第31話 到着、ぬいぐるみ屋さん
「ところでネリーシャ君、我々は、ずっとこの姿のままなのかね?」
ウサギさんが、渋い声で少年ネリーシャに尋ねる。
牧羊犬ネリーシャと、緑の大猫ラマーナの二人に、手を引かれて歩いていた。着ぐるみですっぽりと姿が隠れているが、視界もとても悪い。普段、何気なく挨拶をしていた隊長のおっさんは、ぬいぐるみの方々に、敬意を払いたい気持ちでいっぱいだ。
「おっちゃん、外では声出すなよ、子供の夢が壊れる」
「そうだ、そうだ~」
ネリーシャが常識ぶると、ラマーナも一緒に、楽しそうだ。
目立たないように、ウサギさんの姿なのだ。これがもし、町の警備と分かる姿であれば、危険である。
子供達が、警備と手を組んでいる事実を知られるからだ。
警戒されてしまう以上に………
「無関係の子供まで、疑われたら大変だろ」
黙れと命じられているために、ウサギさんは答えなかった。
代わりに、しばしネリーシャを見つめていた。先ほどは、宗教屋の青年を説き伏せ、協力者に変えた人物である。
本当に、何者なのかと、ウサギさんは小首をかしげる。
その可愛い姿に、子供達がワラワラと集まってきた。口々に、遊んでとねだる、抱きつく。可愛らしくも、恐ろしい悪魔の軍団に、囲まれてしまった。
その一匹が、懸命に話しかけようとしている。
「ウサギ、ウサギ、あのね、あのねっ」
まるで本当に尻尾が生えているのではと勘違いするほど、パタパタと興奮を抑えられないツインテールの子犬がいた。
悪ガキ軍団の最年少、ナティーちゃん七歳であった。
どうやって見分けることが出来るだろう。残念ながら、中身がおっさんのウサギさん隊長には無理である。
何者かが、おっさんウサギの腕を引っ張った。
「ほら、ちゃんとここにいるのに、気付かないの?」
いつの間にか現れた、ヤギの仮装のルプタさん十二歳だ。
仮装をした子供達の群れに囲まれ、しかもぬいぐるみをかぶって音が聞こえにくい状況で、無理である、無茶である。
気付けば、悪ガキ大臣が協力を要請した、ぬいぐるみ屋の前であった。
「は~い、ウサギさんは、ちょっと疲れちゃったから、お休みね~」
売り子のお姉さんが、案内に参加した。
残念がりながら、素直なお子様達は解散し、新たに面白いものがないか、探しに駆け出した。
子供達を尻目に、ウサギさん隊長も店に入る。本日はぬいぐるみの販売はしていない、仮装をするための部屋である。
ちなみに、悪ガキ軍団がお着替えをした場所であり、年長組みのルプタが、実は女子だと判明した場所でもあった。
ネリーシャに対する態度が、先ほどから冷たい理由である。
そういった縁から、今はネリーシャの要請によって、貸しきり状態である。王国からの要請が無いにもかかわらず、ここは昔馴染みの信頼の故であった。
ウサギさん隊長は、改めて感謝の言葉を述べた。
「協力、感謝する」
子供達が泣き出すかもしれない。渋い声を出した。
「しっ、店内だからって、油断しないでっ」
売り子のお姉さんは、小さく警戒の声を出す。
好奇心の強いお子様は、常にいる。解散したと見せかけて、こっそりウサギさんの後ろにいたとしても、不思議はないのだ。
こうして警備部隊長は、悪ガキ軍団と合流する。
「いや、すまない」
「ティニー姉、ありがとな」
ウサギさんに続いて、ネリーシャが感謝の言葉をかけた。
ぬいぐるみ屋さんのお姉さんは、くすぐったそうに笑った。かつての悪ガキ軍団の、卒業生であった。
「でも、私の育てたやつらが、立派になったもんだよ」
ティニーお姉さんは腕を組んで、遠い目をしていた。
ネリーシャより七つ年上の、二十一歳のお姉さんだ。そして、どこかで見たことのある仕草から予想ができる。悪ガキ軍団の知恵袋であり、様々なイタズラの知恵を与えた、諸悪の根源のお姉さんだ。
ネリーシャもまた、大変お世話になり、知恵を授かった
ちなみに人妻で、子持ちだ。彼女の卒業を期に、ネリーシャたちの所属していた悪ガキ軍団が、自然消滅をしたのだ。
それでも、そのつながりというか、影響はかなり残されたようだ。今も悪ガキ軍団の溜まり場となっている。
さっそく、報告会が始まった。
「チャンドラはトラップ大臣だから、なにか仕掛けたって言ってる」
「ランナーダは、怪しい連中のトコから戻ってきた。かけっこ大臣だから、逃げ足は俺たちの中で一番だ。見つかってないと思う」
「アジドクが、メシに仕掛けるかって言ってたけど?」
「やめとけよ、誰かが入り込んだって、教えるようなもんだからな」
「だから、してないって」
イタズラを我慢しているため、やや不機嫌な様子だが、楽しそうだ。大人に見つからないように、悪巧みをする楽しさを味わっているのだ。
子供同士ではなく、大人が相手なのだ。ただ、危険でもあるために、話を聞いたウサギさん隊長とネリーシャは、真剣だ。
「武器庫、それか、司祭様ってヤツの寝床か………」
「なら、君たちを向かわせるわけにはいかない。上に報告して、兵を出そう」
そのウサギさんに、ティニーお姉さんが、タオルと飲み物を渡していた。
さりげない気配りは、さすがぬいぐるみ屋さんのお姉さんだ。慣れていても、つらいお役目なのだ。哀れおっさんは、飲み物をウサギさんの手でつかむことが出来ず、腕も外しだす。
その間も、ネリーシャによる、悪ガキ軍団への指示は続く。
「最初に約束したとおり、怪しいって所見つけるだけ。絶対に入ろうとするな。特にアジドク、チャンドラ」
「うん、分かってる」
「ちぇ、つまんないのぉ~」
懐に、グリーンの液体を忍ばせているアジドクと、袖口から、トラップのネタらしい数々を垣間見せるチャンドラが、つまらなそうだ。それでも、今はまだ、こちらの動きを悟られては危険なのだ。
敵がどこにいるのか、それを探ることが役割なのだ。
言いつけは、単純。
怪しいものを探せ。だが、中に入らず、話もするな。
危ないことの一歩手前で引き返すという、悪ガキ軍団の基本である。しっかりとうなずいて、仲間に知らせるため、走り去った。
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