第二十四話 遺された者同士

 それから2日ほどの道のりを、ドーズとザキナは一頭の馬に共に揺られ、進んだ。2人が目指したのは国境警備隊の駐屯地跡である。


 既に駐屯地は、画力による濁流で水没したとはいえ、堅牢な作りの貯蔵庫くらいは、もしかしたら壊滅せずに残っているのではないかと、ドーズは思ったのだ。もし残っていれば、その中には食糧、また、未だ2人の身体を疼かせる傷を癒やす薬などがあるはずである。

 だが、ドーズが駐屯地跡を目指したのには、また別の理由もあった。

 この目で確かめておきたかったのである。いまや、戦友たちの墓場と化してしまったその跡地を。その現実が間違いないことは、よく分かっている。だが、その現場を一目見ないことには、ドーズにはなんとも心の整理が付かないのだった。


 ドーズとザキナは、そこまでの道中では、荒れ地に生えた草や実を食べて飢えを満たした。ただし水は、ザキナの画力により、2人が飲みきれないほどの量を確保できた。もっとも時間が経てば消え失せてしまうので、急いで、湧き出る水をすすらねばならなかったが。


「パンや干し肉を画力で具体化できたらいいのだけど、自然から、あまりに変化したものや動物は、画力では具体化できないのよ」

 食事のたびにザキナは、銀筆を指で弄びながら、そうすまなそうに言った。

「だから、あまり普通の人間にとっては、特別に便利な能力でも無いの」

「じゃあ、なんでお前の一族はそんな力を持っているんだ?」

 ドーズが不思議そうに問う。

「それは……」

 すると、ザキナはなにか言いかけるが、結局、黙りこくってしまう。だが、ドーズはそれ以上ザキナを問い詰めることはしなかった。

「話したくなったら、話せば良い」

 そう言いながら、ドーズは口の中で草の実をかみ砕く。

 すると、ザキナはほっ、としたような、悪いことをしたような、なんとも複雑な表情をして、ドーズの真似をして実を口に放り込むのだった。

 

 やがて2人は駐屯地跡にたどり着いた。

 そこは、まさしく、跡、であった。

 広い敷地に建っていた宿舎も、訓練場も、見張り台も、厩舎も、ほとんどの建物は跡形もなく消え去っていた。隊員に至っては、遺体のひとつもなかった。残っているのは、濁流の無残な爪痕のみである。

 望みであった貯蔵庫は、半壊しつつも地平に傾いて現存していたが、なかの食糧などは、ほぼ流れ去ってしまっている。

 ドーズは僅かに残っていた食物を必死にかき集めた。かき集めつつ、彼は、空を見上げた。晴天のその日、青い空はどこまでも澄み渡ってドーズを見下ろしている。


「国境の空がこんなに美しく、また、高いとは、いままで知らなかったな……」

 ドーズはひとり呟く。

 ……胸に喪失感があてどなく広がり、知らず知らずのうちに、彼の瞳には涙がにじんでいた。虚しさが募るだけとは理性では分かっている、だが、呟きが止らない。

「ひとりに、なってしまったんだな……俺は、また……」


「それは、私も同じよ」

 気が付いてみれば、背後にはザキナが佇んでいた。彼女は俯きながら語を継いだ。頭上の青い空には、なにかの鳥が叫びながら飛んでいる。

「私も、ひとりになってしまったの。……殺してしまったから。たったひとりの姉を」

「姉?」

「……この間、草原で私と対決した相手よ。双子の姉だったの」

 気が付けば、ザキナの緑色の目も潤んでいる。ドーズはそっとザキナの手を取った。

「そうだったのか……辛かっただろう」

 ザキナは頷いた。その頬をつぅー、っと、雫が伝う。

「すまなかった。俺たちの論理で、お前を戦場に送り込んでしまって……」

「それは、いいの。私たちが望んだことだから……」


 そのザキナの呟きを、ドーズは聞きとがめ、尋ねた。


「望んだこと? 戦うことをか?」

 ザキナはこくり、と小さく頷いた。が、そのあと、涙が溢れないように瞳を空に向け、囁いた。

「……でも、こんな別れ方はしたくなかったな……」

 頭上の鳥は既に飛び去り、今はただ、さんさんと輝く太陽が、空を照らしていた。

「空の青がことさらに目に染みるな。こういう日は」

 ドーズは呟いた。そして、空を仰ぎ見続けているザキナに、そっと向き合う。

「……ザキナ、泣きたいときは、泣けば良い。お前さんは、まだ、辛いときに泣いていい年頃だ」


 ザキナが再び頷いた。途端に、彼女の頬から、ぽろぽろと大粒の涙が地表に落ちた。そんなザキナに、これ以上、なんと声を掛ければ良いか分からなかったドーズは、掌の上のザキナのちいさな手をぎゅっ、と握った。するとザキナも、ドーズの手を握り返した。


 2人は、暫し、無言の会話を交わした。

 ……互いにひとりぼっちである、双方の存在を、慈しむかのように。

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