第25話 逢魔が祭り、はじまり
人々は、天空を見上げていた。
窓辺から、屋根の上から、路上から、その時を待ち望んでいた。
花火大会の
その多くが、まだ昼にもなっていないというのに、ランプを手にしていた。
手提げランプの一種で、赤に緑に黄色にと色とりどりで華やかだ。形もまた、単純な球体に長方形に始まり、水滴や花びら、つぼみをあしらうなど様々。いずれのガラスも、その覆いは分厚く、割れにくくなっている。人ごみ対策であり、本来はそれなりの値がする一品である。
しかもそれが、駄菓子を購入する程度の格安で、貸し出しがなされている。ついでに色々と手にしてもらうため、採算は十分と言うわけであった。
いまやランプ独特の香りが、むせ返るほどこの王都に立ち込めていた。
『
その当日も今はお昼前。準備は終わり、
「ワイン、ワインはいかが、今ならこの中ビンで銅貨一枚」
「今ならって、いつもと同じ値段じゃねぇかよ」
「うるせい、外からのお客には分かんねぇだから、黙ってろ」
商店街では、今日も景気のいい声が響いている。
果物、肉、パン、野菜、そして酒。
ただ、今日はいつもより人の動きが激しい。
祭りの開催を宣言するのは人々。
その瞬間は、天空が教えてくれる。
「ねぇ、ネリーシャ、ネリーシャ………」
我らが悪ガキ軍団のリーダー、ラマーナもまた、おとなしく見上げていた。いつもこれくらいおとなしければ可愛い女の子であるのにと、少年ネリーシャは思った。
今は緑の大猫の異名にふさわしく、猫の仮装をしている。腰紐でつけられた尻尾に、カチューシャの猫耳がとっても似合っていた。
そして、オレンジ色の水滴形ランプを手にするネリーシャは、牧羊犬のたれ耳が、なぜか似合う。
いずれも、仮面をしていた。
仮面舞踏会で用いられるような、目の周囲だけを覆うものだ。太陽の光から、目を守るためである。目の部分は、特殊な布地が
だが、それだけでは味気ないと、大昔の誰かが仮装をすることを思いついたのだ。『
「まだまだ、ほら、まだ太陽が少し翳っただけだろ?もう一つの月が追いつくまで待ってろ」
七年に一度の天空の見世物。
今、二つの小さな月が、太陽に決して追いすがる事のない月たちが、ついに追いすがらんとしていた。
「ほら、見てろ………もうちょっとで二つ目の月も太陽にかかる」
その瞬間まで、あと少し。
まだ、追いすがっただけ。
昼間であるのに、すでに薄暗くなってきたが、まだあと少しなのだ。
それでもまだ、あと少し、太陽にかかった月は、まだ一つ。
「「「「10、9、8………」」」」
二つ目の月が、ついに太陽に追いついた。それを合図に、どこからともなく、カウントダウンが始まった。七年前、九つのいたずらっ子だったネリーシャは、この不思議な興奮を、味わっていたはずだ。
しかし、初めて見るかのように、見入っていた。
太陽が、こちらをじっと見つめている。
そして、様々な魔物の姿をした、人々もまた、太陽を見つめている。
「「「「5、4、3………」」」」
気付けばネリーシャも、となりのラマーナも、カウントダウンに加わっていた。
すでに、二つめの月が太陽と合わさり、ぼやけている。
もう、太陽を
あと少し。
あと、ほんの少し。
「「「「「「2、1………ゼロォォオオオオオッ………魔物さぁん、おこしなさ~い」」」」」」
いっせいに仮面を取り、大声で、叫んだ。
呼んではならないものを呼んだ気がするが、これはそういうお祭りなのだ。まだ昼にもなっていないというのに、夕暮れに近い暗さである。巨大な魔物が天空からいつもこちらを見つめている、不気味な時間が始まったのだ。
目線を微妙に変えながらも、この時間は夜まで続く。この世にあって、この世にないような不気味な時間。
この恐怖を、不思議な気分を、お祭りにしたのが始まりだ。
「お祭り、お祭り」
