第22話 決戦の地は、三つ巴
炎が荒野から一時間ほど歩いた小高い丘の上に、ネリーシャたちは立ち尽くしていた。
人家は見当たらず、このあたりで戦いが起こっても問題ないという草原と小山と林の土地である。
それでも、街道はのたくって、決戦が『炎が荒野』で行われた理由がよく分かる。見渡す限り平地と言う場所は、多くないのだ。
眼下の大群の方々のように、一本道をのたくってくるしかないのだ。
一定の速度で、ざっ、ざっと歩く姿は、人の群れと言うよりも、地響きを立ててはいずる巨大な竜のようだ。
ラマーナは、元気いっぱいに、ご挨拶をした。
「やっほぉ~っ!」
大声を上げて、遠くにもよく聞こえたことだろう。風に煽られて、ひざまでのスカートがばさばさと騒ぎ、ロングのグリーンヘアーも、元気よく風に泳ぐ。
遠くから見れば、元気なお子様の挨拶に、ほほえましく笑みを浮かべてもよいかもしれない。だが、隣でたたずんでいたネリーシャくんは、冷や汗をだらだらかいて、大慌てだ。
「ラマーナ、このバカ。呼んでどうする、時間稼ぎが目的だって言ったじゃ――」
太陽が沈む時間帯は、ただでさえ人影がくっきりと、不気味に尾を引く。大群は影を引いて、不気味な怪物と言う印象を与えるのだ。
巨大な竜が、地べたをのたくっているように見えるのだ。その竜に向かって、元気いっぱいに大声で挨拶をしたのだから、あわてて当然だ。
しかし、あわてているのはネリーシャだけのようだ、ネリーシャの後ろからのんびりと歩いてこられたお姫様は、のんびりとした感想を漏らした。
「あらあら、団体さんがお着きのようね」
やや遅れたのは、お召し物がお上品であるためだ。燃えるような赤毛のロングヘアーと共に、上品にフリルをあしらったお召し物が風にゆれる。なのに、もうネリーシャたちに追いついているのだ、普段から
さすがである。
そして、さすがである。ラオダ姫殿下は、目前の大群に動じることなくネリーシャに布の塊を手渡された。
「ほらほら、悪ガキ大臣の出番でしょ」
昼間のお子様達が持ち去った、帝国の旗であった。
「ネリーシャ、ネリーシャ、気付いてくれたよ、こっち見てるよ」
ぴょんぴょん飛び
その行動は無邪気な子供であるが、地上をのたくる竜にイタズラを仕掛けたようなものだ。さすがのネリーシャも、少したじろぐ。
あくまで、少しだけである。
覚悟はすでに決めており、
ヤケであった。
「いいか、姫様が主役なんだからな。お前はおとなしくしてろ」
言いながら、力一杯に、旗を振るネリーシャ。
運ぶだけならば軽いのだが、相手に注目してもらうために振ると、ここまで全身の筋肉を使う必要があるとは思わなかった。持ち手の棒は二メートル。布地は縦八十センチに、横が百六十センチ。
それは風にあおられ、以外と重労働であった。悪ガキ軍団と同じように、マントのように首に括り付けたい誘惑に
小高い丘をのたくるような街道を行くしかない大群を、たったの三人で止めるのだから。
三人対、およそ四千。
相手方の前方はともかく、後方においては、なにが起こっているのかわからないだろう。いいや、目の前の状況を理解できるものは、誰もいないだろう。
おバカさんが、興味本位に現れることは想定内かもしれない。
だが、帝国の旗を持って立った三人が道をさえぎる状況などは、想定できるはずもなし。
それでも………
「停止っ!」
指揮官らしきおっさんが、
帝国の旗を持つ人物が目の前に現れたのだ。ご本人でなくとも、紋章を預かっているということは、代理人と言う意味なのだ。
真偽を確かめるためにも、交渉するのが常識であり、義務である。ネリーシャは、さすがは国と言う形を背負う人たちはすごいと、素直に感心していた。
