第32話 影からも、悪ガキ軍団


「………ったく、次から次へと」


 牧羊犬ネリーシャは、ぬいぐるみ店の裏路地で、頭を抱えていた。

 祭りの日であっても、従業員の皆様のために一般の立ち入りは遠慮されている。そこはネリーシャが一息つける、数少ない場所だった。

 そこで、悩んでいた。

 どうして、こうなっているのだと。

 ラオダ姫の手紙の事件をきっかけに、事件が次々と起こっている。しかも、気付けばその真っ只中にいるのだ。平凡な雑貨屋の跡取り息子を自認するネリーシャには、あまりにも荷物が大きかった。

 大人たちは感心していたが、子供達に命じていた噂集めは、さして深く考えていたわけではなかった。食われたお菓子の代わりの、ちょっとした、お使いなのだ。危険に巻き込むつもりなど、毛頭なかったのだから。

 そこに、声がした。


“――大きな事が起こるのって、そんなもんだってさ”


 どこからだと、ネリーシャはあわてて周囲を見渡す。祭りの喧騒けんそう、ランプの香りに、屋台の料理の香りが混じった、祭りの匂い。

 見せの裏口が顔を突き合わせる界隈では、少し遠くに聞こえる音にまぎれて、何かがいるらしい。

 また、声がした。


“ここだって”


 影からだった。

 あわてて、立ち上がりそうになるが、出来なかった。恐怖から、体をこわばらせるのは本能と言うものだ。決して、ネリーシャは腰を抜かしたわけではない、声がどこかと見渡しても、誰もいなかった。

 どこかで、似たような経験があると思い出し始めたところで、手の影が見えた。ここだと、手をふっていたのだ。

 影の中からだ。

 物陰からではなく、自分の影からであった。ネリーシャは瞬間、身を固くしたものの、声で正体を察し、返事をした。

 ひと声、ふた声とかけられて、やっと気付いた。


「ルトゥークか………すごいな。森を抜ける道とか、影からとか」


 驚きながらも、ネリーシャは影に語りかけた。

 きりが深くなっていれば、もっと恐れたか、あるいはもっと早く気付いたのか。影から、いきなり声をかけられる恐怖も、経験があれば少しはマシだった。不思議な森の隠れ道と言う近道で、経験したのだから。

 近道がある――と。

 それは、御伽噺の迷い道、二度と戻れない一本道の話の真実。不思議な力で、帝国のそばの森にまで移動したのだ。途中ではぐれれば、戻れないだろう。

 その道は、ルトゥークの力によって作り出されたのだと、ラマーナが言っていた。

 最初に、教えて欲しかった。

 怖かったという気持ちも、実は少しだけあったネリーシャであるが、ラマーナにはそれは、常識と言う範囲に含まれるのだ。

 そして、ルトゥークは魔法使いではない。

 人ですら、ない。


「みんなには内緒なんだって………って、たまにバレちゃうけど」


 ルトゥークは、ネリーシャの影から這い出るように、その姿を現した。

 塀をよじ登るように、で体を持ち上げて、地面に降り立った。

 とても請ったつくりの仮装にも見える。側頭部から角のように、一対の樹木の枝を、そして背中からは腕のように幹を生やしている。樹木を模した飾りに見えるが、実際のルトゥークの腕なのだという。

