第28話 悲哀、吹き飛んでいく陰謀 


 牧羊犬ネリーシャは、嫌な汗をかいていた。

 となりのウサギさん隊長などは青い顔をして、心臓が早鐘のように打っているに違いない。着ぐるみである事が、この際は幸いだろう。

 怪しい現場に案内を受けていたが、時遅く、我らがリーダーがやらかしていた。


「見せてよ、見~せ~て~よ~」


 猫耳に尻尾の仮装をしたラマーナは、姿もそのまま、緑の大猫であった。


「「「「み~せ~て~、み~せ~て~」」」


 悪ガキ軍団も、連なって駄々をこねていた。

 ネリーシャと共に行動していたルプタも、その輪に加わっている。

 ルプタに案内された場所は、大通りから外れている、無人店舗の軒先だった。

 そこには、タルを死守しようとする青年がいた。


「ダメだ、これは貴様らが目にするようなものではない、下がれっ」


 正装なのか、紺色の下地に、黄色の見事な刺繍ししゅうほどこされたマントを羽織はおっていた。見たことがない、角ばったラインで構成されていた。それはどくろのような、機械的で、不気味な顔だった。

 なお、金銭的余裕がないのか、その下はみすぼらしいものであり、もしかすると、着の身着のまま、マントに全財産を費やしたのかもしれない。いや、それだけではないはずだ。今回の大騒ぎのため、相当な金額が吹き飛んでいることだろう。

 それでも、自分達の思惑通りに事が進めば、見返りは大きいのだ。そのための投資とすれば、安いもの。

 成功さえ、すれば。

 残念ながら、悪ガキ軍団が参上したがために、その夢は消えそうだ。


「あいつら………手を出すなっつったのに………」


 子供に、理屈は意味を成さない。

 理解するための能力が欠けているのは、常識、身の危険を察知する経験、知識がお子様のためである。そのために大人や、年長の子供がそばにいるのだが………


「いいじゃん、いいじゃん、お祭りでしょ、お祭りっ」


 我らがリーダー、見た目は大変発育のよろしい十六歳女子が、ちびっ子たちに混じって一緒に大人を困らせていた。


「どうせ中身は花火なんでしょ。一個ぐらいいいじゃん、ケチっ」

「「「そうだ、そうだ、一個だけ、一個だけ」」」


 どこかで聞いたような台詞で、宗教屋さんを困らせていた。

 青年はタルに覆いかぶさって、中は見せまいと必死に抵抗している。演出していた威厳が、見る影もなかった。


「ならんっ!………ではなくって、これはそういうものではないのだっ!」


 本人はこれで守っているつもりかもしれないが、隠されたものに興味を示さない子供など、いるものか。

 いないと、経験上判断できる悪ガキ大臣は、ウサギさんに告げた。


「………とりあえず、あのマントが手を上げたら、捕縛してもらうぜ。暴行の現行犯ってことなら、いいんだろ?」


 ウサギさんは、小さくうなずくことで、返事をした。


「これは花火ではない。去れ、悪魔どもっ」


 青年は、聖職者を気取っているらしかった。

 まぁ、間違ってないかもしれない。宗教的にも、見た目としても。お子様達は魔物の仮装をしているのだ。それも、大人を困らせる悪魔と言う表現もあるくらいであり、とってもこの場にふさわしい言葉だと、ネリーシャは思った。

