第23話 こそこそ、夜空の下で
「はぁ~………緊張したぁ~………」
夕方も終わり、夜の帳が下りたころ、少年ネリーシャは座り込んだ。
あてがわれたテントの中では、ネリーシャの心の動揺を表すかのように、赤々とランプの炎が揺らめいていた。十六歳の少年が、敵軍のどまん前で通せんぼの仲間入りをしたのだから、当然だろう。
「ったく、あのバカ………時間稼ぎだって言ったのに、挑発してどうするんだ………姫様まで、もう………」
今思い出すと、ぞっとする。
わざわざ声を張り上げなくとも、敵は街道を利用している。どまん前に紋章旗を掲げられれば無視できないのなら、挑発しなくてもよいではないか。
「どったの?疲れた?」
遠慮なく、テントの入り口から顔をのぞかせたおバカがいた。
少年ネリーシャの疲労のほとんどは、このおバカによってもたらされていた。
「おまえ、殺されてたかもっ――て考えないのか、こっちはヒヤヒヤだったんだぞ?」
ネリーシャの問いに、ラマーナは不思議顔だった。
「え?だって、花火が届かない距離で、ちゃんと大声だしたよ?」
危険を理解していなかったと、判明した。
いいや、実弾を放たれても防ぐ力があるのだと、信じたい。
「………まぁ、いい。ところでお前、これから探検にいくとか言わないよな?あの、でっかいテントで何してるのか、見に行こうなんて言わないよな」
口笛の演奏が始まった。
これは、ごまかしていますと、言葉以外で教える行為である。
ぴゅーぴゅと、口ずさむ可愛らしい仕草………の、わけがなかった。冗談のつもりだったのだ。がっくりと肩を落として、ネリーシャは
「たのむ。今回はおとなしくしててくれ。平和になったら、悪ガキ軍団引き連れて遠足してもいいけど、今はヤバイ状況なんだから………」
悪ガキ大臣と言われながら、ネリーシャ本人は、常識人のつもりであった。そのために、この暴走娘の世話役を命じられたと受け取ったのだ。
「だって、私だけじゃないもん」
この言葉の意味を理解できないほど、感は鈍くないつもりだった。
ネリーシャはおもむろに、腰を上げた。
「どのあたりで?」
感覚が人間を超えている緑の大猫である。夜であっても、昼間のように見通していても、驚かない。
「ほら、こっち」
ネリーシャは、手を引かれた。青春の甘酸っぱさは存在しない。悪ガキ軍団のリーダーと、大臣なのだ。二人仲良く、そろり、そろりと、月明かりの下を歩く。
うまく相手の気を引き、警備の所まで誘い込むのだ。そのためにも相手の意表を
このおバカ様には通用しない理屈である。ネリーシャの願いは届かず、ラマーナは元気一杯に、声を上げた。
「おぉ~い、なぁにしてるのぉ~?」
誰に向かっての言葉か、誰に分かるだろうか。
マントを目深にかぶった、どう見ても怪しい方々三人衆が、こっちを見た。
真っ暗闇ではなく、星明りはあるのだ。
ヤバイ、目があった。そう感じる程度に、目は慣れてきたネリーシャは、逃げ出す準備に入る。リーダーの手を握り、叫んだ。
「逃げろっ」
この言葉を合図に、様々に動きが起こった。
まず、ラマーナは、きょとんとこちらを見返す。敵から視線をそらしている時点で、大変まずい状況であった。
次に、不審者の皆さんが、口封じを狙ってなのか、わざわざこちらにいらした。キラリと、星明りの下に光る物が見えた。想像力を働かせるまでもない、ナイフである。まずいと、頭の中が熱くなり、大地を踏みしめる足に力がこもるネリーシャ。
さらにまずいのは、駆けつけてくれるはずの警備の人たちの反応である。どこに向かえばいいのか、今の声は何だったと言う状況。暗闇であれば、これは仕方がないといえる。
わずかな時間で、人間はこれほどのことを観察、考察することが出来るのだ。すごいという自分を見つめる自分がいた。
まぁ、観察、考察はできていても、肉体がついてくるわけではない。人の身であれば、地べたをはいずり、転げまわり、逃げ回ることがせいぜい。
そう、人であれば。
「えいっ」
風が、巻き起こった。
イタズラ大王ラマーナは、お子様の言葉で、魔法を放っていた。すっかりと忘れていたが、緑の大猫との異名を持ついたずらっ子は、魔法の力を持つ巫女様なのだ。
不審者の方々が、宙を舞っていた。
とっさにこれほどの威力を放つ実力者なのだと、ネリーシャは感心した。
そう、おバカと判断するのは、一面的な見方に過ぎない。自分達の常識が通用しないと言う意味に過ぎない。
「そっか………暗殺者なんか、怖くないわけだ」
ぼんやりと、吹っ飛ばされた三つの影を見つめるネリーシャ。
月夜に、今宵は三つの影が浮かんでいた。
しばらく見つめて、見つめて………ドサドサと、軽い音で落下した。木々よりはるかに高く吹っ飛んでいたにしては、軽い音だ。優しい我らがイタズラ大王が、着地にも気を使った証である。
さすがであった。
ここまでならば、見直したと言うべきかも知れない。
ここまでなら
「あのテント………王様達が会議中のやつだろ………」
「あぁ~………ぐちゃぐちゃだねぇ~………」
目の前で、テントが残骸に成り果てていた。
ラマーナが放った突風に、耐えられなかったのだ。
では、そのテントの中の人々は、いったいどうなったのだろうか。ネリーシャは、嫌な汗をかき始めた。
「何だ、今の音は………」
「陛下、陛下ぁ~」
「貴様ら、一体なにを………」
「っていうか、この塊は………人か?」
「おぉ、巫女殿と、悪ガキ大臣殿か。一体何があった」
警備がどたどたと現れ、重要議会が行われていたテントの残骸の周囲を固める。出ては危険だという声が聞こえながら、先に助けろという声も聞こえる。幸いにして、火が燃え移っていないことは確認された。さすがと言うべき、高級なテントは、火災対策が万全なのだ。
ただ、布切れの山から顔を出した面々の、その瞳を見る勇気は無かった。
やりやがったなと、瞳が言うことは間違いない。それは、経験で分かるのだ。
さっそく、全力で目をそらすネリーシャ。
なんと言い訳をすればいいのか、イタズラ時代はどのように切り抜けたのかと、必死に考えていた。
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