ラマーナは、大はしゃぎだ。ネリーシャの腕にがっしりとしがみつきながら、幼い子供のようにぴょンぴょんと跳んで、興奮を表していた。
「ほらほら、人が集まってるんだから、あんまり暴れるなよ」
「だって、だってぇ~」
十六歳の同い年の女子を前にして、すっかり保護者だ。
ただ、
「あら、雑貨屋のネリーシャちゃん………なんだい、今回は恋人と一緒かい?」
「ほう、生意気な雑貨屋のせがれが………もうそんな年か………」
「おう、そこのカップルさん、どうだい、祝い酒でも………」
ネリーシャは、声をかけられるたびに全身全霊で、否定して回らねばならなかった。
確かに、見た目は可愛らしい女の子であり、ついでにスタイルも大変よろしいのだ。腕にがっしりとしがみつかれれば、ふと意識する瞬間が起こり、腹立たしい。実のところ、ネリーシャがラマーナを恋人に選ばない理由は、ないのである。性格としても相性がいいのだ。ネリーシャ自信、悪ガキ大臣とあだ名されるほどの人物である。
なのだが……
「こら、お前はちっとは落ち着け。迷子になってもしらんぞ」
そんな気持ちは
そこへ、悪ガキ軍団が現れた。
「「「「「姉御、お疲れさんです」」」」」
誰が居場所を教えたのだ。
と言うより、その挨拶は、誰の入れ知恵だ。悪ガキ軍団が、魔物の姿で現れた。
最も、本日の主役は彼らなのだ。不安を覚えないように、自分達も魔物のお友達になるというお祭りは、彼ら子供たちのためにあるのだ。
別名、イタズラの解禁日。
もちろん限度はある。その限度を教えるのは、年長のいたずらっ子だ。今日は、その次世代に見本を見せる日でもある。
その年長の子供が、声をかけてきた。
「おい、駄菓子屋」
「雑貨屋だ………なんだ、ルプタ」
ヤギの角に尻尾と、可愛いらしいのか怖いのか分からない仮装だった。
情報の謝礼として、ネリーシャが提供した衣装だが、その際の色々で、怒りを買ったのだ。声変わり前の悪ガキの一匹と思ったのが、失態であった。
「前に話してた、例の連中だけどさ」
ルプタさんは、まだ、ご機嫌な斜めのようだ。ネリーシャは、心当たりが思いっきりあったために、仕方ないと、改めて謝罪の言葉を口にしようとした。
本当に、仕方ないと。
「なんだよ、まだ着替えのこと、怒ってるのか。お前が女だって知らなかった――」
足を、踏んづけられた。
女の子を怒らせてはならない。女の子とは、あくまで、暴君なのだ。分かっていても、人は繰り返してしまうものである。
「ってぇ~………」
「あぁ~、ネリーシャ、また怒られてるぅ~」
緑の大猫が、上機嫌である。
自分を叱ってばかりのネリーシャがやられているのだ、さぞ、面白いだろう。ネリーシャは強引に無視して、ルプタに話を進めるように、促した。
噂集めは、ネリーシャが頼んだことである。それをルプタは、思ったよりも真剣に受け取り、驚きの情報を提供してくれたのだ。
宗教屋の方々が、騒がしいと。
祭りのドサクサに、何かが起こるらしい。話を聞くほどに、ネリーシャの顔は渋くなってくる。
ワラワラと、悪ガキ軍団も加わった。
「花火大会の裏で………そっか、その連中が今日もいるって?」
「俺見た、俺見た」
「チャンドラはまだ張り付いてるぜ、トラップ大臣だから、なにか仕掛けの気配がするってさ」
「ランナーダは、怪しい連中のあとを追ってる。かけっこ大臣だから、逃げ足は俺たちの中で一番だ」
王都への帰還の後、ルプタから話を聞いた悪ガキ軍団も、偵察ごっこに興味を持っていたのだ。本人たちは遊びのつもりらしいが、ネリーシャにとっては、そうではなかった。
悪い予感が、予想を超えて進行中なのだ。
「とりあえず、警備のおっちゃんのとこ、襲うぞ。いいや、その前に――」
悪ガキ大臣は、策謀を張り巡らせていった。
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