第十二話 懐かしい面影

 王都からの救援がグャーシャ村に到達したのは、敵襲から4日後のことだった。


 生き残った僅かな村人たちは、ドーズの指揮により、瓦礫のなかから、かき集めた食物を分け合い、傾いた建物のなかに集まっては身を寄せ合って暖をとり、なんとか生きながらえていた。

 しかし、それももう限界かとドーズは感じ得なかった時分であったので、その日の朝、救援部隊の軍影が草原の向こうに現れたときは、安堵と溜まり切った疲労のあまり、ドーズはその場に崩れ落ち、意識を失った。


 そして、ドーズはその手放した意識の底で、またも懐かしい面影を見た。栗色の髪と緑色の瞳のその女、ビエナは今度は、あの痛々しい最期の姿ではなかった。その顔には、ドーズと共に過ごした短くも、幸せだった日々を思い出させるような、穏やかな微笑みを浮かべていた。だが、どこか哀しげにも見える微笑みであった。


 ……ああ、そうだな、お前はそんな笑みを見せる女だった。どこかその緑色の瞳を遠くに投げて、何かを諦めたような。だが、俺はお前のそんな顔が好きだった。そして俺は、そのたびに、お前をそっとこの胸に抱き寄せたな。その時だけ、ビエナ、お前は心から幸せそうな顔になって、唇を重ねてきたものだ。 


 柔らかなビエナの唇の感触。これは夢のなかであると、ドーズは意識の向こう側で感じながらも、その感触にいつまでも浸っていたかった。その衝動のまま、ドーズは前に手を差し伸べた。そしてあの美しい栗色の髪に指を絡める。


「ドーズ大尉?」

 その声でドーズは目を覚ました。目の前には夢の続きであるかのように、豊かな栗色の髪が揺れている。だが、その持ち主の顔を見てみれば、それはビエナてはなく、自分が廃坑から助け出してきたあの少女であった。

「ザキナ……」

「……まだ横になってた方がいいわ、大尉。ここ数日の疲れが相当、まだ身体に残っているでしょう。もう少し休んでいて」

 壊れた天井から瞼に差す、日の光が眩しい。同時に鼻をくすぐるのは、藁と馬の匂い。ドーズが横たわっていたのは、倒壊を免れた建物のひとつである、ちいさな馬小屋のなかだった。


「ザキナ、お前が俺をここに連れてきたのか?」

 ザキナはこくり、と頷いた。

「……朝起きて、外に出てみたら、丘の上で大尉が倒れていたものだから……」

「重かっただろう。すまなかったな」

 ドーズはここに自分を運んできたザキナに詫びた。だが、ザキナは大したことない、とばかりに呟く。

「ううん、少し風の力を借りたから……」

「そうか……」

 ドーズは目の前のこのあどけない少女が、とんでもない異能の持ち主だったということを改めて認識し、大きく息を吐いた。


 その時、馬小屋の扉を外から叩く音がした。ザキナが扉に駆け寄り、そっと錠を外す。すると、そこに立っていたのは、アマリヤ国の軍装をしたひとりの兵士だった。

「ここにいらっしゃいましたか、ドーズ大尉。私は王都からの救援部隊に属する者です。指揮官であるアルム大佐が、大尉を探しております。体調が回復したようでしたら、ご同行願えますでしょうか?」

「アルム?」

 ドーズは、聞き覚えのある名前に、目を見開き、ゆっくりと藁の中からその身を起こした。

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