第5話 演者勇者と王国王女5
「はい、じゃあここに置かせて頂きますわね」
城下町から城に戻って別れた――と思ったら、エカテリスは直ぐにライトの自室にやって来て、部屋の隅に何やら箱を置いた。
「……何ですそれ?」
「私の冒険者エリー・セットですわ。リバールに隠しておくのも大変だったけど、ここならこれから安心ですわ」
「成程」
確かに昨日今日来たばかりのライトの部屋にいきなり私物があるとは思えないだろう。初対面の決闘を思えば尚更……って、
「いやいや納得しかけましたけど何でしれっと俺の部屋の角にエリーさんグッツ置いてるんですかね」
「真ん中は流石に邪魔になると思ったからですわ」
「位置の問題じゃねえ!?」
時折とんでもないことを言い出す王女様だなおい。
「シンシアさんが気掛かりですわ。より定期的にエリーになる為には、素性を知ってる貴方の部屋がばれずに動くのに丁度いいじゃない。――貴方はシンシアさんが気掛かりではないの?」
「いやそりゃ気掛かりですけど」
あの嘘臭い笑顔と去り際の憎い顔が思い出された。諦めた表情には到底見えない。
「警告はしましたし、後は今日限りじゃなくて、定期的に私が通ってると気が付かせれば個人的にも手を出してこれなくなるでしょう? こういうのは、地道な努力こそが勝利ですのよ」
ぐっ、と力強く宣言するエカテリス。言いたいことはわかるのだが。
「うーん……いっそのこと軍の人に相談してこっそり警護して貰うというのは」
「それは最後の手段ですわ。相手が納得して諦めた可能性もありますし、何より軍の人間に見られてると気付いたら子供達が怯えてしまいますもの。可能な限り、私達で解決しますのよ」
「あ、俺も普通に含まれてる」
「当たり前でしょう? 私が行けない時は貴方がいきますのよ。私がいなくても貴方がいれば自然と私の存在に繋がりますもの」
「それはそうなんですけど……」
何分行き当たりばったりではなかろうか、とライトは不安になる。エカテリスはシンシアにはばれてるとはいえ身分を隠した王女様、一応自分も偽とはいえ勇者。何かあったら大問題である。自分だけに何かあるならまだしも、エカテリスに、シンシアと子供達に不必要なアクシデントが身分のせいで起こるかもしれない。
こっそりレナとマークに相談した方がいいかもしれない……と思ったその時だった。
「勇者君、いるー? 今日午後何処行ってたか一応確認してくれってマーク君がさ――あれ?」
丁度そのレナが部屋に入って来た。ライトの部屋に入ったら何故かいるエカテリス。そしてエカテリスの傍らには女性用の綺麗な衣装箱が置かれていた。――バタン。
「って何で入ってきてすぐドアを閉める!?」「って何で入ってきてすぐドアを閉めますの!?」
レナは無言で二人を見た後ドアを閉めて去ろうとした。急いでドアを開ける。
「えーっと、昨夜はお愉しみでしたね?」
「昨夜は普通でしたわ!」
「反論そこじゃないです王女様! 昨夜はまだ知り合ってないです!」
「いやあだっておかしいでしょー。あの箱、姫様の私物でしょ? 若い男の部屋に女が自分用の箱を用意とかもうどうしてくれちゃってるんでしょうかねぇ。どっちからかは知らないけどさー」
「違うのよレナ、確かにあの箱は私のでしたけど、ライトさんに差し上げたのよ。ねえライトさん?」
サッ、とエカテリスがライトを見る。その目が「話を合わせなさい!」と物語っていた。
「そ、そうなんだよ。王女様が城に住む記念にって」
「姫様から譲られた……え、何、勇者君女装するの?」
「しないわい!」
またしても話が飛躍した。城に住む記念に王女に服を貰って女装とか意味がわからない。
「兎に角、レナが考えてるような事はないから……」
「うーん、まあそういうことにしておくかな。――ああそう、で勇者君、一応事後報告でいいから何処行ったとかマーク君が教えてくれって。後は大丈夫だとは思うけど辺ぴな所とかあからさまに治安が悪そうな所とかは行かないでね、どしても行きたい場合は私呼んで。何かあったら私のせいになっちゃうからさ。ああでも私は面倒だからやっぱ行かないで」
「正直過ぎない?」
「私のポリシー。変に取り繕うのは好きじゃないからねー」
悪びれずそう告げるレナは、ライトとしても清々しさを感じる程だった。
「じゃ、ま、そういうことだから「くれぐれも」よろしくねー」
と、間髪入れずレナはライトにそう告げ、軽くウインクしてその場を去った。――「くれぐれも」に若干強調が入っていたのは気のせいだろうか? やっぱり、全てではないだろうけど、何かあることを見抜いているような……
(次……もう一回、何かあったら王女様には悪いけど相談してみよう)
その決意をして、ライトはレナの背中を見送るのだった。
そして予想外の出来事は起きた。――最初にエカテリスとライトが一緒に教会を訪れてから三日が経過していた。
「ねえ、ライトのお兄ちゃんは何で勇者の鎧着てるの? しかも見たことない色、限定カラー? もしかして」
「あ、これはね、俺は実は勇――」
