プロローグ

「よくぞ来てくれた」

 レナとマークの二人に拉致されたライトは、王城に着くなり、裏門を通り城の中へ通され、とある部屋へ。部屋と言っても広く、平民であるライトが見たこともない立派な調度品で埋め尽くされていた。

「一応自己紹介をしておこうか。――ハインハウルス国王、ヨゼルド=ハインハウルスだ」

 体格の良い四十代位のその男は、そう穏やかな笑顔を浮かべ、ライトに挨拶をした。――国王だったのか。流石に名前は知っていたけど、顔は知らなかった。というか本当に国王が直々に会う要件だったことの再確認にライトは驚いた。心の何処かでまだ疑いがあったのだろう。

「まずはこういった形、そしてこのような場所での面会、謝罪させて貰おう。何分、内密な話だったのでな」

 確かに、ライトのイメージでは国王に会う=玉座の間等の立派な場所で会うのかと思っていたが、実際は立派だとは言えど、恐らくは国王の私室と思われる場所。国を挙げての何かの話というよりも、本当に一部の人間しか知らない極秘の話なのだ。

「今回は、君に大事なお願いがあってこうして来て貰った――のだが、その話をするに当たって、重大な事実を君に伝えなくてはいけない」

「重大な……事実……?」

「ライト君。君は、我々ハインハウルス王国軍と、魔王軍との戦いの情勢の歴史と現状をどの位把握してるかね?」

「どの位……って言っても、多分普通の人が知ってるのと変わらないと思います」

「言ってみたまえ」

 促され、ライトは知っている知識を想い起こしてみた。

「魔王軍に脅かされていた平和を取り戻す為に、ハインハウルス王国が伝説の勇者を見つけ出し、騎士団を結成。勇者の成長や活躍と同時に仲間や賛同する国、組織も増え、今や立場は逆転、魔王軍を追い詰め始め、勇者の勝利まであと一歩……と聞いています」

 事実、ライトのこの知識は、国の一般市民なら誰でも知っている情勢であった。なのでライトも迷わずこの内容が言えた。

「そうか。――だが残念ながらライト君、君の説明には一つ、大きな間違いがある」

「間違い……ですか?」

「うむ。君は伝説の勇者が見つかった、と言ったな」

「はい」

「それは嘘だ」

「……は?」

「実はだな……未だに、伝説の勇者は見つかっていないのだ」

 意味がわからない。いや、言いたいことはわかるのだが、指摘された間違いが大きすぎる。

「勇者が……見つかっていない?」

「うむ」

「もしかして、人類は、未だピンチのままなんですか?」

「あ、そこは問題ない。実際結構な所まで魔王軍は追い詰めている」

「でも勇者は?」

「いない」

「何故?」

「ホワイ?」

「いや訊いてるのこっちです」

 そんな軽快なノリで誤魔化し返されても。

「本格的な反攻作戦を開始する時に、ちょっとしたノリで勇者軍の立ち上げという形にしてみたのだ。少しでも魔王軍が怯んでくれれば良し、少しでも味方の士気が上がれば良し」

「そんな軽い気持ちで勇者様をでっち上げたんですか……!?」

「で、でっち上げではないぞ! 実際に勇者は存在はする! 現在進行形で探してもいる!……見つからないだけで」

「はあ……」

 最後の方は随分弱気で小声だった。

「作戦は上手くいった。徐々に我が軍は勢いを増し、各地の有力者の数多の協力も受け、そして今や絶対的な勢力になった。――そう、上手く行き過ぎたのだ」

 フッ、とヨゼルドが遠い目をした。ライトには自虐の表情に見て取れた。

「ちょっとずつでも説明していったらいいじゃないですか、今俺にしたみたいに。嘘は確かに嘘でも、結果としていい方向へと行ったんだし」

「それは出来ない。誰も何処も全てがわかってくれる程甘くはないだろう。この嘘に漬け込んで支配権を主張されこの国が混乱に陥るかもしれない。軍が分裂して再び魔王軍に苦戦するかもしれない。それどころか魔王軍と組んで世界を征服するとか言い出す権力者も出てくるかもしれない」

「でも――」

「人前に出たら「あ、嘘吐き国王だ!」と野次を飛ばされるかもしれない。小さな子供に馬鹿にされて小石を後ろから投げつけられるかもしれない。親御さんに「将来あんな大人になっちゃ駄目よ」とか反面教師の代表にされるかもしれない」

