第35話 祭りの夜と、なつかしさ 


 グラーン………ゴーン………グラーン………ゴーン………


 城の大時計が、時刻を知らせている。

 宗教屋さん達の予言の時刻でもあった。

 彼らのご予定では、天罰が下る時刻でもある。

 この大時計の鐘の音を合図に、忠実なる信徒達によって導火線に火がともされ、各地でいっせいに爆破事件が起こっていたはずだった。

 そして混乱する人々に、予言が実現された、神罰だと、我らの神を信じろと、布教をするつもりだったのだ。

 今は、静寂が、周囲を覆った。

 闇が、深くなった。


 そして――


「「「「わぁ~っ!」」」

「「「花火、花火っ」」」


 天空に、大輪の花が咲いた。

 時刻を知らせるための花火である。それも、時間がたつほどに、ハデになっていくのだ。祭りの終わりを知らせる花火などは、まるで真昼のようだという。

 赤にオレンジ、緑に青、そして白に黄金と、もう混ざり合って、色などいちいち判別していられない。分かるのは、大輪の花が咲いているということ。天空では、太陽がにっこりと微笑んでいるように見える。太陽に重なる二つの小さな月たちが、そう見せている。

 七年に一度の、天体ショー。

 不気味な現象を、みんなで楽しんでしまえと始まった。何しろ、三百年前の混乱期でさえ、この祭りだけは開催されたという筋金入りだ。

 人以外も楽しみにしていたため――なのかもしれない。

 それは、破滅へ向かう前の、歯止めでもある。ネリーシャは、見事な花火を見上げながら、つぶやいた。


「神々との争いの歴史………か」


 宗教屋さん達は、牢獄の窓から、この光景を見ていることだろう。一部は取調室だろうが、多くは、踊らされた悔しさに、簡単に誘惑に乗った自らへの叱責に忙しいはずだ。

 ネリーシャが言葉を交わした青年も、少し、誘惑に弱かっただけだ。

 演劇を真似て、相手を懐柔かいじゅうしてみて、よく分かった。人は簡単に説得され、誘惑される。姉同然の幼馴染の暴君に連れられ、演劇のシーンの再現。

 だが、ネリーシャも言った。

 誘惑されたことが、罪なのかと。

 では、おどらせた相手は?

 その、目的は?

 悪ガキの一匹として、大人の悩みの種であった子供時代から、今は大人ぶっていたネリーシャは今、上に建つ人々の側として、目の前のお祭りを見つめていた。


「三百年前も、バカみたいな色々が、重なった………ってことなのかな。そのせいで、バラバラになって………」

「だけど、ボク達はここにいるよ」


 気付けば、ルトゥークがそばにいた。

 慣れてきたとはいえ、影から現れるのは、やめて欲しい。ついでに言えば、人の独り言を聞くのは失礼だと、ネリーシャは言いたかった。

 しかし、言わなかった。

 そのようにしかるのは、人間の常識である。ルトゥークは人ではなく、神とあがめる種族の子供である。寿命も人と異なりすぎて、感覚など、分かるわけもない。それが種族の違い、適度な距離を置いて過ごす理由。

 それでも………


「おーい、こっちおいでよぉ~」


 我らがイタズラ大王が、呼んでいる。

 まさか、本当に猫なのではあるまいか、ネリーシャが首を傾げたくなる光景だ。猫の仮装をしている緑の大猫は、またも屋根の上にいた。

 ネリーシャは、出会いを思い出して、声をかける。


「ぉ~いっ、踏み破るんじゃないぞぉ~っ」


 褒美として、ネリーシャの雑貨屋の修理費用は、王国が負担してくれた。莫大な国庫から比して、ささやかな出費である。修理どころか、立て直しても問題ない金額で、しばらくは、遊んで暮らしたい誘惑が、すさまじい。

