第1話 演者勇者と王国王女1

「よくぞ参った、勇者ライトよ!」

 あれよあれよとライトが勇者を演じる事を決めた翌日、あらためてヨゼルドとの対面時の彼の第一声がこれであった。――ちなみに今日は既に正式な対面らしく、ヨゼルドの自室ではなく、玉座の間での対面となっている。

「――あ、いや、ライト君、ちょっと待ってくれ」

「? どうしたんですか?」

「やっぱこう、もっとピンチな感じで待ちわびていた、みたいな感じの方が良かったかな? 何パターンか考えてはみたんだが」

「そんなのに浸ってないで先に進めて下さい」

 正式な対面になっても、ヨゼルドはヨゼルドのままだった。――この人が国王で大丈夫なのかな、この国。

「さて、あらためて私の依頼を受けてくれたことを感謝しよう。将来的には我が軍と共に必要以上の危険が及ばない程度の遠征には出て貰うことになるが、まずは君のホームグラウンドとなるこの城、城下町、我が軍の空気に慣れて欲しい」

 城には、既に「勇者ライト」の私室――国王ヨゼルド程ではないが、中々に立派だった――も用意されていた。部屋の中に用意されていた生活必需品、出された食事等々、色々な物が今までのライトの生活とはレベルも段違いで、自分でもぎこちなくなっているのがわかる程だった。確かに普通に生活するのに慣れる時間が必要かもしれない。

「それから、彼女を専属の護衛、彼を専属の事務官として付けよう」

「あ……」

 促された方向を見てみると、昨日の二人――レナとマークの姿があった。

「レナ君は我が軍でもトップクラスの戦闘力を持つ魔法剣士、彼女がいれば簡単には君に傷一つ付けさせないだろう。マーク君はサポート系統の魔法使いとしても優秀だが、事務官としての才能は更に優秀だ。彼には君の今後のスケジュールや、軍内での君の立ち位置で困らないように動いて貰う。今後、困ったことがあればまずは二人に頼るといい」

「えっと……宜しくお願いします、レナさん、マークさん」

「タメ口と呼び捨てでいいよー」

「ですね」

 と、ライトの挨拶を、一旦そんな言葉で二人は遮った。

「年齢も離れてないだろうし、立場的に君の方が演技とはいえ上になるんだし、何より勇者なんだからへこへこしてるのは変でしょ。軍の中ではある程度遠慮しないで振舞っておいた方がいいんじゃないかな?」

 マークもヨゼルドも同意見らしい。それなら――

「宜しく、レナ、マーク」

「うん。ま、リラックスして程々にね、勇者君」

「こちらこそ宜しくお願いします、ライトさん」

 顔見知り――というわけでもないが、昨日の出来事の中で、二人が悪い人間ではないことは何となくわかっていたので、ライトとしても特に不安は感じなかった。――と、挨拶を済ませたその時だった。

「お父様! 勇者様が見付かったというのは本当ですの!?」

 バン、と勢いよくその問いかけと共に、身なりの整った少女――十七、八歳位だろうか――が、乱入するかの如く玉座の間に入ってきた。……お父様、って呼ぶということは。

「あ……ごめんなさい、つい興奮してしまって、お話を遮ってしまって。街の方と面会中だったのですね。私の事は気になさらずどうぞ御続けになって」

 そして入ってきてライトの存在に気付いたらしく、申し訳なさそうにそう謝ってきた。見慣れない顔であるライトがヨゼルドと対面している=何か事情がある町人と面会中、と判断したらしい。

「丁度いい、紹介しようライト君。娘のエカテリスだ」

「ハインハウルス第一王女、エカテリス=ハインハウルスですわ」

「ライトといいます。こちらこそすみません、気を使わせてしまって」

 やはりヨゼルドの娘、王女であった。――流石に王女様にタメ口で話す勇気はなかった。

「エカテリス、今日からライト君には勇者として頑張って貰うことになった。宜しく頼むぞ」

 その言葉にエカテリスの表情が変わる。――とても、厳しいものに。

「お父様……あれ程反対しましたのに、ニセ勇者計画を実行に移しましたの!?」

 つまりは、エカテリスは勇者演者計画に反対だったのである。

「ちょ、ま、だからこれはニセ勇者計画ではなくてだな」

「同じことですわ! 勇者様の名を騙り、自らの保身の為に勇者様の名誉を傷付けようだなんて! 勇者様を一体何だと思ってますの⁉」

「保身だなんて――少しはあるが、それでも世界各国の混乱の危険を考えたら」

「この程度の事で各国との関係が揺らぐなら、私が今日から国王に就任し、直ぐにでも収める為に動きますわ! もう失望です、お父様の顔など見たくもありません!」

「そ、そんな! そんな事言われたらパパ泣いちゃう!」

 ヨゼルドは本当に泣きそうだった。どちらが親で国王だかこれではわからない。――と、再び申し訳なさそうな表情でエカテリスがライトに近づいてきた。

「本当にごめんなさい、ライトさん。きっとお父様に無理矢理やらされることになったのでしょう? お詫びの品は精一杯用意しますから、御帰りの支度をなさって。ちゃんと貴方には何の迷惑もかからないようにしておきますわ」

