第3話 演者勇者と王国王女3
「さあ、これがハインハウルスの城下町ですわ!」
バーン、という勢いで両手を広げ、満面の笑みでエカテリスはライトに城下町をアピール。
「あの、訊いてもいいですか?」
アピールはいいのだが、ライトとしてはいくつかの疑問が。
「何かしら? この街のことなら何でも訊いてくれてよくてよ?」
「いや、この街のことじゃなくてですね……王女様、どうして変装してきたんです?」
ライトに街の案内をすると(勝手に)決めると、着替えてくるからとライトにその場で少し待たせた。ライトとしてはてっきり外行用の服に着替えてくるのかと思いきや、いざ登場したエカテリスは軽装鎧に背中に槍。フリーの傭兵、冒険者の様だった。外はそんなに危険なのかとも思ったが、髪型も若干変えている辺り、変装という言葉が一番しっくりきた。
「あ、当たり前でしょう? いきなり第一王女である私が街に出向いて騒ぎになったら困るもの」
最もらしい理由ではあった。――若干頭でどもったが。
「あとですね、城門をチラチラ見ていた時、俺に構ってる暇無いって言ってたのに、いきなり案内してくれるのは何故です? 忙しいんじゃ?」
「う……い、忙しい合間を縫って案内してあげるのよ、感謝して欲しいですわ」
若干目を反らした。しかも返答としては少々ずれている。……ならば。
「あ、俺レナとマークに報告してくるの忘れました、直ぐに報告してくるんで、待ってて貰えま――」
「待ちなさいっ! その必要はありませんわ駄目ですわ!」
ライトは回り込まれてしまった!――いやいやいや。今俺言葉の途中だったぞ。早すぎる。しかも必要ないだけじゃなくて駄目って言ったじゃないか。
つまり、城門をチラチラ見ていた所から全ての情報を重ねると――
「コッソリ城下町に出たかったから、俺をダシに利用したんじゃないですか? 他の城の人にばれるのは不味いけど、俺を案内するっていう理由があれば城門兵位は誤魔化せるかもしれない」
という結論にたどり着いた。その指摘に、エカテリスは口を少し尖らせ、目を泳がせ、手を後ろで組んでモジモジ。やたらと可愛かった――が、今はそこじゃない。
「正直に言ってくれれば、別に俺に害はないので、内緒にしておいてもいいですよ」
と、そこでライトのダメ押し。――エカテリスは、諦めたようにふーっ、と息を吹いた。
「……貴方の言う通りですわ。最近行けてなかったから、久々に視察に行きたかったのです」
「普通に視察に行きます、行きたいです、は通らないんですか?」
「通りませんわ。お父様もリバールも私が直接行くのは危ないから駄目と中々許してくれませんの。視察なら下の者の報告を聞けばいいと」
まあ、ヨゼルド達の言いたいことは最もだった。一人で街を歩いていて万が一何かあったら困る。――あれ? でもそれなら。
「護衛がいればいいんじゃないですか? それこそ今日で言えば俺がいればレナもいるわけだし」
ああでも王女様そもそもが強かったからいらないのか。いやでも万が一……ああエンドレス。――などとライトが思っていると、
「護衛付きの視察なんて意味がありませんわ」
意外な言葉が返ってきた。――意味がない?
「例えば私が王女エカテリスとして、護衛も付けて行くといえばお父様も許可は出してくれます。でもその状態で街に出ても、私を見て畏まった街の人の姿しか見えませんわ。そんな警戒した姿、本来の街の姿ではありません。私は、この街の、素の姿をちゃんと見ておきたいのです」
「本来の姿……」
確かにその通りかもしれない。大げさな話かもしれないが、視察が来るぞ、気をつけろ→良く思われるように準備だ→どうぞ見て下さい、素晴らしい街でしょう、では街本来の姿はわからないかもしれない。
(この国、街のことを、良く思ってくれてる人なんだな……)
やり方は少々強引で穴だらけの方法ではあったが、根っこにある想いは立派だな、とライトは素直に感心出来た。
「兎に角、ごめんなさい、利用するような真似をして。後、嘘を付いて誤魔化そうとしたことも」
「別にいいですよ、そんな迷惑かけられたわけじゃないし。それに――引っ越したばかりだから、街、見て回りたかったんですよね」
「……え?」
だからだろうか。その返事は、迷わずに言えた。
「王女様、俺に街を案内してくれるって言ったのも嘘ですか? それも嘘だって言うなら、流石に報告に戻りますけど」
驚きの表情でエカテリスはライトを見ていたが、そのライトの言葉が浸透すると、嬉しそうな笑顔に変わった。
「任せておきなさい。誰よりも的確に、この街の素晴らしさを教えて差し上げますわ!」
「光栄です、王女様」
「あ、市街地に出たら、その呼び方は止めて下さる?」
「あ、そっか、バレますね。でもそれじゃどうすれば」
「エリー、でいいわ。街のみんなにはその名前で浸透しているの」
街のみんなに浸透する程使い慣れた偽名。それつまり、
「……俺がこの城に来る前から結構頻繁に内緒で街に出てたんですね?」
「うっ」
ということであった。よく考えたら周囲が中々許してくれない、当たり前のように変装用の装備を用意している等、要素はいくつかあった。
「そりゃ城門で警戒もされますよ……」
「ああもうっ、その話はお終い! 兎に角、着いていらっしゃい!」
こうして、ライトとエカテリスの街の視察が始まったのであった。
