第24話 夜空の下の、会談 


 夜空の下で、おっさん達はご機嫌で、大笑いだった。


「うむ、見事な月夜だ、今から『逢魔おうまが祭り』が楽しみだ、なぁ、学友殿」

「まったくだ。我らが子供達も仲むつまじく、寂しいようで、うれしいようで」


 目の前の惨状が、なかったことのように月夜を眺めるカブール帝国の皇帝陛下と、ダーカジラン王国の国王陛下。

 恋人気分のラオダ姫たちも、夜空を見上げてたたずんでいる。

 頭痛の種のことなど、今は忘れたい気持ちなのだろう。面倒なことばかり起こっているのだ、このくらいの現実逃避は許されるべきだ。

 一方の将軍達も、些細な事など忘れて、とてもおおらかだ。つぶされたテントを見つめて、威力のすさまじさに感心していた。


「しかし、大の男を三人をも吹き飛ばした上、無傷で地面に戻すとは、さすがは巫女殿だ」

「いや、まったくですな。魔法の力とは、これほどまでにすさまじいものとは」


 巫女と言う神秘のイメージを、たった一人でぶち壊しにした緑の大猫は、えっへんと胸を張って、えらそうだ。

 発育が大変によいため、さらに誇張されて、少し目のやり場に困るネリーシャであるが、頭が痛い状況なのだ。

 今すぐ、えっへんとふんぞり返るラマーナを抑えねば、大変なのだ。


「いや、こいつ、絶対自覚ありませんから」

「いやいや、悪ガキ大臣よ、だからこそ、暗躍する者たちを出し抜けるのだ」

「そうだ、そうだぁ~」


 月明かりの下、全員、大人であった。

 不審者に気付いたのはラマーナ一人であり、おかげで最悪の事態は回避されたのだ。姫の手紙の運搬に続いての、大手柄。テントの破壊などは些細なことであった。


「うぅ~ん、明日も晴れそう。ほら、お月様」


 ラマーナは、元気いっぱいに、まっすぐと天を指差した。その細い指の指し示す先には、月が見えた。

 お月様が二つ、今日もくっきりとその姿を見せていた。いつもは追いかけっこをしているように見える、その姿がなぜか自分達に重なるネリーシャ。突っ走るラマーナに、大慌てで追いかける自分の姿。

 それが、重なる日が、七年に一度だけあるのだ。


「お祭り、どんな仮装がいいかなぁ~」


 もはや、お使いは終わったのだ。ならば、あとは楽しむだけと言う気分で盛り上がるいたずらっ子のラマーナである。ネリーシャも、確かに遊びたい誘惑には抗いがたい、特に、『逢魔おうまが祭り』は七年に一度しかないのだ。楽しみで、仕方ないのは仕方ない。

 だが、悪ガキ大臣は、そんなに甘くない。調子に乗らないようにと、一言だけ、告げた。


「遊ぶのはいいけど、ちゃんと店の片付け、終わってからだぞ」


 悲しい悲鳴が、上がった。

 大人たちの、大人の態度の笑い声も、上がった。

 余裕がある証である。

 ただ一人を除いて。

 ただ一人、国家連合軍の将軍閣下を除いて。


「最高評議会が………まさか、そんな、そんな………」


 ポツリと青い顔をして、立ち尽くしていた。その足元には、意識を失っている三人の暗殺者が、王国、帝国の合同の警備の皆様によって、ぐるぐる巻きになっていた。

 なお、意識は戻っていない。夜空のお散歩は、気を失うほど楽しかったのだろう。その様子を想像するだけで、おっさんと言う国家連合の将軍も言葉を失っていた。

 実況見聞の言葉が耳に入るほどに、月夜に照らされるお顔の色が青くなる。

 ただでさえ、進軍した責任を問われているのだ。勝利さえしていれば交渉できたはずだが、戦う前に負けていたのだ。帝国、王国の争いを平定しに訪れたという言葉など、通じるはずがない。


