第34話 祭りで、花火で、大はしゃぎ
おてんば姫様は、冷酷に微笑んでおられた。
ここは王都のハズレにある、古びた倉庫の一つ。笑顔の理由は、ラオダ姫の背後にある、荷車に一杯のタルであった。
この場にいらっしゃる宗教屋の皆様には、恐怖で顔を引きつらせるのに、大変に威力を持つ構図だった。
「まっ、待て、それをどうする………」
宗教屋さんの幹部の一人が、上ずりながら、問うた。突然現れた赤毛の猫耳娘が、信徒達に授けたはずのタルを持って現れたのだから。
引っ張ってきたのは、ウサギさん部隊だ。姫の手には、タルの山から延びている導火線と、お祭りでよく見かけるランプがあった。
安全対策のガラスケースは、外されていた。
むき出しの火が、ゆらゆらと燃えていた。
「あら?なにをおびえているのかしら」
我らがおてんば姫は、わざとらしく、お言葉を下された。この方が効果的だと、わかっていらっしゃるからだ。
「そ、それをどうするつもりだと、聞いておるのだ」
「き、きさまは、自分がなにをしようとしているのか、分からぬのかっ」
「そうだ、そのランプを離しなさいっ」
必死の形相の皆様。信仰心が厚い集団と言う体裁を気にしているのか、言葉は
「あら、おかしいですわね。確かあなた方はこう言っていたのではなくって?神罰が下ると。真の神により、あと残り――」
分かっているくせに、姫様は意地悪く言いながら、ちらりと後ろを見る。その
「一時間ほどで」
後ずさる皆様。
予言をえらそうに吹聴していた、その威厳は見る影も無い。
その奇跡の種が、目の前にある荷台のタルのご一同である。とても抱えられない大きさであり、中身はたっぷり詰め込まれた火薬である。
花火であっても、これだけの分量があれば、周囲を火の海にできる。それが爆薬であれば、破壊の規模は、
必死に壁際に後ずさる幹部の皆様を含め、この一帯の住人を、皆殺しに出来る。死の恐怖の前に、必死になるのは人として、当然のことであった。
例え他人を不幸に陥れ、死に導こうとする人々でも、彼らはその後の設計を抱いた人々なのだ。
その証に、叫んでおいでだ。
「我らを誰だと思っているのだ。この堕落した世界に差し込んだ光なるぞっ」
「その通り。我らは古代に滅ぼされた、真の信仰を復活させたのだ。我らは聖なる役目を与えられた選ばれた命なのだ。貴様らと比べ物になるものか」
人の命など、ゴミクズだと言ったも同然だった。
支配者の生まれの姫が、この言葉を許せるはずがない。
ふざけていた態度が、消えていた。
そして、怒りを放った。
「聖なる役割だと、どの口がほざくのですかっ」
ラオダ姫の言葉は丁寧だが、くっきりと響いた。
怒声ではない。むしろまだ少女のやわらかさを持つ声にすぎないのに、そのはっきりとした物言いだけで、自称・聖職者達を沈黙させた。イタズラ姫、おてんば姫と大人たちの頭痛の種でありながら、姫と呼ばれる女性である。
静まり返った空間に、姫の言葉だけが響く。
「さて、皆様方。あなた方の言う天罰を受ける立場に置かれた気分は、いかが?」
これ見よがしに、導火線の束を近づける。
直接当たらなくとも、引火してしまうのではないかと、何人かは逃げる準備をしていた。入り口に姫が陣取っているのだ、ならばと、裏口に殺到した。
ひとりでに、開け放たれた。
「き………貴様らはっ!」
「我らを………売ったのか?」
そこには、信徒の皆様が、怒りに、幻滅に顔をゆがませて、待ち受けていた。本来は導火線を持って、時刻を気にしているはずだ。ネリーシャに懐柔された青年を手始めに、ルトゥークたち魔物組みが影へと呼び込み、誘惑し、連れてきたのだ。
「なにが神の力だ、俺たちをだましやがって、この詐欺師ッ」
「借金してまで貢いだのに………返せ、今すぐ、金を返せっ」
