第七話 紙の上の星空

「そういう訳だったら、うちで預かろうか? 勿論、明日、世話役衆の意見を聞いて正式に決めることになるけれど」

「そうか、そうしてもらうと助かるよ。これで俺の今回の任務も無事遂行だ」

 フナーラの言葉に、ドーズは心から安堵し、感謝の言葉を述べた。肩の荷が下りた気分である。


 ……だが、同時に胸の隅で渦巻く哀愁の念はなんであろう。

 ……俺は、ザキナと離れるのが、哀しいのだ。

 ドーズは、再度胸に秘められたその想いを認識せざるを得なかった。

 思わず自分が可笑しくなる。埒もない。あんな、少女に、何の未練があるというのだ、俺は。俺とあの子の縁は、ただ、俺があの炭鉱から彼女を連れて帰った、それだけのことではないか。そうだ、幾ら、記憶のなかのあの女を、思い出させる存在であるからといっても。

 いや、思い出させる存在だからこそ。

 ……離れねばならぬのだ、俺は、ザキナと。

 そう決心して仕舞えば、ドーズの気持ちはだいぶん楽になった。


 そのときだ。

 隣の部屋から立て続けに、わーっ!と子どもたちの大歓声が聞こえてきた。

「お姉ちゃん、すごい!」

「もっと、もっと見せて!」

「……もうおしまい」

「えーっ!」

 子どもたちの興奮した様子の声はなおもやまない。

「何をやっているんだろうね、あの子たちは」

 フナーラが椅子から立ち上がった。つられてドーズも席を立ち、子どもたちとザキナのいる部屋に2人は戻ることにする。

 

 扉を開けて、宿の大広間に戻ると、子どもたちがザキナを囲んで大騒ぎしている。その真ん中でザキナはやや困ったような顔をしながら佇んでいる。だが、その口元には、嬉しそうな笑みをも浮かべてもいる。

 しかし、部屋に戻ってきたフナーラ、そしてドーズを目に留めた途端、そのザキナの笑みは一瞬にして消え失せた。

「何をやってるんだい、あんたたち、ちょっとうるさいよ!」

 フナーラは子どもたちを叱り飛ばした。だが、子どもたちはそのフナーラの剣幕に怯むことなく、口々に叫ぶ。

「お母さん、すごいんだよ、このお姉ちゃん!」

「星をきらきらー、きらきらってね、手のひらから降らせてくれたの!」

「何寝ぼけたことを言っているんだ、ほら、もう寝る時間だよ!」

「えー」

「えーっ、もうちょっと、きらきら、見たかったー!」

「お姉ちゃん、また明日お星さま見せてね!」


 子どもたちはフナーラの手で寝室に追いやられながらもザキナに手を振る。やがて子どもたちが去りゆき、静寂が戻った大広間には、ザキナとドーズの2人きりになった。


「ザキナ……? 何をやったんだ?」

「え?」

 ザキナの表情は先程と打って変わって硬い。やがて、何か言い訳をするように、床に視線を投げ、ぽつりと呟いた。

「ちょっと手品を」

「なんだ、そうなのか」

 そこでドーズは我に帰った。そんなことはどうでもいい、ザキナにフナーラとの話し合いの結果を知らせなければならない。そうして、自分の任務はようやく終わるのだから。

「いい知らせだ。ザキナ。フナーラが、宿の手伝いとして、暫くこの家でお前を預かってもよい、とのことだ、よかったな」

「……ありがとうございます」

 ドーズの言葉を聞いて、ザキナは一礼した。だが、どこかぎこちなく。

「嬉しくないのか?」

「いえ、そんなことはありません」

 そう答えてザキナは笑ってみせた。しかし、その笑みはどこまでも弱々しく、心からのものとはドーズには思えなかった。だが、ドーズはそれ以上ザキナを問い詰めるのは、やめた。彼女がどう思えど、この決定は揺るぎないものである。それに、ザキナの心中を探るのも、彼女にこれ以上関わらないと決めた以上、あえてするべきではないと思ったからだ。

「俺は明日、駐屯地に帰る。しっかりここで働けよ」

 ドーズはそう言い残すと、フナーラにあてがわれた宿屋の一室へと姿を消した。

 

 後にひとり残されたザキナは、机の上に裏返しに置いてあった帳面の紙片をそっとめくった。

 その紙の上には、きらりきらりと、無数の星が輝く夜空が描かれていた。

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