「あ、いえ、その、俺はですね」

「エカテリス、誤解しているようだが、私は決して脅迫等はしてないぞ!」

 すがるようなヨゼルドの叫び。――脅迫していない? となると、考えられるのは……

「レナ、ライトさんを連れてきたのは貴方? どうやってライトさんを納得させて連れてきたのかしら? まさか――」

「えーっと、夜中に勇者君の家に侵入、寝室で寝ている所で小さい子供には見せられないことをしました」

「なっ……! レナ、いくらお父様の命令とはいえ、女性なのに、その、あの……!」

「わーお、姫様盛大に勘違いしてるぅ」

「レナさんが誤解を招く言い方したせいです!」

「レナ君!? も、もしかして頼めば私にも……!?」

「……わーお、まさかの国王まで勘違いしてる」

 色々な意味で顔を真っ赤にするエカテリス、ヨゼルド。その様子を楽しそうに見るレナ、間に入って説明しようとするマーク。場は正に混乱であった。

「あ、あの、姫様、違うんです! 最終的には俺が自分で決めました!」

 埒が明かない。――ライトは正直に、そう名乗り出ることにした。

「え? 自分で、決めた?」

「はい。レナとマークに連れてこられて、国王に説明を受けて、考えた結果――自分で、決めました」

「本当……ですの?」

「はい。勇者様を演じる、と決めたんです」

 そのライトの言葉に、エカテリスはわなわなと震えだした。そして、

「……け」

「はい?」

「決闘ですわ! 貴方が勇者を演じるのに相応しいかどうか、この私が見極めて差し上げます!」

 ズバーン、と高らかに大きな声で、そう言い放ったのであった。



「宜しいかしら? 私、そもそもはニセ勇者計画には反対です」

 どうしてこんな事になってしまったのか。ライトの頭はそれで一杯であった。

「でも、もしかしたら、貴方が勇者様を演じるのに相応しい、つまりその位立派な人間であるという可能性も無くはありません」

 あの高らかな決闘宣言の後、そのまま直で城の訓練場に連れてこられていた。

「つまり、私自身が貴方を認める事が出来たら、ニセ勇者計画も認める、と言っているのです」

 エカテリスのあらためての説明。意味はわかる。わかるのだが。

「あの、それが何故、俺と姫様が訓練場で決闘という形に……?」

 既にライトの手には訓練用の殺傷力が無い剣が握らされていた。

「決まってますわ、まずはシンプルに武術。私に模擬戦で負けるような人間が勇者様を演じるなんで程遠いもの」

 一方のエカテリスの手には訓練用の槍。護身術でも習っていたのだろうか。

「さあ行きますわよ。レナ、審判をお願い」

「はーい」

 レナも一緒に無理矢理連れてこられていた。審判の為らしい。折角勇者君の正式な任務まではぐうたらするつもりなのにぃ、という移動中の愚痴はライトには聞こえたがエカテリスにはまったく聞こえていないようで。

「えーと、それじゃ、両者構えてー」

 ライトとしては困惑のままである。そもそもライトは実戦経験はまったくない。剣を握ったことがないとは言わないが、最後に持ったのはいつだっけ、位の感覚である。

 更に言うならば相手は若い女性、しかも国の第一王女。向こうから持ち掛けられたとはいえ、武器に殺傷力が無いとはいえ、はいそうですかで全力で剣を振っていいのか。勝ったら逆に先程の雰囲気からしてヨゼルドに罰せられるのではないか。でもわざと負けるのもどうなのか。――等々、ライトの困惑は一向に解決しないまま。

(ええい、もうなるようになれだ!)

 両者、一定の間合いを置き、身構える。――エカテリスの構えは、想像以上に雰囲気を持っていた。

「始め」

バッ、と手を上げ、レナが開始の合図を出す。

「ふっ!」

 直後、息を呑むような速さでエカテリスの槍がライトの喉元を捉え、

「ごほぐえっ」

 模擬戦用の槍とは思えない勢いでライトは吹き飛ばされ、

「え?」

「あーあ」

 驚きのエカテリスの声、予測していたのか呆れなのかレナのそんな声を聞きながら、ライトは気を失った。

 要は――エカテリスは、雰囲気だけでなく、単純に強かったのである。

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