「それは――まあ、多少は、それでも」

「若い女の子に「近寄らないで!」とか拒絶されるかもしれない、定期購読していたエッチな本が買えなくなるかもしれない、夜こっそり城を抜け出して通っていたキャバクラにもう行けなくなるかもしれない!」

「ちょっと待って毎日何してんですか国王」

 中盤から後半、特に後半の主張が酷かった。明らかになったヨゼルドのプライベートも酷かった。エッチな本定期購読する国王って。キャバクラに通う国王って。

「そもそもだからと言って俺があなたに呼び出された理由がわからないんですが」

「そうだな、話を本題に戻そう。ライト君、君には、本物の勇者が見つかるまで、代わりに勇者を演じていて欲しいのだ」

「……はい?」

 勇者を、演じて欲しいだって?

「実際、この嘘は大きくなり過ぎてしまった。いつばれて、崩壊してもおかしくない。それを防ぐ為に、勇者の存在、実在をアピールする必要があるのだ」

 言いたいことはわからないでもない。……だが。

「どうして、それが俺なんです?」

 まずはその疑問が浮かんだ。

「勿論何の根拠もなく選んだわけではない。――ハル君」

「はい」

 ヨゼルドとライトから間合いを置いて待機していた女性メイドが呼びかけに応じ、一度部屋を出る。そして数分後、一人の老人を連れて戻って来た。

「彼の名はガルゼフ。この国に昔から仕えてくれている魔導師、そして占い師だ。実力も本物、その彼の予言で、君が適任だと出たのだ」

「俺が……予言された……!?」

「そうだ。――ガルゼフ、頼む」

 ヨゼルドが促すと、老占い師・ガルゼフはゆっくりと水晶玉を取り出し、手をかざす。彼の力に反応するように、水晶玉が淡く光り始めた。

「……おお……死んだ婆さんが見える……婆さん、今日の昼飯はなんじゃのう……?」

「ガルゼフ様、今日はまだ朝御飯も召し上がってませんよ。あと三十分もしたら出来上がりますから、それまでお部屋でゆっくりなさっていてください。さ、ご一緒します」

「おお、そうかそうか……うん? 婆さん、しばらく見ない間に若返ったのう……珍しい格好じゃが、婆さんは綺麗な顔立ちじゃ、似合っておる」

「お褒めのお言葉は頂戴しておきますけど、私はガルゼフ様の奥様ではありませんよ。さ、行きましょう」

 バタン。――ハルに優しく付き添われ、ガルゼフは部屋を後にした。

「…………」

「…………」

 …………。

「ライト君は今、ノッテムに出来た新しい借家に住んでいるね?」

「ちょっと待って下さい今の一連の流れには何も触れないんですか」

 確かに水晶玉が反応する辺り占い師なのだろうが、肝心の勇者のゆの字も出てきていないまま退場してしまった。

「あの家のコンセプトは知っているね?」

「はい。勇者様が幼少期過ごした家をイメージ、一部再現して作られた家だと」

 偶然引っ越し先を探していたライトが見つけたその借家の謳い文句がそれだった。家の立地条件も良かったのだが、その謳い文句に惹かれたのも事実であった。

「あの家は今回の計画の為に作られた家なのだ」

「俺に勇者を演じさせる為の、ですか……?」

「少し違うな。勇者を演じてくれる君を探す為の、だ。――契約前に、業者の人間と軽く面談をしただろう」

「ああ、確かにしました。生い立ちとか家族構成とか、将来設計とか国への正直な意見とか」

 いくつか家を借りるに当たって関係無さそうな質問をされたので、ライトもよく覚えていた。

「あの面談をした業者、あれは変装した私だ」

「はい!? 王様自ら!?」

「あの家に住みたいということは、勇者に興味がある、ということだ。勇者に関心がなければ勇者を演じるというのはより難しくなってしまう。それを前提に、君の人柄、性格、勇者をどういう目で見ているか、今の我が国をどういう目で見ているか、などを確認させて貰ったのだ。勇者を演じるのに、相応しいかどうか、をな。――ちなみに変装メイクに二時間掛けた。見抜けなかっただろう」

 フフン、と少し得意気にヨゼルドは言う。――今日会うまで顔を知らなかったので変装いらなかったですよ、とは流石に言えなかった。にしても、その為の面談、寧ろ家だったのか……いやでも。

