第2話 演者勇者と王国王女2

 柔らかい感触といい匂いがした。肌ざわりと寝心地の良い枕?――ああそうか、俺勇者をやることになっていい部屋を用意されていい寝具も用意されてたっけ。あれでもいつ寝たんだっけ? 昼寝?

「うーん……」

 少しずつ動き出す感覚に任せるように目を覚ますと――

「お目覚めですか?」

 目の前には、銀髪の長い髪の綺麗な女性が優しい笑顔でライトを見ていた。

「ここは……」

「訓練場の休憩室兼救護室になります。気を失われたライト様の介護を僭越ながらやらせて頂いておりました」

「ああ……そっか」

 思い出してきた。エカテリスと決闘になり、ライトは一瞬で負け、気を失ってしまったのだ。だからここはライトの私室ではなく、訓練場の――って、

「っ、ごめんなさい、俺!」

 気が付いて飛び起きる。ライトは私室の寝心地の良い寝具で寝ていたのではない。その女性の、膝枕で眠っていたのである。――意識がなかったとはいえなんてことを。

「大丈夫です、私の方が勝手にやらせて頂いたのですから」

 が、女の方が嫌な顔一つせずそう答えた。確かに気を失った状態のまま美人の膝枕での介護を無意識に求めていたらそれはもう色々な意味で危険だろう。

「申し遅れました。私、エカテリス様の専属の使用人をさせて頂いております、リバール=ファディスと申します」

 ライトが起き上がると、リバールは立ち上がり、礼儀正しくそうお辞儀をした。専属使用人。確かに最初にヨゼルドに会った時に傍にいたハルと同じ格好――メイドの格好をしていた。

「気を失って……そっか、俺瞬殺だったのか」

 実際に死んだわけではないが、もしも実戦だったとしたらライトは本当に瞬殺だったであろう。

「それで、王女様は?」

「そのままこちらで日課の訓練をこなされております。――御覧になられますか?」

 促された方を見てみると、兵士数名に囲まれてそのまま模擬戦用の槍で訓練をしているエカテリスの姿があった。

「ぐわっ!」

「踏み込みが甘いですわよ! 次!」

「はっ!」

 エカテリスは兵士相手にも圧倒していた。これでは一緒に訓練と言うよりも――

「強い……兵士でも相手になってないじゃないか。稽古を付けてあげてるみたいだ」

「ですね、その言葉の方が近いと思います。――ライト様、真実の指輪をお持ちでしたよね? それで今、姫様の事は見れますか?」

「見れるけど……でも、今の俺じゃ名前と立場というか職業位しか」

「十分です。御覧になってみてください」

 どうしてリバールが指輪の効果を知っているんだろうか、という疑問はあったが、特に害があるわけでもないので、大人しくエカテリスに向かって指輪を使ってみることに。

「えーっと……『エカテリス=ハインハウルス、ハインハウルス王国第一王女/飛竜騎士』……飛竜騎士?」

 王女の肩書の次には似つかない称号が見えた。

「実際にドラゴンを操るわけではありません。風魔法を使い時に人間の持つ速度や跳躍力の限界を越えた移動力を手に入れ、そして一般的な剣よりもリーチの長い槍を駆使し、敵を圧倒する姿から付けられた、姫様の異名です」

「敵を圧倒……戦線に出撃も?」

「ヨゼルド様が最前線への出撃は認めていませんが、時折出没する内陸部でのモンスターの対応等で出撃なさることがございます。飛竜騎士の異名は、その時の様子から自然と周囲から付けられたものと。――まあ、ヨゼルド様からしたら、内陸部のモンスターの対応でも自分の娘を出撃などさせたくないのですけど、姫様が譲らないものですから」

 お願いだから大人しくしてくれと頼み込むヨゼルドと、モンスターの出現など放っておけないと勝手に飛び出すエカテリスの姿が何となくだが想像出来た。

「そんなに強いなら最初から俺に勝ち目無かったわけか……というよりも、そもそも王女様に勝てる相手がこの国にどれだけ」

「少なくとも、その辺にゴロゴロはいないと思います」

「ならあの勝負は――」

 やらなくてもよかった……というより、結果が見えていた。それは兵士と日々訓練しているエカテリスにもわかっていたことではないのか。――ライトがその疑問をぶつけようとしたのがわかったのだろう、リバールが少し申し訳なさそうな表情に変わる。

「姫様にとって――勇者様は、本当に、心からの憧れの存在なのです」

「詳しく訊いても?」

「私と姫様の出会いは、まだ姫様が七歳、私が十四歳の頃になります。事故で身寄りを無くして運よくお城で働かせて頂けることになった私を、姫様が専属の使用人として指名して下さったのです。その時の姫様の純粋な瞳はもう! 今でも思い出したら思いっきり抱きしめたくなります! それから姫様のお世話が私の生き甲斐になりました。姫様と共に生き、成長する日々……なんて素晴らしいのでしょう。るーるるー♪」

「あのー、その、あれだ。帰ってきてくださーい」

 目を閉じて自分で回想し挿入歌まで入れるリバール。――ライトの呼びかけに、ハッとして目を覚ます。

「失礼致しました、つい。――私が姫様と出会った時にはもう、姫様は勇者様に憧れを抱いておりました。勇者様の物語が描かれた出版物、今は勿論ですが当時から沢山販売されていたのはご存じですか?」

「それは、はい」

 本屋に行けば、勇者の物語を描いた本が数多く並んでいる。勿論どれも人気が高い。

「姫様は幼少の頃から愛読書として勇者様の本を読んでおられました。物語の主人公に憧れる、というのは小さな子供ならよくある話。姫様も例外ではありません、勇者様の活躍の物語に心惹かれておりました。でも、ここで普通の物語への憧れとは異なる点が生まれてしまいます」

「勇者様は、一般的な空想の物語の主人公と違って、実在する可能性が極めて高い」

「仰る通りです。憧れの存在に直接会える可能性がある、というのは普通の憧れとは感覚が違ってきます。加えてまだ当時は今よりも戦火が激しかったこと、姫様の姫様たるお立場等が含まれ、姫様の勇者様への憧れはとても大きなものになりました」

「そして、今に至る……と?」

「いつか直接出会えた時に、恥ずかしくない存在でいたい。隣で戦えるような存在でいたい。仲間として認められ、勇者様の物語に名が刻まれるような存在になりたい。――その想いと、努力の結晶が、今の姫様の姿なのです」

 あらためてライトは訓練中のエカテリスの姿を見てみる。汗を流し、ひたむきに槍を振るうその姿は、嘘偽りない、彼女の努力の姿であった。

「ヨゼルド様の案が、現実的に必要であることは、姫様には私の口からは申し上げられませんが、私としても認識しております。でも――だからと言って、姫様の想いを、無視したり、蔑ろにはして欲しくないのです」

 真っ直ぐな目で訓練中のエカテリスを見ながら、リバールはそうライトに告げた。――勇者様への憧れ、か。だったら、俺は……

「大丈夫、王女様のことを馬鹿になんかするつもりはないよ」

 その答えは、リバールに問われる前からきっと出ていただろう。だからこそライトはすんなりそう答えることが出来た。――リバールが、嬉しそうに微笑む。

「ありがとうございます。ライト様がお優しい方で安心致しました。――私は姫様の味方ですが、ライト様の敵ではありません。姫様の事で何かお困りになりましたら、遠慮なくご相談下さい。お力になれるかと思います」

「それこそありがとう。――まあ王女様が納得してくれるまで苦労しそうだから、何となく相談に乗ってもらうことはありそうだ」

「正直なのですね」

 そう言って、今度は二人で軽く笑い合った。

「そういえば、真実の指輪の効果って誰でも知ってるものなの?」

 と、そこで思い出したようにリバールに対しての疑問をぶつけてみることにした。

「いいえ、そんなことはないかと。重要機密、という程でもないですが、誰でも知っているわけではないと思います。私は、聞くまでもなく姫様がお話して下さいました」

「成程ね……」

 勇者が使うとされる本物の装備だ。発見時に興奮で話してくるエカテリスの姿が想像出来た。

「信頼されてるね、本当に」

「当然です。私以上に姫様のことを想っている使用人はおりませんから。――指輪で、私の事を見てみてください」

 言われるままにライトは真実の指輪をリバールに使ってみる。すると浮かんでくる文字は――

「『リバール=ファディス、ハインハウルス第一王女専属使用人/姫様LOVE』――ぶっ」

 またとんでもないフレーズがついていた。LOVEって。

「その称号は、私にとって一番の名誉ですよ?」

 一癖ある人多すぎやしませんかね。――ライトは心の中でツッコミを入れるのだった。



 訓練場を後にして、昼食を取り、散歩がてら城内をライトは歩いていた。――特別な用件でもないと城の内部をゆっくり歩き回ることなど普通の人間にはない。良い機会であった。

 しかし良い機会の散歩よりも、ライトは考え事をしながら歩いていた。――エカテリスの事である。リバールに会い、話を聞き、訓練場の姿を見て思うこと。……彼女に、ちゃんと自分の存在を認めて貰いたい。ライトはそう思うようになった。

 勿論彼女に勇者への憧れを捨てさせることなど不可能であり、偽勇者というのを認めさせるのも中々難しいであろう。でもそれとは別に、ちゃんと自分の意思、想い、そして自分とて勇者を馬鹿にしてここにいるのではない、ということを知って欲しい。その為にはどうしたらいいのだろうか。

(まあ、いきなり今日明日でどうにかなる問題でもないのか)

 焦っても仕方がない。色々考えつつ、他にも色々な人から話を聞いてみてもいいかもしれない。ひとまずのそんな結論が出た、そんな時だった。

「……あれ?」

 気付けば城門前近くまで来ていたのでUターンしようかと思った時、その城門の方をチラチラと様子を伺うように見ている存在が一人。

「王女様? どうかしたんですか?」

「ひゃうん!」

 エカテリスだった。ライトの接近にはまったく気付いていなかったようで、声を掛けると飛び跳ねるように驚いた。

「あ……貴方でしたの。何か御用かしら」

「いえ、何かチラチラと城門の方を見ていたので、どうしたのかな、と」

「べ……別に、何でもありませんわ。そう、珍しい城門だなと思って見てましたのよ」

 自分の住んでいる城の城門が珍しいのか。――エカテリスは嘘が下手らしい。

「と、兎に角、今私は貴方に構ってる暇も城門を眺めてる暇もありませんの。作戦を……あ」

 城門見てる暇無いのに城門見てたのか。――と、更なるツッコミ要素がライトの中で生まれた所で、ハッとした様子でエカテリスがライトをまじまじと見てくる。

「そうですわ! 貴方、この城に暮らすことになったのですわよね?」

「ええ、まあ。――ああ、それでですね、決して俺は勇者様を……」

「宜しければ、今から私が城下町を案内してさしあげますわ!」

 ババーン、と満面の笑みでエカテリスがライトにそう告げてきた。突然の提案である。ライトの話を聞いている様子もない。

「いや、そんな、王女様直々になって……というか、忙しかったのでは?」

「そうと決まれば出発ですわ! 大丈夫、私に全て任せて頂戴!」

「え? あの、いや、その、ええ⁉」

 ライトの疑問を他所に、エカテリスはライトの腕を強引に掴み、引っ張り引きずるように、ライトを連れて城門へ向かうのだった。

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