操られた信徒の皆様と、のんびりとふんぞり返っていた幹部の皆様の、醜い争いが始まった。その中の一人、壮年の女性が走り出すと、姫から導火線とランプを奪い取った。
「おのれ、愚かものども。我らの力を、見せてやるっ」
ラオダ姫は、一切抵抗することなく、ランプと導火線を差し出す。むしろ、どうぞと言わんばかりだった。
その様子を見ていた幹部の方々は、大変なことになったと、叫んだ。
「やめろぉおおおおおおおおおおおっ!」
「ばかものっ、ランプを捨てぬかっ!」
「死にたきゃ一人で死にやがれっ」
口々に
「
自らのお姿など、一切顧みない言葉だった。ただ、姫に投げかけられた言葉だけが、胸に響いていたのだろう。
過ちを指摘されて、激情したのだ。
「我らが崇高な使命を理解できない愚かさを、巻き込まれる人々にどうわびるつもりなの?」
ランプを手にした事で、この場の支配者になったのだという、余裕が生まれたのかもしれない。正常な判断力を、失っておいでだった。
「あなたも死ぬけど………関係ないみたいね、おバカさんだから」
小娘による、大人をバカにする物言いだった。
「あなたの
言って、タルに直接、ランプを投げつけた。
数秒もしないうちに爆発し、この場に集まった全員が命を落とすだろう。勝利の笑みを浮かべていた。
遠くのほうで、信徒達があわてて逃げ出し、転げ、ぶつかり合い、大混乱を演じている。すでに、火の手がタルにいきわたり、小さく火花が上がっていた。
そのたびに悲鳴や怒声が上がるが………おかしいと、どうして誰も気づかないのだろう。
気付く余裕がないためである。
「あんたみたいな人を、バカな大人って言うの、知ってる?」
ラオダ姫はそっと、扉の影に移動した。その程度で爆風を防げるわけはないと、女は勝利の高笑いを挙げていた。
「おバカさん、そんな板切れに隠れて耳をふさいでも、死と言う罰は、見逃してくれないのよ」
その時だった。
ぴゅ~………………―――
まるで、花火の打ち上げのような音が、妙に間抜けに、この場を支配した。
そして
………………パァアアア………
「な………」
あっけにとられた女性の声と、花火の音が、ほぼ同時に室内に響いた。
花火の爆発音は、小さかった。皆様のお邪魔にならない、照明弾だ。姫様がおもむろに隠れたのは、発射時の余波で、衣服に煙がつくことを嫌ったためだ。
しっかりと耳をふさいだのは、至近距離で発射音を耳にするのはよくないからだ。
「あ………え………」
思考が、現実の認識に追いついていないようだった。
姫殿下は、丁寧に解説を賜れた。
ひょこんと、扉の影から顔を出し、バカにした。
「私があんた達の自滅に付き合うほどバカだって、本気で思ってたの」
トドメであった。
室内の慌てふためいた皆様は、このおてんば姫様のイタズラの前に、そろってうなだれていた。
自分達は負けたのだ。
この場にいる誰もが、理解した瞬間だった。
「これで神の奇跡がどういうものか――」
姫様が、
空から、イタズラ大王が、降りてきたのだ。
オマケに、十六歳の少女が持てるはずのない、タルを抱えていた。
「姫ちゃん、こいつらの倉庫に、まだあったよぉ~」
しばし、時間が停止した。
我らが緑の大猫は、高々とタルを掲げていた。
全員、こう思ったに違いない。
本物だと。
その背後には、荷台ごと赤々と燃えるタルがある。
赤々と、火が燃えている。
全員、タルを見ていた。
そして――
「「「「「「「にげろぉぉぉぉぉおおおおおおおお」」」」」」」
今度は姫様も一緒に、
なお、ラマーナが抱えていたタルは、
気付けたはずなのに、イタズラ姫殿下もまた、とっさのことでは、頭が回らなかったのだ。
事実を知った姫様は、やられたと大笑い。
一方の宗教屋の皆様は、もはやどうにでもしてくれという心境だったという。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます