第4話 演者勇者と王国王女4
エカテリスに「最後にもう一か所」と言われた場所は、城下町の外れにあるらしく、しばらく歩くことになった。
「……あれ?」
ライトがそこでふと気付く。――エカテリスが、最初は持っていなかった紙袋を持っていた。中々の大きさだ。
「エリーさん、荷物俺持ちますよ」
「あらありがとう。――殿方としては直ぐに気付いて欲しい所ではあるけれど、まあギリギリ合格ラインですわよ?」
「それは良かったです」
エカテリスも本気で怒っている様子はない。冗談なのだろう。――そんな会話の最中にも、預かった紙袋からいい匂いが漏れていた。というより、この匂い。
「袋の中身……さっき市場で色々買ってたやつですか?」
「ええ。お土産用に包んで貰ったの」
驚いた。自分が食べる用、ライト用の他に、お土産にも買っていたのか。いつの間に。色々な店を回った分、結構な量のお土産になっていた。
「最後の一か所って何処なんです?」
一般家庭に持っていくには若干量が多い。となると、自ずとその疑問にたどり着いたので、ライトは素直に尋ねてみることに。
「教会よ。孤児院も兼ねている場所ですの」
「孤児院……ああ成程、それでか」
子供にストレートに喜ばれるのはやはり食べ物。しかもこれだけ種類があれば、何かしら好きな食べ物があるだろう。
「……二か月位前に、教会近くでモンスターの襲撃事件がありましたの」
「モンスターの……襲撃?」
「偶々城下町と外を繋ぐ門の工事をしていて、手薄になった所に雪崩れ込んできましたの。城にいた私と数名の兵士で出撃、討伐は無事に出来たのだけど、門近くにあったその教会が少し被害にあってしまいましたの。幸い人的被害ではなかったけれど、でも子供達の心に恐怖や不安を植え付けてしまいましたわ」
「それはでもエリーさんがそこまで責任を感じることじゃないじゃないですか。誰も傷つけずに討伐したんでしょう?」
話をするエカテリスの表情が、悔しそうな悲しそうな、何とも言えない表情になっていた。
「そうなのだけれど……でも、倒しましたではい終わり、というのも何か違う気が致しますの。ですから、少しでも子供達の気持ちが和らぐのであれば」
「…………」
ライトはつい言葉を失ってしまった。隣にいる王国王女の存在の大きさ、立派さ。本来ならば知ることも見ることもなかったかもしれないその内なる姿に、考えを巡らす。
出会ったのは確かに偶然だ。でも事実、こうして出会い、横を歩き、想いを知った。――自分にも、何か出来ることはないだろうか。演者勇者として、この国を想う彼女に、勇者様に憧れる彼女に。
「ごめんなさい、暗い話をして。――子供達の前で、その暗い顔は封印ですわよ?」
「そうですね、切り替えないと」
折角不安を和らげに行っているのに、こちらが不安な顔をしていたら意味がない。
「表情に困ったら、暗さとは別の物を思い浮かべるといいですわ。――お父様の表情なんていかがかしら? ほら、思い浮かべると、串刺しにしたくなってきましたわ」
「解決になってない!?」
と、そんな会話を続けていると、やがて見えてくる建物が。要所要所に破損している箇所が見えるが、姿が認識出来ない程でもない。少し古ぼけたでも立派な教会であった。
「あ、エリーお姉ちゃんだ!」
教会の敷地に入ると、庭で遊んでいた子供達が存在に気付き、ワーッと駆け寄ってきた。
「お姉ちゃん、それお土産? お菓子?」
「お姉ちゃん、遊ぼう!」
「またお話して、勇者様のお話!」
「今日は僕に槍を教えてくれる約束!」
「本を読んでくれる約束が先よ!」
わあわあきゃあきゃあ、と一気に囲まれて大人気のエカテリス。この様子からしてここに来たのは一回二回ではなさそうだった。
「大丈夫ですわ、ちゃんと順番にね。さ、まずはおやつを買ってきてあげたから、皆で食べましょう」
「わーい!」
と、子供達から遅れること十数秒、大人のシスターがやって来た。
「すみませんエリーさん、いつも子供達の為に」
「気になさらないで。私が好きでやっていることですもの」
「お姉ちゃん早くー」
「はいはい、今行きますわ」
半ば強引にエカテリスは子供達に建物内へ連れていかれた。
「初めまして。私、ここでシスターをやらせていただいています、シンシアといいます」
「ライトです。俺は……偶々、エリーさんの付き添いで」
勢いのまま移動する子供達とエカテリスを、自然と一旦見送る形になったライトとシンシアは、お互いに自己紹介をした。……と、エカテリスと一定距離が離れたことを確認して、再びシンシアが口を開く。
「ライトさんは、王女様の護衛の方になるのですか?」
「あ、いえ、護衛というわけじゃなくて、今回は成り行きと言いますか何ていうか」
何かあったら完全に自分の方が弱い。寧ろ護衛される側だから……うん? 王女様の護衛?
