ご「カーテンの向こう」

その日は本当に具合が悪かった。

今になって思えばあれはインフルだったんじゃないかと思う。

でも具合は悪すぎたし金もなかったから、その日はバイトから早退して速攻で冷えピタを貼ってベッドに倒れ込んだ。ほとんど失神と言ってもいいくらい。


次に目を覚ましたのはいつだっただろう。カーテンの向こうがもう明るかったから明け方だったんだと思う。

具合はちっともよくなってなくて、冷えピタもとっくの昔に温くなってた。

仕方なく這うようにしてベッドから出て冷蔵庫まで行ったのだが、その途中で、ごん、という鈍い音が聞こえて振動が走った。

――様な気がする。

どこかぶつけたかなあ、と思ったが頭は朦朧としていてそれどころではない。

冷蔵庫で新しい冷えピタを取っておでこに貼り付ける。そしてついでに水を飲む。

そして這うように再びベッドに戻って目を閉じた。

次に目を覚ました時は、カーテンの外は完全に明るくなっていた。

具合も少しだけよくなっていて、枕元に水と替えの冷えピタでも置いておこうかなあ、なんて思考までできるようになっていた。

ふと寝返りを打つと、カーテン越しに物干し竿とかの影が見える。

あー今日天気いいから洗濯したかったなー、とか思っていると、上の方にふらふらと揺れる影があった。

なんだろうな、と思ってみると、恐らく上の部屋のベランダから何かがぶら下がっているようだった。

風に飛ばされて引っかかってるのかなあ、なんて考えながら、そのゆらゆらとした動きが妙に心地よくてまたいつの間にか眠ってしまっていた。


次に目を覚ましたのは、今度は外が暗くなっていた。

窓の外はまだ眠る前そのままで、上の人の洗濯物もふらふらと揺れていた。

まだ帰ってないのか。下に落ちないでよかったなあ、とかそんなことを考えながら水を飲んでいた記憶はある。

熱も下がり切らず、夢うつつのまままた眠りに落ちた。


そして次に目を覚ましたのは、何かの物音のせいだった。

目を覚ました時はぼんやりと、何だろう、と思っていたのだが、やがてそれが自分の家のチャイムを鳴らす音だと気付いた。

普段は連絡もない訪問者は居留守を使うのだが、熱があるせいかそう言う判断も出来ずにぼーっとしたまま玄関を開けた。

そして一気に熱が下がっていった。

そこにいたのは警察だった。

少しいいですか、と言われて、何もやましいところはないのになぜか震えながら、はい、と返す他なかった。

抱いていた偏見に塗れたイメージと違い、警察の人は始終申し訳なさそうな、そんな感じに話していた。

形式的なことなので、と前置きし、この家には誰が住んでいるのか、と、昨日から今に至るまで何をしていたのか、と聞かれた。

回らない頭ながらも精一杯答えていると、向こうもこっちが具合が悪いことを察したらしく、やはり申し訳なさそうに謝ってくれた。

そして、実は上の階の方が亡くなられまして、と今回の件の理由を口にする。

驚きはあったが、それ以上の感情は何も沸いてこなかった。

状況から見て完全に自殺なのだが、こういった調査はそれでもやらなければいけないことらしく聞いて回っているのだそうだ。

そして、何か気付いたことはなかったか、と聞かれたが、上の階のことなど気付けるはずもなく――

と、そこでふと思い至る。


あの、上からぶら下がっていた洗濯もの。


あれは、洗濯ものじゃなかったんじゃあないか。


あの真夜中の、ごんと言う振動。

あれは。


後ろを振り返る。

影になって見えないが、多分もうあの「洗濯物」はないのだろうな、と思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

布団の中で読む怖い話 飛鋪ヤク @99_89

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