「あらエリーさん、久々じゃない! ウチの店の味にもう飽きちゃったのかと思ったわ」
「まさか、この店の串焼きのタレはいつでも最高ですわ! 最近ちょっと忙しくて」
ライトは案内されるがまま、エカテリスに市場に連れてこられた。
「エリーちゃん、新商品作ったんだ、ぜひ味見して欲しいね!」
「あらおじさま、私の舌は厳しくてよ? 覚悟してくださいね?」
そしてエリーことエカテリスはライトの想像以上に市場に馴染んでいた。最早これは。
「王……いえエリーさん、本当に結構な頻度で来てたんですね」
「そんなことありませんわ。――バレる前は、月に四、五回位?」
「週一じゃねーか!」
ついタメ口でツッコミ。視察も確かに兼ねているのだろうが、明らかに今の姿を見ると本人が楽しんでいる要素が含まれていた。
「エリーちゃーん、サービスしとくよー!」
「あ、今行きますわ!」
しかし、こうして歩いている間にも次々と声をかけられる人気者状態のエカテリス。初めての同行だが既にライトとしては王女だとバレないかが心配で仕方なくなってきていた。
「はい、貴方の分よ。あの店のフルーツタルトは格別なのよ? いくらでも入りますわ」
「ありがとうございます」
そしてわざわざ声を掛けてくる全ての店に出向き、何かしら商品を買い、ちゃんとライトの分まで買ってくる。色々律儀だが、その前によく食べるな、という感想がどうしてもライトは出てしまう。
「? どうかなさって?」
「あ、いえ――流石に広い市場だな、と思って」
楽しそうに食べてる女性によく食べますね、は言えなかったので、ライトは咄嗟に違う感想を持ち出した。
「勿論ですわ。他国との流通も多いですもの、ここ数年で大きく発展しましたのよ。――貴方、ここに来る前はどちらに住んでましたの?」
「ノッテムです。小さい街じゃないとは思いますが、ここに比べると」
「あら、ノッテムと言えば、「勇者の家」がある街じゃない!」
「……あー」
流石と言えばいいのか、勇者に繋がる何かに関しての反応が速かった。
「あら、ご存じないかしら? 幼少の勇者様が暮らした家を再現した家よ。あの家、私が全面的にプロデュースさせて頂きましたの」
「ええ⁉」
「勇者様の名前を出すんですもの、やるからには中途半端なんて許されませんわ。私が持つ可能な限りの勇者様の知識を使わせて貰いましたわ。――で、ご存じない?」
何か嫌な予感がした。――が、一応正直に話すことにするライト。
「いえ、あの、俺そこに住んでました」
「まあ、貴方が? あら、でもそれじゃ今は住んでない……って、まさか」
「その……王様曰く、住んでくれることも判断基準の一つだったそうで」
「な……っ」
その返事を聞くと、エカテリスの拳がわなわなと震えだす。
「何てことかしら……知らなかったとは言え、ニセ勇者計画に手を貸していたなんて……! 申し訳ありません勇者様、不埒な計画を立てた父は、必ず私が天に代わって裁きを下しますわ! 天誅ですわ!」
「のわー! 落ち着いて、殺し合いとか駄目ですってば!」
「殺し合いではないわ、一方的な天罰よ!」
何処かにいるかもしれない勇者に誓うエカテリスと宥める演者勇者ライト。事情を知らない傍から見たら少々怪しい光景であった。――にしても、勇者>父親、なのか。可哀想な王様。
「にしてもエリーさん、本当に勇者様のことを尊敬してるんですね」
そのまま城に逆戻りして背中の槍で先程まで食べていた串焼きの如くヨゼルドを串刺しにしそうだったので、ライトは急いで話題を変えることに。
「勿論ですわ。物語、風の噂、言い伝え……確たる証拠などなくても、勇者様は私の心からの憧れの存在です。それに私は、勇者様が実在して、いつか必ず私達の前に現れてくれると信じてますもの。その時、恥じないようにする為にも、この国もこの街ももっと素晴らしいものにしたいのです」
「今でも十分素敵な街じゃないですか、エリーさんを見る街の人の様子を見てれば伝わりますよ」
それはライトの本心であった。市場でのエリーと店とのやり取りは平和そのもの。
「ありがとう、そう言って貰えるのは嬉しいわ。でも、まだ見えない所に問題は沢山ありますの。先程、ここ数年で大きく発展したと言ったでしょう? 急速な発展、人口の増加はその分確実に問題を伴いますわ。犯罪だってどうしても増えてくるし、頭を使ったあくどい商人も出てきます。そして土地を広げれば目の行き届かない部分も増える。それに城下町だけに気を配ってもいられませんわ、それこそノッテムの様な地方の街、村にもちゃんとした制度や設備が必要。――魔王軍に勝つだけじゃ、平和とは言えないと思ってますの」
「…………」
ついライトは言葉を失ってしまった。――目の前にいる少女は、ただ勇者に憧れるだけの箱入り娘な王女ではなかった。未来を見据え、自分の立場を踏まえて国の為に生きようとしている、立派な王族の一人だった。
比べても意味がないことはわかっているが、つい自分と比べてしまう。――俺には何が出来る? 「勇者になった」自分は、何が……
「エリーさん、その、俺」
「さて、あまり長居も出来ませんわね。――最後にもう一か所行きたい所があるの。お付き合い宜しくて?」
ライトの言葉は聞こえなかったのか、エカテリスはそうライトに告げると、再び歩き出すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます