第8話


 饗宴はとどまるところを知らない。


 うずたかく積み上げられたチャパティに魚のスープ。豆とナスのカレーにミルクで煮込んだ粥。チョウメン。芋と蕪のサラジ。どれも湯気を上げてテーブルにところせましと居並んでいた。育ち盛りのアクシャイはもちろん老齢の師も心行くまでにそれらを味わった。商人の妻が次から次へと運んでくる料理は瞬く間に師の胃袋に収まった。彼女は女性には珍しく長年通風に苦しんでいたが、この夜も痛みをおして饗応の労を取ったのだった。


「素晴らしい食べっぷりです」

「なかなかに美味いな。母の味を思い出す。顔は忘れたが。おーマーよ。あなたはどこにお隠れになったのですか。最近お見掛けしないのでとても寂しく思っています。マーよ!」


 恍惚して訴える師の脳裏には、実の母親のことがあったのか、それとも宇宙の母神の面影が過っていたのかはわからない。涙を流しながらも、手と口が休まることはなかった。どんどんと料理を胃袋へ放り込みながら器用にも感涙に咽ぶ。


「師よ。慌てずともよいのです。料理はたっぷりございます」

「ここには、この胃袋を満たすだけの料理があるというのか? ガンジスの水を飲み干したとて満たされることのないこの胃袋を?」


 稀有壮大な物言いを信じさせるような異常な食欲で、アクシャイが腹一杯で動けなくなっても師はひたすらに食べ続けた。商人が目配せをすると、奥方は小さく頷いて、新しい皿を運んできた。もはや食後のお茶を待つまでもない。ここでセンナの実を入れろとの合図であった。今度のカレーはたっぷりのほうれん草の入った色どり鮮やかなものだったが、それも一瞬で師は腹の中に収めてしまった。


 するとどうであろう。


 商人の腹がぐるぐると活発に蠕動しはじめたのである。猛烈な便意に商人はトイレへと走る。さては、妻がセンナの実を入れる皿を間違えたのか。誤って商人がそれを食してしまったのかだろうか。ようやく手を止めた師は言った。


「前に石灰を食わせようとしたヤツがいたなアクシャイよ。あれはどうなった?」

「師はそれを食されました。しかし苦しんだのは師にあくどい仕打ちをしたその者でした」

「そうだ。宇宙の神聖なる法則その三」

「他者へ向けた害意はいずれ我が身に返ってまいります。なぜならこの幻影のヴェールを取り払うならば、すべてはひとつだからです」


 こうして師弟は呵々大笑するのであった。

 すべての料理をすっかりと平らげてしまった師は、ここは狭くみすぼらしい、川べりで寝よう、と言い放って商人を家を出た。呆然としながら妻は二人を見送ったが、師は振り返ることをしなかった。いや、どうか祝福をと願った妻に師は屁をひり出しながら、後ろ姿でこう返したのだ。


「祝福ならすでにある。逆立ちもできぬ男の妻である哀しみを神はきっと憐れんで下さるであろう」


 庭先から家に戻った妻は悲鳴を上げた。


 ドーディが脱げかけたままの商人が驚いてトイレから出てくれば、そこには信じられぬ光景があった。すべての家具が上下逆さまになっていたのだった。


 ――いったい? 師がやったのか? 


 クローゼットも寝台も、いままで食を供していたテーブルもひとつ残らず逆さまになっていた。こんなことをやろうと思えば大層な時間と労力が必要なはずだが、そんな時間はなかった。妻が玄関から外へ出た一瞬にそれは起きたのだ。


 商人はもはや師を追う気力はなく、妻と身を寄せてその場にへたり込んだ。


 しかし師の祝福か、商人の妻の通風はその夜を境に、きれいさっぱりと消えたのであった。妻は師の放屁を浴びた恩恵だと信じ、涙ながらに神を讃えた。


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