まだ、相手の表情を見ることも出来ない、かろうじて声の届く距離だが、大群が目の前にいると、自覚できる距離でもある。
その大群を背景に、停止を命じた人物が、ゆっくりと歩いてくる。
こちらも、姫が歩き出すのにあわせて、ゆっくりと丘を下る。
ラマーナは、姫さまの言うことは素直に聞いてくれるらしい。今度は抜け駆けで、かけっこ一番を宣言することは、なかった。
ゆっくりと歩かねばならないのだ。
それが礼儀のようであるし、こちらとすれば、時間はたっぷりとかけたいものだ。今は忠実なる旗持ちとして、姫に仕える従者としての役割を担っていた。
幅広の、大きな馬車が余裕を持ってすれ違える広さの道を、一歩、一歩とゆっくりと進む。
その幅一杯の大群が、徐々に近づいてくる。
こちらに向かっているのではない、こちらから、向かっているのだ。
そしてとうとう、互いの顔が見える位置にまで、近づいた。境界線がどこかに引いてあるのだろうか、姫と相手の将軍は、同時に立ち止まる。
まず、将軍らしいおっさんが、名乗った。
「私は、国家連合軍将軍にして、平和大使である」
後ろに控える兵士達にも、聞こえるようにかもしれない。堂々と、声を張り上げて口上を述べた。
「我々は、帝国と王国に、停戦を命じるために推参したっ!」
軍を引き連れた平和大使。
それも頼んでもいないのに、こちらの国境都市を制圧できる規模でご登場。実態との
そして、実力が伴えば、道理など踏みにじれる。
その根拠は、自称平和大使の侵略軍司令官の背後に見える、先が見えないほどの軍勢だ。推定四千は、推定に過ぎない。五千か、六千か、もっとかもしれない。
その態度から、自信満々の、勝者の余裕が伺えた。
今の、今までは。
「私はラオダ・ダーカジラン・カブール。ダーカジラン王国第三王女にして、ここ、カブール帝国の第三皇子婦人であります」
言って、ラオダ姫殿下は、身分の証である首飾りを見せる。
姫らしくない、いいや、公式な物言いとはこういうものだ。威厳のある言葉であった。
体格としても、背後に控える武力からしても、姫は抗いようの無いほどに、不利なはずである。であるのに、一切の物怖じのないその態度は、さすがは、ラオダ姫であった。
その態度に、将軍がひるんだ。
見えない力を察知したらしい。ひるんだとは言い過ぎでも、態度が変わった。
「これはこれは、王女殿下にはご
「勝手にやってきて、ご機嫌もないよね~、姫ちゃん?」
「えぇ、それに、戦争を終わらせるためって言うけど、いったいどんな
将軍の話をさえぎり、イタズラ女子二人に戻った。
半ば芝居がかった、相手をからかう女子の語らいである。
ネリーシャとしては、嫌な汗がだらだら出る状況である。ここで相手の機嫌を損ねればどうなるか。侵略を目的としているのなら、いきなり武力に訴えることもあるのだ。
「噂ではないでしょう、姫殿下。我々はラオダ姫、あなたの手紙が発端となり――」
将軍は、大人が子供に教えてやるといった
もちろんひるむ我らがイタズラ大王と、イタズラ姫ではない。にんまりと、二人同じタイミングで笑って、ヒソヒソ話を、相手に聞こえる声で始めた。
「ってことは、今回の黒幕さん?タイミングぴったりだもんね?」
「でしょうね。それに、手紙の件も、誰から聞いたのやら」
将軍閣下は、たじろいだ。
無礼な態度にではない、女子二人による、あてつけのような言葉回しを受けたためである。
穏便な風を装い、遠まわしにちくちくと、痛いところをトゲトゲとついてくるのだ。そんな状況に追い詰められ、返事を求められているのだ。