「例え王様が俺を認めてくれたって、いきなりはいこの人勇者です、で通じないと思いますけど」

「勿論その辺りの対策もある。我々も無策ではないさ。――ハル君」

「はい」

 いつの間にか戻って待機していたハルが、今度は部屋の奥から手押し台車に乗せた荷物を運んできた。

「確かに勇者は見付かってはいないが、勇者に関する品物は発見、用意してあるのだ」

「勇者様の……装備……?」

「うむ。まずはこれだ」

 ヨゼルドが一振りの剣を持ち出した。

「この剣は、今から三百年前に、当時の世界一と呼ばれた鍛冶師がいつか現れる人類の危機、そしてそれを打ち破る為に作った伝説の剣、聖剣エクスカリバーだ。持って抜いてみたまえ」

「これが……」

 ヨゼルドから手渡され、じっくり眺めてみる。重さこそ普通の剣だが、確かに普通の剣からは感じ取れない独特の空気の様なものが、ライトでも感じ取れる程だった。柄を握り、ゆっくりと引き抜――ズババババ!

「あばばばばば!?」

 ――引き抜こうとした所でライトの体をいきなり電流が走った。エクスカリバーから発せられたものらしい。衝撃でライトはそのままエクスカリバーを手放す。

「その剣は実によく出来ている。悪用されないようにしたのだろうな、伝説の勇者以外が使おうとすると電流が流れて抜くのを阻止してくる」

「先に言ってくれませんかね!?」

「実体験した方が信じ易いだろう、効果と、その剣が本物であるということを」

 確かに痛い程に信じる羽目になったライトである。――と、そんな間にもハルが落ちたエクスカリバーを片付け、ヨゼルドが次の品物を取り出す。

「次はこれだ」

「指輪……ですか」

 パッと見、あり触れた銀のリングに小さな青い宝石が付いた、普通の指輪に見えた。

「真実の指輪と言ってな、旅先で勇者が敵や味方、そしてまだそのどちらかもわからない相手を知る為に使っていた指輪だ。はめてみたまえ」

「嫌です。もう電流も炎も氷も何も喰らいたくないです」

 当然の警戒である。

「安心したまえ、それははめても体に害を及ぼすことはない」

 そう言われ、渋々そして恐る恐る指輪をはめてみる。――確かに何か害を及ぼしてきそうな気配はない。……ないのだが、

「特に何も起きませんけど」

 逆に特別な効果が身に付いた感じもしなかった。

「それは確か魔力を介して効果が発揮される品だったはず。ライト君の魔力では確かに勇者と同じ効果は得られないかもしれないが、でも少しでも込めればその少し込めた分だけ効果が得られるのではないかな? 少し念じてみたまえ」

 魔力か。才能が自分にないことはライトは知っていたが、それでも魔力がまったくない人間は存在しないという話は聞いたことがあった。なら確かに自分でも頑張れば何か効果が出るかもしれない。

「ふっ!」

 やり方などわからないが、兎に角イメージして念じてみることに。すると、少しずつだが、ヨゼルドの頭上に文字が見え始めた。

「王様の……頭の上に……王様の名前が……見えます……! ヨゼルド=ハインハウルス……ハインハウルス国王……!」

「おお、いいぞライト君、使えてるぞ!」

「で、でも、もう限界……!」

「頑張れ、あとひと踏ん張りだ! もう一つでいい、何か情報を取り出すんだ!」

「ぬおおおお!」

 精一杯の念を込めると、ヨゼルドの頭上に新たな文字が浮かんでいく。気を抜いたら文字も消えてしまうだろうと思ったライトは、何とか念を込めながらその文字を見た。

『エロい』

 名前、国王という職種の次に気合の末引き出した情報はそれだった。集中が途切れ、文字もフッと消える。

「どうだ、頑張れば色々見えてくるだろう。名前の他に何が見えたかな?」

「えっと……エロい、って」

「え……それだけ? というか名前と職種の次に出てきたのエロ?」

「はい、ヨゼルド=ハインハウルス、ハインハウルス国王、エロい、という情報が手に入りました」

「それだと私がエロいだけの国王にならないかね?」

「まあ、客観的に見るとそうですね。――違うんですか?」

「違うぞ⁉ 確かに私はいくつになってもエロさは正義だと信じて止まないが公務と政治もしっかりこなしてるからな⁉」

「はあ」

 なんとなくではあるが、ライトは今のヨゼルドを見て名前と職種の次にエロいというワードが出てくるのがしっくりときた。出会って間もない間柄ではあるが。

「兎に角、指輪も慣れればもっと幅広く使えるようになるだろう。――次は鎧だ。これはそのまま「勇者の鎧」という。これも害はないから着てみたまえ」

「よろしければお手伝い致します」

「あ、はい、ありがとうございます」

 その返事をすると、素早く丁寧にハルが鎧を着るのを手伝ってくれた。鎧一つ一人で着れるのもあり、何より若くて綺麗なメイドに近い距離で着させてもらうことのくすぐったさもあり、少々恥ずかしくなる。