「っ!? いやその、護衛……じゃないのは確かでして、王女様というか、彼女はその」
慌てふためくライトを見て、シンシアがクスクスと笑う。
「ごめんなさい、からかってるわけじゃないんです。エリーさんが王女様……エカテリス様であることは存じ上げています」
「気付いてたんですか……」
ライトとしては冷や汗ものであった。決して自分が悪いわけじゃないのだが。
「二か月前にモンスターの討伐に最前線で参加なされていた王女様と同じ槍を背中に背負っていらっしゃいますから。それに多少髪型や服装をかえても、演説等で街にいらっしゃる姿を覚えておけばすぐにわかりますよ。街の人達も、ほとんどの人が気付いてると思います」
「うわあ……」
やはり街の人にもばれていた。知らぬは隠せてると思っている本人だけ。――街の人もみんないい人なんだな、うん。
「最初は驚きましたよ。変装した王女様が「手違いで食材を買い過ぎた、良かったら貰って欲しい」って言って突然訪ねて来るんですもの。危うくお城に通報する所でした」
「色々ギリギリだったんですね」
当時の様子を思い出したようで、シンシアが軽く笑う。――通報されて「な、何も知りませんわよ」と片言で誤魔化すエカテリスを想像して、ついライトも笑ってしまった。
「王女様には、感謝しかありません。軍の方はモンスターは討伐してくれましたけど、子供達の心のケアまでしてくれてるのは王女様だけですから。本当は私一人でどうにかすべき問題なんですけど」
「無理もないですよ。小さい子供ですし、人数が人数だ」
「そう言って貰えると救われます。――子供達もすっかり懐いてしまいました。お暇なわけでもないでしょうに、こうして頻繁に足を運んで頂いて。王女様という身分関係なく、人として尊敬すべきだと思います」
「そう……ですね。俺もそう思います」
人として、ブレることない真っ直ぐなその姿。時にそのブレない姿がマイナスに働いてしまったとしても、彼女は人として立派である。わずか一日、偶然一緒しただけだったが、ライトはしっかりとそう認識していた。勇者に憧れる彼女は、また少なからず周りの人から憧れられる存在であるということ。
そして――どうしても比べてしまう、自分との差。「諦めてしまった」自分がそんな彼女と巡り合えたのは、因果なのか運命なのか、それとも。……と、ライトが思い耽ってしまったその時だった。
「やあシンシア、ご機嫌いかがかな?」
聞こえたその声の方を見てみると、一人の高級そうな衣服に身を包んだ若い男に、その男に付き添うようにして左右に一歩下がって立つ男達の姿が。挨拶しながら教会の敷地に平然と足を踏み入れてきた。――と同時に、
「っ……」
シンシアが、あからさまに嫌そうな顔をした。――ライトは嫌な予感がした。
「おや、こちらの男性は冒険者か何かかな? 嫌だな、困ったことがあるなら僕に相談してくれればいいのに」
「いえ、偶々お知り合いの方で尋ねてきてくださっただけです」
「そうですか。――僕はベン=シュミット。シュミット家の人間だ」
「丁寧にどうも。ライトといいます。先日越してきたばかりなのでシュミット云々は知りませんが」
「そうでしたか、それは失礼」
試しに少し嫌味を混ぜたライトの言葉にピクリ、となるがすぐに笑顔になった。――嘘臭い笑顔に、ついライトも引きつった笑顔になる。
「さてシンシア、そろそろ答えを聞きに来たよ。決断はしてくれたかい?」
「決断も何も、何度もお断りをお伝えしたはずですが。私はこの教会を離れるつもりも子供達を見放すつもりもありません」
「そんなにシスターとしての使命に囚われることはないじゃないか。私と結婚すれば、シュミット家の貴婦人になれるんだ、遠慮はいらない」
その一言でライトは全てを察した。ベンはシンシアに惚れて――心底惚れてるのかどうかはわからないが――いて、シンシアを自分の物にしたい。でもシンシアは丁寧にお断り。単純にあの表情からしてベンが嫌。でもベンは勘違いして諦めない。そして何度もこうして足を運んできている……というわけだ。
ライトとしても別に人の恋路を邪魔したいとは思わないが、何か鼻につくベン、そしてこうしてあからさまに嫌そうにするシンシアを見るととても初対面だが応援したいとは思えなかった。
「この教会が好きならシュミットの私有地に、この教会に良く似た別荘を建てよう。二人でバカンスに使えるよ」
シンシアは当然だが教会の外観が好きなわけではないだろう。――何を言っているんだこいつは。
「君が責任感があるのもわかる。ここの子供達のことだろう? ここの権利を僕が買い取ったら、奴隷商人に売ろう。何、知り合いにいい奴隷商人がいる」
「っ!!」
シンシアはやはり当然だが責任感だけで子供達を見放せないと言っているわけではないだろう。