 その悪魔の一匹がしびれを切らし、とうとう青年のマントを引っ張り始めた。

 我らがイタズラ大王、緑の大猫ラマーナだった。


「いいじゃん、ケチ、お祭りでしょ、花火ちょうだい、花火っ」

「「「花火、花火っ」」」


 子供達も、協力する。

 もちろん、先ほどの青年の言葉は、一切聞いていない。大人はずるい、花火を隠していると、決め付けているのだ。

 正に、悪魔の所業である。

 青年は、タルに必死にしがみつく以外に、なにが出来よう。このままでは倒れてしまうかもしれないが、案外とタルは重たいものらしい。

 からでない事は、確かなようだ。

 そして、花火にしては、重いことも、確かなようだ。

 雑貨屋のせがれとして、ネリーシャは経験上、そう判断した。

 小さな雑貨屋であっても、祭りの時期はタルで花火を購入するのだ。その搬入で経験済みである。もしかすると、あのタルの中には、火薬がぎっしりかもしれない。

 そう思うと、さしもの悪ガキ大臣ネリーシャと言えど、嫌な汗がだらだら流れるというものだ。

 大変、まずい。


「あぁ~っ、わかったぁ~っ」


 我らがリーダーが、大変まずいタイミングで、何かを思いついたようだ。

 爆弾かもしれないと、気付いたのか。

 公衆の場で指摘したのならば、パニックが起こる。やけになった宗教屋さんが自爆する可能性も、なくはない。

 止めねばならないと、ネリーシャは駆け出した。

 間に合わないと分かっていても、行かねばならないと――


「中身、お酒だぁっ!」


 ネリーシャ少年は、ずっこける。

 ウサギさんも、片ひざをついていた。


「「「「お酒?」」」」


 子供達は、不思議顔だ。

 宗教屋さんは、目が点になっていた。


「うん、神官のおじさん達がね、大事そうにタルを隠し持ってるの。子供は入っちゃいけませんって、所でね。それで………」


 怖い話をするように、真剣なお顔で、一息つく。

 子供達は、ごくりと生唾なまつばを飲み込む。

 宗教屋さんも、固唾かたずをのんで見守る。

 もったいぶったラマーナは周囲を静かに見渡して、告げた。


「酒盛りしてたのっ」


 ネリーシャ少年は、完全に力が抜ける。

 ウサギさんは、地面に突っ伏す。

 一方のお子様軍団は、口々に、ずるいずるい、自分達にもよこせと、とんでもない発言をしていた。

 お酒の意味を理解できないのだろうか、あるいは、自分達だけ飲んではダメだといわれているお酒というものに、興味津々きょうみしんしんなお年頃なのかは分からない。

 ただ、我らがイタズラリーダーは十六歳と、一応大人に数えていい年齢ではある。なのだが、お子様に混じって、お子様たちと共に抗議をしていた。

 基本、子ども扱いなのだろう、神官さん達の苦労が偲ばれる。

 すなわち


「みせて、みせて」

「「「「みせて、みせて」」」


 お子様軍団、ヒートアップ。

 宗教屋さんなど、泣きそうなお顔で否定する。

 そこに、さらに厄介な御仁が現れた。


「なに、酒だとっ!」


 赤ら顔の、酔っ払い様だった。

 すっかり出来上がっておいでだった。

 すでに据わった目が、どんよりとこちらを見つめていた。そして、まだ飲み足りないと、未練がましく空瓶を大事そうに小脇に抱えていらっしゃった。

 そんなところこへ、酒樽を隠した、けしからん輩の話を耳にすれば、こうなるのだ。

 それも一人や二人ではない。振舞い酒の気配をかぎつけ、よろよろと、よたよたと、酔っ払いが集まってきた。


「らに?さけらとっ?」(訳――なに?酒だとっ?)

「おう、もう一件、もう一件」

「よろせ、よろせ」(訳――よこせ、よこせ)


 ろれつの回っていない連中も混じっている、お祭りが始まって、すでに一時間である。

 いいや、まだよいの口といわんばかりに、お子様達に混じって、タルに群がる酔っ払いの群れ。

 もはや、収集は困難である。


「「「「みせて、みせてっ」」」


 お子様軍団は、マントを引っ張る。


「「「よこせ、よこせっ」」」


 酔っ払い軍団は、タルを引っ張る。


「やめろ、やめろっ………おねがい、やめてくださいっ」


 宗教屋さんは、涙目である。

 その様子を見守っていたネリーシャは、一言、つぶやいた。


「どうしろってんだ、この状況」


 なお、予告の時間まで、残り三時間である。

 そこに、ついに宗教屋さんが叫んでしまった。

 お子様軍団と、酔っ払い軍団の攻防に、敗北した叫びだった。


「お願いだから、揺らさないでください。正直に言います。中身、爆弾なんです、激しく扱っちゃ、ヤバイんですよぉぉおおおおおっ」


 大声で、涙目で、おねがいしていた。

 きょとんとする、お子様達。

 焦点が合わさらない瞳の、酔っ払いたち。

 奇妙な見世物は、うさぎさん部隊の介入で、一端お開きとなるのであった。


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