「ライト君、お主も悪よのう」

「初対面ですけどあなたには絶対に言われたくないですね!」

 途中すかさずライトの変化を見逃さなかったヨゼルドにからかわれつつ、装備完了。

「何て言うか……随分軽い気がします」

 最初に出てきた感想がそれだった。鎧=防御力を上げる=重い、のイメージがあったライトとしては、必要以上の重みを感じない身軽さに驚きを隠せなかった。

「そうだろうそうだろう、安心していい、軽いからといって防御力を蔑ろにしているわけではない、寧ろ物理防御力も魔法防御力も一級品だ。我が王国で採取出来る最高級の素材で我が王国の最先端の技術の結晶を集めたからな!」

「へえ、やっぱり凄い……うん?」

 自慢気に語るヨゼルドの言葉に――違和感を感じた。あれ?

「更に! ライト君が装備しているのは限定カラーを施した一品物! 唯一無二、これで明日から君も勇者だ! ハインハウルス王国で勇者と握手!」

 上がってきたテンションと共に勢いのまま鎧を褒めるヨゼルド。――だが、その言葉を要約してしまうと。

「これ、普通に国で作った?」

「うむ」

「限定カラーってことは、通常カラーもある?」

「通常カラーは城下町の直営店で数量限定で販売中だ」

「売り物かい!」

 伝説でもなんでもなくただの高級な鎧であった。いや確かに高級は高級なのだが。

「マントもあるぞ。「輝きのマント」だ。これは装備するだけで勇者としての神々しさを身に纏うことが出来るぞ。羽織ってみたまえ」

 言われるままに鎧の上から背中に羽織ってみる。

「特に何も感じませんが」

 鎧の時の様な分かり易い感触は特になかった。

「ちょっと叫んでみたまえ。「我は伝説の勇者なり」と」

「……は?」

「ほら、早く」

 促され、疑問だらけのままだったが、一応口にしてみることにした。

「わ……我は伝説の勇者なり!」

 ピカーッ。――その瞬間、ライトの言葉に反応して、マントが光った。

「って神々しさってこういう意味!? 光るだけ!?」

「苦労したんだぞ。言葉に反応して光らせるという仕組みを作るのは」

「これも国で作ってる!?」

「来月には店頭に並ぶぞ」

「しかもまたしても売り物!」

「あ、すまん、発見した伝説の品は剣と指輪だけで後はこちらで用意した品ばかりだ」

「えぇ……」

 なら何でそれっぽく紹介してくるんだよ。――という言葉を飲み込み、代わりにライトは大きな溜め息をついた。

 そしてその後も勇者の品という名目の国の作成品が紹介された。役に立ちそうな品、立たなそうな品、色々あったが、一応全てこの計画の為に特別に開発されたというのが共通点であった。

「では最後はこれだ。――「勇者チケット」!」

 取り出されたのは、紙幣サイズの紙の束。

「厳しいことを言えば、我々は君が性格は兎も角、戦闘能力は勇者には程遠いことは認識している。最高級の装備を渡しても、使いこなすようになるまで相当の時間を要するだろう。そんな君に、戦闘とは別に確実に即戦力となるアイテムだ」

 手渡された品を見てみる。細かく美しい絵柄が印刷されており、魔法による技術だろうか、一枚一枚に番号と印が押してある。素人目に見ても、複製は難しそうだった。

「それは簡単に言えば、勇者から直々に依頼やお礼などと言った名目で手渡される、名誉ある紙幣となる。売れば大金になり、所持し飾っておけば勇者から感謝を貰った証拠として自慢にも名誉にもなる。つまり、力無き君でも、この紙幣を手渡すことで結構な力を動かすことがやり方次第では可能というわけだ」

「そんな都合よくいきます?」

「既に各地、各都市には伝令を飛ばしている。勇者の名を知っていれば誰しもがこの紙幣の存在がわかるようになるのも時間の問題だ。効力の高さも……そうだな、試しに見せてあげよう」

 ヨゼルドはそう言うと、ライトが持つチケットの束から一枚抜き取る。そして、

「ハル君。――これで、今私に穿いているパンツを見せてくれ」

「ぶほっ」

 そのままそうハルに差し出しながら告げた。ライトは思わず吹き出す。――試しとは言え何を言ってるんだこの国王は。本当に国王なのだろうかこの人は。……一方、言われたハルは、

「…………」

 無言で、ゴミを見るような目でヨゼルドを見ていた。――うわあ、そりゃそうだよな。俺だって同じ立場だったらそうなるよ、うん。

 さてどうなるのか、と思っていると、ハルがヨゼルドからチケットを受け取った。数歩下がり、スカートの裾を持つ。え、ちょ、まさか、と思った次の瞬間――スタタタタ、バキッ!

「ぐふぉうっ」

 ゴロゴロゴロ、ドシン!――ハルは裾を持った状態のまま、ヨゼルドに飛び蹴り。綺麗に着地、何事もなかったかの如く、元の位置に戻った。……一方で転がって壁にぶつかったヨゼルドと言えば、

「見事な蹴りと……純白だった……!」

「えぇ……」

 要は、飛び蹴りの瞬間にスカートの中を見せてくれたらしい。

「そんな毎回体張らなきゃいけないなら意味無くないですかねこれ」

「誤解しないでくれ、あくまで一例を見せただけだ。実際にチケットに価値はあるんだ」

 確かに言われてみればハルも渋々とは言えチケットを捨てるわけでもなく、ちゃんと貰い、しまっていた。価値に嘘はないらしい。

「さて、我々の準備に関する説明はこんな所だ。後は君の意思次第になる」

「俺の……意思……」

「最初に説明した様に、現在進行形で本物の勇者も探している。見付かるまでの繋ぎだ。見付かったら任務は終了。――勿論報酬は用意しよう。単純に金銭面でもいい、この国の役職でもいい、勇者の仲間として後世に名を刻みたいでもいい。私に出来ることなら終了時に要求を飲もうじゃないか」

「もしも、断ったら」

「それも君の自由だ。我々は次の候補を探すし、君は元の生活に戻るだけ。――今回の事を言いふらしたいというなら構わんよ。厳しいことを言えば、君一人の発言で今更勇者が実在しないなどと信じる者は中々いないだろう。――最も、私は君にぜひ受けて欲しいと思うがね」

「…………」

 勇者の代わり。――つまり、しばらくの間は、自分が勇者になるのだ。……勇者、か。


『ねえ、もしあたしが――だったら、ライトは、勇者になってくれる?』

『ああ、なるよ、俺が勇者になる。だから、お前は――』


 思い出されるのは、奥底に閉じ込めた記憶。――消しても消しても、最後の一欠けらだけ消えない記憶。

 俺は、いつから憧れて、目指して――諦めて、忘れようとしているのか。

 どうして今、こんなあり得ない話を持ち出されて――そんな葛藤をしているのか。

「考える時間が欲しいのならそう長くは待てないが、一日二日なら時間をあげよう。部屋も用意して――」

「やります」

 そして気付けば、ヨゼルドの言葉を遮り、返事をしていた。

「俺、やります、勇者の代わり。やらせて下さい」

「断るのは自由とは言ったが――受けてから逃げるのは、難しくなるぞ?」

「大丈夫です」

 視線がぶつかる。ヨゼルドがフッ、と笑った。

「わかった。ハインハウルス国王として、心から感謝する、ライト君。――いや、勇者ライトよ」

 こうして――ライトの人生の転機が、ハインハウルス王国の転機が、訪れたのであった。



 今とは違う、属に言われる「異世界」と呼ばれる世界。

 科学文明の発展は遅れ、代わりに人々は剣と魔法を使いこなす。

 ある日、平和だった世界に暗雲が立ち込める。

 魔王の出現。

 魔王は、世界征服の為に手下を駆使し、人々を恐怖と絶望の淵に陥れる。

 しかし、人類に希望の光が舞い降りる。――勇者の誕生である。

 勇者は、魔王を越える力を手に入れ、大勢の信頼出来る仲間と共に、魔王軍を次第に追い詰めて行った。

 人々はその勇者の活躍に喜び、希望を託し、揺るぎない感謝と憧れを抱いていた。


 そんな何処かで聞いたことがありそうな世界。

 そんな何処かで思い浮かべた事がありそうな世界。

 でも、この世界では、一つだけ、そんな世界とは違う点が存在した。

 それは――


 ――それは、勇者が実は未だに見つかっていなかったのである。

 これは、そんな勇者が見つかっていない世界で、勇者の代わりを演じることを選んだ、一人の青年の物語である。

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