「おいあんた、いい加減に――」
「話は聞かせてもらいましたわ」
ライトが怒りのままベンに詰め寄ろうとした時、そんな冷静な声がライトの足を遮った。――声の主は、冷静な声とは裏腹に、怒りのオーラで一杯であったが。
「エリーさん……」
「初めまして、シュミットさん。私はエリー、この街で冒険者をやらせて頂いてますわ。ああ誤解しないで下さい、私も雇われでここにいるわけではありませんわ。自らの意思で、ここに足を運ばせて頂いてます」
「これはどうも。――あなたはこの街にお住まいなんですね? ならシュミット家は」
「貴方こそ、本当にこの街にお住まいの方なのかしら?」
ベンのアピールを潰すように出たエカテリスの言葉は、傍から見たら不思議な問いかけであった。
「何を言ってるんです……? 僕はシュミット家の人間。ご存じですよね、シュミット家は」
「ええ。この街に昔からいらっしゃる、貴族の家の一つですわ」
エカテリスがそう言う辺り、家柄は本物らしい。正直な所、ライトはそれすらも疑っていた。
「なら僕がこの街の住人であることは――」
「この国では、学校や保育施設等、一部の建物や施設を国に無許可で金銭で取引することは禁じられてますわ。そういった施設には、国からの援助も許可されるので、金銭的に困るという事もない。責任者が事情があって放棄したい場合でも、次の責任者、管理者をまずは国が探しますの。ここは教会、そして孤児院も兼ねているから、その一部の施設に含まれますわ。――当然貴方もこの街の住人なら存じ上げているはず」
「それは……」
「つまり、シンシアさんが離れるつもりがないのであれば、国が余程の事情で仲介しない限り、貴方が買い取るということは不可能なのです。――シンシアさん?」
「私は……ここを売るつもりも離れるつもりもありません、国の方がその件で見えたこともありません」
エカテリスが促すと、シンシアは力強くそう言い放った。
「私、これでも国の方に少しだけ顔が利きますの。あれでしたら、その方にお願いしてちゃんと手続きをしているかどうか確認してみても宜しくてよ?」
少しだけ所か結構な権力者であることはご愛敬である。
「勿論、無許可だった場合、どうなるかは――」
「おっとそうだ、これから会食の予定が入っているんだった、今日はこれで失礼するよ!」
エカテリスの言葉を遮るように突然そう言い放ったベンは、連れの二人と共にそそくさとその場を後にした。――怒りとも悔しさとも汲み取れる、何とも言えない表情を一瞬こちらに見せ残して。
「行ったか……」
ふぅ、と溜め息がライトの口から漏れた。突然ことにやはり知らない間に緊張をしていたらしい。
「助かりましたよエリーさん……俺あと数秒で食って掛かってました」
「私もあんなの可能ならば一発ぶん殴って差し上げたい所ですわよ」
丁寧なのか野蛮なのかよくわからない口調になっていた。
「でも暴力は最後の手段、まずは話し合いからですわ。シンシアさんの為を思えばそれがベストですもの。――ああでも今思い出しても腹が立ちますわね! 子供達を奴隷に売るですって!? お父様よりもよっぽど串刺しにしてやりたいですわ!」
本人がいた時よりも怒り心頭になるエカテリス。――父親よりも憎い相手が出来たのはいい事なのだろうか。
「お二人とも、ありがとうございます」
と、シンシアが二人にお礼を言ってきた。――ライトとしては何もしていないので含まれるとちょっと恥ずかしい気持ちになる。
「シンシアさん、「あれ」は以前から来てましたの?」
エカテリスの中で既にベンは物扱いだった。
「はい。以前から私に好意を持っていたようでして、私もお断りし続けているんですが、最近特に多くなって」
シンシアは本当に困った様子だった。――確かにライトの目からしても、シンシアは美人であった。手段は兎も角、惚れてしまうというのはわからなくもない。
「まあ、だからといって相手の気持ちも手段も考えずに来るのは貴族だろうが何だろうが駄目だけどな」
「まったくもってその通りですわ。――シンシアさん、困ったらいつでも相談して頂戴。私で良ければいくらでも力になるわ」
実際エカテリスの存在は大きいだろう。エリーとしての心の支え、表立っては言えないがエカテリスとしての王女としての支え。そして先程の直接の行動を抑える言動。普通で考えたら、これ以上は何も起こせない。
「ありがとうございます。そう言っていただけるだけで、気持ちがとても軽くなります」
そう、何も起こせないはずなのに――ライトは何か嫌な予感がしていた。
何も、起きなければいいけど……
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