 だが、目の前の緑の大猫が誰かの家の屋根を突き破れば、その恩賞がだいぶ減るだろう。ネリーシャは、嫌な予感を抱きつつ、頼んだ。


「大丈夫だって、あの時はっ………と、あぶない、あぶない」


 緑の大猫は、ゆったりと宙に浮かんでいた。そういえば、風を操る、魔法使いでもあったのだ。自分もまた、空を飛べても不思議はない。

 ネリーシャとの出会いである、屋根を突き破っての尻餅は、疲れていたことが理由のようだ。

 あとは、油断だ。

 懐かしい顔を見たという、思いがけない出来事のためだと。ネリーシャの気配に、懐かしい気配に、気を取られたのだと。

 今更、ラマーナを相手にくすぐったい気持ちが湧くはずがないネリーシャは、再び叫んだ。


「ガキどもが真似すると危ないから、降りてこ~い」


 七年前の祭りの思い出。無責任に、また遊ぼうと約束した、その場限りの約束。

 その相手は、目の前にいた。

 名前も聞かずに、遊びまくって、再開を約束するのだ。

 なんとも無茶だが、それが、子供だ。

 七年後は、再会していても、気付かない。

 ネリーシャの記憶は、よみがえりつつある。グリーンヘアーをなびかせて、共に走った元気のいい女の子と、神出鬼没の、仲良しの男の子。今思えば、屋根の上を走っていたような気もするし、影の中から、突然現れたような気もする。

 まぁ、今更思い出を語り合うつもりもない。まだまだ、遊びたい盛りの悪ガキ大臣と、緑の大猫のコンビである。影から現れた、植物の角に腕を持つ、神の一族に、その眷属たちも、ご一緒だ。


「戻ってたんだ」

「うん、追いかけっこ終わったし………牢獄のみんな、おびえてたけど」

「「「「「悪魔が出た~っ」」」」

「「「おたすけ、おたすけ~」」」


 ルトゥークに続いて、仮装ではない、獣も耳や尻尾を生やした悪ガキたちが、元気よく、楽しそうだ。

 何をしたのか、牢獄に連行された皆様の影から、おどかしたに違いない。


「姫ちゃんは、お母さん達のトコに連行されてた」


 言いつけどおり、ラマーナはネリーシャの前に降り立った。友人様は、ご公務に、強制参加が決定されたようで、ここにはいない。

 王族は、お祭りの進行役でもある。ならば――と、ネリーシャは、告げた。


「よっし………帰るか」


 ラマーナは、ずっこけた。こればかりは、ネリーシャが悪いだろう。悪ガキ軍団も、非難ぶーぶーだ。


「えぇ~っ、もうちょっと、もうちょっとぉ~っ」

「「「「「そうだぁ~、そうだぁ~」」」」」

「「「「「お祭り、お祭りぃ~」」」」」


 まだ、遊び足りないようだ。朝から町中を駆け回り、大騒動を未然に防いだというのに、さすがである。

 だが、確かに惜しいという気持ちは、ネリーシャにもある。

 七年に一度のお祭り。特に、ルトゥークたち、新たな仲間たちとは、今日でお別れなのだから。

 そして、ラマーナとも、今日でお別れなのだろう。方々を走り回って忘れていたが、本来の居場所は、神殿である。ラオダ姫からのお使いを頼まれ、その後ずるずると事件と祭りで居座っていたが、そろそろ神殿に戻らねばならないだろう。

 これも、数百年前の分裂の影響だと思うと、少し寂しいものだ。最後のつながりは巫女であり、この祭りと、魔物たち。

 ならばと、ネリーシャは大盤振おおばんふいを決めた。


「よぉ~し、オレからも、ご褒美だっ」


 功績があれば、遇するのが王の特権ではないのだと、悪ガキ大臣は、高々と、腕を振り上げた。

 その仕草に、目を輝かせる子供達とラマーナ。


「一人一個ずつ、駄菓子おごってやる」


 大変にけち臭い、大盤振おおばんふいであった。



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