ジロリ。――口にしかけた所であまりにも鋭い視線に冷や汗が出る。少し離れた所で別の子供達と遊んでいるエカテリスだ。
「――ゆ、勇者の鎧のテストモニターなんだよ。抽選で選ばれて」
「へえそうなんだ、格好いいな、いいなあ」
「は、ははは」
純粋な子供の目に、乾いたライトの笑い。――エカテリスの「勇者」というフレーズに対する反応が良過ぎる。センサーか何かだろうか。
さて、あの日以来、結局ライトとエカテリスは毎日教会を訪れていた。子供達もライトに慣れ、一緒に遊ぶ様に。シンシアに話を訊いてみても、自分達がいない時間帯に何かをされたりもしていないとのこと。
心配は杞憂だったかもしれない。この調子なら徐々に来る日数を抑えてもいいかもしれない。そんなことをライトが思い始めていた、その時だった。
「っ!」
「え?」
ガバッ、と急に先程まで子供達数人と座って話をしていたエカテリスが立ち上がる。その表情は真剣そのもの。
「エリーさん、どうしたんです?」
「敵意のある気配を感じます。一人や二人じゃない」
「そんな……一体誰が?」
「わかりませんわ。……表の様子を見てきます。シンシアさんは子供達とここに」
「待って下さい、俺も!」
万が一危険な状況だったら足手纏いなのは自分だが、それでも状況を把握しないといけない。そう思い、子供達とシンシアを残し、ライトも後に続く。
外に出て、敷地入口を見れば、屈強な男達が二十人前後、ゾロゾロと入ってきている所だった。
「お待ちなさい。あなた達、何者ですの?」
小走りでエカテリスはその男達の前に立ちはだかり、一旦進行を止めた。
「俺達ギルドから依頼を受けてやってきたんだよ」
「依頼……ですって?」
「ああそうさ。この建物から怪しい叫び声や気配を感じた、人影を見たから調査して――ついでに、建物ごとぶっ壊してくれってな」
「な――」
そして理由はとんでもないものだった。違和感があるから調べてくれ、そしてそのまま有無を言わさず壊してくれ。――そんなのは調査とは言わない。
「そんな馬鹿げた依頼、ギルドが実際に通すとは思えませんわ」
「依頼書だってあるし――依頼人だって一緒に来てるぜ」
促された方を見てみると、
「やっぱりお前が噛んでるのか……!」
ベンだった。先日の嘘臭い笑顔は消え、本性丸出しの怪しい笑みを口元に浮かべていた。
「ああ君達か。悪いけど君達に構っている暇はないんだ。――シンシア、聞こえているかい! 迎えに来てあげたよ! 大丈夫だ、安心してくれ、君を縛っているこの教会も子供達も、今すぐ僕が消し去ってあげよう!」
大きな声で教会の中にいるシンシアにベンは呼びかける。言っている内容は狂気の沙汰であった。姿は見えなくとも、中で子供達をかばいながら怯えているシンシアを思うと、怒りが込み上げてくる。
「待ちなさい! その依頼書もギルドの許可も到底真実とは思えません! 今からギルドに行って確認を取ります、もしも嘘だったら――」
「確認? しに行きたければ行けばいい。ただその間、待っている義理は俺達にはないけどな」
「っ……お前ら……!」
ニヤニヤしつつそう告げる男達。恐らくは本気であろう。今ここでギルドに確認に走っている間に、ここの教会と子供達、シンシアの安全はまったくもって保障されそうになかった。
ただ、その言葉と様子からして、ギルドの関与はまったくもって嘘であることがより確実になった。男達はベンに雇われたならず者。余計なことをせずに、教会を破壊し、子供達を売り払い、シンシアをベンの物にすることだけが目的なのだ。
ライトとエカテリスに残された選択肢は多くはなかった。しかも、彼らの平和を守る為の選択肢など極僅か。
「なら――私達が、ギルドに確認に行く間、この教会が安全になるような状態を作らせて頂きます」
そしてエカテリスは、その僅かな選択肢を迷わず選んだ。背中の槍を手に持ち、身構える。
「……何の真似だ?」
「あなた達が「調査出来ない状態になった」ところで、ギルドに連絡、介入、どちらが正しいか判断して頂きますわ」
「お嬢ちゃん、俺達の数相手にその槍で戦おうってのか?――ベンさん?」
男達がベンに確認を取る。ベンはその間も怪しい笑みを浮かべたまま。
「依頼の邪魔をされるなら仕方ない。――排除だ」
「了解。――へへ、恨むなよ」
男達も、それぞれの武器を手に持ち、身構え始めた。一気に緊張が高まる。ライトも武器を――
(って俺武器何もないじゃん!?)
腰の聖剣エクスカリバーは抜けない状態。それ以外の直接的な武器はなし。――レナの存在の必要性が痛いほど感じ取れる。
「ライトさん。貴方は、貴方に出来る事を」
その状態を汲み取ってか、エカテリスはライトにそう告げる。
「俺に、出来る事って」
「頼みましたわよ!」
「いくぜ!」
ライトが気持ちを整える間もなくその短いやり取りを最後に、戦いの火蓋が切って落とされたのだった。
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