「正義を知らしめるはずが………なぜ、なぜなんだ………」


 ぶるぶると、目の前に転がる暗殺者を見つめる。怒りのためか、これから自分達を襲う事態を想像したためか、その両方かも知れない。

 暗殺者が、国家連合軍の紋章を所持していたことで、血の気が引く。

 連合軍印のナイフではなく、帝国軍のナイフを持っていたとの報告で、青くなる。

 帝国軍を装い、重鎮じゅうちんを暗殺するつもりでしたと、宣言するようなものだ。


「ほうほう、身分証を持っているのか。見つからぬ自信があったのか、忠誠が厚いのか………」

「いやいや、連合を装っていだけかも知れんぞ?」

「はっ、はっ、はっ、それはたいへんだ。暗殺者は何者なのだろうな?」

「ややこしいことだ、王国でも帝国でも、そして、国家連合でもないというのか」


 報告を受ける両陛下は、楽しそうだった。

 一方の国家連合の将軍閣下は、大変いやな汗をかいていた。

 この場で責任を糾弾されて、終わりなわけはない。進軍を命じたのは上であっても、現場の暴走の責任者は、将軍である。そして、自体は大きくなる。

 国家連合と言う集団のあり方に食い込まれるほど、ヤバイ自体である。


「わっ………私の指示ではありません、信じてください。断じて、私達は正義の使者なのです。卑劣な暗殺など、まさか、まさか………」


 将軍は焦っていた。身分証は偽造されたと言い張ることは出来るものの、国境へと軍を進めたのは事実。今更、誤解と言って通じるのかと。

 夜空の下で、将軍閣下はとっても焦っておいでだった。


 ――そして、数分後


「正義、革命、独立という言葉が、ただの伝統となって久しく、我々は、焦っていたのでしょう………我らが企みは、誰かの手の上でありました」


 操られたと自覚できる人間は、多くない。国家連合の将軍閣下は、当初の覇気はきをすっかりと失っていた。

 しかも、本来口にすべきではない内幕まで、口にしているのだ。


「私どもの目的は、申し上げた通りに両国の争いを平定することです。あわよくば、我らが連合の一部となっていただこうと。それでも、決して、争いを起こそうとはしていない。この一点については、間違いはございません」


 頼んでもいないのに、帝国、王国の争いに介入する。ドサクサ紛れの侵略が目的である。それはそれで大問題であるのだが、今、重要とする事実が明らかとなった。

 国家連合のたくらみも、誰かの手の上だと言うのだ。

 最も、進軍の事実は無視できない。姫殿下が、不機嫌そうに口を開く。


「それって、私達が困ったときには侵略しますって事じゃない。ねぇ、お父様たち。いっそのこと、国家連合を分裂させちゃいましょうよぉ~」


 夫に抱きついたまま、ラオダ姫は、とんでもない事を、まるで「新しいお洋服を買って」――と、駄々をこねる小娘がごとき言葉で、おおせになられた。

 まさか本心ではあるまいが、これは、警告だった。もしこれ以上何かを企むなら、ただではおかないと。

 国家連合の将軍は、そのあたりをしっかりと受け取って、冷や汗をかいていた。


「ラオダ姫殿下、ご立腹は重々承知でありますが、紋章の偽造の件につきましては、私どもは知らぬこと。時期があまりに時期であるため、信頼なされないのはごもっともですが、どうか、どうかこの場は穏便に、穏便に………」


 ひたすら、お願いの姿勢だった。

 下手をすれば帝国、王国の二国と、弱体化しつつある国家連合との争いとなる。それも、開戦の原因が明るみになれば、内部にも敵を作り、姫の言葉通りに瓦解する。


「ともかく、今回の侵犯行為は、何者かの策謀に乗せられたということだ。それで、不問に付すとしよう………と、言うところかな。どう思う、我が学友殿」

「致し方ない。人々の平和な暮らしを思えばな。さてと、将軍殿。お分かりだろうが、これは侵略行為を受けた側からの譲歩だ。貸しなのだ。お分かりかな?」


 余裕がある両陛下は、余裕を持った遠まわしで、圧力をかけた。

 その圧力を素直に受けるしかない国家連合軍の将軍閣下は、地面に頭を擦り付ける勢いで、お返事をした。


「最高評議会には、重々申し伝えます。必ず、必ず………」


 こうして、三ヶ国の一触即発の事態は、回避された。

 しかし、事態を起こした黒幕は不明。平和は保たれたと、素直に喜べない不気味さが残ったが………そんな気分を、一匹の緑の大猫は、ぶち壊しにした。


「ねぇ、ネリーシャ、どういうこと?」


 退屈そうに、ネリーシャの頭上からロングのグリーンヘアーをたらして、遊んでいた。痺れを切らして、ネリーシャの頭の上に飛び乗るという曲芸をするに至ったのである。

 驚くべきことに、ネリーシャは突っ立ったままだ。本来はつぶされてもおかしくないが、魔法的な何かをしたのだろう。

 頭の上に緑の大猫と言うラマーナを載せたネリーシャは、賢者を気取って、答えた。


「………悪巧みしてるヤツは、オレたち見て、笑ってるってことだよ」


 悪ガキ大臣としてのお言葉であるのだが、そういうことなのだ。ダラージャ殿下に抱きついているラオダ姫もまた、うなずいておいでだ。

 もうすぐ『逢魔おうまが祭り』なのだ。細かいことは、気にしなくていいではないかと。


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