 あわせて、である。

 それはおぞましいというか、かっこいいというか………王家の紋章に描かれている怪物の姿だ。

 神々として、古くから恐れられ、あがめられた姿である。


「祭りに興奮して、魔物が正体を明かす御伽噺おとぎばなし………おまえじゃないよな?」


 ネリーシャは、ジト目でルトゥークを見る。

 本日は、逢魔おうまが祭りだ。太陽が二つの月に隠れ、暗くなる不気味な日だ。自らも魔物になり、共に戯れようと生まれたお祭りである。

 そこにまさか、本当に魔物が混じっているとは、誰が知るだろう。

 そして、正体が見破られて、大騒ぎ。魔物が出てくる御伽噺にありがちな出来事が、目の前にいた。

 しでかした、実話ではないかと。


「あのねぇ、ボクってそんな昔から生きてるように見える?」


 三対の腕のうち、樹木の腕のほうの一対で、お手上げの仕草をした。

 ネリーシャは、どのように答えようか、迷った。七年に一度のお祭りに、ちょくちょく顔を出すイタズラっ子がどれほどの時間を生きているのか、見た目では判断できない。


「オレの親父と知り合いみたいだし………」


 雑貨屋の主こと、ゲンコツ親父との遭遇が、根拠だ。

 祭りの前の日、ゲンコツ親父がご帰還したのだ。小さな馬車には、花火の詰まったタルや、仮装の衣装、そして、お祭りのお菓子が積まれていた。

 ヤバイと、ネリーシャは大慌てだった。

 泊まる場所がないというルトゥークとラマーナを引き連れ、大方付けをしていたところに、鉢合わせだったのだ。どのように言い訳をしようかと頭を回転させたが、もちろん間に合うわけも無い。屋根に穴が開いていたのだから。

 なのに、何もなかった。

 なぜか、ゲンコツオヤジはため息をつくと、引き下がったのだ。仕方ないという、またかという態度だった。

 ネリーシャは、立ち尽くすしかなかった。

 詳しく話を聞いたわけではなかったが、知り合いであるらしい。

 覚えていないが、ネリーシャとも、出会っていたらしい。そう思ったところ、七年前の、再会を約束した友人のことがよぎった。不思議なグリーンヘアーの、猫のようにすばしっこいヤツとけ回ったような気がする。

 今はとりあえず、ルトゥークの質問に答える事にした。

 ネリーシャの知る大昔と言う年月。ダーカジラン王国がカブール帝国から分離、独立を宣言した混乱期の数字を、持ち出した。


「三百歳には、見えない………な」


 あくまで、大げさな数を出しただけだが、昔と言う単位としては、ちょっと正解らしい。


「ぼくの母さまが………そのくらい?」


 当たってしまった。

 疑問系であるのが気にかかったが、人の感覚が当てはまらないことだけは確かなようだ。

 ネリーシャは、考えることをやめた。何より、考えねばならないことは、ほかにあるのだから。


「ともかく、祭りを台無しにする連中を、俺たちが邪魔してやろうじゃないか」

「うん、みんなも手伝うって言ってる」


 みんなとは誰だ、ネリーシャは、ルトゥークの顔を見る。

 返事を待つまでもなく、またも、ネリーシャの影から気配があった。そう、不思議な霧の道、森の道を歩いていると、ワラワラと現れたのだ。

 影から、有象無象と、手が伸び、声がする。


“そうだ、そうだ、手伝おう、手伝おう”

“みんな言ってる、みんな言ってる”

“お祭り、邪魔は許さないって、許さないって”


 魔物たちがいた。

 不気味に、影から有象無象と、様々な瞳がこちらを見つめていた。耳が長く、あるいは獣のものであり、牙がかすかに除く姿は、背中を冷たくさせるに十分であった。

 それが一斉に、飛び出した。

 とっさに身を守る姿勢になったネリーシャ。そう、ルトゥークの道案内で森を入った時も、このような不思議な寒気を感じていたのだ。そして、ずうずうしくも、お弁当をよこせと、菓子をよこせと集まる、悪ガキに過ぎないと思い知った。

 姿は、違っても………ネリーシャは、恐る恐る、目を開ける。

 そこには、イタズラの成功に喜ぶ、悪ガキの笑顔があった。

 小さな魔物たちだ。


「………お前らって、先週森で………」

「「「「やぁ~い、やぁ~い、驚いてる、驚いてる」」」」


 腹立たしい、イタズラ大成功の悪ガキ軍団のお顔が、そこにはあった。

 自分達もかつてはこんなお顔をしていたと言われれば、返す言葉もない悪ガキ大臣ネリーシャ。


「ネリーシャって、実は怖がり?」


 ルトゥークが、不思議そうにこちらを見つめている。正体は、ネリーシャたちが神とあがめる一族のお子様。今はちょっとむかつく悪ガキの一匹。

 封印されたはずの、ネリーシャのこぶしがうなり始めた。

 だが、必死に大人の余裕を見せることで、怒りを抑える。

 子供にイタズラを仕掛けられ、追いかけるのは子供のすること。

 そう、自分は大人なのだ、大人なのだと、大人の余裕で、何とか自分を抑えた。


「へん、いきなり現れたらびっくりするのは当たり前のことだ。こんなことでイタズラ成功だっていうのは、子供だけなんだよ、子供、子供」


 ネリーシャの反応は、正にお子様だった。


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