さん「天井」
その日は寝苦しい、じめっと湿った梅雨のことだったと思う。
特に何か理由があったわけではなかったが、妙に寝付けずごろごろと寝返りばかりを繰り返していた。
そして不意に、幽体離脱をしよう、と思い付いた。
幽体離脱は、漫画やアニメ、はたまた胡散臭いスピリチュアル系サイトなどで色々なやり方を読んだから覚えていた。と言っても細部まで一言一句違わずというわけじゃなかったが。
別に本気で信じていたわけじゃないし、もしできたらたのしいなー、なんてあくまでも眠れない時間の暇潰し程度だった。
だから何となくこうだったよな~ってやり方を試すだけ。
大抵の場合それは寝る直前だとか半分寝てる状態だとかと言われてたから、上手くいけば眠れるんじゃないかななんてことも思っていた。
するとなんと、金縛りにあった。
ちょっとこれは予想外で、びっくりしていた。しかもそのびっくりのせいで瞼が開かれたままの金縛り。
こんなことあるの??って混乱していたら、じわり、と見上げている天井に黒いシミのようなものが広がっているのが見えた。
あれ、これやばいんじゃ?
と本能というかなんと言うかわからないカンが働くのとほぼ同時に、そのシミは見事に人間の顔になった。
いや、なんだっけ、点が三つあると人の顔に見える現象……いやそもそもこれシミが動いてるんだからそんなの関係ないよな……
なんて思ってるうちに、それはゆっくりと、こちらへ向かって降りてきた。
嘘だろ……
と思っている内に、その顔は目の前まできた。しかしそれ以上は近づいてこられないようだった。
恐怖はあったが、それ以上近づいてこないことに安堵感もあった。そして、そうなると何でだろう、という余計な興味がわいてくる。
そしてじっとそれを見つめていると、首だけがほんの少し動くことに気づいた。
あっ、これはいける――と、自分でも何がいけると思ったのかは知らないが、
そのまま首を伸ばしてその顔にキスをした。
相手はびっくり。
こっちもびっくり。
なんて?????????????
顔は少しの間狼狽えるようにゆらゆらと揺れていたが、やがてしゅっと天井に吸い込まれるように消えてしまった。
自分も自分でしでかしたことに狼狽えていたら、いつの間にか体が動くようになっていることに気づき、慌てて布団を被った。
恐怖と言うより驚きと混乱しかなかった。
その日その後眠れたかはもう思い出せない。
ただ一つ祈るのは、あれはファーストキスとしてはノーカンであってほしいと言うことだけだ。
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