、

「ただの花火かい! 何が勇者玉だこん畜生!」

 投げたライトが最初にツッコミを入れてしまった。恐らくヨゼルドが提案したのだろう、うきうきしながら作らせていたに違いない。その笑顔を想像すると憎かった。エカテリスの串刺しにしたい気持ちが痛い程わかった。

「こ、この野郎……ビビらせやがって……!」

 そして当然だが状況の打開にはまったく繋がらなかった。寧ろ敵の怒りを余計に買って悪化していた。

「おい、余興は見飽きた。さっさと終わらせろ」

 そしてベンの一声。――それは破滅へのカウントダウンの始まりでもあった。

「ベンさん、こいつら殺しても構わないんですかね?」

「男の方は構わん。女は――そうだな、「容姿的に利用価値が」ありそうだ。殺しはするな」

「へへっ、了解」

 ジリジリと、二人に滲み寄る男達。

「く……!」

「ライトさん、他に何かグッツはありませんの!?」

「駄目です、意表を付けるようなのはもう……」

「そんな……」

 もしも人質を諦めるのなら、まだ打開は出来るかもしれない。だが――エカテリスは、それを選ばないだろう。

「やっちまえ!」

 そして、考える暇もないままに、二人に男達が襲い掛かったのだった。

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