「手紙の件は………ですな。いいや、そもそも帝国による――」
「だから、その話って誰から聞いたのって」
「ねぇ、ねぇ、教えて、教えて?」
姫様とラマーナの、女子二人の勝利を確信した、教えて攻撃が始まった。将軍のおっさんに同情しつつも、ネリーシャは異変を感じた。
おかしいと。
本当に、タイミングがよすぎだと。
確かにネリーシャも、考えた。このタイミングで現れるとは、まるで、ニセモノの手紙を発端とする事件の黒幕のようだと。犯人だと、名乗っているようだと。
バカなのかと。
それが正しいのかと思ったが、どうも様子がおかしいのだ。
そこへ、場違いにもほどがある、引率のお兄さんの呼び声が響いた。
「はいはぁ~い、子供達~、そろそろ戻っていらっしゃ~い」
もう、すっかりと引率のお兄さんが板に付いたナンシオ・コマージャンが、呼んでいた。帝国貴族の三男坊として、最初こそ威厳を保ちつつ国王陛下の御前では、地位をさりげなく要求するしたたかな大人の風格を持っていた。
悪ガキ軍団との出会いによって、その風格がボロボロと崩されて、いまでは引率のお兄さんとなっていた。
ネリーシャもまた、その風格を奪う手伝いをしたため、ちょっと悪いことをしたという気持ちはありながら、もはや手遅れ。
今は、ちょうど良いタイミングだと、えらそうに褒め称えたいい持ちになっていた。ネリーシャの隣の女の子二人組みも、同じ気持ちかもしれない、にっこりと微笑みながら、超えのほうを振り向いた。
「………あら、お着きのようね」
「うん、作戦成功~」
女子二人の宣言に、将軍かっかと言うおっさんは置いてけぼりを食らった。非公式ながら、敵国の姫殿下を前にした将軍として、威厳と圧力を振りまいていたが、消えていた。
どういうことだと困惑する将軍を手招きして、丘の上へと上がるネリーシャたち。近所の子供が、面白いものがあると大人を招く姿だ。
本当に面白い出来事が広まっていることもあるが、頭を抱えたい出来事に
将軍にとって、大変まずい状況だった。
丘の上に進むと、そこには驚きの風景が広がっていたのだ。ネリーシャたちが陣取っていた丘が死角となり、将軍たちからは見えなかった光景である。
地面をのたくる皆様を押しつぶせるほどの、大群の足音が近づいてきたのだ。そして、まず目立つのは、はためく紋章。
将軍と言うおっさんは、アワアワと言う口を押さえることも出来ず、口を開く。
「姫殿下、あのはためく紋章は、もしや………」
姫殿下は答えない。将軍の態度が、答えなのだから。
数千を超える軍勢が遠くから現れ、さらに増加中と言うだけで、将軍と言う地位のおっさんが、あわてるものか。
いや、確かにあわてる要素かもしれないが、そうではないのだ。おっさんは、旗を見て驚いているのだから。
将軍閣下の顔から、血の気が引いていた。
ラマーナのグリーンへアーと、ラオダ姫の燃えるような赤毛が元気いっぱいに泳いでいる。その背後では、二つの紋章がはためいている。
カブール帝国の皇帝の紋章と、ダーカジラン王国の国王の紋章であった。この紋章を持つことが許されるのは、直属部隊のみ。それも、仲良く並んで行軍しているということは、どういうことか、分からないおっさんではない。
手を組んでいるのだと。
にっこり笑顔で、我らがラオダ王女殿下は仰せになった。
「さぁ、将軍さん。父陛下に会いたがっていたわよね」
「王国と帝国の両方が来てるけど、ねぇ、どっち?」
ラマーナも、ご満悦だ。二人仲良く、とってもにこやかな笑みを浮かべた。
イタズラ、大成功のお顔であった。
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